17.会社侵──訪問*
「ちっこいのに仕事できるか?」
作業着の女は不躾にボクの身体を見回して、そう呟いたあと、「名前は?」と訊かれた。
ムッとしたけど正直に答えるとIDカードに記名して渡してくる。
「青屋じゃなく、蒼──」
「何?」
「何でもありません」
名前、間違えてるよ。いいけどさ。
どうやら仕事にきたバイトとかとボクを間違えてるみたい。
「作業着はそこから選んで。作業は先輩に聞きながら一緒にするように」
と、何もかも一方的に進めて、その人はロッカー室から消えた。まあ、好都合だけど……。
一々、人の姿を見て「ちっこい」って付けるのは、やめてほしい。容姿ハラスメントで訴えますよ。
去り際まで「ちっこいのに……」と捨てゼリフみたいに言って行ったし!
まあ、潜入成功? マキナ、会社のセキュリティが心配だよ。
作業着があるロッカーから着られる物を探す。みんなMサイズ以上だった。
仕方なくMの作業着をパッケージから出して身体に当ててみた。案の定、ぶかぶかだよ。
ジャージを脱いで通学カバンにしまい、作業着を着ていると乱暴にドアが開かれ人が入ってきた。
ヤバいと思ったけど、気にしていない風でなるべく落ち着いて着た。慌てると余計に恥ずかしい。
慌ててボロを出さない限りは、見てくれは女子と変わらない姿だから男と判断できないはず。
着終わってドアの方を見たら作業服のケイト先輩が呆然としていた。
「ど、どうしてここに?」
「えっと、作業しにきました?」
「そんなワケないだろう」
「ですよね~。なんか廊下歩いていたら作業員と間違われて」
「いや、そんなことじゃなくて、だな……」
ちょっと主任に文句言ってくる、とか言う先輩を宥めて止めた。
サプライズには持ってこいなので、先輩には協力してもらおう。
「で、作業ってなんです?」
「普通に清掃とゴミ収集。あと備品の交換がたまにある」
ケイト先輩は、作業経験がかなり長そうだ。作業内容を聞くとチビのボクでもできそう。
誰がチビだ。やかましいわ!
「な、何?」
「いえ、なんでもありません」
おっと、自虐の突っ込みが、つい口から迸っていたっぽい。
「いや、初めは似てると思って。でも、お前が居るはずないと思って……つい」
じっくり確認してました、と先輩に謝られて話が戻る。
何だろうな~と思うけど、確かに確かめようとするか~……するかな?
そう思うなら確認は、着替えたあとにしませんかね~。
ほら、こちらも凝視されてて恥ずかしがれないじゃん。
恥ずかしがると余計に羞恥心にくるからね。
今日はマキナの好みでヒモとカップつきキャミソールを着けていたのですよ。
そんな姿で学校に送り出す旦那もどうかと思うけど、着けるのに抵抗がなくなったボクもどうかしてますね。
思い出させないでください。まさに穴があったら入りたい……。って言うか、
「もう忘れてください」お願いします。
「スマン」
また謝られて気まずいまま、もう二人のおばちゃんと作業にかかった。
清掃道具をそろえた作業カートを曳いて各階を回って行く。
モップを押して掃き掃除、ゴミ箱に残った書類は周りの人に確認してもらってからシュレッダーにかけて集積袋に回収する。
机の上は絶対触るなと念押しされる。まあ、乱雑に積み上がった机様は片付けたくなるけどね。
予てより仕事はしたかったので、楽しく清掃に入る。男のバイトって、基本ないんだよね。
ケイト先輩と作業していると行く先々で嘲笑や揶揄する声が聴かれた。
「ついに子供を働かせてる」とか「うちはブラックが極まってる」とか。
稀にボクを見て固まっている人がいたり。たぶん、前に訪れた時に会った人かな?
すれ違う際にお辞儀しておく。
周りの雑音は無視して清掃したりゴミを集めを続け……。やっと、マキナの在所に行き着いた。
休憩スペースで休む人たちにまた揶揄されているみたいだが、心ある人は窘めていた。
あの人は、会ってる人かな?
数人集めて講話しているようなマキナの席に行き、こそこそゴミを片付けているとクスクス嗤われる。
またボクを子供だと思ってるんだろう。
作業するボクを一瞥し「やめろ」と言いつつ微笑みを洩らすマキナがいる。
「課長さん、ゴミはこれだけですか?」
「ああ」と威厳たっぷりに答えるマキナがボクを見て固まった。
「ちょっと待て」と話を止め、集めた人たちを置き去りにボクの腕を掴み隅っこに連れて行く。
「お前、ここで何やってる?」
「清掃です、課長さん」
胸に提げた青屋と記されたIDをマキナに示す。
「まだ代理だ、それより……」
清掃員をしている理由を問い詰めてくる、が待たせてる人たちが困惑してますよ?
「暇だったので」会いに来たら、なぜかこんなことに……と言い訳しておく。興味本位で来たことは言わなくていいよね。
「うちのセキュリティはザルか……」
マキナが携帯端末をポケットから出して確認していくと、頭を抱えている。
その手の端末をこっそり覗くと地図上に字幕スーパーで表示されたログ? がずらずら~と連ねられていた。
まあ、セキュリティ的な問題は責めないであげて。
「男とバレないように早く帰りなさい。暗くならない内に」
「分かりました。マキナ、帰りは遅いですか?」
「ここで、マキナは止せ」と頬を染めるマキナは、遅くなるだろうと返した。
無事マキナのところもゴミ回収を済ませて戻るとケイト先輩が心配してくる。
「ゴミのチェックをされただけです」
「そうか? そうは見えなかったぞ」
「さあ次、行きましょう」と誤魔化すよう次へ話を振る。
「お、おう」
先輩によると残りは会議室と秘書室・社長室を片付けると終わりだそうだ。
「失礼しま~す」と、秘書室に入室してゴミを集める。
こちらの美人さんもボクを見て、薄ら笑いしてくるね。まあ、いいけど。
開いた扉から社長室に凸撃しようとしたら秘書さんに止められた。
少ししか社長室が見れなかったよ。秘書室から追い出されそうになったら、奥から声が。
「──ちょっと君」と呼んだ秘書さんを遣ってボクは社長室に通された。
執務机の奥にどっかり座って書類を見ている社長と思しき人。後ろに松林が隅に描かれている海辺の絵が掲げてある。
マキナが年経た風貌の人だ。間違いなくマキナの親族だろう。
「可愛い清掃員だね?」
そう言って書類を置き、こちらに、と手招きする。
入口のドア辺りで秘書さんが少し狼狽えていた。
承諾する秘書さんを目で確認すると、社長の前へ進んだ。
立ち上がるとこちらに歩み寄ってボクを観察する。顎を親指と人さし指で摘みながら、ぐるっとボクの周りを回って正面に戻ると頷いた。
「蒼屋キョウくん、掃除頑張って」
「はい?」
用事は終わったとばかり、マキナ似の社長は席に戻った。控えていた秘書さんにボクは曳かれて社長室を出る。
秘書室・社長室の仕事はすでに終わっており、秘書室前で待つケイト先輩と一緒に今日の作業を終えた。
マキナの親族だとしても、どうしてボクの名前を知っていたのか?……。
いや、婚約の報告は済ませた言っていたけど、名札の青屋からボク──蒼屋キョウに辿り着いたのか。
「お前、何やってんだよ。心臓が止まるかと……」
「すみません」
集積所にゴミを収めて、道具を洗って片付けたら終了だ。
「あとはやっておく」と言う先輩に任せてロッカーでマキナに報告する。
「終わりました。着替えて帰ります。
「掃除の責任者さんは責めないで」っと。
短文入力中に絶賛、着替え中のおばさんに構われて辟易しましたとさ。
どっとはらい(※これでおしまい)