162.遅い食事
「そろそろ処理が……って何で食事ちゃんと取ってるのよ~?」
「本館に食事を頼んだだけだ」
栄養チューブを咥えてアヤメが待合室に現れ文句を言う。
「ひどい。私にも教えてよ~」
「そんなことは知らん。休むと言って、ひとりどこかに行ったのはお前だ」
「そ、それは、そうだけど~」
「で、キョウが治ったのか?」
「もう、そろそろ良いころって思って来たけど。その残りもの食べさせて?」
「好きにしろ」
アヤメは、オレの食べ残しを必死にかき込む。
「マキナ姉、キョウちゃんが心配だろうけど、ちゃんと食べなきゃ」
「ああ、そうだが、これはちょっと違うんだ……」
「昨夜の食事会も食べ残されていました」
サザレが、カエデの言を補足する。
「そう言えば……。何か調子が悪い、とか?」
「妊娠……したの……かもね……」
アヤメ、口にものを入れてしゃべるな。おまけにそれが爆弾発言とは。
「……えっ?」
「「「えええ~っ?」」」
「本当なの、マキナ姉?」
「あ、いや……それは……」
う~ん、言っていいものか悩む。
「そうですか……おめでとうございます」
厳かにサザレが祝ってくれる。
「いや、これは、な……」
言えない……。キョウの扱いで悩んでいたとか……
「さすがキョウちゃん……精子の格付けも……授精能力も……ピカ一だから、ね……」
キョウは特別製だからって……。アヤメ、もうしゃべるな。
言えない。会社の引継ぎと出向で煩悶して食欲が無いとか……言えない。
それなのに、晴れの舞台にツバキが行かないと言うのを宥めて引きずってくるのに気をもんでいたからとか、言えない。
「さ、さあ、キョウを見に行くかな?……」
「おめでとうございます。マキナ様とキョウ様のお子ならば、さぞかし元気なお子でしょう」
「いや、きっと可愛らしい赤ちゃんだよ」
「男の子かな~女の子かな~」
後れ馳せながら警護たちも祝ってくれる。
「いや、食欲がないだけで子供とは限らないからな?」
「そうなの?」
「それじゃ……調べてみる?……」
「お前は早く食べて案内しろ」
アヤメは黙って速く食え。
「まずは、手術台に乗せて」
オペ室に戻り水槽のキョウから管を取り除くとアヤメが指示する。
「しゅじゅつ、な? どうでもいいけど」
「では〝せいの~で〟で持ち上げます」
「せいの~」
「「「──で!」」」
オレたち姉妹と警護で支えキョウを持ち上げ、ゆっくりと移動する。
「できれば、うつ伏せで」
「な、早く言え」
「一旦、台に預けてから転ばしましょう」
「そうだな」
笹の言うとおり一旦、手術台に預けて慎重にひっくり返す。
「それで?」
「肺に溜まった溶液を粗方出します。支えて」
「それなら水槽の上でやったら良かったんじゃ?」
「ゴメン。初めてなんで気が回らなかった」
「信じていいんだろうな~、お前を」
「も、もうダイジョブだから~」
手術台から上半身を乗り出させて液体を吐かせ台に戻す。
「じゃ、じゃあ……起こすよ……」
「やってくれ」
「キョウちゃん、お待たせ~。今、起こすからね~」
黒メガネをかけるとアヤメが眠るキョウに話しかける。やはり、シュールだ。
「……ナノマッスィーン正常値。素体の休眠を解除。……キョウちゃん?」
≪ふあ~~っ。良く眠った……アヤメさん?≫
「そうだよ~。もう起きてもいいよ?」
≪そうなの? 起きてもいいって言われても……もう起きてるけど?≫
「それは、まだ起きてない。身体が眠ってる。心臓を動かして、肺を動かして」
≪そんなこと言われてもな~≫
「脚を動かして、腕を動かして。じゃないと眠り続けることになるよ?」
≪眠り続けるっても起きてるしな~≫
「そのままだと、赤ちゃん抱けないよ?」
≪……は? 赤ちゃん……そうだった~! マキナとの赤ちゃんが……。ふんぬぅ~~~っ! んぎぎぎ……≫
「そうそう、ってまだ産まれてないけどね?」
「おい、勝手に妊娠したことにするな! 代われ」
「あ、いやいや。今、大事なとこだから代われない」
「うるさい。メガネを貸せ」
「がはっ……げほげほ……」
アヤメとメガネを取り合いもめているうち、キョウが息を吹きかえす。
「キョウ!」
「キョウちゃん!」
「「「キョウ様!」」」
みんなでキョウの背中を擦り咳き込みを和らげる。
「ごほごほ……。ひどい目にあった~」
「誤嚥によるむせも確認。蘇生完了」
「蘇生って、縁起でもない」
「マキナ? どこ?」
キョウが頭を反らしてオレを見る。
「どこ? とは。私はここに──」
「赤ちゃん」