159.アヤメの口車
『これは、いったい誰を確認したのかな~? その人はどこに居るのかな~?』
『それは──』
『捏造映像を見せられても答えようがない』
責任者とかいうヤツは頑なだ。しかし、交渉は有利に動いていると感じる。アヤメに聞きたいことはたくさんあるが、マキナは口を挟まないでいる。
『このままキャリーバッグを開けてくれないならロックスミスに任せて何時間もかかるし臨検で足留めされるよ』
『我々は、やましいことなど無い。いくらでも調べるがいい』
『いいのかな~。何時間も身体を曲げてると血行不良で脚を切り落とさないといけなくなる、かも?』
「お、おい」
不穏な言葉を捉えてマキナが焦る。それをアヤメが手で制す。
『荷物を待ってる人は許容するかな~。荷物が傷物にされたらどこに鬱憤の捌け口が向かうかな~?』
『ぐっ……』
唸った責任者が、航空機に遣いを出す。
その遣いが戻るまでマキナたちは、連中とにらみ合う。
錠前開けは、交渉の裏でちまちま解錠を試みている。
『分かった。臨検を受け入れる。キャリーバッグも好きにしろ』
返ってきた遣いの耳打ちを受けて、責任者の態度が軟化する。百八十度の掌返しだ。
責任者は、アゴをしゃくってキャリーを運んだ二人に促す。二人のうち一人がポケットから鍵を投げて渡す。
『パスは? パスワードを教えろ』
受け取ったマキナは、鍵をロックスミスに渡して聴く。ロックスミスはすぐさま物理解錠を試みる。
「開きました!」
受け取ったロックスミスは鍵での解錠を報せる。
『言え』
責任者は運び役に告げる。
『1732056489』
『もう一度』
マキナが再度聴くと責任者がうなずく。
『1732056489』
運び役が再び答えるとロックスミスがパスを打ち込む。
「通りました。開きます!」
「はあ~~、キョウ。よかった~」
ゆっくりとフタを開けると屈曲したキョウの姿がある。
「その運び役二人を確保!」
外務省の役人がすかさず命令を下す。
空港警備が、笹たちと代わって二人を押さえる。
「ええっと……木田さん? キョウを連れ帰っていいですか?」
「それは困りましたね~。でも事情聴取はできなさそうですし仕方ありませんね。あとで事情聴取を受けてください」
「ありがとうございます。アヤメ、このあとは、どうすれば良い?」
「キタムラの病院に。あ、壁内のね?」
「分かった。みんな撤収する」
マキナはキョウを抱えて立ち上がると振り返り、ロータリアの航空機を見上げる。
タラップの上に女性が佇んでいる。見覚えがある女だ。キョウを拐おうとし新居を蹂躙した張本人。
確証がなく容疑に留まっているが、状況は彼女が指図したとしか思えない。
事件後、調べあげ容姿はイヤというほど目にしている。
その顔は遠目にも歯噛みしているのが分かる。ともすれば、地団駄を踏みそうな歪み具合だ。
これでしばらくは、不双には寄り付けないと思いたい。
「キョウちゃん、大丈夫かな~?」
カエデの言い分はもっともだ。キョウは全身の力が抜けていて抱える力加減が難しい。
「大丈夫大丈夫。今度はもっと薬害に強くするね?」
「アヤメ、お前なぁ……」
キョウの言う、改造魔人だか変態仮面だか言うのが分かる気分だとマキナは思う。
≪もしかして、マキナが抱いてくれてるの?≫
「そうだよ。良かったね。もう寝てればいいよ?」
≪うん。分かった≫
「私にもキョウと話ができるか?」
マキナがアヤメに聴く。
「うん、できるけど、もう眠れって言った」
「……そうか。なら仕方ない」
結論から言うと、アンナ王女ならびにロータリア政府専用機は、さしたる違反も見つからず解放され隣国に飛んだ。
王女は、あらぬ疑いをかけられ通っていた誠臨に居られなくなり母国に帰る途中で蒼湖に立ちよっただけだとの主張を繰り返した。
また、キョウの誘拐には関与せず、部下たちが勝手にやったことだと抗弁する。
そもそも、王女に嫌疑をかけられた腹いせにキョウの誘拐をしたのだと実行犯が主張するのでアンナ王女への追及は、やめざるを得なかったという。
いわゆる、部下が勝手に~の主張とトカゲのシッポ切りで幕を閉じた。なんとも後味の悪い結末だ。
ほとぼりが冷めたころに、また暗躍しかねないと言う予感しかしない。しかも、次はもっと狡猾に、もっと安全な場所から。