115.タマ・ミナの言い訳*
「お待たせしました、はあ~レニ様」
「うむ、待ってはおりませぬ」
自室に戻って、まずレニ様に謝っておく。ご機嫌は損ねてないね。
「それで、なんで本館をうろちょろしてたの?」
ソファーに座って話を聴く。空いていたところがレニ様のとなりしかないので仕方なく座ると、また密着してくる。やれやれ……。
「キョウちゃんを捜してた」
「屋敷探検」
「どっちよ?」
「キョウちゃんの居場所が知りたくて……」
「お花摘みしてたら俄然、探索したくなった」
「どっかでした流れだね」
「キョウちゃんが秘密にするから」
「キョウちゃんの秘めごとを曝露するのは私の務め」
そんな務めは即刻やめて?
「秘密って言うか口外できない事が増えちゃって猶予がほしかったの。それからタマちゃん、曝露されるほど秘めごとなんてないからね」
「ごくり……では、ぬるぬるの詳細を──」って携帯端末をボクに向けてくる。
「それは、余も聞きたかったですぞ」
レニ様まで参戦する。
「──キョウちゃんは、幼女たちを風呂に入れると誘導され、洗い場でぬるぬるにされた(ボディソで)」
「だから、それは──」
「次は周りにいた女たちがガマンできず洗いっこと称してキョウちゃんをぬるぬるにして、発情したキョウちゃんが逆ぬるぬるした(予想)」
「な──」
──な? なんですレニ様。予想できるけど……
「──なんと……さもありなん」
──あ、あれ~? 予想と違う……
「だからそれは、みんなを洗っただけで、そしたら周りの警護や護衛が冷えた体を洗ってくれるって」
「やっぱり」
──やっぱりって、変な展開にはならなかったからね?
「遠慮したんだけど、それはそれでご褒美になるかな~なんて」
「そこを詳しく」
「ご褒美って発想はどこから?」
水無ちゃんが訊いてくる。けど、あとでって先送りする。
「ボ、ボディーソープまみれの手や……」
「手や?」
「身体を使って……洗って、くれた……」
「そして発情したキョウちゃんが返り討ちにした、と?」
「返りなんとかとかしてないから。発情もしてない」
「それはおかしい。女の体液まみれで男が正常でいられない。女をぬるぬるにしたに違いない」
「だから、してない」
「むう……確かに義兄上なら……いや、しかし……」
なに黙考してるのさ、レニ様。
「そのあとは?」
「いや、普通に泡を流して……お湯に浸かった」
「今、言いよどんだ。何か隠してる……」
「ギクッ──気のせい。もういいでしょ」
この調子じゃ初床のみそぎ予行の様子なんて話せないな~。
「よくありませぬ。なぜ、女の湯に? 混浴などしたのです?」
「だから、タンポポちゃんたちが」
「言い訳です。女を排除してから入れば良かったのです。そもそも、なぜ幼女と入るのです?」
「え? そう言われればなんでだろ?」
「はあ~~。義兄上はゆるすぎます」
「そうそう。むかしっからキョウちゃんはゆるゆる」
「なに? むかしって」
「ボク、ゆるゆるなんて言われてないよ」
「余も聞きたいですぞ」ってレニ様が前のめり。
「う、うん。キョウちゃんはその界隈で千人斬りって呼ばれてて……」
「なにそれ。ボク、知らないんだけど?」
「知らなくて当然。キョウちゃんの周りにだけ広まってて箝口令が布かれ秘匿されてた。まあ主に子供──女児たちだったけど……」
「なんてズル賢い子供たち。それをボクが知らず、タマちゃんが知ってるの?」
「となりに住んでたユウちゃん、覚えてる」
「うん。子供のころ、よく遊んでくれた。それが?」
「そのユウちゃんに聞いた」
「それってユウちゃんは知ってたってこと?」
「もちろん。キョウちゃんを助けるのと独り占めするため」
なんか郷愁を誘う思い出がガラガラ崩れていく……。
「そろそろ、その〝千人斬り〟とは何か教えてくりゃれ」
「あ~、キョウちゃんは誰とでも……チッスしてた……ポッ」
「あ~~──」
タマちゃん、自分で言ってて赤くならないでよ。
「──あれは、女の言うことは聞けって教えられて、キッスすると喜ぶって聞いて、会う人、会う人、求めてくるから……」
あとで間違いだって教えてもらったけど、もう遅くて……。
「そこがおかしい。おかしいって気づかないと」
「おかしいっては気づいてたけど……」
みんなが求めてくるんだもん。友達の姉とか母親とか。
「でも、そのお陰で界隈は平和だった。キョウちゃんがチッ、チッスを止めてからの落胆と言ったら……」
「聞きつけた母や姉が、さすがに不特定多数の女とはやめろって」って言いつけられたけど、顔馴染みは顔を合わせれば求めてきて拒めなかったんだけど、ね?
「なるほど、義兄上の緩慢さの根幹が分かりました」
「そんな感心しないでください。ユウちゃん元気にしてる?」
「たぶん。転居してからは音信不通。子供だったし」
「それで、タマちゃんはボクを知ってたんだね。どうして今ごろ? 高校で会った時に話してくれたら」
「初対面で話すことじゃない」
「まあ、確かに」
「奇跡的にクラスメイトになってからキョウちゃんに関心をもってた。そして、ついに……」
「ついに?」
「ちょっと喋りすぎてアゴが痛い」
もうしゃべれないとばかり、タマちゃんは口を噤んだ。