01.お見合いから始まるボクの人生*
「初めまして、蒼屋と申します。本日はご足労いただきありがとうございます」
「初めまして、蒼屋京です。よろしくお願いします」
母に続いて正面の女性──喜多村槙奈さんに挨拶した。
「初めまして、喜多村マキナです。こちらこそ、足を御運びいただき恐縮です。座ってお話しましょうか」
喜多村マキナさんに勧められてカフェ奥のボックス席に移って座る。
ボクは母に付き添われて、マキナさんとのお見合いに臨んでいる。装いは、春らしい薄緑のワンピース。
つい先日、近くのショッピングモールで買ったばかりのものだ。
ここは家の近くでは一番立派なホテル。そこのラウンジに併設されたカフェで待ち合わせていた。
マキナさんは、スラッとした長身でビジネスマンの出立ち、胸もいくぶん盛り上がっている。
年齢は二十代半ばで、親族会社に勤め、課長待遇と聴いている。それなのにお見合いが必要なのかが分からない人だ。
ちなみに勤める人は大抵、女性なのでビジネスマンと呼称されるのは女性を指すのが一般的。
時候の挨拶を交わしている内に、コーヒーが給仕された。
コーヒーで口を潤して、本題の釣り文句が述べられていく。
ボクのを含めて蒼屋家の負債おおよそ八千万の肩代わりをしてくれるのと引き換えに、ボクは新居でマキナさんと同居生活をすること。
新居には家政婦が通ってくるので家事の必要ないこと、子作りに専念すれば良いと言うこと、などなどの言葉が列ねられていく。
二十歳になると男子優遇で給付されたお金の一部を徐々に返済しなければならないんだけど、それも今回の結納金? で完済してくれるらしい。
うちには八千万も借金があったの? 多額だと聞いていたけどビックリだわ。
ちょっと驚いて、話に集中できなくなったよ。うちはかなり切羽つまってたんだなあ。
「キョウちゃん、何か訊きたいこと、ある?」
「──え? いえ、今はない、です」
呆けている内に粗方の話は終わったらしい。母にそう訊かれたけど、ボクはそれどころじゃなかったよ。
「──それでは、良い返事をお待ちしています」
立ち上がって互いに礼をすると、ラウンジまで出てマキナさんを見送った。彼女は、午後から仕事に戻るらしい。
なんか呆気なかったな……。
もっと質問とかするべきだったんだろうと思う。だけど思い浮かばなかったんだから仕方ない。
ここは喜多村家の傘下にあるホテルなのだという。マキナさんの計らいで、常識の範囲なら何を飲み食いしてもタダという。
カフェの席に座り直して、一連の話を咀嚼する。
──まさに身売り婚だなあ、と感慨に耽る。
真っ当な手段で、八千万は返せない。実質、今働いているのは母しか居ない。
一人いる姉も一人暮らしして働いているけれど、自分の事で精一杯だと思う。
「──キョウちゃん、どうだった? 喜多村さん、好い人じゃない」
「うん……」
「条件も破格よ。もう全然、将来の心配はないよ。決めてしまいましょう?」
「そうだね……」
もう、母の話が耳に入ってこない。生返事しかできない。
「本当? もう返事するわよ」
「えっ? あ……うん」
少し躊躇ったあとに了承の返事をした。
そうだよね。売れるなら高く売れる内に売るべきだ。それが自分自身のことだとしても。
「もしもし、喜多村さん?……」
携帯端末機で早速、電話している母を、乾いた感情で見る。どれだけ切羽つまってたんだか。
まあ仕方ない。負債はボクに大きく関わっていて母だけが悪いワケじゃないから。
ボクを含めて子供を作るために人工授精に顕微授精と、生殖医療費を費やして頑張った結果の負債だから。
その半分はボクが負うべきだろうし、男子優遇策で受けた援助の何某かは自ら返済しなきゃならなかったんだし。
「──はい、そうですか。少しお待ちください。キョウちゃん、今日からでも来てって喜多村さんが言ってるけど、どうする?」
端末機を口から離して、母が訊いてくる。
「今日から? えっと同居、新居に移るってこと?」
「そうそう」
「構わないけど……、通学の準備とかしてない──」
「オーケーって返事するね? もしもし?──」
すぐ返事するって、ほとんどこちらの話、聴いてないよね。
──まあ、いいけど。
「お待たせしました、蒼屋さん。キョウさん、行きましょう」
新しいコーヒーを飲み終える前にマキナさんが顔をほころばせてラウンジに現れた。
もう少し考える……事態を消化する時間がほしかった。
そして……、「それじゃあ」と母との別れ? の挨拶もそこそこにマキナさんに手を取られた。
拉致まがいにドナドナされる気分で手を引かれ、ホテル裏の駐車場へと移動していく。
そこに駐まる白い高級車の前まで行くと、マキナさんは我に返ったのか慌てて手を放される。
「すまない。ちょっと舞い上がってしまった」
「いいえ、お気になさらず」
いきなり手を掴まれてちょっとビックリしたけれど。
平常モードに戻ったマキナさんに、「さあ」と開けられた助手席のドアに促される。
お礼を言ってボクは助手席のシートに座った。
この車って運転は運転手に任せるようなものだと思うけど、自分で運転して来たんだね。
などと内装を眺めている内に滑るように車は動き出した。
ボクの人生で乗ることはないような座り心地や乗り心地に心奪われているとマキナさんが話しかけてくる。
「すまないが、会社に戻って小用を済ませてからでないと新居に送れない。午後からは、業務を入れていたからね」
「はい。構いません」
そう言って、急遽ボクを引き受けたせいでやるはずだった午後の仕事の内、やむを得ない処理を終わらせてからマキナさんの自宅──新居に移ると告げられた。
それほど言葉を交わさぬ内に、ビルが建ち並ぶ中の一つ、その地下駐車場に入っていき車を降りる。
彼女が助手席に回ろうとするのを断って車を降りた。
申し訳なさそうな顔に、気にしないよう笑顔を向ける。
車の乗り降りくらい、自分でできますよ。
こちらを幾度となく振り向き気遣って歩くマキナさんの後ろを付いていくとエレベーターの前へ。
それは社員用のものらしい。懐から出したIDカードをチェックボックスにかざして乗り込んだ。
目的の五階に上がると、そこはフロアぶち抜きの事務所で、不透明の仕切りが立てられて所々に出入口の隙間が空けられている。
「ちょっと、ここで休んでいて」
エレベーター近くのソファーセットを指をさしてマキナさんが言う。
見た感じは接客用とかではなく、社員の休憩用みたいだ。
それを了承しながらも、出入口の隙間を抜けていくマキナさんを追って仕切りの陰から覗いてみる。
机が固まった一角に進むと、彼女は部下だろう人に指示し始めている。
「午後は少し遅くなる。急ぎの決裁を済ませると退社するので周知していてくれ。食事してくる」
食事と聴こえて、お昼ごはんの時間が来ているのを思い出した。