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あの場所から

作者: 森川めだか

あの場所から


 一番泣いた思い出はゴールデンハムスターに噛まれた時だ。

酔っただけなのに、また今日が始まる。

()明日(れば)はシャッター商店街を歩いていた。

出会いは出会うまでの盗賊の間から返してもらった時間。昨日の夜のことなんだ。来明日は上を見上げた。

僕の名前を知っていますか。

離船(りふね)は「自分は、何してんだろうな、で、他人は、何やってんのかな、だね」と言った。

「レジャーシートの上で」の絵の前で。ピクニックに出かけてる、の図だ。

離船はバスの停留所で待っていた。学ランで。

来明日もバスを待っていた。「おい、小池!」のポスターが時刻表の上に貼られている。

行き先は同じだった。近所のスーパー。

離船はバナナケーキサンドだけを手に持ってレジに並んだ。その後ろにカゴ一杯に詰め込んだ来明日が並んだ。

「あ、先、いいですよ」

「あ、どうも」来明日は軽く頭を下げて、離船とすれ違った。

肉を詰めていると、もう外は夜だ。

涼しい風に吹かれて、外に出るとさっきの学ラン姿がスーパーの壁によりかかってバナナケーキサンドを食べていた。

「さっきはどうも」また軽く頭を下げる。

離船は口を開けたままで軽く頭を下げた。

その頃、ヤマネは次々流れるシグナルの中で交差点で立ち止まっていた。

ヤマネともへじはもう終わっていた。騒々しい心の距離。

「月か」シグナルと一緒になってた。

渡り出す。ヤマネは夜しか生きられないがキリストは孤独だった。

「ああ、先いいですよ」

隔週くらいで見かける。

「寒くなってきましたね」

離船は一瞬、分からない顔をした。

「この頃、暖かいですよね」

手には森永のお菓子だけを持っていた。

「絵がかかるようになったんですね」

「え?」

離船は顎でツイとやった。

来明日は気付かなかったが、アンケートの上に一枚の絵がかかっていた。

「お兄さん、どうぞ」隣のレジが開いた。

離船が出て行った後で、来明日は絵を見上げながら袋に詰めた。

ここで買った物でピクニックにでも出かけろってことかしら。

壁には離船はいなかった。そういえば学ランじゃなかった。

来明日は頭の中であの絵の話を考えていた。

きっと男の子はハバーサック。妹はチットで、マム、ダッドって呼んでるんだ。

フルーツサンドがいい? 玉子サンドがいい? 来明日は一人、笑んだ。

「しばらくぶりだね」

夏はもうすぐそこ。雪が溶けて茶色の通りになった道をハバーサックは窓から見てる。

「西瓜割りしたいな」ビーチで。

マムはシステムキッチンでそんなハバーサックを微笑んで見ている。

「早くカバーオール着ちゃいなさい」

「はい、マム」

チットはおトイレに行ってて、その上の階段をハバーサックは駆け上る。

階段の途中にはもうレジャーシートを入れるだけになった荷物が置かれている。

部屋にはまだクリスマスから飾ったままのクーゲルが残っている。

一番幸せな時間だったかも知れません。

ヤマネと過ごした何年間かはもへじにとってガラスに映った鏡だった。

もし生まれ変われるならどこか遠くでまたどこかで。

言葉にもならない聞きとれないくらいの雨に降られて透明な傘でできた空があったらいいのに。

「私たち、レインズね」

「ああ、レインズだ」

海に吹く風のように、どこか素っ気なく。

影の形、アイライン。

風の約束。

「待ち人っていうのは本当に待っている人じゃないの。いつか出会う人なのよ」

「寒くなってきましたね」隣に離船が立った。

「あら」

「どうせ毎日、買うんだからまとめ買いしようかと思って」

「フジパンばっかり」来明日は笑った。

「ここしか売ってないんですよ」

「あの絵、題名分かります? 私、目、近いから」

「レジャーシートの上で。誰が描いたんですかね」

「店長だったりして」

来明日はハバーサックの話をした。

「面白いですね。でも違うな」

離船も絵を見上げた。

「きっとこの家族は普段、外に出ないんですよ。それでチットですか? 妹さんは土壇場で熱を出すんです。ピクニックは取り止めになるんですよ」

「どうしてそう思うの?」

「だって、あの子、悲しそうじゃないですか」

「ハバーサック?」

離船は肯いた。

「ピクニックが取り止めになって、外でも雨が降ってるんです。それでハバーサックはそれを窓で見てる。玄関かも知れないな。カバーオール着たままでチットに背中向けてるんです」

「お兄ちゃん、ごめんね、って?」

離船は詰めながら首を振った。

「泣いてないよ、って。ホントは泣いてるんですけどね。それで、シュレーディンガーの猫って知ってます? 50%行けて、50%行けなかったんだ、って。俺ら、マブダチだからさ、って、泣いてない方の目で振り返ってウインクするんです。家の中にもジャングルジムがあるからって」

「悲しい話ね」

「マムが慰めるんです。ハバーサックの頬を手で挟んで夢の続き話してみてって」

来明日はプッと吹き出した。

「よくまあ、」

「エトガーは許されます、って言うんです。それが家族の決まり事みたいにね」

じゃ、と離船はバッグを持った。

「僕の名前を知っていますか」

「ハバーサックかしら?」

「離船って言うんです」

離船はウインクした。

帰り際に、君の影と手をつないだ。

でも違うな。答えはボブ・ディランの「風に吹かれて」

寝入り端に起きちゃったの。

頬を手で挟んで私は夢の続きにいる。

外に出ると、ああ、佳月。ほくろが夜肌に冷たい。

夜だからシャッター商店街になってるだけで「おい、小池!」のポスターがここにも貼られている。

酔っただけで月がトマトのピューレに見える。

ああ、来明日は呟いた。

「クリスマス」

カモンカモンカモンベイビー恋するフォーチュンクッキー未来は・・。


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