決戦 14
戦闘開始から約五分――
奴に対する有効な攻撃は現状皆無だった。
勇敢な多くの騎士達が決死の覚悟で魔術や剣撃を放つも、そのどれもが奴の巨体の前では等しく無力だった。
その上奴が足を数歩動かすだけで、足元付近にいた騎士は身動きが困難になるほどの地揺れに見舞われて倒れ込んでしまう。そして、そのまま踏み潰されるという無惨な最期を迎えてしまう者もおり、戦意を削がれる騎士も出始めていた。
(奴にとってはただ歩いているだけでも、人間にしてみれば動く攻城兵器で蹂躙されているようなものだな・・・)
動きが素早いというわけではない。圧倒的な巨体のため、たった一歩が数十メートル単位の移動距離となっているのだ。
戦闘開始から僅か数分で絶望的な力の差を見せつけられている状況だが、奴からはまだこちらと戦う意思が失われていない。
普通であれば力の差を確認し、後は嬲るように、遊びのように攻撃をするだけかと思ったが、奴は執拗に。確実に。明確な殺意をもって、自らに襲いかかってきている人間を踏み潰している。
「レイチェル。俺も動くぞ」
「分かったわ。私も行動を開始する」
俺は両手に顕現させた『虚無』と『白夜』を握りしめると、レイチェルに次の作戦行動に移ることを宣言した。俺の言葉に彼女は決死の表情で返答すると共に、自身の愛槍である白銀の槍を携える。
「死ぬなよ」
「あなたもね」
短い言葉を交わすと、俺は奴目掛けて正面から突っ込む。
「はぁぁぁ!!」
身体超強化を施した踏み込みで間合いを詰めようと近づいた瞬間、まるで俺が動き出すのを待っていたかのように奴と目が合ったような気がした。
「――っ!」
刹那。背筋に悪寒が走り、本能的に防御体制の準備を行う。
『――――――――っ!』
人間の可聴域を越えた咆哮。威嚇というわけではなく、単に大きな声のようだが、周囲にいる騎士達はその咆哮の影響で、耳を押さえてしゃがみ込んでしまっている。
俺も耳を塞ぎたくなる衝動を振り切って、鼓膜が破れながらも『虚無』の形状変化を行うと、奴は大きな口を開けてこちらに狙いを定めてきた。
(ブレスかっ!)
想定される射線上の騎士達の前に出るために速度を上げ、奴のブレスを迎撃する。
「遮断・壁!」
『虚無』による絶対防御。その形状を巨大な壁に変え、背後にいる騎士達を守る。直後、強大な破壊の奔流が襲いかかってくる。
「…………」
その圧倒的な力に飲み込まれまいと、必死に歯を喰いしばって耐える。相殺はできているが、絶えず『虚無』に魔力を流し続けて効力を維持していなければ、あっという間に蒸発してしまうだろう。
どのくらいの時間耐え続けていただろうか。もしかしたら一瞬のことだったかもしれないが、たった一度の攻防で感じる疲労感ではなかった。まるで一日中魔物と戦った後のような脱力感がある。
(庇いながら戦うのは無理だな)
そう判断すると、即座に指示を出しながら『白夜』で自分を癒す。
「総員退避! 負傷者を連れて後退しろ!」
「で、ですが、我々はまだ……」
事前に想定していた戦果を挙げられていないことを悔しがってか、俺の指示に対して反論しようとする騎士もいたが、残念ながらその心意気を買ってやれるほどの余裕はない。
「作戦は次の段階に移行した! 総員、己の責務を果たせ!」
「……了解しました。撤退するぞ! 武器は放棄! 戦いの邪魔にならぬように、最速でこの戦域を離脱する!」
「「「はっ!」」」」
号令の元、騎士達は撤退の邪魔になる武器や盾をその場に投棄し、脱兎のごとき動きで逃げ始める。
しかし、奴が黙って騎士を見逃すわけもなく、逃げに徹する動きを見せた騎士達を逃すまいと、長い尻尾をうねらせ、身体を一回転させてきた。
(尻尾による打撃⁉ しかも攻撃範囲が広過ぎる!)
奴がその巨体を一回転させるだけで、小さな人間にとっては逃れようのない致命的な攻撃を受けることになってしまう。
これではまるで災害などの天災のようだ。
「上に飛べ!」
「「「ぐあぁぁぁ!」」」
咄嗟に攻撃を避けるように叫んだが、地面を抉りながら迫りくる凶悪な尻尾の様子に怯んで動けぬ者もおり、多くの者達が直撃を受け、弾かれるように吹き飛ばされていく。
「これ以上はやらせん!」
俺は回転している奴の間合いの中。尻尾の中間辺りへ踏み込むと、再び剣の形状へと戻した『虚無』を下段から上に向かって斬り上げる。
「はぁぁぁ!」
正面から受け止めるのではなく、受け流すようにして攻撃の軌道を逸らそうとするが、あまりの質量の違いのせいで何もできず、地面に跡を残しながら押し込まれるようにして後退させられてしまう。
「ぐぅぅぅ……」
全力で抗おうと力を込めるのだが、尻尾の勢いを減速させる程度にしかならない。それだけで俺の肉体は悲鳴をあげ、身体中の筋肉が断裂しているような、言いようもない激痛が身体を駆け巡る。
それでもその僅かな時間稼ぎは、騎士達の体勢を建て直すには十分だった。
「団長が押さえてくださっている今の内に逃げろ! 倒れているものを担いで、合流地点へ急げ!」
騎士達は蜘蛛の子を散らすようにその場を離れようと動き出すが、奴はその様子を見てか、大きく口を開いた。
『―――――――っ!』
耳をつんざく咆哮が放たれる。自らの敵を逃がすまいとする意思が感じられるその咆哮は、このタイミングにおいては絶大な効果を発揮してしまった。
かなりの負傷者が出ていたため、逃げる騎士の大半はその負傷者を抱えていたために、耳を塞ぐことができなかったのだ。そのため、咆哮の影響でほとんどの騎士がその場に倒れ込んでしまった。
(まずいっ!)
奴は咆哮をあげるため、尻尾による攻撃の勢いを弱めていた。そのお陰で奴の尻尾を止めることはできたのだが、この場のほとんどの騎士が倒れ込んでしまっている。
俺も奴の攻撃を止めた代償として、全身がぼろぼろの状態ですぐには動けない。
今追撃を放たれれば、守りようがない。
それを分かってるのか、奴は三日月のような口元をして、まるでこちらを見下すような笑顔を浮かべていた。
――その時。
「せあぁぁぁぁ!」
裂帛の気合いの声と共に、一条の銀色の光が奴に向かって行く。俺を除けば、身体超強化を扱える数少ない騎士の一人。第二騎士団団長、レイチェル・スタンフォースだ。
「はぁっ!」
奴の手前数メートルで上空へと跳躍し、狙っているのは喉の下。一枚だけ鱗が逆さになっている、ドラゴンの弱点である逆鱗だ。
「ぬんっ!」
女性に似合わぬ野太い掛け声と共に白銀の穂先を突き出し、正確に逆鱗を狙らっている。奴の意識は地面に倒れ伏している騎士達に向かっていたこともあり、虚を突かれたように逆鱗への防御意識は無かったが……。
『――――!』
硬質な金属同士がぶつかり合うような甲高い音が周囲に鳴り響く。レイチェルの攻撃は逆さになっている逆鱗と鱗の隙間を正確に捉えていた。本来弱点である皮膚が僅かにむき出しになっている場所でさえも攻撃を通すことができず、押し止められている。
(外部からの攻撃に対しては完全無欠だな。正直、正攻法では勝ち目はない)
外見的にはドラゴンが巨大化した様相を呈しているだけに、およそドラゴンであれば弱点となりうる場所を攻撃したにも関わらず、その防御力は圧倒的だった。
「くっ!」
自身の渾身の一撃が完璧に防がれたことを自覚したのか、レイチェルは悔しげに顔を歪めると、反撃を喰らわないように奴の身体を蹴って距離を取ろうとするが、逆鱗を攻撃された奴がそれを許すことはなかった。
『GRUuu』
短い唸り声を上げると大口を開け、距離を取ろうと離れかけているレイチェルを追うように顔を動かす。
「そのまま喰うつもりか!」
「――っ」
レイチェルは咄嗟に槍を縦にして、食べられないように奴の口につっかえ棒の様にして防ぐが、奴の口を閉じる力は強靭で、彼女の強固なミスリル製の槍がたわわにしなっている。おそらく数秒も持ちこたえられないだろう。
「させるか!」
俺は『白夜』を自らに突き刺して身体のダメージ回復させると、地面を蹴って彼女を救援するために奴の口に飛び込む。
「アルバ――」
「どけっ!」
緊急事態のため、目を見開いて俺の名を叫ぶレイチェルを足蹴にして、奴の口内から弾き飛ばす。
次の瞬間、口が閉じないように支えていたレイチェルの槍が音を立てて折れてしまった。
「くっ」
俺は暗闇に閉ざされる奴の口の中で、苦痛に顔を歪めたのだった。




