決戦 13
「「「はぁぁぁ!!!」」」
レイチェルの号令の元、剣士の騎士達が一斉に動き出す。
抜剣し、雄叫びを上げながら足元へと殺到する。そして、奴の巨大な足をすれ違いざまに斬り付けていくが、その場に留まることはしない。統率のとれた流れる動きで、次々に騎士が入れ替わり立ち代わりで攻撃を加えていく。
これは本来、魔物の視界を混乱させる為に行う騎士団の作戦行動なのだが、今回の相手に限ってはその効果を望んでいるわけではない。そもそも奴は巨大過ぎて足元の人間など視界には収まっていないだろう。それに、無造作に足を動かされるだけでも、攻撃をしている騎士にとっては致命傷になりうる。だからこそ、足を止めて撃ち合わないように厳命している。
それに、この作戦には別の意味もある。
(頼むぞ……こちらの思惑を悟らせるなよ)
内心で祈りながら俺も準備を始めるため、”虚無”と”白夜”を同時発動するための集中に入る。
□□ 回想 □□
「で、例の魔物を倒すための具体的な作戦はあるの?」
魔導列車で防衛拠点に到着し、第二騎士団団長のレイチェルと方針を話し合った後のことだ。
騎士達への指示を出し終えて戻ってきた彼女は、期待と不安が入り交じったような表情を浮かべて俺に問い掛けてきた。
「正直な話、無いことはないという表現になるな」
「どういうこと? あなたの新たな能力と関係があるのかしら?」
「ああ。レイチェルには話しておく。あの能力は――」
そうして俺は、彼女に”虚無”と”白夜”を融合させた新たな力の特徴と使用方法につて説明し始めた。まだ実際には使用したことが無いながらも、その力の全容を把握しているのは、自身の心臓に二つの剣を突き刺したあの瞬間、唐突に頭の中に知識が浮かび上がったというか、使い方を身体が理解したというか、例えようのない事が起こったのだ。
具体的な能力は二つ。
一つは、攻撃の対象となるものは、肉体ではなく精神体であるということ。
身体に損傷を与えるのではなく、その精神に直接痛みを加える攻撃を行うことができるというものだ。
幻痛という言葉があるが、精神が攻撃を受けたと認識すると、実際には肉体に損傷を負っていないにもかかわらず、精神の痛みが肉体に影響し、傷が浮かび上がる事があるらしい。更に重度のものとなると、精神が死を認識してしまうことで、肉体的にも本当の死が訪れることになるというものだ。
もう一つは、精神体の改変だ。
これは接触した精神の有り様を変えることができるというものだ。
例えば、魔物の精神を人間の精神へと改変することで、肉体的にも人間にすることができるようだ。実際に試してはいないが、感覚的にできないことはないと分かる。
「とんでもない能力ね。それなら、例の魔物を人間に改変することができれば、容易に倒せそうね」
「残念ながら、この能力を行使するに当たっては相応の条件と代償が必要でね。そう簡単にはいかない」
「まぁ、こんなトンデモ能力が無条件で使えたら、魔物よりもあなたの方が恐怖の対象として畏れられることになりそうだものね。だから私に具体的な能力と条件を伝えておくってことね?」
「ああ。俺は討伐対象として指名手配され、孤独に生きていきたいとは考えていないからな」
この能力を理解したとき、人の世から排斥され得る力だと確信した。
確かに魔物を無害化することができるが、言い換えれば、人間を魔物にすることもできてしまう能力だ。ある日突然、自分が魔物にされるかもしれない。そんな恐怖を俺に対して抱かれることになってしまう。
国家を運営する上で、そんな危険な能力を持った人物を野放しにすることはできないだろう。
「それで、その条件と代償は?」
「発動条件は2つ。1つは、相手が俺の攻撃に対して無防備であるということ。攻撃を受けるということを認識されると、精神も防御されてしまうようだ」
「つまり、死角からの攻撃が必要ってことかしら?」
「いや、残念ながらそう単純なことではない」
レイチェルの確認に、俺は静かに首を振って否定する。
「どういうこと?」
「俺だけの攻撃だけではなく、誰の攻撃を受けていてもダメってことだ」
攻撃を受けている。もっと言うと、戦闘をしているという状況そのものが、無意識に精神を守護する状態となってしまう。
「なるほどね。でもそれだと、魔物との戦闘中はその力を使えないことにならない?」
「そうだ。更にもう1つの条件として、相手の魔力を俺が上回っていなければならない」
「それは、単純な魔力量という意味?」
「いや。魔力の質というか何というか、良い表現が浮かばないんだが、相手より上位の魔力的な要素が必要ということだ」
「……?」
俺の説明にレイチェルは、意味が理解できないといった様子で首を傾げてしまった。ただ、それは仕方ないことだろう。説明している俺でさえも感覚的に把握しているだけで、上手く言語化できる気がしないのだから。
「あ~、何というか例えると、魔力で腕相撲をするって感じかな。力だけあっても、瞬発力の差や手首の使い方で負けたりするだろ?」
「まぁ、分からなくはないけど」
「……実際に見せた方が早いか」
いまいち理解できていないというレイチェルの反応から、実践した方が手っ取り早いと考え、手近な騎士に命じて、あるものを取りに行かせた。
「お待たせいたしました!」
少しすると、頼みごとをした騎士が戻ってきた。手には数枚の若葉が付いている小枝を携えており、それを俺とレイチェルが座る机へと置くと、素早く退出していった。
「これをどうするの?」
机の上に置かれた小枝には、緑色の蝶の幼虫が若葉を貪っている。そんな芋虫を怪訝な表情で見ながら、レイチェルは疑問を口にしてきた。
「こいつを今、蝶に羽化させる」
「えっ? さすがにそれは」
「本来芋虫が蝶になるには、サナギになってから羽化するというのは俺も知っている。だが、それを俺の力でサナギを飛び越えて蝶にする」
「……」
信じられないといった表情を浮かべるレイチェルを他所に、俺は準備に取りかかる。
静かに集中し、”虚無”と”白夜”を顕現させ、大きく息を吐き出して自らの心臓に同時に突き刺す。
「っ!」
俺の行動の意味を知らないレイチェルは、驚きに目を見開いていた。
そして――
「さぁ、始めるぞ」
青銀色のオーラを纏った俺は、芋虫の大きさに合わせてオーラから小指程の長さの針を作り出すと、若葉を貪っている芋虫に突き刺した。その瞬間、芋虫の精神構造が頭の中に流れてくる。同時に、どうすれば対象の精神体を改変できるかも分かった。
(魔物ではなく、ただの芋虫だからか? これを蝶に改変するのは簡単そうだな。ただそうか……これがリスクか)
俺は突き刺した針を通して芋虫の精神構造を改変すると、変化はすぐに見られた。
「なっ! これはっ!」
たった今まで緑色をした芋虫だったそれは、瞬く間に淡い紫色が美しい蝶へと変化し、室内を飛び回った。その様子に、レイチェルは驚きを隠せずに叫んでいた。
「能力としてはこんなものだな。今回は対象が、ただの芋虫という魔力も持たない生物だったこと。成長すればどのみち蝶に羽化するから、ほとんど魔力も必要なかったな」
「とんでもない力ね」
俺の説明にレイチェルは、畏怖を滲ませる表情を浮かべて部屋を飛び回る蝶を見ていた。
「今のは芋虫が無抵抗だったからスムーズにできた。感覚的には針を通して相手の肉体に俺の魔力を侵食させ、精神構造体の有り様を書き換えたってとこだ」
「侵食……毒みたいな感じかしら?」
「あぁ。その表現がしっくりくるかもな。俺の侵食する毒に対抗できれば、何も起きない」
「それが攻撃を受けるかもしれないという精神的な心構えと、魔力的な要素で防げるというわけね。全てではないけど、何となくは理解したわ」
レイチェルは、俺の言葉に納得したような表情を浮かべている。そんな彼女に、俺は最も重要な事を伝えておく。
「最後に、この能力の代償だが。もし失敗した場合は、俺がやろうとしたことがそのまま俺の身に返ってくる」
「それはつまり、対象を人間から魔物にしようとしたら、あなたが魔物になってしまうということ?」
「付け加えれば、精神に直接痛みを与える攻撃も同様ってことだ」
「なるほど。攻撃として使うには、ハイリスク・ハイリターンってわけね」
能力の説明を終えると、レイチェルは安堵の表情を浮かべたが、その使いどころの難しい能力に対してなのか、呆れたようにため息を吐き出していた。
「だが、今回の相手にはリスクを負ってでも、この能力で勝負するしか対抗手段が無いのも事実だ」
「あなたがそう断言するくらいなのだから、そうなのね。となると、私たちにできることは」
「ああ。盛大な陽動だ」
彼女が思い浮かべているであろう作戦に対して、俺は声に出して確認した。




