決戦 11
陽が沈みかけた夜の始まりの時間。魔導列車は終点に到着し、魔物討伐の防衛拠点へと再び足を踏み入れた。
驚いたのは、現在この拠点にはかなりの人数の騎士が待機しており、森から迫る魔物の対処はどうなっているのかと心配になるほどだった。
手近の騎士に状況を確認しようとすると、俺の姿に驚愕した表情を浮かべるが、自分の役割を思い出したのか、大きく首を振って報告を始めた。
どうやら強大な魔物の気配が接近してきたことから、魔物達は蜘蛛の子を散らすようにしてどこかへ逃げたようだ。
当の強大な魔物は、ここから少し離れた森の中へ降り立ったようで、時折魔物の断末魔のような叫びが聞こえることから、腹ごしらえでもしているのではないかということらしい。
現在はこちらを襲ってくるような動きがないため監視に留め、この期に十分な休憩を取りつつ、襲来に備えて準備をしているということだった。
状況を確認した俺は、この拠点を管轄している第二騎士団の団長へと話をすべく、彼女がいるはずの天幕へと案内してもらった。
「久しぶりだな、レイチェル」
「お久しぶりね、アルバート。見た目が凄いことになっているけど、大丈夫なの?」
「問題ない。この力、中々操作が難しくてな。今は身体に馴染ませるための訓練中だ」
「そう。また差が開いてしまったようね・・・」
司令部用の大な天幕へと入ると、キツい目付きをした女性、第二騎士団団長のレイチェル・スタンフォースが俺を出迎えた。確か年齢は38歳で、第三騎士団の副団長と結婚していたはずだ。
彼女は青銀色のオーラを纏う俺の見た目に驚くも、小さなため息と共に天幕の奥へと入るように促してきた。以前、第一騎士団団長の座を争ったこともあるからか、俺が新たな力を手にしていることに思うところもあるのだろう。
「さっそくだが、今の状況を共有しておきたい」
「あのとんでもない魔物のことね? あれが何か知っているの?」
天幕内の奥にある4人掛けのテーブルに座ってから俺が話を切り出すと、彼女は目を丸くし、身を乗り出すようにして聞き返してきた。
「報告で聞いているかもしれないが、例の帝国を滅ぼした魔物だろう」
「っ! まさか、今度は王国を滅ぼしに来たってこと?」
「さすがに魔物の考えは分からない。ただ、一度戦ったことがある身としては、何事もなく通り過ぎることだけは無いだろうな」
「・・・・・」
俺の言葉に、彼女は考え込むように俯いてしまう。
少しして考えが纏まったのか、真剣な表情を浮かべながら口を開いた。
「アルバート、あなたならあの魔物を倒せそうなの? その新たな力は、そのためのものなのでしょう?」
「そうだが、確実に倒せるかどうかは未知数だな」
「あなたがそこまで言うからには、とんでもない力を持った魔物なのね。私達では戦闘に参加しようとしても足手まといになりそうかしら?」
「いや、牽制に協力してくれるならありがたい。死ぬ可能性はとんでもなく高いが」
苦笑いを浮かべて放った俺の言葉に、彼女は不快感を滲ませるように眉を潜め、強い口調で反論してきた。
「アルバート、私達は騎士よ? 国のため、国民のために命を捧げる覚悟は、とっくの昔に出来ているわ!」
「全ての騎士がそうだとは限らないだろう? 誰にだって家族や大切な人がいるんだ。死にたくないと思うことは普通のことだ」
「・・・あなた、本当にアルバート? アルバート・フィグラムなのよね?」
彼女は俺の発言に何故か驚きの表情を浮かべ、ジロジロと顔を覗き込んできた。
「何を言っているんだ? 確かに今の俺の見た目は少し変わっているが、正真正銘、第一騎士団団長のアルバート・フィグラムだ」
「・・・あなたもしかして、好きな人でもできたの?」
「はぁ? 何でそうなるんだよ?」
あまりの訳のわからない発言に、意味が分からず俺も彼女の顔を覗き込むが、目を逸らされることなく、真っ直ぐに俺を見つめ返してくる。その様子に、どうやら真剣に言っているのだと分かった。
「あのなぁ、俺だって大切に思っている人の一人や二人はいるぞ?」
「少し前のあなたなら、任務に対して個人的な事情を挟む騎士を険悪してたでしょ? だからこそ、あなたが選抜した第一騎士団の団員はたったの3名。全員我の強い個性的な連中だけど、任務は絶対に拒否しない。結婚記念日だろうが、家族や恋人との約束があろうが、生存の可能性が極めて低い任務だろうが、ね」
「・・・」
彼女からそう指摘されると、確かに俺は団員を面接した際、任務に対する忠誠度を計るような質問ばかりしていた気がする。どのような予定があったとしても任務を優先できるかや、それこそ命を投げ出すような状況になった場合の覚悟等を聞いていた。
その返答に納得できなければ、採用印を押すことはなかった。結果として第一騎士団は、俺を含めてたったの4人という異例の形態をとっていた。
「そんなあなたが王国の危機であるにもかかわらず、死にたくないなら討伐協力に参加しなくても良いと言うなんて、よほど大きな考え方の変化がなければあり得ない発言だわ。男の人のそういう変化って、大抵は女絡みだって相場は決まっているのよ」
「・・・」
訳知り顔で言う彼女の言葉で、自分の心情に向き合ってみる。
正直にいって俺は、女性と男女の関係になることを忌避していた。その感情の根幹は、師匠がいつも痴情のもつれで女性から刺されたりしていたことが原因で間違いないだろう。
師匠は血を流しながら笑っていたが、俺は増悪に染まる女性の顔に恐怖を感じていた。女性とはこんなに恐ろしい表情をするものなのかと。
もちろん原因は師匠にあり、女性達は被害者といっても良いが、あの増悪に染まった顔が幼心に焼き付いてしまっていた。
今まで女性からそういった感情を向けられたことは無いわけではないが、基本的にそういった女性とは壁を作って接してきていた。それがいつからか、考え方が変わったというのだろうか。
「王女様以上のとんでもない美貌の持ち主でも現れたのかしら? 例の亡命してきた帝国の誰かさん? それとも、女性に心を揺さぶられるほどの衝撃を受ける事件でもあった?」
彼女の質問に思い返してみると、エリーゼさんの顔が自然と浮かんできた。
(あれは確かに俺にとっても衝撃的な出来事だった。自分の命を投げ捨ててまで俺を救ってくれるなんて、普通に考えたらあり得ないからな。それで女性への感情に変化が現れたってことなのか? う~ん、よくわからないな)
眉間にシワを寄せながら考え込んでしまっていると、身を乗り出したレイチェルが俺の肩を軽く叩く。
「王女様の件で、こっちに火の粉が掛からないようにお願いね?」
「な、そんなことにはならないだろ」
確かに王女殿下の俺に対する想いには常軌を逸したものを感じることもあるが、さすがに他者に迷惑をかけるようなことまではしないだろうと考えて返答するも、彼女は呆れたように笑って見せた。
「今までどれだけ王女様が私情を挟んでいると思っているのよ」
「いや、まぁ、それは・・・」
その言葉に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。王女に熱烈なアプローチを受けるようになってから、任務はより功績の挙げやすいものが割り当てられるようになったし、昇爵についてもあっという間に話が進んでいた。
学院に潜入してからは保険医の教師であるマリアを使って、俺の周辺の情報収集を行っているし、あまつさえ、自身の扇情的な姿絵まで渡させてくる始末だ。周りに迷惑をかけていないとは、口が裂けても言えないだろう。
「別に王女様を絶対に選べなんて言わないけど、女性への偏見がなくなったのなら、一度真っ白な気持ちで見てみたら?」
「あ、ああ。努力してみる」
そうして俺の女性に対する感情云々の話は終わり、本格的に神樹の実を取り込んだ強大な魔物への対処法へと話題は変わっていった。
方針としては、現在この拠点に駐在する約1200名の騎士から希望者を募り、牽制役の部隊を再編成する。残りは逃げた魔物が再び戻ってくることも想定し、従来通り防衛の任務を継続してもらう。
レイチェルとの話し合いである程度方針が決まると、すぐに拠点の騎士全員に情報が共有され、結果的に500人程の騎士が名乗りを上げて、牽制役を担うこととなった。
この時、時刻は既に夜の帳が降りてしばらく経った頃だったが、未だに例の魔物の動きはなかった。
不気味に感じながらも、身体を休める時間が確保できたのは僥倖で、拠点の騎士達の顔からも疲労の色は薄れているようだった。
――そして翌朝。事態は動き出した。




