決戦 9
学院に迫っていたワイバーンの討伐を終え、その後の事後処理も終える頃には、既に夕方近くになっていた。
ワイバーンとの戦いを近くで観戦させていた生徒達の様子を伺うに、多くの生徒達は今までの学院の教育方針に疑問を感じてくれていたようだった。中には現実を受け入れられないような、目の前の現実を拒絶するかのような表情を浮かべている生徒もいたが、それは極少数だ。
(騎士団としての実際の戦闘方法を見れば、これまでの考え方も変わるだろう。どちらが上か下なんて言い合っている内に、魔物に殺されるんだからな)
生徒達の意識改革については、変化の兆しが見えた気がする。王国の安全域が消失し、強大な魔物との戦いをその目に見せるという荒療治ではあったが、効果は絶大だったようだ。
ただ、教師陣については難しいだろう。あの激戦を見せてさえも、教師達の表情から改心の感情は感じ取れなかった。どちらかといえば、現実逃避的な顔をしているように見受けられたのだ。
(教師として勤めてから、実戦経験といえば低難度の魔物との戦闘程度だろう。魔物への恐怖も忘れ、騎士としての矜持も捨て、ただ自らの欲のために教師としての権力に固執している・・・救いようがないな)
これからこの王国は、激動の時代を迎えることになるだろう。神樹を復活させるまでの国防もさることながら、国王暗殺による次期王政の樹立にも頭を悩ませなければならない。早期に国を安定させるためには、不穏分子を切り離す必要がある。具体的にいえば、第一王子や第二王女の方針に異を唱える者の粛清だ。
平和な世の中であれば独裁と謗りを受けるだろうが、非常時においては強力なリーダーシップで国を導いていく必要があるため有効だ。国としての方針を決めるのに、一々会議を開いて貴族達の意見を統一していては間に合わないからだ。
(さて、この国は今後どう変わっていくかな?)
この国の将来に想いを馳せながら、学院指揮についてエリーゼさんに一任し、一度王城へ戻って現状の確認や情報共有を行おうと考えた時だった。
それはやって来た。
『――――』
微かに聞こえる魔物の咆哮。声量からして、まだ距離はあるように感じるが、この声音には覚えがあった。
「ア、アルバート殿・・・」
エリーゼさんが蒼白な顔をしながら駆け寄ってきた。おそらく彼女もこちらに向かってきている魔物の正体に気づいているのだろう。周辺で作業をしていた生徒達も、状況が分かっていないながらも不安げにこちらを見てくる。
「えぇ、分かっています。どうやら奴が来たようですね」
そう言葉を溢しながら咆哮が聞こえた方角を確認すると、空の彼方に黒い点の様な物体が見えた。奴の飛行速度であれば、数十分でこの王国の中心地まで来ることができるだろう。そうなってしまえば、住民に甚大な被害が出るばかりか、帝国同様に王国も滅亡する可能性すらあり得る。
「如何致しますか?」
エリーゼさんは周囲を見渡しながら、今後の方針について確認してきた。学院の教師や生徒達は、ワイバーンの解体の手伝いをさせていたので、まだ大半が演習場に残っている。本来なら解散の指示を出し、休息をとらすために学生寮へと戻ってもらおうと思っていたが、奴が来るのであれば臨戦態勢の指示を出すべきかもしれない。
(いや、奴を前にすれば、学生達がパニックを起こす可能性の方が高いか・・・王国の騎士団長と同等の実力を持っているエリーゼさんでさえ、奴の咆哮一つで身体が動かなくなるほどだ。最悪、殺気を浴びせられた学生達はそれだけで死ぬかもしれない・・・)
様々な可能性を考慮し、どう指示すべきか考えていると、再度咆哮が耳に届く。
『ーーーーっ!』
先程よりもはっきりと耳に届くその咆哮は、人の恐怖心そのものを揺さぶる力があるのか、まだ遠く離れているにも関わらず、その声を耳にした多くの者達から悲鳴が上がる。
「きゃーー!!」
「なんだ?なんなんだよっ!?」
「た、助け、誰か・・・」
阿鼻叫喚の状況に陥る生徒達に混じり、教師達もまた頭を抱えて踞り、恐怖に身を震わせている者もいる。早急に指示を出さなければ、混乱に拍車が掛かってしまう。
「俺は奴を迎え撃つため、これから移動します。王国内部への侵入は阻止するつもりですが、エリーゼさんは学院の生徒達を見ていてください。決してパニックを起こさせないようにお願いします」
この状況下において一番怖いのは、集団パニックだ。恐怖が伝染し、多くの人々が混乱して予期せぬ行動をすれば、守れる命も守れなくなってしまう。
「かしこまりました。アルバート殿、援軍は必要ですか?」
「いえ、エリーゼさんも交戦して分かっていると思いますが、生半可な者では奴の前にすら立てないでしょう。あなたのように騎士団長クラスの実力があってようやくというところですが、今は奴の迎撃だけでなく、別の多くの魔物の撃退も同時にしなければなりません。一ヶ所に戦力を集中するのは愚策でしょう」
「そう・・ですね」
俺の返答に、彼女は不安げな表情を浮かべていた。前回奴と戦った際、俺は彼女に命を救われている。その記憶が、奴と俺を単独で戦わせることに躊躇を覚えてしまっているのだろう。しかし実際問題として、神樹の実を取り込んだ魔物だけに戦力を集中しては、王国の守りが手薄になってしまうのも事実。
危うい均衡の上に今の防衛体制が成り立っていることを考えれば、奴は俺が単独で倒さなければならないだろう。
「心配しなくても大丈夫ですよ。今度は奴の実力を十分に分かった上で戦いに望むんです。同じ轍は踏みません」
「無事に・・・必ず帰ってきてください」
「勿論です。俺はこの王国最強のパラディン序列一位、第一騎士団団長アルバート・フィグラム。王国の守護者なんですから」
安心させるように少しおどけた調子で言って見せると、彼女は笑みを浮かべた。ただその表情は無理に笑っているような、俺の想いを理解して無理矢理に笑みを浮かべているようだった。
それから俺は、中隊長のレストにいくつかの指示を与えた。それは伝令として、直ちに第一王子に強大な魔物が王国に迫っていること。その魔物の対処は第一騎士団団長が単独で担うので、手出し無用であることを知らせるものだ。
そして、現在防衛を担っている各騎士達へも同様の内容を共有しつつ、今まで通りの戦略で魔物の防衛に専念することを伝えるように指示を出した。
俺の命令で騎士達が慌ただしく動き出すと、学院生や教師達もエリーゼさんの指示に従って行動し始めた。そんな中、マーガレットとロベリア、そしてライトの3人が俺の方へとやって来た。
「アルバート様・・・行かれるのですね?ご無事をお祈りしています」
「あの、その、アルバート様なら大丈夫だと思いますけど、頑張ってください!」
「僕たちでは何の役にも立ちませんが、応援することはできます。お気をつけて!」
3人がそれぞれの言葉で、戦いに向かう俺を気遣ってくれている。年齢や身分を偽っていることが分かって、何となく俺とどう接していいのかわからないといった様子だったが、心から身を案じているというのは伝わってくる。
「3人ともありがとう。既に王国には安全な場所というのはない。みんなも気を付けるように」
感謝の言葉を伝えると、3人とも嬉しそうな表情を浮かべた。俺は続けて3人へ指示を出す。
「マーガレットは学院の生徒達が戦うようなことがあれば、無理しないよう状況を冷静に見極めるんだ。決して無理はしないように」
「はい。ありがとうございます」
「ロベリアは怪我人が出た場合の治療に専念するように。回復役は重要な役目だ。自分が倒れたら全体の戦闘継続が困難になると心得るんだ」
「う、うん・・あっ、はい。わかりました」
「ライトは王城へ向かってもらいたい。君の力を貸して欲しい事があるんだ。王城へ報告に向かう騎士と同行してくれ」
「任せてください!僕なんかで力になれることがあれば、いくらでもお貸しします!」
3人とも俺の言葉に素直に従ってくれるようで、その表情は魔物の驚異が迫っているというのに不安が感じられなかった。それほどに俺の事を信頼しているということなのだろう。
「じゃあ、後は頼んだ。行ってくる」
そう言うと俺は、先ずは魔導列車へと乗るために移動を開始した。




