決戦 7
『『ーーーっ!!』』
耳をつんざく咆哮が空気を震わせる。
講堂から生徒達と教師連中を退出させ、演習場へと引き連れてきた俺達を出迎えたのは、圧倒的な存在感を放つ2匹のワイバーンの咆哮だった。
生物として圧倒的強者に君臨しているワイバーンの咆哮は、まだ未熟な生徒達では受け止めきれず、絶望した表情を浮かべながら声も出せずに微動だにしなくなっていた。中には発狂したような叫び声をあげ、気を失うものまでいる。
「教師達!役に立つ気があるなら、倒れた生徒の介抱をしろ!」
エリーゼさんの指示に、生徒と同じように動けずにいた教師連中が、我を取り戻したように倒れた生徒達へ慌てて駆け寄る。
演習場には12名の騎士がワイバーンと対峙している。魔術師と剣士は半々の構成になっており、上空から攻撃を仕掛けてくるワイバーンに対して剣士が外側となり、円形の陣を組んで内側の魔術師を庇うようにして戦っている。遮蔽物がないこの演習場においては、定石通りの戦い方だ。
ワイバーンは報告通り紅い体表が特徴的なレッドワイバーンと、もう一体は通常のワイバーンが上空を悠々と旋回し、騎士達の隙を窺いつつ攻撃してきている。レッドワイバーンの方が2回りほど身体が大きく、強さも通常のワイバーンより高そうだ。おそらく2体は番なのだろう、連携がとれた動きをしている。レッドワイバーンは後方から炎のブレスを吐き、通常のワイバーンは騎士の陣形を崩すように鋭い尾や鉤爪による接近攻撃を仕掛けてきている。
前衛の剣士は通常のワイバーンの攻撃を剣や大盾を使って防ぎ、レッドワイバーンのブレスは魔術師が水魔術を放って防いでいる。残念ながら戦況は完全に不利で、反撃しようにもレッドワイバーンへの魔術攻撃は簡単に回避され、通常のワイバーンへの攻撃も鱗に弾かれている。この編成の騎士達の実力では防御一辺倒を強いられ、満足な攻勢に出れずにいる。このままでは魔力が尽き、身体強化も魔術の発動もままならなくなり、やがてワイバーンのエサになるだろう。
「アルバート殿。現在我が中隊は敵の攻撃を防ぐので手一杯となっております。ワイバーン討伐適正人数の半数にも満たない人員のため、このままでは・・・」
講堂に駆け込んできた騎士が、現状の戦力について言及してくる。学院の生徒達の手前、騎士としての矜持を守るためという考えもあるのか、ワイバーン討伐において必要とされる人数を言い訳のように口にしている。
(まぁ、彼らの実力を考えれば、よく頑張っている方か・・・)
彼らの部隊の中には飛び抜けた実力者はいない。中隊長と思われる魔術師の男性騎士の実力は、他の隊員より頭一つ抜きん出ている程度で、円陣の中央から指揮を取りつつ、土魔術でワイバーンに攻撃を仕掛けるも、簡単に避けられているのが現状だ。各騎士団の団長を基準に実力を比較するなら、命中精度も魔術の威力もいまいちだ。
「部隊の指揮はこれより俺が執る。君はここで生徒達の護衛を頼む。恐怖で錯乱するものがいれば、気絶させてでも大人しくさせろ」
「はっ!」
俺の言葉に、騎士は機敏な動きで敬礼を返す。そして動けないでいる生徒達の方へ視線を向けると、全員に聞こえるように大声で話す。
「聞けっ!今からあのワイバーン2匹を討伐する!君達学院生は、騎士達の戦う様子をよく見ておけ!」
そう言うと、彼らは未だ恐怖にひきつる表情を浮かべながらも、少し離れた騎士とワイバーンの戦いの様子へ視線を向けた。
「エリーゼさん。協力をお願いします」
「無論です。アルバート殿」
本来であれば絶望的な戦力差を前にした無慈悲な言葉のはずなのだが、エリーゼさんは心の底から俺を信頼しているようで、その返答に迷いはなく、勝って当然という表情を浮かべている。
(そういった信頼を向けてくれるのは、ありがたいことだな)
エリーゼさんから俺に向けられる感情に内心嬉しく思いつつも、それを表情に出すことなく口を開く。
「では、俺とエリーゼさんでレッドワイバーンを討伐し、通常のワイバーンは騎士達に任せましょう」
「了解しました」
全く臆することの無いエリーゼさんの返答に笑みを浮かべ、ワイバーンと戦っている騎士達の方へ悠然と歩きだすと、俺の後ろを彼女は付き従うようにして着いてくる。
「俺がワイバーンを叩き落としますので、エリーゼさんは止めをお願いします」
「お任せください」
「これはエリーゼさんの実力を生徒達に見せつける意味もありますので、できるだけ派手に倒してしまってください」
「そういうことですね。分かりました」
そう、エリーゼさんに協力をお願いしたのは、今後の住民避難誘導の指揮に於いて、生徒達に彼女の実力を認識させるためだ。実力不明な騎士よりも、実際に自分達の目でその実力を確認した方が言うことにも従いやすいだろう。特に講堂では教師連中と一悶着あったこともあり、教師達よりも格上であるということを理解させておいた方が良い。
「先ず俺が魔術で牽制して魔物の注意を引きます。そのまま騎士達に指示を出しますので、レッドワイバーン討伐後は彼らのサポートをお願いします」
「了解です」
騎士達が交戦している場所まで100mといった場所で手早く打ち合わせを済ませると、俺は右手を上空のワイバーンへ向ける。エリーゼさんも身体強化を施し、左右の腰に携えている剣を抜き放って構えた。
「では行きます。魔法陣展開・魔力供給・照準・発動」
牽制のため、適当な威力の火魔術をレッドワイバーンへ向けて放つ。当然、レッドワイバーンはすぐに俺の魔術に反応し、更に上空へ高度を上げることで避けてみせた。この一撃でワイバーン達は俺を警戒し、観察するように上空で動きを止めていた。その隙に俺は、身体強化を施して陣形を組んでいる騎士の元へと瞬時に移動した。
「第一騎士団団長のアルバートだ。これより俺達がレッドワイバーンを討伐する。君達は残りのワイバーンを頼む」
「感謝します!私は部隊の指揮を預かるレストと申します。しかし1匹とはいえ、我々には重荷かもしれません」
俺の呼び掛けに中隊長が返答するが、その声に自信はなかった。彼らは第七騎士団に所属する部隊のため、対魔物戦闘には不馴れなようだ。
「風魔術で奴の飛行を阻害し、隙を見せたら土や風魔術で翼を狙って落とせ。あとは剣士に止めを刺させろ」
「はっ!ご助言感謝いたします!」
俺の指示に中隊長は敬礼を返すと、周りの騎士達に今の指示を復唱して、これからの行動を確認させた。
その様子を確認した俺は彼らから少し離れ、魔術を発動する。
「魔方陣展開・魔力供給・照準・発動!」
上空のレッドワイバーンの少し下、竜巻を逆さにしたような形態の風魔術を発現させると、レッドワイバーンを吸い込む気流を作り出す。レッドワイバーンは魔術から逃れようと翼を忙しなく羽ばたかせその場から離脱を試みようとしているが、吸い込む速度と離れようとする速度が拮抗しているのだろう、まるでその場に止まっているように動けないでいた。
「意外と粘るな。なら、もう一つ追加してやる」
レッドワイバーンの頑張りに感心すると、更に同じ風魔術をその下に出現させる。すると、あっという間にレッドワイバーンは風の渦の中に吸い込まれ、錐揉み状に回転しながら轟音と共に頭から演習場の地面に激突した。
「はぁぁぁ!!」
頭から激突したことで脳震盪を起こしたのか、横たわったまま動けずにいるレッドワイバーンへ、エリーゼさんは裂帛の気合いと共に、二刀流を頭部目掛けて振るう。
『ギャーーー』
無防備となったレッドワイバーンの眉間の辺りに剣が突き刺さると、激痛に悶えるような咆哮が周囲に響く。そのあまりの音量に耳を塞ぎたくなるほどだが、エリーゼさんは構わずに連続して剣を振るう。
「やぁ!せぁ!はぁぁぁ!」
眉間に差し込んだ剣の傷口を広げるように、二刀流を巧みに操っている。すると数秒で硬質な激突音が聞こえてくるが、おそらく頭蓋骨へと到達したのだろう。
ワイバーンの頭蓋骨は鉄の強度に匹敵すると言われているが、実は頭蓋骨は一枚で形成されている骨というわけではなく、何枚ものプレート状の骨が組み合わさったものだ。そのため、継ぎ目の部分を見極めて剣を突き刺せば、生物の弱点である脳に到達することが出来る。
『グルァァ!!』
「くっ!」
しかし、レッドワイバーンも一方的にやられまいと怒りの籠った咆哮をあげながら頭を激しく動かす。すると、その勢いに弾かれるようにしてエリーゼさんが空に打ち上げられてしまった。
投げ出されたエリーゼさんに、通常のワイバーンが迫ってくる。この2匹は番なので、自分のパートナーを害されて激怒しているようだ。
「させん!皆、右の翼を狙うぞ!」
「「はっ!」」
中隊長の号令で、4人の魔術師が息を合わせて魔術を発動する。10㎝ほどの円錐状に鋭く形成された石を雨あられと打ち出すと、ワイバーンの右の翼膜を貫き、バランスを崩してエリーゼさんとは明後日の方向へ飛んでいく。そのまま螺旋状にゆっくり回転するように着地していた。
魔術が着弾する際、ワイバーンは避ける素振りも見せなかったので、怒りで視野が狭くなった結果だろう。ワイバーン達は憎しみの籠った視線を騎士達に向けて唸り声をあげてくる。どうやら番であるがゆえに、お互いが傷つけられると、攻撃を加えた対象へ注意が向けられてしまうようだ。
「目を離していいのか?」
俺はレッドワイバーンに対し、皮肉めいた口調で注意を促す。当然俺の言葉の意味に気づくことなく、レッドワイバーンは騎士達に攻撃を加える為に体の向きを変えようとするが、上空から矢のようにエリーゼさんが急降下してきた。
「はぁぁぁ!」
『ギャァァーーー』
彼女は二刀流から剣を一つに持ち換え、逆手で剣を持ち、落下の勢いも合わせてレッドワイバーンの頭蓋骨が覗いている眉間へ剣を突き立てた。
少しの抵抗のあと、深々と剣は飲み込まれていく。断末魔の咆哮をあげたレッドワイバーンは、目から光が失われ、やがてぐったりと横たわると動かなくなった。




