決戦 6
「アルバート殿。ひとまず、そのお話はここまでに致しませんか?今は余計な時間を割くのは得策ではないでしょう?」
騒然とした講堂内。俺に歩み寄って口を開いたのは、エリスさんだった。今まで壇上脇の袖に隠れるようにして待機していた彼女は、冷静な表情で今優先すべき事を伝えてきた。そんな彼女を見る周りの生徒は、若干驚いた様子だった。
それもそのはずで、彼女が身に付けている深紅の鎧は、王国内では見慣れないものだ。俺に意見しているこの人物は、いったい誰なのだろうと誰何しているのだろう。そういった説明を欲しているであろう視線を全て無視し、彼女に返答した。
「そうだな。今は貴族の在り方を説いている無駄な時間は無い。話を進めよう」
「・・・」
そうして俺は、未だ何かを言いたそうな表情をしている副学院長を置き去りにして壇上へと戻る。その後ろを、まるで従者のようにエリスさんは付き従い、壇上に立つ俺の少し後ろに控えた。
「さて、話をまとめよう。君達学院の生徒諸君には、先程伝えた通り住民の避難誘導を主な任務として動いてもらう」
改めて生徒達に語り掛ける俺の言葉に、講堂内は静まり返る。さっきの騒動もあり、下手に意見しようものなら自分達にとって不利な状況に追い込まれるのではないかと危惧しているように見る。
「基本的に強固な壁のある王都区より内側での任務となるので、比較的危険は少ないだろう。ただし、現在この王国に安全域は存在しない。従って、飛行型の魔物の襲来は王国内のどこでもありうる。襲来する魔物の難度は未知数だ。騎士団が迎撃を行うが、場合によっては間に合わず、君達学院の生徒も戦わなければならない状況もあるだろう」
「・・・・・・」
俺の指摘に、多くの生徒達は恐怖に息を呑む。学院の授業では、安全性の高い森の表層付近での訓練という形式だったため、高難度の魔物との実戦経験はないはずだ。本来であれば騎士団に入団した以降に、徐々に難度の高い魔物との戦いを通して経験を積むのだが、残念ながら今の状況ではそれは不可能だ。
時間が無いというのが最大の理由だが、安全域消失に伴って魔物の掃討を行っていた昨日、その分布に変化が見られていたのだ。
以前は安全域に近づいていたのは低難度の魔物だけで、離れれば離れるほど高難度の魔物が分布しているという状況だったのだが、今では様々な難度の魔物がひしめき合っているのだ。最悪、高難度の飛行型の魔物が急に現れてもおかしくない。今の王国には安全な場所などどこにも無いのだということを理解してもらわなければならない。
「安全域を復活する手段はあるが、それには時間が掛かる。今、王国の国民全てが力を合わせなければ、滅びの憂き目を見ることになるだろう。今までの常識は、この非常時に意味を成し得ない。貴族だ平民だ、剣士だ魔術師だということは、魔物にとって意味を成さない。何故なら魔物は人間を等しく食料として認識しているからだ。君達がすべきことは、現状を正しく認識し、周りと力を合わせて生き延びることだ」
彼らに王国の置かれた状況の理解を促すため、深刻な声音で話し掛ける。生徒達もまた、その深刻さを徐々に認識していくように、一人一人の表情が変わっていく。
「生き残るには戦わなければならない。しかしその力が無い者もいる。君達には、そんな存在を守る盾となってもらいたい。この国が魔物に呑み込まれ、失くならないために」
「・・・・・・」
生徒達の浮かべる表情は、王国が置かれた状況への恐怖なのか、魔物と戦う可能性への忌避感なのか、それとも平民の盾になれと言われたことへの反発心なのかは分からない。一つ言えるのは、多くの生徒達が負の感情に精神の多くを支配されているということだ。
「もちろん、未成年である君達学院の生徒だけに任せるわけではない。今回の避難誘導の指揮は、ここにいるエリーゼ・ステラーに任せる」
そう言うと、後ろに控えていたエリーゼさんが前に進み出て口を開いた。
「エリーゼ・ステラーだ。今回、第一王子殿下及び第二王女殿下より要請され、住民の避難誘導における全体指揮を任されることになった」
凛とした声音で語り掛ける彼女の言葉に、反応するものは教師以外いなかった。というのも、学院の生徒の多くは現在騎士団に所属している人物の顔をほとんど知らないからだ。第一騎士団団長の俺の顔ですら、生徒達は誰も知らなかった。だからこそ、王国の騎士団が装備している鎧と意匠が違うことに疑問を持っても、彼女が指揮をすることに不満を持つものはいない。
しかし、学院の教師は違う。教師連中は、事前に彼女の出自のことを知らされているし、帝国についての顛末も聞き及んでいる。無駄にプライドの高い教師達は、自分達が他国の騎士、しかも滅びの危機に瀕して亡命してきたものの下に就くことに反発心を抱いている。そういった考えが、エリーゼさんへ向ける視線に出てしまっている者が多い。
そんな教師達に俺は、軽蔑の眼差しを向けている。これまでの短い学院生活の中で、彼らの考えが透けて見えているからだ。彼らは今回の任務において、安全な後方から指示を出し、実際には何も行動せずに成果が出れば自分のもの、失敗したら現場の責任に擦り付けるだろう。しかも、子供だから失敗は仕方ないとフォローすることで、どちらに転んでも自分の評価を上げようとする姿が容易に想像できる。
(責任は取らず、本来責任に付随するはずの成果だけ掠め取ろうとするような奴は、俺の最も嫌悪する存在だ)
そんなことを考えている間に、エリーゼさんは淡々と任務の具体的行動について説明していった。編成としては、3人一組で小隊を組み、更にその小隊を3つ合わせた中隊規模での運用を行う。これが経験の無い学院生の連携を考えると、最も効率的だった。
説明中、生徒達からの目立った反発は見られないが、教師連中は相変わらず剣呑な視線を向けているものもいる。さすがにそれを口に出すものはいないが、明らかに不満げだ。実際問題として、彼らは安全域消失に伴う明確な危機に直面してはいない。そのため、情報として現状を把握していても、実感として危機感を抱けていない。
(この場に魔物でも襲撃してくれば、その甘ったれた考えも吹っ飛ぶだろうに・・・)
内心でため息を吐きながら不謹慎なことを考えていると、まるでその思考が切っ掛けになったかのように外が騒がしくなる。エリーゼさんも異変に気付いたようで、説明を中断して周囲に視線を巡らせる。生徒達は不安な表情を浮かべて近くの同級生と小声で話し合っていた。
(まさか・・・)
不謹慎なことを考えた罰が当たったのか、一人の騎士が講堂の扉を勢いよく開けて駆け込んできた。
「緊急事態!レッドワイバーンが侵入!現在劣勢!生徒達は避難を!教師の方は応援を!」
駆け込んできた騎士は、状況を端的に報告すると避難の指示と救援を求めてきた。レッドワイバーンは難度9の魔物で、火のブレスを吐く厄介な相手だ。通常のワイバーンと比べると防御力は劣るが、その分攻撃が苛烈だ。なにより上空という圧倒的優位な位置から攻撃を行い、相手が弱るまでは決して降りてこない狡猾な遠距離攻撃を得意としている。如何に翼にダメージを与えて地面に引きずり落とすかが討伐の鍵になる。
学院生が相手にするには危険過ぎるため、救援は教師にだけ求めたのだろう。
「なっ!?レッドワイバーンだとっ!?」
「そんな化物相手にできるか!!」
「早く避難しなければ!!」
騎士の言葉に、教師連中は恐怖で取り乱し、悲壮な表情で逃げ腰な言葉を喚く。その様子に呆気にとられたのは、周りにいる生徒達だ。普段は騎士の心構えや戦術についての教鞭を取り、魔術や剣武術の訓練で檄を飛ばしているにもかかわらず、いざ生死をかけた実戦となると、及び腰で情けない姿を晒しているからだろう。
本来は生徒達の方が恐怖で混乱しそうなものだが、あまりの教師達の取り乱しように、逆に冷静になっているようだ。
「狼狽えるなっ!!」
そんな教師連中を大声で叱責したのは、険しい表情を浮かべたエリーゼさんだ。彼女は教師達の様子に怒りを感じているようだが、今は説教などしている暇はない。無様を晒す教師を一瞥すると、真剣な表情で生徒達に向かって口を開く。
「全員落ち着け!ここには王国最強の騎士、アルバート殿がいる!ワイバーンごとき、なにも怯えることはない!」
彼女の言葉に、この講堂にいるもの達の表情が少し和らいだ気がする。とはいえ、教師達も安堵したような表情を浮かべるのは、自分達の置かれた立場を理解していないと感じる。本来君達は、救援要請を受けて戦闘に参加する立場だ。なぜ護られる立場のような反応を示しているのだ。
「役に立たない教師連中はいるだけ邪魔だ!どこかに隠れてろ!」
本音が漏れ出てしまっているようで、エリーゼさんは教師連中に対して辛辣な言葉で非難する。そんな彼女の言葉に、教師達は一瞬怒りの表情を浮かべたが、周りの教師達と視線を合わせ、何も言わずに押し黙った。おそらく、ここで反論すればレッドワイバーン討伐に駆り出されてしまうと判断し、大人しくエリーゼさんの言葉を受け入れた方が安全だと判断したのだろう。
(情けない。普段は偉そうな態度をとっているくせに、いざとなれば逃げ腰とは・・・)
大きなため息をつき、一歩前に歩み出て口を開く。
「全員講堂から出ろ!今、この王国が置かれている現状をその目で見てもらう!」




