神樹 19
極一部の者達だけしか知らないことだが、個人の保有魔力を飛躍的に増大させる薬の原料には、神樹の葉が使用されている。
元々は国家事業として、神樹の落ち葉の有効活用と魔物対策のための戦力増強を目指した研究がなされていた。しかし、研究の過程で神樹の葉を人間が摂取すると、大なり小なり副作用を引き起こすことが判明した。
小さなもので言えば使用後の倦怠感程度だが、重大なものになると人間を捨ててしまうほどの変化が見られた。その差異は、使用する神樹の葉の使用量である程度分かれることが判明しているが、個人差が非常に大きく、ある人物では倦怠感程度だった副作用が、同量でも別の人物では肉体の変異を引き起こすまでの副作用となる等、画一的に安定した効果を発揮することが出来なかった。
その為国王はこの研究を危険と判断し、神樹の葉の活用を見送った。その後薬は全て処分され、神樹の葉も王城の地下倉庫にて厳重に保管されているはずだった。
しかし、どこの世界にもそういった物を悪用しようと考える者はいる。管理を担当している者を買収し、葉の収蔵量を改竄して報告させ、秘密裏に横流しさせていたのだ。
そうして裏の世界では、魔力増強薬として高額な値段で出回ることになった。適正とされる量を守っても、精神や身体が変異する事があるのだが、実際に使用するのは捨て駒になるような者達だったため、特に支障はなかった。裏社会で出回る量も、そもそも原料となる神樹の葉が少量しか流れてこないこともあり、そこまで危険視するまでもない薬のはずだった。
しかし今回、神樹の実から作られる魔力増強薬は1000万倍に希釈して使用することから、かなりの量を量産することができてしまう。それは、力を持たない文官達をあっという間に屈強な兵士に変化させ、国内の軍事バランスを簡単に崩壊させることが可能となってしまうということだ。
(謁見の間に閉じ込めた人数は・・・13人か。文官の奴らに、あれは内務大臣か。それに第二王子と第一王女と・・・)
俺が想定していたよりも文官達の人数は少ない。駆けつけるまでに見た負傷した騎士や、ここに集まっている騎士の数を考えると、相手との戦力差は軽く3倍はありそうだ。
普通に考えれば王位の簒奪など失敗に終わる。しかし、国王を殺害するところまでは成功してしまっている。
(少なくとも強化された文官は、騎士団団長と同等の実力を有したと想定して相対すべきだろうな)
そうなれば“虚無”を顕現して奴らを一掃したいところだが、問題は俺の魔力残量だ。とてもではないが、今の保有量では“虚無”を顕現させるどころか、通常の魔術を数発放つだけで魔力が枯渇してしまう。
そうなると、魔力を浪費しないように身体強化に回すしかないが、相手を騎士団団長と同格と見なした上で、単身突撃するのは今の俺の状態を考慮すれば無謀だ。ある程度作戦を練る必要がある。
「オースティン殿下、エリーゼさん、力を貸して貰えますか?」
「当然だ。陛下を・・・実の父親を殺して王位を奪おうとする者達に、指を咥えて見ているだけなど出来ん!!」
「勿論です。彼らの攻撃は、基本的に圧倒的な膂力に物を言わせた格闘を主体としています。直線的な動きですが、速さが異常です。魔術は発動前に潰され、私でも剣を合わせると力負けしてしまうほどです」
俺の申し出に、王子は二つ返事で了承し、エリーゼさんも頷いてくれた。更に彼女は彼らの特徴についても言及し、その脅威を伝えてくれた。
そして、帝国の皇帝も口を開いた。
「アルバート殿。彼らに現れている効果は、本来1時間程度が限界です。しかし、大量に薬を準備している彼らは適宜摂取しており、効果切れは期待できません。彼らは疲れも痛みも感じない、ただ機械的に目的を遂行するだけの存在へと変貌したのです」
「皇帝陛下、その状態における弱点を帝国は見つけていますか?」
「これを弱点と表現して良いか分かりませんが、摂取した神樹の実のエキスの効果は、いくら希釈しても体内に蓄積します。継続して服用した場合、自身の許容量を越えた瞬間、その者は命を落とすでしょう」
「つまり、こうして時間稼ぎをしていれば、自滅する可能性が高いと?」
「個人差がありますので、次の服用でそうなる事もあれば、数十回後かも知れません。あるいは、アルバート殿のように適応してみせる者がいる可能性も・・・」
「時間稼ぎは得策ではないということですか」
皇帝の情報を考慮しながら、エリーゼさんや殿下達、騎士を含めたこの場の兵力、更に俺の残存魔力で可能な攻防を脳内で組み立てていく。相手は13人だが、王子や王女、内務大臣は薬を使用していないようだ。とはいえ、追い詰められれば使用するだろう。
可能であれば、この騒動の最重要人物である第二王子と第一王女を早々に排除し、次いで内務大臣を拘束したいところだが、神樹の実の薬を使用している10人がそれを許さないだろう。
その10人は全員騎士団長相当の実力を有しているとすれば、こちらは俺が今の状態でも5人は相手取れると仮定し、エリーゼさんとオースティン殿下、王国の騎士7名と帝国の騎士15名で残りの5人を相手してもらう必要がある。
数的には有利だが、実力的には不利だろう。勝敗を分けるのは速さだ。如何に俺が短時間で5人を倒し、王子達の助力に入るのを急げるかだ。
「・・・アルバート様、お気をつけ下さい」
瞬巡する俺に、クリスティーナが心配した声音で声をかけてきた。普段単独で動くことが多い俺が助けを求めてきたことに対し、俺の今の状態を察したのかもしれない。
彼女は魔術に集中しており、視線は今も前を向いている。後ろから見るとうなじにはじっとりと汗が滴っており、既に相当の魔力を消費して氷の壁を維持していることが窺える。
「えぇ、クリスティーナ殿下も」
彼女に返答すると、俺は手早く王子とエリーゼさんに対して作戦を伝える。俺が5人を受け持つことを伝えると、2人は少し驚きを見せたが、すぐにその理由を察したようで、深刻な表情を浮かべながら頷き、王子は王国の騎士達に、エリーゼさんは帝国の騎士達に指示を出している。
そうして最終確認をしていると皇帝が話しかけてきたが、何故かその瞳は虹色に染まっていた。
「アルバート殿。おそらくですが、謁見の間の中に首謀者はいないでしょう」
「っ?第二王子や第一王女が首謀者ではないと?何故そのようなことが?」
「分かるのです、私には」
皇帝の言葉に、訝しげに首をかしげる。
「待ってください。では、内務大臣すら首謀者ではないと?」
「はい。真の首謀者はこの場に居ません。が、今はそれをお伝えしている暇がありません。アルバート殿、私も自分の身は自分で守れる程度の力はあると自負しております。どうか後方は気にせずに、ご自身の眼前に集中下さい」
「・・・分かりました。落ち着きましたら話を聞かせてください」
「ええ、その時には全ての真実をつまびらかにしましょう」
皇帝との話を終えた俺は、疑問は残るものの直近の問題へ意識を向け直す。その時には王子とエリーゼさんも騎士との確認作業を終えており、俺の方へ視線を向けていた。
「では行動を開始します。両殿下と国務大臣はなるべく拘束するように。ただ、絶対ではありませんので、最悪の場合は割り切りましょう」
「それで構わない。あいつらは国家の転覆を図ったんだ。それも国の危機的混乱に乗じてね。断じて許せることではない!」
俺の確認の言葉に王子が賛同の声をあげると、周りの皆も重々しい表情で頷き、理解を示していた。
「よし。クリスティーナ殿下、魔術を止めて後方に下がってください」
「分かりました。3、2、1、今っ!」
王女のカウントダウンの言葉で俺は身体超強化を施すと、そのまま氷の壁を蹴り破って謁見の間へ飛び込む。
「はぁぁぁぁ!!」
「「「ぐあぁぁっ!!」」」
氷の壁を吹き飛ばすと、その勢いをまともに受けた文官達が弾き飛ばされるようにして同じく吹き飛んだ。そのまま駆け込むようにして侵入すると、右腕を引き絞り、手近にいる文官目掛けて間合いを詰める。
「シッ!」
「ごあっ!」
指は伸ばして手刀にし、相手の腹部を抜き手で貫く。腹を貫かれた文官は口から大量の血を吐くと、痙攣するように身体を震わせ、すぐに目から生気が感じられなくなった。
腕を一気に引き抜くと、周囲に殺気を放ちながら口を開く。
「第一騎士団団長、アルバート・フィグラムだ!貴様らを国家反逆罪の罪人として断罪する!」




