神樹 18
“戦場を駆ける紅い閃光”
ヴェストニア王国の安全域が消失し、最初の魔物の群れが押し寄せ、全騎士団員およそ7千人による防衛戦の中、一筋の紅い軌跡が縦横無尽に描かれた。その紅い閃光が通った跡には大量の魔物の死体の山が積み上がり、大地をも真っ赤な血で染め上げたという。
王国を囲うように攻め込んでいた、総数20万を越える魔物達。その3割はたった一人の人物の手によって葬られたという。魔物との戦闘で多くの経験を積んだ歴戦の騎士でさえその速さには付いていけず、その人物の姿を目に捉えることも困難を極めた。
第一騎士団団長。パラディン序列第一位、アルバート・フィグラム。”戦場の赤い悪魔”として名を馳せた彼の異名は、今回の防衛戦において少しだけ彼の要望した相応しい異名へと変化したのだった。
◇
「さすがに限界だ・・・」
王国を囲んでいた魔物の大群を一先ず退け、追加の魔物の襲来を警戒するように各騎士団に指示を出した俺は、休憩と情報共有をするために王城へと向かう魔導列車で呟いた。
1時間程の奮戦で、とりあえずの脅威は取り除いただろうが、予断を許さない状況がこれから続くことになる。魔力をほとんど使いきってしまった俺は極度の疲労感から、列車の椅子に項垂れるようにして窓の向こうの景色をぼんやりと見つめた。魔物の返り血は魔術で洗浄したが、それでも染み付いた血の匂いは中々とれなかった。
とりあえず第一王子のオースティンか、第二王女のクリスティーナ、もしくは直接国王に騎士団の運用方針や国民への周知等を確認しなければならない。特に王国としてこの危機をどう乗りきるかを聞いておきたかった。
レージックによれば問題解決の手段はあるとのことだが、それがどの程度の期間で実を結ぶものなのかによって騎士達の負担が変わるし、国民の不安を払拭できる要素にもなる。だからこそ安全を確保する為の必要な時間だけでも聞いておきたいのだ。
時刻は既に夕方。夜の帳が落ち始めてきた頃、魔導列車を降りて王城へと入ると、使用人達が慌ただしく動き回っていた。今の状況を考えれば当然の事なのだが、どうにも違和感があった。
(・・・そうか!メイドや執事は見かけるのに、衛兵や文官達が居ない!)
王城の警備を担っている騎士も魔物討伐へと駆り出されている為だろうとは思うが、さすがに門番も居ないというのは不用心が過ぎる。これでは不審者は侵入したい放題だし、その場合は非戦闘員であるメイドや執事では王族を守ることは出来ない。
(まさか王城内に魔物が侵入したとかないよな?)
気になった俺は手近なメイドを呼び止めると、忙しさからか鋭い視線で睨まれてしまった。ただ、俺の羽織っている第一騎士団のベロアコートを見ると、顔を青くしながら謝罪の言葉を口にし、そのまま捲し立てるようにして口を開いた。
「第一騎士団の騎士様とお見受けします!何卒お力をお貸しいただけないでしょうか!?」
「一体何があった?」
メイドの尋常ならざる雰囲気に驚いた俺は、話の続きを促した。
「第二王子殿下が謀反を起こし、国王陛下が見罷れました・・・」
「何だとっ!?城に詰めていた騎士達は何をやっていたんだ!?」
国王が殺されたという驚愕の知らせに、俺は声を荒げながらメイドに確認する。
「それが、陛下をお守りしていた騎士様達は文官に斬り捨てられ、騎士様もお亡くなりに・・・」
「はぁ?文官が騎士を?」
あり得ない話に更に驚きの声をあげると、周りにいた他のメイドや執事が集まってきた。
「き、騎士様!お願いです!どうかお助けください!」
「今は第一王子殿下と第二王女殿下が残りの騎士様を指揮して応戦していますが、かなりの劣勢なのです」
「非力な我々では、王城内にある武器や魔道具を探してお持ちすることしか・・・」
「文官の方達は異常な興奮状態で・・・殿下達は謁見の間で戦われています!どうかお早く!」
祈るような眼差しで次々と現状を伝えてくるメイド達に、俺は困惑を隠せなかった。そもそも、武装している騎士を実力もない文官が殺すなど荒唐無稽な話だ。しかし、彼女達の切実な様子は、その言葉が真実なのだと伝えてくる。
(第二王子達が何か騒動を起こすかもしれないとは考えていたが、まさかこの状況で王位簒奪だと?下手をすれば帝国同様に王国が滅びの憂き目を見るかもしれない今の状況で?追い詰められて気でも触れたか?)
第二王子は安全域が消えるわけがなく、無駄な軍事費の増大は愚策だと主張していたらしい。また、その主張に追随する形で文官達も第二王子を支持していたようだ。
しかし結果は真逆の事態が起こり、第二王子の求心力は地に落ちただろう。同時に彼を支持していた第二王子派閥の連中も軒並み発言力を失ったはずだ。となれば、この王位簒奪は突発的な暴走による可能性が高い。しかし、一時的に王位に就けたとしても、その手段から考えて武官からの報復は避けられないだろう。
とは言え、武力で劣る文官が武官を斬り捨てたという話は引っ掛かる。あるいは王位簒奪を可能とする確固たる目論見があっての行動なのかということだが、今優先すべきは・・・
「分かった。俺はすぐに謁見の間に向かう!君たちは救護体制を整えておいてくれ!それから、可能な限り大量の食事の用意を!」
「か、畏まりました。しかし、大量の食事の用意ですか?」
俺の指示に年嵩のメイドが声をあげると、指示の意味が理解できないのか、訝しげな表情を浮かべている。
「王国内は今、大混乱に見舞われている。おそらく、住民達が状況の説明を求めてこの王城へ押し寄せてくる。その中には魔物に襲われて怪我をしたものもいるかもしれないし、混乱のせいで食事もしていない者もいるだろう。人間、腹が減っていると怒りっぽくなるからな」
「っ!了解しました。すぐに手配いたします」
「来るのは貴族だけではなく、平民もいるはずだ。貴賤に関係なく対応するように。ただ、対応する場所は貴族とは別けた方がいい」
「畏まりました!」
俺の指示の意味を理解したメイドは、真剣な表情を浮かべて深々と頭を下げた。そして、周りの他のメイドや執事もこれから起こるであろうことを理解している様子を確認し、俺は足早に謁見の間へと駆け出した。
王城3階にある謁見の間。その道中、負傷した騎士やメイド、執事が廊下に横たわっており、メイドや聖魔術を使用できる騎士が治療に当たっていた。中には既に息を引き取っている者もおり、致命傷と思われる裂傷を見ると、身体をズタズタに斬り刻まれ、急所を狙った攻撃で命を散らした訳ではなく、失血によるものと思われた。
(狙いが甘い?まるで技術の無い素人が力任せに剣を振って、偶々当たったような傷口だな)
攻撃を仕掛けているのは戦いの経験がほとんど無い文官達ということで、斬り傷から読み取れる拙い技術は納得できるが、そもそもそんな拙い技術の剣技に現役の騎士が屈する意味が分からない。
疑問を感じながら謁見の間の扉付近まで到着すると、出入り口を覆う巨大な氷の壁が目に入った。
(クリスティーナ王女の魔術か!出入り口を塞いでいるということは、撃退困難と判断したということか)
扉の前には騎士達が集まって臨戦態勢をとっており、その中には第一王子のオースティンと妹のクリスティーナの姿がある。更に帝国の皇帝と近衛騎士のエリーゼさんもいた。王国の内紛に何故無関係な帝国関係者が居るのかは気になるところだが、今はそんなことより情報だ。
「オースティン殿下!クリスティーナ殿下!状況は!?」
「っ!アルバート!良かった・・・現在第二王子派閥の文官達から襲撃を受けている。国王陛下は死亡。尚も交戦中だが、クリスティーナが謁見の間に閉じ込めるようにして魔術を展開」
俺の声掛けに王子が反応し、安堵の表情を見せながら端的に状況を説明してくれた。クリスティーナの方は魔術に集中しているため、こちらをチラリと見ると少しだけ笑みを浮かべ、また前方へ向き直った。
「アルバート殿。奴らの狙いは両殿下の命とイシュカ皇帝陛下の身柄です」
二刀の剣を構えながら、エリーゼさんが向こうの目的について伝えてくれる。王位簒奪を確実なものとするには他の王位継承権を持つ2人を亡き者にしたいという目的は理解できるが、他国の皇帝の身柄を必要としている意味が分からない。
すると、皇帝が静かに俺に歩み寄り、深刻な表情を浮かべながら口を開いた。
「アルバート殿。彼らは私の持つ神樹の情報が狙いなのです。どこからか情報が漏れたようで、彼らは神樹の実を利用した身体強化を施しているのです」
「なるほど。それであの様子ですか・・・」
皇帝の言葉に、氷の壁越しに見える文官達の様子を見ると、目は真っ赤に輝き、異様に攻撃的な言葉を喚き散らし、手が怪我をするのも構わずに氷の壁を素手で叩いている。神樹の実は冷静な判断能力を失わせたようだが、それでも戦闘訓練もしていない文官が騎士を圧倒しているのだ、とんでもない効果を秘めている。
(さて、どうしたものか・・・)
俺は僅かに回復した魔力の残量を考慮しつつ、どう立ち回るか作戦を練るのだった。




