神樹 17
安全域があった境界線から少し森側へと移動した場所に、魔物との防衛線が築かれていた。
土魔術で3メートルの立方体の岩を点在させるようにし、簡易的な防御陣を敷いている。魔物から姿を隠しつつ、その侵攻を分断することもでき、味方の魔術の余波を受けないようにすることも出来る。基本に忠実な集団戦における対魔物戦闘の定石だ。
到着早々、俺は先ず魔物のおおよその数を把握すべく、現場の指揮官に状況を確認した。この場を指揮していたのは第二騎士団の第三中隊長で、つり目で長い黒髪を後ろでひとつに縛ったカノンという名の女性騎士だった。
彼女の報告によれば、この場所から攻め込んで来ている魔物の数はおおよそ2万。難度も2から7の様々な種類の魔物が絶え間なく攻め込んできており、対応は手一杯な状況との事だ。その理由の一つとして、この場を担当している騎士は約100人の一個中隊規模でしかないからだ。
王国には安全域との境に外壁が無いため、魔物はどこからでも王国内へ侵入可能で、魔物の侵入経路を限定することが出来ず、根本的に防衛線を敷くことができないのだ。その為、各騎士団員を分散させて王国の領土を守るようにぐるりと囲む配置をとっている。
本来であれば防衛戦で戦力を分散してしまうのは愚の骨頂とも言えるが、全方位から進攻する魔物の脅威から王国を守るためには、現状この方法しかない。
そして、人数的に通常の任務よりもかなり少ない数で対応している為、疲労の蓄積度合いが異常に高くなってしまっている。このままではあと数時間もすれば戦線が完全に瓦解するだろう。現に飛行しない魔物も王国内に侵入しているという報告もあることから、既に別の場所では崩壊した防衛拠点もある可能性が高い。
「状況は把握した。ところで、誘引の魔導具は配備されているか?」
「誘引の魔導具ですか?一応ひとつありますが、こんな状況で使うのは自殺行為ですよ!?」
俺の質問に、彼女は信じられないという表情を浮かべて返答した。そんな彼女に対し、レージックが口を開く。
「カノン。アルバート団長がいれば何も問題ない。団長は周辺の魔物を纏めて掃討したいとのお考えだ。とすれば、魔物を強制的にこの場所に引き付け、一網打尽にしたいということなのでしょう」
「お、仰ることは分かりますが、魔物の数は万を越えるのですよ?いくらなんでも無謀なのでは?」
誘引の魔導具は、一定効果範囲内における魔物を引き付ける魔導具だ。普段であれば低難度の魔物を纏めて討伐する為に使われるものだが、今回のように桁違いの数と高難度の魔物が混じった状況で使うには適していない。
本来なら・・・
「難度7程度の魔物までなら数万いようが問題ない。俺が対応するから、巻き添えにならないように討ち漏らしだけに気を付けてくれ」
「し、しかし・・・」
尚も言い募ろうとするカノンを片手で制し、俺は口を開く。
「勘違いするな。これは相談ではなく命令だ。この現場の指揮は今から第一騎士団団長である俺が執る。副官としてレージックとカノンが下につき、各騎士との連携を任せる。いいな?」
「「はっ!!」」
時間を考慮し、俺が少し強めの口調で指示を飛ばすと、2人は騎士礼をとりながら即座に了解の返答をした。
そうしてレージックは各騎士へ伝令を飛ばし、カノンと数人の部下で誘引の魔導具の準備を行ってもらう。
誘引の魔導具は設置型で、1メートル四方の正方形で少々大きくて重い。3人掛かりで設置を進めてもらい、その効果範囲も最大にしてもらう。その間俺は意識を集中し、この場における魔物の分布状況を気配や殺気、魔力を頼りに読み取っていく。
その過程で、騎士の中には既に魔力が心許なくなっている者もいることが分かる。特にそれは魔術師達に顕著で、今までどれ程の魔術を行使していたのか察することができた。
この場には第二騎士団と新生第一騎士団員しかいないということから、精鋭中の精鋭なのだろうが、そんな者達が既にこれほど消耗しているのだ。他の場所も推してしかる状況だろう。
「アルバート団長!準備できました!」
「よし、起動しろ!」
カノンからの準備完了の報告を聞き、俺はすぐに魔導具を起動するように命令する。するとすぐに変化は現れた。
森から四方に散らばるようにして王国領土内へ進攻していた魔物達が、魔導具の方へ引き寄せられるようにして集中してきたのだ。先ず集まってきているのは、低難度の魔物が多い。というのも、魔物の数は低難度が8割方を占めている。
そもそも、高難度の魔物というのはそれほど数が多いわけではない。生態系の在り方で考えれば、力の無い生物が生き残り、子孫を確実に残すには、たくさんの数を産んで、ある程度強者に補食されても全滅しないようにするというのが生存戦略だからだ。
そしてその低難度の魔物達は、そんな自分達よりも更に弱い存在、王国の一般市民を餌さとして狙っている。
「魔道具、正常に起動を確認しました。アルバート団長、御武運を」
「ああ。予定通り全員下がらせろ」
そう言うと、魔道具の設置を行っていた騎士の一人が信号弾を上げた。甲高い音と共に上空へ上っていくと、破裂音が鳴り響き、黄色い煙が広がる。それを確認した騎士達は一斉に後退を始めた。
「魔方陣展開・魔力供給・照準・発動!」
俺は先ず、視界に映る周囲一帯を水魔術で水浸しにする。かなりの量の水を産み出したので、足元はぬかるみ、魔物達の動きは鈍化していた。その隙に騎士達の後退もほぼ完了していたので、次の段階へ移る。
「魔方陣三重展開・融合・魔力供給・照準・発動!」
今度は火・風・土属性の魔術を融合して灼熱の溶岩を作り出し、水浸しになった場所へ撃ち込む。
すると・・・
『ーーーーっ!!!!』
耳をつんざく爆発音と共に、凄まじい衝撃波がこちらまで襲ってくる。水蒸気爆発だ。
集団戦ではその余波で足場がメチャクチャになるため、あまり使われない戦法だが、威力は十分だ。こちらに集まっていた魔物の集団のおよそ半分程度を始末できた。
「よし。あとは直接止めを刺した方が効率的だな。カノン、伝えた通り討ち漏らしだけ注意しろ」
「え?あの、アルバート団長?魔物の数はまだ万を超えています。それに、こんな大規模魔術を行使してしまっては、魔力が心許ないのでは?その上で接近戦?武器はどうされるのですか?」
俺の言葉に、カノンは困惑した表情を浮かべながら矢継ぎ早に質問を投げ掛けてくる。俺の戦い方を知らない者からすれば当然の反応だ。初めて騎士団に所属した時の同僚の様子が思い出される。
「問題ない。魔方陣五重展開・融合・魔力供給・顕現!滅びの魔剣、虚無!」
「「「っ!??」」」
虚無を顕現させると、騎士達は口を半開きにしながら漆黒の剣を凝視してきた。こういった反応も懐かしいもので、初めて披露した時は5つの魔術が融合するなんてありえないと騒ぎになり、まやかしだなんだと糾弾されたこともあった。
しかし、効果をその目で見て誰もが口を噤んだものだ。
「では行ってくる。身体超強化!」
呆気にとられる彼らを置き去りに、最大限の身体強化を施した俺は、こちらに迫り来る魔物の群れに飛び込むようにして駆け出した。
十数分後ーーー
「これでこの辺一帯の魔物は片付いた。少し休息を取りつつ、引き続き警戒体制を崩さずに監視してくれ」
全身を魔物の返り血で赤く染めた俺は、魔物の掃討を終えて戻ってきた。虚無で少し斬り付けるだけの簡単な作業なので、数分で終わるだろうと思っていたが、さすがに万を越える数に対しては時間が掛かってしまった。
「了解しました」
「仰せのままに。アルバート団長は如何致しますか?」
レージックとカノンは跪きながら俺を出迎え、恭しい態度で対応してきた。特にカノンは先程までと様変わりしている。おそらく俺の実力についての知識はあったのだろうが、実際に自分の目で見て実感したことで、考え方に変化が出たのだろう。よくあることだ。
「他の防衛線の様子を確認してくる。この場はレージックに任せるぞ」
「はっ!他の戦線もかなり厳しい状況でしょう。お気をつけ下さい」
「アルバート団長であれば問題ないとは思いますが、御身に何もないことをこちらから祈っております」
「あ、あぁ。そっちも気を付けろよ」
そう言い残すと、俺は足早にこの場を去った。
俺を見るカノンの目に宿り始めた尊敬とは違った感情を感じとり、居心地が悪くなったのだ。




