神樹 15
「”虚無”、限定展開」
小声で呟く俺の眼前には、漆黒の円盤状の”虚無”が発現している。本来は剣の形状として複雑で精緻な制御を要するが、この程度の大きさと形状であれば、それほどの集中力も必要なかった。
生徒に紛れた騎士の男は目の前の状況が理解できていないようで、目を点にして固まっている。次いで歯を食い縛っている様子を見るに、どうやら虚無を突破しようと試みているのだろう。
虚無の効果は斬りつけた対象の絶対的な死だが、こうして使えば最強の防御壁にもなる。どんな名工が鍛えた武具よりも優れた斬れ味と防御力を持つはずだったのだが、神樹の実を取り込んだ魔物の外皮を突破することは出来なかった。
だからこそ新たな理論を構築し、対抗できる手段を模索していたのだが、捕らわれてしまったマーガレット嬢を見て、大会が始まる前に彼女としていた会話を思い出し、少し試してみたくなった。
(相反する水と油を混ぜ合わせる事を可能とする物質があるなら、魔術においてそれは力の源である魔力・・・そして、己自身の身体だ!!)
「シッ!」
「ぐあっ!」
虚無に悪戦苦闘している彼の無防備な腹部に回し蹴りを加えると、苦悶の表情を浮かべながら数メートル程地面に跡を残しながら吹き飛んでいった。そのまま彼は仰向けに倒れ込むと、上半身だけ起こし、驚愕の表情を浮かべながら俺を見ていた。
マーガレット嬢へ視線を向けると、喉を押さえながら膝を着き、こちらの様子を凝視している。怪我はしていないようだったので、問題ないだろうと判断した。
そして・・・
「身体強化・魔方陣十二重展開・・・二重融合・・・・魔力供給・・・・・・・二重顕現」
身体を大量の魔力で満たした状態で身体強化を施し、その状況で両手に漆黒の”虚無”と純白の”白夜”を発現させる。
さすがに12の魔方陣を同時に展開し、融合させるというの極度の集中力を要するため、顕現させるために多少の時間が掛かってしまった。制御自体も困難を極めるため、剣の形状ではなく球体の形状となっているが、これから始める実験を考えれば、形状に意味はない。
(よし、後はこれを・・・取り込むっ!!)
両手の虚無と白夜を潰すように拳を握り込むと、その力を自分の身体の内側へ浸透させるように取り込む。
(ぐっ!これは・・・)
魔力・虚無・白夜を身体の中で一つに混ぜ合わせるように制御していくと、あまりの繊細な制御を必要とする作業に驚きを隠せない。
(3つの力を均等にして混ぜないと、すぐに霧散してしまう。これは・・・針の穴に糸を通すような作業を延々続けているような気分だな)
極度の集中が必要な繊細な作業だが、徐々に感覚が馴れていき、体感的にもう少しでこの技術をものにすることが出来るような気がした時だった。
「そこまでですっ!!」
「っ!?」
突如、武術大会の舞台に数十人の騎士達が大挙して押しかけてきていた。集中し過ぎていたせいか、その気配に気づけなかった。
しかも不意に彼らへ意識をもっていかれてしまった為、せっかく上手くいきそうだった”虚無”と”白夜”の融合も失敗してしまった。
(まったく・・・なんなんだ?)
不満を表情に出しながら、舞台へ駆け込んできた騎士達へ身体を向けると、地面へ倒れ込んでいた彼が立ち上がると、先頭に立っている騎士へ素早く近寄り、右手を胸に当て、焦った様子で騎士礼をしていた。
その時には、先程までの黄金の身体強化は解除されていた。
「だ、団長。このような場所に如何されたのでしょうか?」
「ティル・グランドヒルだったな?」
「はっ!今年第七騎士団へと入団いたしました、ティル・グランドヒルに相違ございません!」
聞こえてくる言葉に、駆けつけてきたのが第七騎士団であること、最初に声を発したのがその騎士団長である、パトリックであることを思い出した。
(あいつ・・・学生としてこの大会に出場しているって忘れてるのか?自分は第七騎士団の騎士だって公言してどうするつもりだ?)
ほとんどの学生は俺が気絶させたので聞いていないが、観客席の方はその限りではない。中には彼の言動に怪訝な表情を浮かべる貴族もいる。
「このような場所に、というのは私が聞きたいところだが、今はお前のことなどどうでもよい」
「はえ?」
にべもないパトリックの言葉に、ティルと呼ばれた彼は呆けた声を漏らしていた。そんな彼の横を素知らぬ顔で通り過ぎ、俺の方へと歩み寄って来る。
「勅命である!」
「っ!」
俺の前まで来たパトリックは、大声で国王陛下からの言葉があることを伝える。その言葉に俺は片膝を着き、臣下の礼をとる。観客席の貴族連中も、頭を下げて静かに耳を傾けているようだ。
「アル・ストラウス!現時刻を持って学院潜入任務を中断し、アルバート・フィグラムとして第一騎士団団長へと原隊復帰を命ずる!」
「勅命承りました。これより第一騎士団団長へと復帰いたします」
「続けて命じる!現在、神樹安全域内に多数の魔物の侵入を確認。直ちに調査へと向かい、同時に魔物の討伐を先行している騎士団と協力しながら指揮を執るように!以上!!」
「はっ!」
「「「・・・・・・」」」
静かにことの成り行きを見守っていた観客達からは、困惑から驚愕、そして不安から混乱といった感情が感じ取れるような雰囲気へと変わっていった。
ざわざわとした喧騒の中、国王陛下の勅命の言葉を言い終えたパトリックが、立ち上がった俺に対して騎士礼をとると、真っ直ぐにこちらを見つめながら口を開いた。
「第一騎士団団長、アルバート殿。現在、ヴェストニア王国の防衛に全騎士団が総力を挙げて対応しておりますが、住民の混乱が全土へと広がりを見せており、このままではそう時間もかからず、国家規模のパニックに陥るでしょう。しかも文官職の為政者たちは、この状況に我先にと職務を放棄して逃げ出す始末。我々、国防の中枢を担う者達が動かねば、そう遠くない未来にこの国は滅亡するでしょう」
「警告されていたにも関わらず、最後まで自分たちの目先の利益を優先した結果、現実を受け入れられずに逃げ出したか・・・愚かなものだな」
悔しげに報告してくるパトリックの言葉に、俺は嫌悪感を隠すことなく吐き捨てた。
「逃げ出した文官達の処分は、陛下が自ら行うとのこと。アルバート殿にはこの危機に専念して欲しいと、陛下からの伝言です」
「分かった」
「私の背後にいるのは、新生第一騎士団で各中隊長を務めることになった者達です。現在軍務大臣が臨時で指揮を取っておりますが、どうぞお好きにご命令ください」
「「「よろしくお願いいたします!アルバート団長!!」」」
パトリックの言葉に続いて、後ろで控えていた騎士達が進み出て、騎士礼をとりながら俺に向かって頭を下げてきた。その数は10人。
通常、1000人の団員を抱える騎士団は、その部隊を100人づつの10中隊に分けて指揮している。俺が一時的に離れている第一騎士団は、軍務大臣のおっさんによって再編されているので、他の騎士団と同規模になっていると聞いている。
本来、第一中隊の指揮も団長が執るのだが、ここに10人の中隊長がいるということは、俺は単独で動くことを前提とした組織運営を考慮してのものだろう。俺としてもその方がありがたい。
「よし。第五から第十中隊は、他騎士団の連中と連携しての都市防衛戦へ。第二から第四中隊は安全域から離れ、王国東側へ向かい、攻め込んでくる魔物の討伐を。西側は俺と第一中隊が受け持つ」
「「「はっ!!」」」
「正確な情報が揃うまでは防御を重視し、決して無理をするな。騎士が一人いなくなれば、王国の住民は何十人と命を落とすことになる。お前達のその肩には、ヴェストニア王国住民200万の命を背負っているものと知れ!!」
「「「はっ!!」」」
「よし、行動を開始せよ!!」
反応を確認して命令を下すと、各中隊長は即座に行動を開始する。既にパトリックは会場に詰めかけていた貴族連中の誘導を開始しており、一緒に連れていていた第七騎士団の騎士達もそれに加わりつつ、気絶している生徒を起こしている。
結局武術大会は中止され、混乱を残しつつ教師も学生も校舎へと戻っていく。
学生に扮していた騎士の彼はしばらく呆然としていたようだが、俺と目が合うと顔面蒼白になり、ガタガタと震えだし、脱兎の如く逃げ出した次の瞬間には、第七騎士団の一人に捕まり、鬼の形相で脳天に拳骨を叩き込まれ、俺に対して無理やり頭を下げさせられていた。
それを俺は片手で制すると、彼の頭を押さえつけている騎士が会釈し、その首根っこを掴んで引き摺って行ってしまった。
「ア、アル・・・いや、アルバート様・・・」
少しすると、恐る恐るといった様子でマーガレット嬢が声を掛けてきた。俺に対してどう接したら良いか分からないようで、名前を呼ぶにも探っているような感じだった。
「悪いな、聞いていた通りだ」
「あ、あの、では本当にあなたはパラディン序列一位のアルバート様?わ、私は今まで何て失礼なことを・・・本当に申し訳ありませんでした!」
俺の返答に彼女は青い顔をしながら頭を抱え、身体を折り畳むようにして頭を下げてきた。とは言え、潜入任務として学生に扮していたのは俺の都合であり、彼女が罪悪感を抱く必要はない。
「気にしなくていい。そういう任務だったからな。戻ってきた時には変わらず接してくるとありがたい」
「いや、さすがにそれは・・・」
「俺の正体を知ってしまったマーガレットには言っておくが、俺の任務は学院内に蔓延る剣士と魔術師の軋轢を無くす為に潜入していたんだ。協力してくれるなら嬉しい」
「それは光栄なことですが、私などにそのような力があるとは・・・」
俺のお願いに、彼女は躊躇いを見せるようにして俯いてしまった。それに立場の違いを意識してしまったようで、今までの彼女の雰囲気は微塵も感じられなくなってしまった。
「君は1年剣武コースの首席だ。その君が自分を卑下してしまっては、君より下の順位の者達の価値を等しく無に見るようなものだ。序列が上の者は多少傲慢なくらいが丁度良い」
そう言いながら俺は、俯く彼女の肩に優しく手を乗せる。本当は年上として頭を撫でるくらいのことをしたかったのだが、残念ながら身長差があって不格好になるので、肩が限界だった。
「そ、そうですね。私が自らの実力を悲観しては、周りに示しがつきませんよね・・・あ、ありがとうございます。アルバート様」
彼女は俺に視線を向けると、少し頬を赤らめて感謝の言葉を口にした。俺に対する緊張も、少し解れてきたようだ。
マーガレット嬢と話していると、残っていた第一中隊の部隊長が一礼し、俺に第一騎士団を象徴する純白のベロアコートを差し出してきた。
「団長、こちらを」
「あぁ」
差し出されたベロアコートを羽織ると、改めてマーガレット嬢に向き直る。
「学院の生徒たちも後方支援要因として都市防衛に加わってもらうかも知れない。十分気をつけるんだぞ?」
「はい!忠告感謝します!そ、その、アルバート様もお気を付けて」
「ありがとう」
乙女のような顔をして俺を心配してくるマーガレット嬢の気持ちを受け流し、部隊長を伴った俺はそのまま学院を後にした。




