神樹 13
攻撃を仕掛けてくる生徒達を適当にあしらいながら、俺は先程から感じている違和感の正体を探るように様々な考察をしていた。その中でも一番の可能性として挙げられるのは、やはり安全域の消失だろう。
確証は無い。が、この王国において、これほどの焦燥感を感じたことなど今まで無かった。それ程の危機が迫っているのだとしたら、考えられるのは安全域についてだろう。
(だとすれば、想定よりも早すぎる!まだ神樹神話を信じる文官達が大勢を占めるせいで、有効な対策の準備も進んでいない。周辺の魔物の掃討も、予算確保の関係で予定に遅れが生じていると聞く。この状況で安全域が消失しようものなら・・・国中がパニックになる!!)
本来なら安全域消失へ向けて、国として事前準備を完璧にしていなければならなかった。残された想定時間を考えれば、国中の騎士を総動員して周辺の魔物を一掃しつつ、安全域との境に土魔術を得意としている魔術師達に防壁を建設させ、準備が整った段階で国中に情報を周知すれば、混乱を最小限に抑えることが可能だったはずだ。
しかし文官系の大臣を筆頭に、そんな事は起こり得ないと反発が起きた結果、予算決議に難癖がつけられ、必要最小限の対策すら邪魔をされているのだ。騎士団の中には文官系の大臣と深い関係にある者も多く、実家に圧力を掛けられて動きを封じ込められている者もいると聞く。
口を出してくる者達は、今まで何も問題が起きたことはないから、これからも問題は起きないと根拠もなく信じている。大事なのは地位と金。防衛費に予算を使われるのを阻止し、如何に自分達の懐に還流させようかと画策し、先の事を考えるよりも、今の自分の満足を優先して享受しようとする。
安全域を出たことがない彼らは命の危機を実際に体験したことがなく、想像すらしようとしない。安寧とした時間の中で腐った為政者達では、世界の急激な変化に対応する能力が無い。
(さっさとこの場を片付けて確認に行きたいところだが・・・真面目にやっているマーガレット嬢には悪いが、とりあえず全員気絶させてしまうか)
既に俺の思考からは、この武術大会の終え方についてという言葉は思考から消え去っていた。より優先順位の高い事態が舞い込んできたので、当然と言えば当然だ。俺を取り囲んでいる生徒達からは、先程からちょくちょく魔術が飛んできたり、剣で斬りかかってきたりしているが、全く脅威にもならないため、適当にあしらっている。
そんな俺の行動が彼らを挑発する結果となってしまったのか、怒声や罵声が飛んでくるが、小鳥のさえずりの如く聞き流していた。
(さて、終わらせるかっ!!)
「「「くぁwせdrftgyふじこ!!!」」」
瞬間的に濃密な殺気を周囲へ放つ。すると、ほとんどの生徒は奇声を挙げ、口から泡を吹きながら気絶していった。4人の生徒を残して。
(ふむ、学生に紛れていた騎士と・・・おっ、マーガレット嬢も何とか意識を保っているな。優秀優秀。あとは・・・ん?)
周囲を見渡して状況を確認していると、異質な2人の存在に気がついた。それは、レンドール少年とセルシュ少年だった。
「「ググッ・・・」」
「・・・何だ?」
2人は白目を剥き出し、口から泡を吹いている。一見すると他の多くの生徒同様に意識を失っている様に見えるが、レンドール少年は右手を俺に向かって突き出し、セルシュ少年は手にしている木剣をゆっくり持ち上げた。
その動きには意思というものが感じられなかった。本能的とでも言うのか、彼らは何かに突き動かされるように動き出した。
「ーーーーーー!!!」
「っ!」
およそ人の発する声とは思えぬような、言語として認識できない叫びを発しながら、レンドール少年が火魔術を発動させた。その発動速度は彼の実力から考えれば異常に早く、込められた魔力量も彼の限界を超えているような量だった。何より、その大きさは学院の校舎に迫る程巨大だった。
(この威力・・・下手に避けたら気絶している生徒が死ぬな・・・)
俺の近くには殺気によって気絶している生徒が多数いる。死人を出すわけにはいかない為、魔術の相殺に動く。
「魔方陣展開・供給・照準・発動!」
身に纏っていた風魔術を解除し、彼と同等の大きさの球体状の水魔術を発動させる。
『ジュー!!』という水が蒸発する音が周囲に響くと同時に、大量の水蒸気が辺りを覆う。視界が遮られようとする寸前、セルシュ少年が突っ込んできた。
「ーーーーー!!!!」
「・・・まったく、何がどうなっているんだか」
彼もまた、人外の叫び声を発しながら普段の実力以上の身体強化でもって木剣を振りかぶってきた。そこに技術というものは感じられず、ただ力任せに振り回しているように見えるが、その速度は異常だ。訳のわからない2人の状態に、彼らの対処を優先せざるを得なかった。
◆
〜〜〜 マーガレット・ゼファー 視点 〜〜〜
武術大会。今までの学院生活で吸収した経験と知識を発揮する場。大会の趣旨を考えれば、あくまでも学院としても日々の成果を発表する場だと思っていた。
(何なのだ・・・これは・・・)
大会が始まり、私は手近な上級生の剣士と木剣を交えていた。上級生だけあって実戦経験が豊富なのか、身体強化の精度、体捌き、駆け引きには目を見張るものがあった。
私としてもこれまでの実戦経験もあり、上級生相手になんとか喰らい付き、互角の戦いを繰り広げる事ができた。
しかしこれはバトルロワイヤル。眼前の相手にだけ集中するのは愚策だ。だからこそ私は常に周囲への警戒の為、意識を外にも向けていた。
そして気付く。この大会に出場しているほとんどの生徒達が、アルを標的としていることに。
(大会の形式上、相手が重なるということは十分あり得るが、あからさま過ぎる!!)
私は彼の陥っている状況に怒りを覚えた。出来れば目の前の上級生を倒して、すくにでも彼の加勢に向かいたいが、相手も成績上位の強者なのだろう、そう簡単にはいかない。
(アル・・・どうか無事でいてくれ!)
そんな私の焦燥を他所に、大会は無情にも進んでいく。多くの魔術が彼を標的にし、その間隙を縫って多くの剣士が彼に殺到する。
(なっ!?)
しかしあろうことか、その悉くを彼はまるで邪魔な虫を払うかのようにあしらっていく。まさに鎧袖一触という表現が似合う光景だった。
(あんな魔術の使い方など聞いたことがない!しかも身体強化まで!?いったいアルはどれ程の高みにいるというのだ・・・)
彼がかなりの実力者だというのは、これまでの付き合いで分かっていた。実地演習での立ち居振る舞いを見ても、彼を一般的な平民と同等に扱うのは無理がある。
学院の教師も他の生徒も、それは理解しているだろうと私は勝手に思っていた。
(この状況を静観しているということは、これは学院の意思でもある。アルを平民だからという理由で排除したがっているのね)
彼と初めて出会った時は私もそうだった。礼儀知らずの生意気な平民。こんな人物は、この歴史ある学院に相応しくないと。
しかし彼と共に過ごすようになって、その考えは徐々に変化していった。彼の考え方、魔術に対する姿勢、落ち着いた視野と思考。どれをとっても彼は私などよりも数段上の世界を見ていると気付いたから。
(アルはこの王国の行く末を担えるほどの実力の持ち主だ。そんな存在を身分だけでもって排斥しようなど、あってはならない!)
私は学園の教師や、彼を囲んで攻撃を加えている貴族子息令嬢、そして、それを面白がって見ている観客に対して、怒りと同時に憐れみさを覚えた。この学院に入学し、実地演習を経た今ならより理解できる。私たちが生きている世界とは、危うい均衡の上に成り立っている一時の平和の中で過ごしているに過ぎないのだと。決してそこに胡座をかいて、この平和がいつまでも続くものとして盲信することなど出来ないのだと。
アルの陥っている状況に不安はあったが、同時に彼が負ける姿、いや、膝を着く姿すら想像することも出来なかった。しかし、その状況は一瞬で変化した。
(いったい、レンドールとセルシュに何が?)
アルが強烈な殺気を周囲へ向けて放った。何故か戦いに集中しきれていないような様子だったが、急に本気になったようだった。距離が少し離れていることもあってか、それともアルだからかかは分からないが、私はなんとかその殺気に耐えることができた。
私を含めてその殺気に耐えることが出来たのは僅かに4人。彼を囲んでいた上級生の剣士の男子生徒と、共に班を組んでいたレンドールとセルシュだった。正直驚きはしたが、2人の様子は他の気絶している生徒同様に意識は無いように見えた。しかし、彼らはアルに向かって行った。足元に転がる小瓶を残して。
そこからは自分の目を疑った。異質な雰囲気を放ち、今まと比べ物にならない程の実力を見せているレンドールとセルシュに対してではない。その2人からの猛攻を受けながらも、平然と対応しているアルに対してだ。しかもよく見ると、周囲へ被害がでないように立ち回っているのが理解できる。
現役の騎士に匹敵、いや、もしかしたら騎士団長と同じくらいの威力の猛攻を見せる2人を相手に、アルは余裕をもって対処していた。私だったなら、最初の火魔術に成す術べなくやられていただろう。あの規模の魔術をあの速度で発動させられては、剣士である私にはどうすることもできない。
(あぁ、やはりアルは特別なのだ。彼ならいつか最強の騎士と言われるパラディン序列1位の席をその手にするだろう)
この王国で最強の騎士、『戦場の赤い死神』と言われるアルバート・フィグラムをも越える逸材になるだろうと私は確信した。そしてそれは同時に、彼と結ばれることに障害は無くなるということだ。
(序列1位ともなれば、爵位の叙爵は当然だ。侯爵家としてもアルを受け入れることに何ら抵抗など無くなる)
彼の実力に観客も驚いたのだろう。異様な静けさの中、アルがレンドールとセルシュからの猛攻を掻い潜り、その鳩尾に拳を叩き込んで気絶させる様子を見ながら、場違いにもそんな事を考えていた私は、周囲への警戒を全く怠ってしまっていた。
この場にはレンドールとセルシュの他に、もう一人意識を保っている者が居たというのに。




