帝国への誘い 16
「俺が初代皇帝の逸話と酷似している!?」
真剣な表情を浮かべながら話し始めたエリーゼさんの言葉に、俺は首を傾げた。初代皇帝の逸話の具体的な内容を知らなければ、酷似しているからと言って他国の騎士にかしずかれる意味が分からない。
「初代皇帝陛下は、魔術においても剣術においても他を圧倒する才覚を持ち、一代で帝国を築かれたのです。その力はどんな魔物の脅威も寄せ付けず、安定した治世を実現したとされています」
「いや、まぁ、人より実力はあるつもりだが、だからって初代皇帝の再来はないだろ?」
一代で国を築いた人物と比べられるほど大した者じゃ無いと思い、率直な疑問をぶつけたのだが、エリーゼさんは軽く首を振ってから話を続けた。
「アルバート殿もご存じの通り、魔術と剣術を同時に極めることは困難を極めます。帝国の教育機関でも、それぞれの素養を見て学ぶべき道を選択させていました。それは人間の感覚的に、全く別方向の技術を極めるのは不可能だからです。それは今までの歴史が証明しています」
「確かにそうだろうが、基本は魔力の制御だ。身体強化は集束、魔術は放出するだけだろう?」
「言葉で表現するなら、この上なく簡単な事ですね。しかし、それがままならないのが普通なのです。アルバート殿は最初から身体強化も魔術も使いこなせていましたか?」
「いやいや、そんなわけ無いよ。地獄のような鍛練の結果だ」
エリーゼさんの問いかけに、俺は当時を思い出し、苦笑いを浮かべながら答えた。
「アルバート殿。それはもしかして鍛練の最中、ある日突然使いこなせるようになったのではないですか?」
「えっ?そういえば・・・そうだったな・・・」
「その際、何か普段とは違う、変わったものを食さなかったですか?」
その言葉に、当時の事を思い浮かべる。あれは確か、師匠が見慣れない何かの植物の実を採ってきた時の事だ。珍味だからということで、その実を食べさせられたことがあった。
とんでもなく不味くて顔を顰める俺の表情を見て、師匠が腹を抱えて笑っていた。しかもその後体調を崩し、7日間寝込んだ記憶がある。その時師匠は、「毒見のつもりだったんだが、悪い悪い」と、全く悪びれることのない謝罪の言葉を、冷や汗をかきながら寝込む俺に言い放ったものだ。
その後からだった。今まで上手くいかなかった魔力の制御が途端に上達したのは。ただ、当時の俺としては、それまでの鍛錬の成果が実を結んだと喜んでいたのだが・・・
「まぁ確かに、見たことの無い不味い実を食べた記憶はあるが・・・」
「やはり。初代皇帝陛下の言い伝えにある通りですね。アルバート殿が口にしたというその実こそ神樹の実であり、奇跡的に適合されたのだと思います」
「・・・そうだとすれば、師匠はどこから神樹の実を採ってきたんだ?」
あの時は鍛練の一環として、俺を森に置いてきぼりにして数ヵ月生き延びた後に、ひょっこり姿を見せた師匠が持ってきたのだが、出所までは聞いていない。というか、そんな事を気にする余裕も無かった。
「アルバート殿の師匠からお話が聞ければなのですが、居場所はご存じでしょうか?」
「・・・師匠は3年前に亡くなったよ」
「それは・・・悲しいことを思い出させてしまい、申し訳ありません」
「いや、まぁ、本人としては幸せな死に方だったし、別に今さら悲しむこともないよ」
「そうですか。ありがとうございます」
俺の言葉に、エリーゼさんは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。どうやら俺が気を使っていると思っているようだが、本当に師匠の死については何とも思っていない。というのも、師匠の死に方があまりにもあまりにだったからだ。
良い歳をして2人の娼婦と一晩中遊んでいたらしく、張り切り過ぎて腹上死したのだ。女好きの師匠にとって、これほど幸せな死に方はないと妙に納得したものだ。
「それで、俺が初代皇帝のような力を持っているとして、それは武力に限ったことだ。政治力や経済力といった能力なんて皆無だ。しかも俺は他国の人間なのに、何故彼らはかしずくんだ?」
そう。仮に俺が神樹の実に適合していたとして、それで帝国の騎士達が敬意を表す理由が分からない。普通であれば自国に属さない強大な力が入り込んだとすれば、警戒こそすれ、敬意を向けることなんて有り得ないからだ。
「アルバート殿。この世界は非力な人間にとって、とてもではないですが住み難い場所なのです。そんな世界で、どんな魔物にも打ち勝つことの出来る人物の庇護下に入るということが、どれ程大きな意味を持っているか分かりませんか?」
「あ~、まぁ、安心だろうな」
「それだけではありません!!」
俺の気の抜けた返答の言葉に、彼女は興奮した顔を近づけ、鼻息荒く言葉を続けてくる。
「魔物の脅威に怯えず、それどころか資源として活用できれば、国はどんどん発展し、確実に豊かになっていくでしょう!」
「いや・・・それはそうかもしれないが、神樹の安全域もあるんだし、俺のような力が無くても、騎士達が連携すれば大抵の魔物は討伐できるだろ?」
王国でも難度10の魔物を俺抜きで討伐出来ている。確かに動員する騎士の数はかなりのものになるが、特出した実力者が居なくとも、騎士達の練度と連携次第で何とかなると思っている。しかし、彼女は首を軽く振りながら口を開いた。
「神樹の安全域は不変のものではありません。お伝えしたように拡張と縮小、そして一時的な消滅・・・国民にとって、どんな状況に陥ろうとも、どのような魔物が襲撃してこようとも、自分達を守り抜いてくれる存在がいるという安心感こそが、国家の繁栄に繋がるのです!」
「まぁ、それも分かるが・・・平和な時が長くなればなるほど、それを当然と受け止め、不穏分子も出てくるだろ?今回の帝国のように」
それは王国も同様だが、平和というのは人間に余計なことを考えさせる時間を与えてしまっているような気がする。それを踏まえると、今の帝国の国民には生き抜くこと以外を考える余裕がないからこそ団結している気がする。
「そうですね。ただ、絶対的な存在が居るという状況下では本来、不穏分子が蔓延る余地などありません。そしてそれは、国家を一つに纏める事になるのです」
エリーゼさんの言葉に、ふと俺の現状を思い浮かべてみると、国王に対して平気でタメ口をきいているし、騎士団の中でも俺の意見は優先される。周りから見れば好き勝手にやっているように見えるだろうが、俺に正面切って突っ掛かって来る奴はいない。
実力で排除出来ないことは明らかだし、絡め手を使おうにも、俺の背後には第二王女が目を光らせている。その為か、俺に対する不穏な存在など聞いたことがない。
「なるほど。今の帝国にとって、俺は喉から手が出るほど欲しい人材というわけか」
「仰るとおりです。アルバート殿を中心とすれば、帝国の心は一つとなり、アルバート殿がご存命中は、安定した治世が約束されるでしょう」
現在の帝国を纏めている教祖の様子を思い出すと、彼は策謀を巡らせるのが得意なタイプのようで、ある程度人身掌握術も長けているのだろう。ただ、非常時にはそんな能力は無力に帰し、凡人と化しているようだ。
そして騎士達の今までの様子から、少なからず教祖の甘言に乗って革命を起こした事を後悔しているようだった。いや、革命自体を後悔しているというよりは、その結果の現状に後悔しているのだろう。
(帝国の住民の態度。そして騎士達の態度・・・教祖はどう動いてくるかな?)
既に帝国にとって俺という存在は、住民が崇めるような立場になっている。教祖にとっては自分の立場を危うくする存在に映るはずだ。そして、帝国が再建された暁には処罰を受けるようにと伝えた際の教祖の様子・・・
(追い詰められている人間が行動を起こすには十分な状況だな)
俺は現状に内心でため息を吐き出しながら、これから起こりうる可能性を考えていった。




