帝国への誘い 14
「こ、これは・・・」
案内された負傷者が集められているという建物の中に入ると、その惨状にエリーゼさんが口元を手で抑えるようにして驚きの声を漏らしていた。それは他の面々も同様で、ミッシェル達も悲痛な声をあげていた。
まず目に付くのは、建物内のスペースいっぱいに敷き詰められたベッドと、その上に横たえられている怪我人たちだ。それも結構な重傷者達が多く、身体中に巻かれた包帯にべっとりと血が滲んでいるのはまだ処置としては良い方で、手足が欠損しているにも関わらず、何の治療も受けていない人達も多く、年齢や性別も様々だった。
その為痛みによる呻き声や、生を絶望したように「楽にして欲しい」といった声、子供達からは泣き叫ぶ声が絶えず聞こえてくるような地獄絵図だった。
状況を確認するようにゆっくりと奥まで進んでいくと、衛生環境が悪いのか、ハエが飛び回っているのが気になり、それ以上に死臭も酷い。
(奥の方の人達は負傷してからかなり時間が経っているようだな。傷口から蛆が湧いてるじゃないか。既に生気も無いようだし、あとは死を待つだけといった様子だ・・・)
生を諦めたような表情を浮かべている者達も多く、目を覆うような惨状に俺達は何も言えず、無言で様子を確認した。
「この建物内には約150名の負傷者が居ります。別の建物も同様な状況で、総数はおよそ500名です」
俺達を案内する騎士から、悔しそうな口調で負傷者たちの状況を説明された。
「それだけの数の負傷者達を、たったの10名足らずの聖魔術の使い手が見ているってことか・・・」
「・・・実際はいつ魔物が攻め込んで来るか分かりませんから、半数は温存するために待機させています。ですので、1日で治療に当たれるのは5人。負傷者を収容している建物毎に1人づつ配置しています。そしてその者達が1日で診れる人数は精々100人。しかも数日置きに魔物の襲撃で負傷者は運ばれて来ますので、現状では全く手が足りていません」
「これは何というか・・・」
「想像以上の状況じゃな」
騎士の言葉に、レックとダニエルが眉を潜めながら悲観した声を漏らす。それも当然で、どう考えても助けられない人達が増えていくからだ。これでは3万人居るという生き残りも、冬を迎える前には全滅していてもおかしくない。
「団長、どうするんですか?まさか本当にこの人数を全て治療するんですか?」
ミッシェルの問い掛けに、俺は少し考え込んだ。さすがの俺でも500人の治療を一日やそこらでは終わらせられない。全員治そうと思えば5日以上は掛かるだろう。あまり時間を掛け過ぎると、今回の任務の終了日時を過ぎてしまう。時間に余裕を持って帰国するなら、滞在できる日数はあと3日だ。
「とりあえず可能な限り治療しよう。帝国の聖魔術の使い手達だけでも回るくらいにはな」
「分かりました。ではその間我々は、情報収集と魔物の警戒をしましょう」
「ああ、頼んだ」
ミッシェルはそう言うと、レックとダニエルを引き連れてこの建物をあとにした。エリーゼさんはこの場に残りたそうな表情をしていたが、ミッシェルから「エリーゼ殿も助力をお願いします」と言われ、一緒に外へと向かった。正直彼女がこの場にいても何も出来ることはないので、周辺の警戒をしてくれた方が適材適所だろう。
「ところで、彼らの治療を担っている方はどこですか?」
ミッシェル達を見送ると、俺は騎士に尋ねた。治療を開始するにあたり、負傷者達の状況を把握している者を伴った方が効率的だろうと判断したからだ。
「それでしたら・・・あっ!ルーラ君っ!」
室内を見渡した騎士は、目的の人物を見つけたようで名前を呼んだ。すると、まさに診察していた最中だったのか、一人の人物が立ち上がってこちらへ駆け寄ってきた。
「どうしましたか?また重傷者ですか?」
その人物は俺よりも背が低いが、妙齢の女性のようだ。クリクリとした大きな目に可愛らしい見た目をしているが、目の下のクマが凄い。身に着けている黒衣は血で汚れ、治療現場の過酷さを物語っている。
「いえ、この方は他国の者なのですが、聖魔術を扱えるということで、治療に協力してくださるということです」
「初めまして、アルバートと言います」
騎士から紹介された俺は、頭を少し下げながら簡単に挨拶をした。そんな俺に対して彼女は、目を丸くして怪訝な表情を浮かべていた。
「えっと、こんな子供の男の子がですか?」
俺にとってはお決まりの文句だったが、隣の騎士は慌てたようにその発言を訂正する。
「ル、ルーラ君!!彼は他国で伯爵の地位を賜っている成人男性ですよ!国民の治療に協力してくれるというのに、失礼な発言は控えなさい!!」
「ふぇ?伯爵様?成人男性?あ、あのあのあの、失礼なこと言って申し訳ありません!!」
騎士の言葉に、彼女は慌てて頭を大きく下げて謝罪の言葉を口にした。
「いえ、慣れているので大丈夫です。それより、この建物内で最も重傷な人のところから案内して欲しいのですが?」
「えっ?そんなに高位な聖魔術が使えるんですか?」
俺の言葉が信じられないのか、彼女はまた目を丸くして驚いていたが、時間もないのでさっさと案内するように促したのだった。
「では始めます。魔方陣5重展開・融合・魔力供給・顕現!回生の聖剣・白夜」
「ご、五重展開!??」
「え?え?え?何もないところから剣が??」
2人は俺の魔術に驚いているが、時間もないのでそのまま治療を始める。何せ俺の目の前には、右手足を失い、右の眼球も抉り取られ、残る片目で虚空を見つめる少年がベッドで横たわっているのだ。辛うじて生きてはいるが、この容態では明日の朝は迎えられないだろう。
「少しの辛抱だ」
「っ!?ア、アルバート殿!?」
「ちょ、ちょっと!?」
少年の心臓目掛けて白夜を突き刺すと、2人から驚愕の声があがった。見た目には俺が少年に止めを刺したように見えるから仕方ないが、続く少年の劇的な変化に、2人は更に驚愕する。
「なっ!!!彼の手足が!!」
「嘘っ!!こんな聖魔術見たこと無いです!!」
彼の身体が光に包まれると、欠損した彼の手足が瞬く間に再生する様子を、2人は目を見開いて大口を開けたまま見つめていた。少しすると少年の呼吸が安定し、柔らいだ表情を覗かせていた。
「よし、次だ」
「「・・・・・・」」
少年が完治したことを確認すると、次々に負傷者たちを治療していく。そんな俺の様子を、後ろから付いて来る2人の表情は驚きの表情のまま固まっており、理解が追いつかないといった様子だった。
そんな2人を気にすることなく進めていくが、かなりの重傷者が多いため、一振りの白夜で治せる人数は30人前後だ。魔物の襲撃も想定して余力を残すとなると、白夜を発動できるのは3回までとなる。
(全員を治そうとするとやはり5,6日は掛かるが、重傷者だけを治し、聖魔術師の負担を減らせば負傷者の人数と治療のバランスがとれるだろう)
今後どの様な状況になるかは分からないが、住民に安定した治療を施せる状態になるよう、10人の聖魔術の使い手で手が回るようにしていく。
結局翌日の昼まで掛かったが、何とか重傷者は全員治療し、残るは軽傷者と若干の中傷者だけとなり、帝国の聖魔術師達だけでも余裕を持てるような状況にすることができた。
その状況に、エリーゼさんは目に涙を浮かべながら感謝の言葉を伝えてくれ、治療した住民達も大袈裟とも思えるような言動で感謝を示してくれた。
(別に俺は神でも天使でもないんだがな・・・)
想定してなかった訳では無いが、住民からは神やその御使いの様に祈られたり崇められたりし、中には号泣しながらこの地に留まって欲しいと、土下座して懇願するものもいた。
最初は俺から治療を受けた者たちが大半だったのだが、噂が噂を呼び、住民達にあっという間に俺という存在が認識され、一つの宗教のような組織が出来上がりつつあった。
辟易としながらも無碍には出来ず、明日にはこの地を離れるから放っておいても良いだろうと思っていたが、迂闊な俺の行動により、それは決定的となってしまったのだった。




