帝国への誘い 13
「エリーゼさんはどうしたい?」
「わ、私ですか?」
突然俺から話を振られたことで、彼女は肩をビクつかせて驚いていた。とうやら先程の俺の殺気が、トラウマのようになってしまっているようだ。
とはいえ、彼女には事前に静観して欲しいと伝えていたのにも関わらず、あれだけ派手に教祖と口論してしまったのだ、俺が声を荒げるのも仕方ないというものだ。
「正直に言えば、俺にはこの帝国を助けるような義理はない。怪我人くらいは治療しても良いと思っていたが、ここの指導者は明日も見えていないときてる」
そう言いながら教祖に視線を向けると、彼は悔しげに顔を俯けているだけで、何も反論してこない。それは俺の指摘が図星だったからだろう。そんな彼を気にかけることなく、俺は言葉を続ける。
「仮に今治療したところで、数日後には魔物の胃袋の中に収まっているかもしれない。そんな無駄な事に労力を割くくらいなら、神樹に関する研究書物でも見つけた方が利があると思わないか?それに、ここに居る奴らはあなたの主君を殺した集団だ。いっそ全員居なくなった方が都合が良いんじゃないか?」
俺は努めて偽悪的な口調で彼女に問いかけた。これは試しだ。彼女が生き残りの国民に対してどんな感情を抱いているか。皇帝を殺した首魁に対し、復讐したいと望んでいるのかを知るための。
(もし帝国再建の方策を今の皇帝が所持しているとすれば、王国にとっても都合が良い。何せ人口・食料問題が簡単に解決するからな。そこに革命を起こすような危険な思想の持ち主達は邪魔になる)
俺は王国の抱える問題の一つを、帝国を利用することで解決できるかもしれないと考えた。特に平民にとってみれば、国に対する帰属意識などほとんど無い。住む場所に関わらず、平穏な生活を送ることができるなら、そこが王国であろうが帝国であろうが気にしない。平民だった俺がそうであったように。
そんな事を考えつつも、エリーゼさんの返答を待っていると、彼女は重々しく口を開いた。
「確かにアルバート殿の言う通りだろう。近衛騎士として、主君を殺された事に対する怒りはあります。そしてその結果、帝国がこの様な惨状になってしまった事に対する憤りも・・・」
「・・・・・・」
彼女の言葉に教祖は不安な表情を浮かべていた。それは、彼女の言葉一つで自分達の行く末が決定してしまうのではないかという事を危惧しているのだろう。
「しかし私は騎士として、本来守るべき対象である帝国の民達を見捨てることは出来ない!確かに彼らは反乱に荷担してしまった。そしてそれを諌めるべき騎士も加わってしまった。同僚を説得できなかったのは、私の人徳の無さもあるでしょう・・・私は、神樹教の幹部達に対する怒り以上に、それを止められなかった自分に対する不甲斐なさで悔しいのです」
「「「・・・・・・」」」
続く彼女の言葉に、教祖の背後に控える騎士達が心苦しい表情を浮かべていた。彼女の言葉に思うところがあるのだろう。
「その上でアルバート殿に頼みたい!どうか、帝国の民達を救って欲しい!」
彼女は立ち上がると、俺に向かって深々と頭を下げて懇願してきた。
「・・・エリーゼさんには助けられた恩もありますから、力を貸すのは構いませんよ。ただ、帝国をこの様な状態にした元凶たる教祖や騎士の人達はどうするつもりですか?」
俺は優しい口調で彼女の懇願に了解を示すと、懸念事項である教祖達の処遇を確認した。
「私個人の感情で言えば処刑してしまいたいというのが本音ですが、彼らが居なくなってしまえば、早々にここに住む者達は死に絶えるでしょう。ですので、帝国に安全域を取り戻した暁には、皇帝陛下に彼らの処分を委ねるつもりです」
彼女のはっきりとした口調から、やはり皇帝側は安全域を復活させる情報を持っているのだろうということが伺えた。ただ、それが簡単なことでないのは明白だ。もし簡単に出来ることであれば、俺を必要に帝国へ勧誘することなどしなくていいし、そもそも王国に亡命すること無く、自分達の力で成せばいいからだ。おそらくは相当な武力がなければ達成できない方法なのだろう。
そしてその情報を開示できないのは、王国側がどう出るか分からないため、慎重になっているからだろう。
(帝国復興のための安全域復活の情報を、王国のために使われたんであればたまったものじゃないだろうからな)
そんな事を考えつつ、俺は口を開いた。
「エリーゼさんの想いは分かりました。可能な限り住民を治療しましょう」
「「「おぉ・・・」」」
俺の返答に、教祖達は安堵した声を漏らしていた。が、それには条件がある。
「ただし、あなた達はこの国が復興した際、きちんと処罰を受けてもらうことを確約してもらう」
「「「っ!!」」」
困惑した表情を浮かべる教祖達に、俺は話を続けた。
「当然でしょう?俺はエリーゼさんへ恩を返すために動くんだ。それは彼女が求めている皇帝からの裁きを受け入れるところまで含んでだ」
「し、しかし、我々はこのような状況にあっても帝国の民達を見捨てず、こうして守護してきた!それに比べて新しく皇帝になったという皇女はどうですか!?革命が起きてからすぐに逃げ出し、強大な魔物が現れても民を助けようともせず、自分達だけ助かろうとさっさと国から逃げ出したのですよ!?そのような者に我らを裁く権利などーーー」
「あんたらは曲なりにも革命を成したんだろ?なら、自分達について来てくれた民を守るのは当然だろ?それが国の頂点に立つということだ。それに、助ける力も無いものが行動を起こしたところで、それは無駄死にになるだけだ。復興するための手段が存在するなら、情報を確実に繋げるという行動は身勝手ではなく、未来を見据えての選択だろう?俺にはよほど現実的な行動に映るがな」
鼻息荒く自らの主張を口にする教祖に対し、その言葉を遮るようにして俺は自分の考えを伝える。
「で、ですが、残された国民にとってみれば、自分達を見捨てたものが皇帝を名乗って戻ってきたとしても、簡単には受け入れられないでしょう。まして過酷なこの状況下、自分達を守ってきた我々を処罰するなんて、国民感情の反発を招きます!」
「となると、過酷なこの状況を打開できたとしたら、戻ってきた皇帝は国民から救世主のように見えるだろうな」
「っ!!こ、皇帝側にはこの状況を打開できる策があると?」
「さぁ?それは皇帝しか知り得ないことだろう?」
先程までのエリーゼさんと教祖の話の流れから、俺はほぼ安全域を復活させる手段があると確信していたが、彼はそうではなかったらしい。そんな余裕すら無かったのかもしれないが、今の帝国の状況で相手の言葉の裏も読めず、未来も見えていないとなれば、彼の能力では帝国の復興など夢のまた夢だろう。
そうして俺達はまだ何事か聞きたそうな教祖との話を打ちきり、さっさと負傷者が集められているという場所へ案内してもらった。
帝国復興の際には処罰を受け入れろという話は、口約束ながら了承させた。だいぶ不満の残る表情をしていたが、正直彼にはこれからの帝国を導くのは不可能だと判断した。平和な状況なら違ったかもしれないが、今のような緊急時において必要なのは強力な指導力だ。天幕に引き込もって、護衛の騎士から誰にも接触しないようにした方が良いと判断されてるようでは、判断力も指導力も皆無だろう。
(まぁ、俺がこの帝国の行く末を心配することではないが、あんな奴の甘言絆されて革命を起こしたこの国の住民達は・・・憐れだな)
そんな事を考えながら、教祖の天幕から30分ほど移動した先にある建物へと到着すると、そこは集会所のような平屋の建物があった。結構な大きさだが所々壁が崩れており、廃屋を応急処置だけしてなんとか使用している感じだ。そして、そんな建物が5つ程並んでいた。
「アルバート殿、こちらです」
「ここに負傷者を集めてるってわけか・・・衛生環境は大丈夫なのか?」
ここまで案内してくれた騎士に、外見から不安視されることを聞いたのだが、彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「・・・我々も手一杯でして、帝国の現状を察してくだされば幸いです」
「そうか・・・」
彼の言葉に、この建物の中がどのような状態になっているか何となく想像出来る。俺は内心ため息を吐き出しながら、建物の中へと案内されたのだった。




