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騎士学院のイノベーション  作者: ハッタカ
第三章 神樹の真実
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帝国への誘い 8

~~~ エリーゼ・ステラー 視点 ~~~


 神樹の実を取り込んで生まれた強大な魔物との戦いで、私は信じられない光景を見た。アルバート・フィグラム。彼の力は、私の理解を遥かに越えたところにあった。


5つの属性魔術を融合して新たに創造された魔術は、およそ人が扱える力を越えたところにあると感じた。彼が『虚無』と呼んでいた漆黒の剣の能力は言うまでもないが、『白夜』と呼ばれた光輝く短剣の能力こそ、一際素晴らしいものだった。


治癒に特化した性質を有するあの短剣は、死を待つだけだった私の身体を完全に癒した。しかも、怪我に伴って流したはずの血も回復していたのだ。通常の聖魔術では、怪我自体を治すことはできても、身体から失われた血液まで戻すことは出来ない。それは常識で、大量の血を流した場合、怪我を治しても貧血状態でしばらくまともな行動などとれないのだ。


私が彼を抱えて堕ちた場所には、血溜まりが出来るほど大量に流血の跡が見られた。しかし、こうして自分の装備を探しに走っても、まったく貧血の症状は出なかった。


まさに奇跡だ。


(魔術と剣術を自在に操り、不可能とも思えるような新しい魔術の創生までも事も無げに実現して見せる・・・まるで帝国の歴史書にあった初代皇帝のようだ)


私は自分の投げ捨てた装備品を回収しながら、いつか見た書物の内容を思い出す。数千年前、帝国の礎を築いた初代皇帝は、神樹の実を口にしたと言われている。そして得られた力で国を纏めあげ、イーサルネント帝国を建国し、安定した治世を実現したと語られている。


(仮に彼が神樹の実を口にしていたとしたら、あの実力も頷ける。もしそうなら、あの方は国を背負って立つべき存在・・・そう望むのなら、私はあの方の剣として・・・)


一瞬、彼の傍らでその手腕を補佐する自分の姿を思い浮かべてしまったが、私には既に自身の剣を捧げた主が居ることを思い出して顔を振る。


(いけない!忠義を忘れかけるなんて!)


私は自分の両頬を叩き、浮わついた心を戒める。既に今回の遠征が始まるまで彼に抱いていた性的な欲望は消え去り、その代わりに尊敬や敬愛の念が湧いていた。


(願わくは、あの方を帝国にお招きしたい。そして、皇帝陛下と共に帝国の再建を。あの方の力があれば、それも不可能ではない!)


帝国の将来に希望を見い出した私は、決意も新たにあの方が待つ場所に戻るのだった。




 エリーゼさんの様子がおかしい。


いや、正確にはこれが人として普通の姿と言えばそれまでなのだが・・・出会った頃の獲物を狙う様な視線は鳴りを潜め、慈愛に満ちた雰囲気というか、献身的な行動を見せているのだ。


「アルバート殿。どうぞ」


「あ、あぁ・・・」


そう言いながら野営のテントで上半身を起こした俺に対し、エリーゼさんが一口サイズに切り分けた食事を食べさせてくれている。今日の夕食は、討伐したベヒモスの肉を調理したものだ。


程よく脂が乗った肉は歯がいらないほど柔らかく、咀嚼するたびに旨味が溢れ出てくる。単純に塩コショウを振って焼いただけのものだが、これが一番美味しい食べ方だと思えるくらいの出来栄えだった。


ちなみに調理を担当したのは、ミッシェルとエリーゼさんだ。身体が動かない俺に食事をさせるのはダニエルかレックだと思っていたのだが、何故かエリーゼさんが現れたのだ。


ミッシェルが止めなかったのかと疑問を浮かべるも、エリーゼさんの様子から問題ないと判断したのかもしれない。それは彼女にギラついた気配がなく、ただ世話をしたいだけという雰囲気しか感じられないのだ。


「美味しいですか?」


「あ、はい。絶品です」


「食べにくかったら細かく切り分けますけど、大丈夫ですか?」


「こ、この位で大丈夫です」


物語の聖母のような慈愛の表情を浮かべながら、甲斐甲斐しく世話をしてくれる彼女に対して、何だか自然と敬語になってしまう。


これまで師匠の近くに居た女性を見てきた経験から、男に近づいてくる女性に対してあまり良い印象が無かったのだが、彼女の落ち着いた雰囲気は、俺の今までの考えを塗り替えていくようだった。



 その後、身体を濡れタオルで拭いてくれたり、歯磨きまでしてくれ、「では、ゆっくり身体を休めて下さい」と、恭しく頭を下げ、夜営の警戒のために去っていった。


それからしばらくすると、ミッシェルがフラつきながらもテントへと入ってきた。


「団長、何もありませんでしたでしょうか?」


「あぁ、何もなかったな」


「エリーゼ殿の様子ですが、何か感じられるものはありましたでしょうか?」


ミッシェルも彼女の変化に戸惑っているようで、躊躇いがちに質問してくる。正直、以前までの彼女の様子であれば、俺が動けないのを良いことに何かしてきてもおかしくなかった。しかし、実際にはまったく貞操の危険を感じることは無かった。


「う〜ん、そうだな・・・何というか、今までと違って尊敬の眼差しを感じたような気がするな。」


「そうですか・・・私も彼女から団長に対する欲情の様な雰囲気は感じられず、こうして団長の世話の許可を出したのですが・・・尊敬というか、もっとこう・・・崇拝しているような感じでしたね」


「崇拝?さすがにそこまでは・・・」


ミッシェルの突拍子もない表現に、俺は苦笑を浮かべる。


「いえ、彼女からはまるで、神樹を崇めている者達のような雰囲気を感じました。この場合、神樹の代わりに団長を崇めているということになりますが・・・」


「ま、まぁ、それならそれでエリーゼさんに対して変に気を揉むこともなくなったって事で、結果的に良かったと考えるべきか・・・」


この帝国までの遠征中、彼女からは常に獲物を狙うような視線を感じており、どんな状況でも気を張らざるを得なかった。一応ミッシェルが監視の目を光らせてくれていたが、何か想定外の事象が起き、既成事実でも狙われたとしたら、クリスティーナからどんな仕打ちをされるかとげんなりする思いだった。


正直、そんなことになれば強制的にクリスティーナと婚約させられる未来しか想像できないが、エリーゼさんが俺に対して何もしなければ、そんな心配も要らないということだ。


「だと良いのですが・・・」


心配した表情を浮かべながら、含みのある言い方をするミッシェルの様子に一抹の不安を感じるが、だからと言って対処法が思い付くわけでもなく、とりあえず俺は酷使した身体の回復に努めるしかなかった。



 翌日。万全に回復した俺は、先ずミッシェル達の治療を施した。幸いにして、皆そこまでの重傷ではなく、普通の聖魔術で瞬時に完治した。


また、夜間に強力な魔物が襲ってくることもなく、難度4程度の魔物が数匹現れたくらいだったということで、その全てをエリーゼさんが問題なく討伐してくれていた。そんな報告を、エリーゼさんが片膝を着きながら、まるで主君に対する態度で俺にしてくるものだから、苦笑いを通り過ぎて顔が引き攣ってしまった。


何度も止めるように伝えるのだが、「命の恩人に対する最低限の礼節です。どうかお認め下さい!」と土下座されてしまっては断る事も出来ず、彼女の態度については放置することにした。



 そんなこんなもあって王国を出発して9日目、ようやく俺達は今回の任務の目的地である帝国へと到着したのだが・・・


「これは・・・」


「聞いてはいたが、これほどとはな・・・」


「神樹の安全域が無いと、歴史のある国でさえこんな状態になるのか・・・」


ミッシェル、ダニエル、レックが、口々に帝国の惨状を目にして呟いた。彼らの感想には俺も全く同意見で、ただただ唖然として、元帝国だった国の現状を眺めた。


帝国を囲んでいたのだろう外壁は見る影もなく崩れ去り、所々物見台が残っている様子を見るに、高さは10メートル程の立派なものだったのが伺える。


大きな瓦礫を避けながら、かつての帝国領土内に入っていくと、都市があったのだろう残骸があった。周辺には低難度の魔物がちらほらと徘徊しており、適宜討伐をしていく。


住民は居らず、崩れた建物の壁や地面には、大量の黒ずんだ血痕があちらこちらに滲みていた。おそらくは魔物に襲われ、そのまま腹の中に収まってしまった住民の名残りだろう。


皆、顔を顰めながらも進んでいき、かつて帝国の中心地だったという帝城付近まで到着した。


そこには、かつて雄々しくそびえ立っていたであろう神樹が根元付近から折れて倒れ込み、近くに建てられていたのだろう、帝城を飲み込んでいた。


巨大な幹や枝葉は真っ白に変貌し、一目でその命を終えているのだと分かる程だった。


「・・・2、3日周辺の捜索を行い、終了次第帰還する」


「「「・・了解」」」


俺の指示に返答する皆の声は、どこか不安げだった。今まで見てきた様子から、この帝国も王国と同規模の国だったことが理解できるし、崩壊した建物の様子から、まだそれほど日が経っていないのが分かる。


そんな国が僅かな期間で廃墟のように崩壊してしまっているのだ。もしこれが自分達の国で起こってしまったらと思うと、不安を抱かずにはいられないのだろう。

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