帝国への誘い 7
「くそっ!」
魔物の絶叫による衝撃波のせいで、俺は地面に叩きつけられようとしていた。悪いことに、吹き飛ばされた姿勢のまま体勢を整えることが出来ず、このままいくと背中から激突してしまう。
かなりの衝撃が身体に襲い掛かるだろうと予見し、覚悟を決める。気絶さえしなければ常時発動中の聖魔術による治癒が可能だが、意識が無ければそれも叶わない。下手をすれば、そのまま命を落としてしまうだろう。
(この勢い・・・せめて砕けた骨が内蔵に刺さらなければいいが・・・)
奥歯を噛み締め、衝撃に備えた時だった。急に横合いから衝撃を感じた。
「アルバート殿!」
「っ!?エリーゼさん!?」
気づくと俺は、エリーゼさんに抱き締められるような格好になっていた。そして彼女は俺を力強く抱き締めたまま自らを下敷きにするように体勢を入れ換え、そのまま地面に激突する。
「がっ!」
「ぐっ!」
地面と俺に挟まれるような状態で衝撃を受けたエリーゼさんは、苦痛を圧し殺したような声を吐き出した。
「くっ!エリーゼさん!」
彼女がクッションになってくれたお陰で、俺のダメージは想定よりもかなり軽かった。骨は数本折れているだろうが、動けない訳ではないし、ましてや気を失うほどでもなかった。俺はすぐにエリーゼさんの上から降りると、彼女の容態を確認する。
(・・・これは)
彼女は口から血を流し、腕や足の関節はあらぬ方を向いていた。それに、胴体部分には彼女が装備していたはずの深紅の鎧はなく、鎧下から僅かに折れた肋骨が突き出てしまっていた。おそらくは俺を庇うため、鎧を脱ぎ捨ててくれたのだろう。
「アル・バート・・殿。良かった・・無事・・で・・」
彼女は血を吐き出しながらも、優しい表情を浮かべながら俺が無事であることに安堵していた。正直に言えば、彼女の今の状態は瀕死の重傷だ。普通の聖魔術程度では気休めにもならないほどに。
「なんて無茶をっ!俺なら何とか凌げたのに!」
「・・・落ち行く君の表情は、覚悟を決めた目をしていた。だからだろう・・・身体が勝手に動いていた」
俺の言葉に、彼女は満足げな表情を浮かべていた。自分の命に代えても他人を守りたい。そんな想いを理解できるほど、俺の感情はまだ大人ではなかった。それでも、俺の命を守ろうと己の身を投げ出してくれたエリーゼさんを、こんな所で死なせてはいけないということだけは分かる。
「今助けます!」
「よせ・・無理だ。既に身体の感覚がない。私は直に死ぬだろう・・・だから最後に言い残したい・・・」
自分の死期を悟っているのか、彼女の表情はとても穏やかだった。しかし、俺は彼女を助けると決めたのだ。そんな簡単に死なせる訳がない。
「治ったらいくらでも話せますよ。魔方陣5重展開・融合・魔力供給・顕現!回生の聖剣・白夜」
火・水・風・土・聖の5つの属性の魔術を融合して実体化させた、魔剣とは対となる聖剣だ。全てを無に帰す虚無とは違い、白夜は治癒に特化した性質を持っている。俺の左手には、全ての闇を打ち払うような光を放つ一振りの短剣が具現化していた。
「美しい・・・」
エリーゼさんは聖剣を凝視すると、ポツリと呟いた。俺は聖剣を逆手に持ち、その切っ先を彼女の心臓に定める。
「エリーゼさん。俺を信じてくれますか?」
「もちろんだよ・・・」
笑みを浮かべる彼女の返答に頷くと、ゆっくり聖剣を身体に沈めていく。
「うっ、あ、あぁぁ!」
聖剣がエリーゼさんの身体を貫いていくと、彼女は頬を上気させながら、艶めかしい声で喘ぐ。この聖剣を使用した者の話では、自分の身体の中に温かなものが入り込み、混ざり合い、何とも言えない感覚に晒されるのだと言っていた。
「もう大丈夫です」
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
エリーゼさんの治療を終えると、彼女は荒い息を整えるように目を閉じていた。重傷だった身体はすっかり元通りになり、ボロボロになってしまった鎧下の隙間からは綺麗な肌が覗いている。
「あとは・・・」
エリーゼさんはもう大丈夫だと判断した俺は、未だ交戦中の魔物へと視線を向ける。体内に入った虚無の影響か、その巨体を丸めるようにして踞っており、動けないでいるようだった。
(奴の身体に突き刺せたわけじゃないからな、それでも体内に取り込んだ事で、毒のような効果をもたらしたのか?)
今までにない状況に、魔物の様子を観察しながら考察する。本来ならここで追い討ちをかけて奴を討伐したいところなのだが、既に虚無の連続使用と白夜の行使で魔力が枯渇寸前の為、常時展開していた聖魔術も、骨折を治した後に解除している。
正直、奴が体勢を立て直して再度襲いかかって来られると打つ手がない状態だ。虚勢だが、奴の方を睨みながらいつでも動けるように臨戦体勢で構える。
そしてどう動くか息を呑むと、奴は突然頭を起こした。その口元からは泡が漏れており、相当なダメージが身体を蝕んでいるのが見てとれる。
(このまま引いてくれればありがたいが・・・)
『ーーーーーーっ!!!』
そんな俺の祈りが届いたのかわからないが、奴は俺を鋭く見据えてくると、口元の泡を吹き飛ばしながら咆哮あげた。そして、次の瞬間には翼をはためかせ、あっという間に上空へと飛び出し、そのまま彼方に消えていった。
「・・・助かったか」
奴の恨みを多分に買ってしまった気もするが、一先ずの危機は脱せられたようだ。身体を限界まで酷使した影響と魔力の欠乏も重なり、身体から力が抜けていく。
「くっ!」
「アルバート殿!」
そのまま仰向けに倒れ込みそうになった俺を、エリーゼさんが血相を変えた表情で抱き止めてくれた。
「すいません、俺はしばらく動けそうもない。この状況での移動は危険を伴うので、3人と合流して周辺の警戒と野営をお願いします」
「だ、大丈夫なのか?」
「負傷したからというわけでは無いので大丈夫ですよ。一晩も身体を休めれば動けるようになります」
「そ、そうか・・・」
エリーゼさんは俺を地面に横たえ、膝枕の状態にしながら安堵した顔を浮かべる。そして、僅かに頬を朱に染めながら真剣な表情で口を開いた。
「ありがとう、アルバート殿。私の命を救ってくれて」
「礼には及ばないです。こんな所でエリーゼさんを死なせるわけにはいかないし、何より俺もあなたに助けられた。だからこれは、おあいこです」
「それでも、感謝せずにはいられないさ。もう死を覚悟した状態から、完全に治癒したなんて信じられない。本当にアルバート殿には驚かされる」
そうして浮かべた彼女の笑みには、今までの欲望とも思える好意から、少し変化を感じられたのだった。
そしてしばらくすると、ミッシェル達が歩み寄ってきた。ただ、その様子は正に満身創痍といった感じで、ダニエルがミッシェルとレックに肩を貸して連れてきたという状況だった。
「うわ~、団長も限界じゃないですか。これじゃあ団長が回復するまで私達の治療はお預けですね~」
ダニエルに肩を借りているレックが、軽口を叩くように苦笑いを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。彼は右耳と右目から血を流しており、足元も覚束無い様子から、鼓膜や三半規管がズタボロのようだ。
「仕方ありませんね。私とレックも今の状態では役に立てませんし・・・エリーゼ殿、ダニエル、警戒はお願いします」
「ええ、勿論です」
「やれやれ、ワシも万全という訳ではないのに酷使させおって。だが、任された!」
レックと同じく満身創痍なミッシェルの言葉に、エリーゼさんとダニエルが了解の意を示してくれた。盾職のダニエルは肉体の鍛え方が違うのか、おそらくは鼓膜が破れた程度で済んでいるようだった。
「悪いな皆。俺が回復次第治療しよう」
「いやいや。まさか団長でも討伐できない魔物がこの世に存在するとは驚きですよ」
「魔物というか、私にはただの化け物にしか見えなかったわ。なにせ咆哮一つで我々に重傷を負わせるんですもの。とても人が敵う存在じゃないわ」
「しかし、そんな凶悪な存在でも撃退しちまうんだから、ワシらの団長はやっぱり頼りになるわい!」
俺の様子を見ながら、みんな安堵した表情で先の魔物について語っていた。絶望的な実力差のある存在を撃退できたことへの安心感からか、殊更俺を持ち上げる様な話口調だった。
おそらく皆不安なのだろう。自分達では抗えないような強大な存在を目にし、それでも対抗できるという希望が無ければ不安で押しつぶされてしまう。そうならないよう、己の心を守るために、俺に希望を見ているのだ。
「皆さん、とにかく今は野営の用意をしましょう。アルバート殿もしっかりと休ませたいですし、こちらの体制も整えて警戒に当たる必要がありますから」
弛緩した空気に釘を差したのはエリーゼさんだった。さすがに帝国で皇帝専属の騎士を担っているだけはあり、こういった非常時において冷静に物事を見据えることが出来ているようだ。
「うむ、そうだな。ならばワシらで野営の準備をしているから、エリーゼ殿は自分の装備を探してくると良い」
「そうだな。魔物の襲撃に備え、装備は万全でなければな」
自らの装備を投げ出してまで俺を助けようとしてくれた為、エリーゼさんは剣士でありながら、装備も得物も無い状態だ。それを指摘するようにダニエルが彼女に提案し、彼女も了承した。ただ、ダニエルの困ったような表情は、それが理由だけではないようだった。
「えぇ。それにその姿、男には目の毒よ?」
「姿?・・・っ!!」
ミッシェルの言葉にエリーゼさんが自分の状態を確認する。鎧下の布地は所々破れ、白い肌が露わになっている。胸元も谷間が見えるような状態になってしまっており、状況が状況なら、とても扇情的な姿だと言えよう。
それに気づいた彼女は、恥ずかしさに頬を赤らめながらこの場を離れ、脱ぎ捨てた装備を探しに行ったのだった。




