帝国への誘い 2
帝国へ赴く期間は最長1ヶ月ということになった。夏休みの期間は1ヶ月半ほどあるので、不測の事態も考慮した、ある程度余裕をもたせた想定だ。
ちなみに亡命した帝国の一行が王国まで来た期間を確認すると、約2ヶ月ということだったが、それは20人以上の大所帯の移動で、且つ、皇帝の安全を最優先に考えた結果の時間だという。
その為、少数精鋭で帝国まで最短距離の強行軍を身体強化を併用して行った場合の移動時間の想定は、約1週間と算出された。その結果、期間としては少し余裕を持たせ、帝国までの移動に10日、調査に10日、帰りに10日となった。
また、約1ヶ月を共にすることになる帝国の近衛騎士のエリーゼさんだが、彼女にのみ俺の正体を明かすことになった。理由としては、魔物蔓延る森を約1ヶ月もの間移動するということもあり、実力や立場を隠し続けるのは困難だろうということになった。いくら王族が目を掛けている学生という設定でも、現場指揮を執ったり、片っ端から魔物を討伐するのは不自然だからだ。
仮に情報を明かしたところで、王城に幽閉していることもあり、情報の広がりは限定的に抑えられるし、漏洩した場合は機密も守れない存在としての扱いにすると脅しをかけておく。さすがに他国に僅か20人程度、武装も解除されている状態で滅多な行動に出るのはありえないだろうとの判断だ。
そしてーーー
「と言うわけで改めまして、ヴェストニア王国第一騎士団団長、アルバート・フィグラムだ」
「は・・・え?だ、団長?」
「あ、今は任務で騎士団を離れてるから。元団長が正確か」
「・・・・・」
帝国への出発当日、魔導列車に乗り込む前に俺は自らの肩書をエリーゼさんに伝えた。俺の正体を聞かされた彼女は、先程顔を合わせた際の嬉しそうな表情から一転し、目を点にしながらポカンとした顔で、伝えた肩書を呟いていた。
「分かっているだろうが、この事は極秘だ。もしエリーゼさんからこの情報が漏洩したとなれば、君達の扱いを考え直さなければならない」
「・・・ば、ばかな・・・一体アルく・・アルバート殿は何歳だと言うのだ?」
俺の正体について釘を差したのだが、彼女はまるでそんなことに興味がないとでもいうような雰囲気で俺の年齢を聞いてきた。気になるのがそこなのかと疑問に思いながらも、大した情報でもないと歳を口にする。
「23だが、それがどうしたんだ?」
「っ!!つ、つまり・・・合法ショタ・・・」
「???」
年齢を伝えた途端彼女は頬を上気させ、だらしない顔をしながら聞き慣れない言葉を口にした。
(何だ?ゴウホウショタ?帝国における何かの隠語か?しかしあの表情、どういう感情だ?)
俺を見ているようでどこか遠くを見ているというか、自分の思考の中に沈んでいるような彼女の様子に、怪訝に首を傾げながら言葉の意味を聞こうと口を開きかけた。
「エリーゼさん、そのゴウホウショタとはーーー」
「団長。そろそろ列車の出発時刻ですので、私達の挨拶もよろしいでしょうか?」
若干不機嫌を漂わせながら俺の言葉を遮ってきたのは、元第一騎士団副官、ミッシェル・クルーガーだ。ミッシェルは第二王女と懇意にしており、今回の任務でもエリーゼさんが俺に余計なちょっかいを掛けないように見張る監視役も担っている。
「あ、ああ。そうだな」
ミッシェルの勢いに圧された俺は、エリーゼさんの言葉の意味を探ることを断念した。というのも、ミッシェルがその意味を理解していて口を挟んできたような気がしたからだ。
「初めましてエリーゼ殿。私は今回の任務で副官を勤めます、ミッシェル・クルーガーと申します。戦闘スタイルは闇魔術を主体とした敵戦力の低下によるサポートです。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
黒髪のセミロングで、長い前髪の為に目が隠れがちなミッシェルだが、そこから覗く眼光は鋭く、美人ではあるが他人を寄せ付けないようなキツい目付きが特徴的だ。今年で30歳を迎える彼女は、戦闘能力だけでなく事務的な能力も秀でており、第一騎士団の人事・財務管理だけでなく、スケジュールの管理も行っていた。
そんな眼光鋭い彼女に圧倒したのか、エリーゼさんは少し気圧されながらも挨拶の握手を交わしていた。
「次は私ですね。初めまして、隣国の美しい乙女よ。私はレック・オーシャンと申します。主に遊撃を担当していまして、弓術と剣術を嗜んでおります。あ、私の事は気軽にレックとお呼びください」
「は、はぁ。よろしくお願いします」
身の丈ほどもある白銀の長弓を背負うレックは、整った顔立ちに白い歯を輝かせながら、女性受けする笑みを浮かべて握手をしていた。耳が隠れるほどの長さの金髪を靡かせる彼は、俺の師匠と同じ人種で、所構わず女性にアプローチを掛ける生粋の女誑しだ。ちなみに年齢は非公表だと決して教えてくれない。
ただ、不思議と彼が修羅場に遭遇している現場を見たことはなく、その辺は上手に付き合っているのだと言っていた。社交性に長けた彼は交渉の才能があり、どこからか必要物資を格安で調達してきたり、魔物の素材を高値で買い取ってもらったりと、人数が4人しかいないことで予算の配分が少なかった第一騎士団の財政面の改善に大きく貢献してくれていた。
「最後はワシだな。初めましてエリーゼ殿。ワシはダニエル・ガーダー。主に盾として皆を守るのが役割だ」
「よろしくお願いします、ダニエル殿」
巨大な白銀の盾を背負うグレックは、齢40を超える盾職だ。巌のような体つきで、身長も2メートル近くとかなりでかい。普段は気の良いおじさんといった雰囲気で、最年長ということもあり、第一騎士団の相談役的な、精神的な支柱といった存在だ。
ちなみに唯一の既婚者であり、子供は2人いる。愛妻家で子煩悩な彼は、酒が入ると家族の自慢話がやたらと長いのが面倒だ。
ちなみに俺達元第一騎士団は、正装である純白の外套を着ている。それに対してエリーゼさんは、帝国騎士の正装であるという真紅の軽鎧を着ているため、多少浮いている感が拭えない。
彼女は最後に挨拶したダニエルに対しては安堵したような様子で握手していたが、前2人に対しては多少の動揺が見て取れた。
(まぁ、ウチの騎士団は何かと個性的な人物が集まっていたからな。その中でもダニエルは比較的常識人寄りだ。彼女としてはダニエルが話し易そうだと判断したんだろう)
そんな事を考えながら一通り挨拶を済ますと、俺達は列車に乗り込んだ。
魔導列車で安全域の境まで到着した俺達は、いよいよ魔物に飲み込まれたという帝国へ向かう。隊列は前衛に俺、中央にレックとダニエル、そしてミッシェル、後方にエリーゼさんとなっている。
この隊列は列車内の話し合いで決まったものだ。とにかく今回の任務では少数精鋭とは聞こえは良いが、人員がたったの5人しかいない。帝国までの道中における魔物討伐にそれほど時間と体力を割くわけにはいかない。
その為、最も攻撃能力の高い俺が先頭で魔物達を殲滅しながら一直線に駆け抜けて道を作り、皆の体力を温存させ、余力を最大限確保する。休憩は俺の体力回復を最優先とし、皆は周囲の警戒に当たってもらうという作戦だ。
ダニエルには身体強化の使えないミッシェルを担いで行ってもらうことになるが、あの筋肉バカなら大した労力でもないだろう。
持っていく荷物もそれほど多くはない。最低限の着替えに調理器具と調味料くらいだ。水は魔術で出せるし、食料は討伐した魔物を捌けば良い。その為、少々大きめのリュック一つで事足りる。それはレックが持つことになっている。
「さてと。それじゃあ今回は少しばかり長い任務になるが、必ず全員無事に帰ってくるぞ!」
「「「おうっ!(はい!)」」」
「は、はい!」
第一騎士団の時のいつもの掛け声に、3人は間髪入れずに応えてくれた。エリーゼさんだけは勝手が分からなかったようで、困惑しながらも少し遅れて返答してくれたのだった。




