帝国への誘い 1
多くの人間は変化を好まない。
今の生活に満足していればなおさらだが、多少の不満程度では、その変化が悪い方向に向かうことを恐れ、現状維持を望むものだ。
この王国を見ても、基本的に立場が安定している貴族は変化を嫌う。平民でさえも、問題なく日々の生活を過ごしているのであれば、変化など無い方が良いと思っている者達が大半だろう。
逆に変化を望む者達の特徴は、揺るぎない絶対的な立場がある存在か、これ以上悪くなりようがない、底辺でもがいているような者達だろう。
「で、結局皇帝達は王城に幽閉するってことか」
「言い方は悪いが、その通りだ。王城内での行動は認められるが、部屋から出る際には常に我が国の騎士2名以上の
同行が必須だ」
ここは王都区にある飲食店。密談には最適な部屋を完備している、知る人ぞ知る隠れ家的なお店の一室だ。
休日に第一王子と第二王女に呼び出された俺は、そこで昼食をご馳走になり、食後の紅茶を飲みながら皇帝達に対する対応について話を聞いていた。
ちなみに、この2人が同行した実地演習なのだが、学院に大きな混乱をもたらす事となった。その大きな原因は、学年主任であるグレイ教諭による王子・王女の暗殺未遂だ。
現在騎士団が総力をあげて背後関係を洗っているが、主犯のグレイ教諭は俺がこの世から跡形もなく処分してしまったこともあり、事件から10日が経過してもなお、黒幕に繋がるめぼしい情報は得られていない。
実行犯の中には学院改革の一環で教師の職を追われた者達が今回の襲撃に参加しており、その者達は直接王子に手を出して返り討ちに遭っているということもあり、釈明の余地なく死刑の判断が下された。
また、グレイ教諭から魔導具を渡され、実際に使用したレンドール少年だが、数日の取り調べの後に、厳重注意ということで解放されている。現場にて実際に被害を被ったマーガレット嬢なんかは異論を唱えていたが、彼自身魔導具の正確な効果を知らず、王子達を守ろうというするための行動だったからという事が、情状酌量の余地が多分にあると声高に彼の実家から働き掛けられ、それに賛同した多くの貴族達の圧力に押された結果だ。
また学院では、今回の事件について学院長から開示できる範囲の情報を生徒達に伝え、学院の教師が王族を害したという事に最大限の遺憾の意を表明し、学院内の規律見直しを推し進めると表明した。
学院の生徒達は動揺しつつも、直接事件に関わっていない者達は、翌日にはいつもの日常を取り戻しているように見えた。
俺については、残念ながらレンドール少年との関係が今回の件で拗れてしまい、学院内で顔を合わせようものなら、親の仇でも見るような視線を投げかけてくる。これも、今回の行動は両殿下を守るための行動だったと認められていることから、その部分だけ切り取って周りに吹聴し、周囲から賛同者を集め、自分は間違っていないと自己防衛に走った結果だろう。
ただ、実力的に俺には敵わないと本人や周囲の者達もわかっているようで、実力行使に出てくるようなことは無いのだが、レンドール少年に近しい人間達は、彼と同じ様に俺の事を一層敵視するようになってしまったという状況だ。
「帝国の連中についての扱いは理解したが、肝心の情報についてはどうするんだ?」
今回の騒動の中で一番重要な、皇帝から得られた情報の活用について聞いた。
「実はその件でアルバートには今日来てもらった。父上としても報告された内容と、神樹に関する王国の歴史書の類似性を危惧していることもあり、我々としては検証の必要性ありと結論した」
「検証?具体的には?」
「実際に滅んでしまったと言う帝国の状況視察だ」
「っ!?考えは理解できるが・・・正気か?」
驚くべき王子の言葉に、つい本音が口に出てしまった。皇帝の情報の真偽を確かめるためとはいえ、隣国に行くには魔物の生息域を横断する必要があるし、情報が確かだとしたら、帝国には既に安全域はなく、常に神経を尖らせた軍行になる。相当な精鋭を揃え、かつ優秀な案内役がいなければ、むざむざ死にに行くようなものだ。
「アルバート様のご懸念はご尤もです。王家といたしましても、そのような不確かな情報に多くの人員を割くことは出来ません。仮に持たさられた情報が全て偽りで、王国の領土を狙った帝国の策略という可能性を考慮しますと、最小限の人員しか投入できません」
「・・・なるほど。多くの騎士団員を導入してしまえば、王国の防備は手薄になるからな。ただ、視察することは決まったのだろう?」
王女が真剣な表情で語る言葉に、俺は大きく頷きながら理解を示した。ただ、王子の言葉では既に視察は決定事項のはずなので、疑問に思い確認した。すると、王子が重々しい表情で口を開く。
「・・・アルバート。来週から学院は夏休みという長期休暇に入るよな?」
「そうだな・・・ってまさか!?」
嫌な予感に眉間に皺を寄せながら聞き返すと、王子は薄ら笑みを浮かべながら続きを口にした。
「ヴェストニア王国最高戦力であるパラディン序列1位の騎士は、今騎士団から離れて王家勅命の別任務に就いているということになっている。その為、アルバートが動くぶんには騎士団に影響はない。つまり、国防への影響も限定的だということになってね」
「おいおい、俺が学院潜入の任務についているのは、上層部でも秘密じゃなかったのか?」
俺が学院に潜入しているなんて話が学院を管理している文部大臣の耳に入れば、あったという間に話は広がり、翌週には任務失敗で学院を去ることになるかもしれないし、最悪は王家が主体となった計画が露呈してしまう。そう危惧しての質問だ。
「そこは上手いこと伏せておいたよ。文官の奴らは既得権益にしか興味がないからね。序列1位のパラディンが誰で、どこで何をしているかなんてことに興味は無いんだよ」
「それはそれでこの国は大丈夫かと心配になるが、こちらにとっては好都合だということか・・・」
王子の説明に、この国の文官達の平和ボケの有様は絶望的だと呆れながらも、今回はそれが良い具合に嵌ったということで考えるしかない。そもそも、文官職の大臣達がもっと国防や魔物対策について真剣に取り組んでいたとすれば、学院側にも俺の正体を隠して潜入など出来はしなかったはずだし、学院生達に蔓延る剣士と魔術師で軋轢があるという状態など許しはしなかっただろう。
「学院の意識改革については、今回の任務が終わりましたら、引き続きアルバート様にも尽力いただくことになると思います。私達も助力は厭いません。ただ、今回もたらされた情報は王国の行末にも関わる可能性があり、確認を疎かには出来ません」
「文官職の大臣達は傍観の姿勢で、予算も出さないとほざいてるほどだ。今回のこの任務は王家から予算を出すことになるが、必要な物資があれば遠慮なく言ってくれ」
王女は真剣な眼差しを俺に向けながら今回の任務について語り、王子は先の会議で不満があったのだろう、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
「確認なんだが、人員編成はどうなっている?さすがに帝国の正確な場所が分かる人物は必要だぞ?」
俺の言葉に、王子がため息混じりに口を開く。
「部隊編成はアルバートを指揮官に、元第一騎士団3人を同行させようと考えている。彼らなら君と連携を取りやすいだろうからな。そして、帝国までの案内役として、皇帝専属近衛騎士のエリーゼ・ステラーを同行させる」
「・・・まぁ順当か。帝国までの過酷な旅路を考えれば相応の実力者でなければならないし、皇帝を人質としておけば、おかしな行動も自制させることが出来るしな。ただ・・・」
俺の懸念を口に出そうか迷っていると、王女が被せるようにして口を開いた。
「私への配慮なら心配無用です。確かにあの方のアルバート様を見る目には虫唾が走りましたが、それはそれとして、ちゃんと事態を冷静に判断することは出来ています」
「そ、そうか。なら良いんだが。まぁ、さすがに彼女もこの状況で何をするでも無いだろう」
理由は分からないが、何故か彼女に好意を向けられている俺にとって、王女の機嫌が傾いて面倒になることが憂鬱だった。ただ、一応王女は今回の人員編成は必要なことだと理解しているようだった。
「ですが、アルバート様?」
「な、何でしょうか?」
急に王女の雰囲気が変わり、氷の様な眼差しを向けられた俺は、意味もなく敬語になってしまった。
「副官であるミッシェルにも注意を絶やさぬようにと伝えますが、万が一・・・億が一にもあの女の誘惑に負けるようなことがあれば・・・」
「・・・・・・」
王女の先の言葉を待つ俺は、真剣な思いで生唾を飲む。
「お分かり頂けますよね?」
天使の様な微笑を浮べて問い掛けてくる王女に、俺はただ頷くしかなかった。
「・・・胸に刻みます」




