滅国の皇帝 1
イーサルネント帝国皇帝の第5子として生を受けた私は、幼い頃から帝王学や政治学、経済学、魔術、剣術等々を学び、兄妹の中でも優秀な成績を修めていた。
とはいえ、5番目の子供である私が次期皇帝の座に着くことはほぼ無く、成人後は内政側から他の姉弟と共に帝国を支え、国の発展に寄与していくものだと思っていた。しかし現実は、私が思うより遥かに厳しく、そのような甘い未来は露のように消え去った。
何故なら、帝国は神樹教が起こした反乱の末に滅亡してしまったのだ。
私が今もこうして生き延びている最大の理由は、生まれつき授かったある能力によるものだろう。『可能性知覚』それが私の持つ能力だ。
イーサルネント帝国皇帝の家系は、代々何かしらの能力を授かる事があるという。それは、初代皇帝が神樹の実を口にしたことで、人からの進化を成し遂げたからだと伝えられており、5人の子供の中では私だけが授かったのだが、あまり使い勝手のよい能力ではなかった。
発動は任意に行うことはできず、完全に無意識に行われるが、危機的な状況下において発動し易く、私がどのような行動をとればこの危機を脱することが出来るかという未来の選択肢を見ることが出来る。
そして今回の反乱において、私は帝国を守るべく『可能性知覚』による最善の選択をしようとしたのだが、力及ばず、帝国は滅んでしまった。この能力では、危機を脱する選択肢を知覚することは出来ても、それを現実に選択することが出来るかどうかはまた別問題なのだ。
自身の力及ばず、選択すら出来なかった『可能性』も、今まで数え切れないほど見てきた。私が祖国から遠く離れたこの隣国に来るという選択は、処刑されてしまったお父様の最後のお言葉、「生き延びて、幸せになりなさい」という遺言の元に行動しているが、滅んでしまった帝国を何とか復興したいという思いもある。
ただ、既に国民の大半が消え去ってしまった国を復興したところで、はたしてそれは帝国と呼べるのかは分からないが、皇帝の子供として生まれ、今や最後の皇帝となったことで、幼い頃に見た帝国の栄華を取り戻したいという思いが頭から消えない。
私はお父様の遺言と、帝国の復興という2つの願いの元、自身の能力に導かれ、近衛騎士達と共におよそ2ヶ月の期間を掛け、この隣国近くの森までたどり着くことが出来た。
私の願いを叶える可能性として見えた場所には、一人の青年が刺客らしき怪しい風貌の者達と対峙していた。私達に好印象を抱かせる絶好の機会と判断し、その青年に助力するよう騎士達に命じた。
助力した青年は、驚くことに私達が目指していた神樹にある国の第一王子だという。この能力に感謝しつつ、私は自分のことを簡潔に説明し、亡命を願い出たのだが、さすがに話が大き過ぎると対応に困った彼は、一人では判断しかねると、この森に同行していた妹である第二王女と、護衛らしき少年を連れてきた。
外見的にまだ未成年としか思えないその少年を見た瞬間、私の『可能性知覚』の能力が最大限発動し、この少年に助けを求めよと訴えかけてきた。
(こんな年端も行かない少年が、私の願いを叶えられるというの?)
半信半疑になりながらも、私の幼馴染でもある専属近衛騎士のエリーゼに、少年を注視するようサインを出した。私も少年の様子を見逃さないように気にはしていたが、魔術師である私では彼の強さを垣間見るような眼力は無く、頼みの綱は剣術に非凡な才能を見せ、若干25歳の若さにして、当時の帝国の剣聖から、次代の剣聖の名を受け継いだエリーゼの観察眼が頼りだった。
〜〜〜 エリーゼ・ステラー 視点 〜〜〜
先代皇帝陛下が神樹教の手によって死去された後、我々近衛騎士達は前皇帝陛下最後の忘れ形見であり、私の幼馴染でもあるイシュカ様を皇帝として祭り上げた。
本当は帝国が滅んでしまったことで、イシュカ様も皇帝という重責など背負わなくて良いはずなのだが、生き残った我々には希望が必要だった。イシュカ様の能力があれば、帝国の復興も夢ではないかもしれないと。そしてそれは、イシュカ様自身も望まれた事だった。
イシュカ様から護衛らしき少年を注視するようにサインが出され、私は一挙手一投足まで見逃さまいと意識を向けたのだが、自然体でいる彼の様子から、その実力を垣間見ることは出来なかった。
(年齢は・・・12歳位かしら?身長は150センチそこそこで、体格が恵まれているわけでもない。魔力量は多いといっても、特段驚くほどでもない。でも、この状況下にあって自然体で居られるということは、何か自信となる根拠を持っているはず)
目を皿のようにして観察するが、剣聖の名を引き継いだ私の観察眼を持ってしても、実力についての情報はほとんど得られなかった。精々分かった事といえば、外見からの情報で、武器を持っていないことから魔術師なのではないかという事ぐらいだ。
(もしかして、私達を試すためのブラフ?何の実力もない少年を同行させて、どの様な反応を示すか観察している?いや、そんな無意味なことするかしら?だとしたら、あの青年が王族という話がそもそも虚偽?いえ、イシュカ様の能力が導いた結果だからそれはあり得ない。あぁ!!情報が足りなさ過ぎる!!)
相手の立場から考えれば、私達は完全武装したどこの勢力とも知れない騎士が20数名いるのだ。王族と名乗った自身を人質に取られ、祖国を脅かす可能性を考慮すれば、この人数に対抗できるだけの護衛を引き連れてこなければおかしい。
しかし護衛として同行させたのはたったの一人。しかも、どう見ても成人していない子供の男の子で、なんらなら私と手を繋いで道を歩けば、周囲からは姉弟のように見られるだろう。
(こちらを油断させるため?王子と王女は、腕に相当な自信があるから護衛などいらないというの?)
様々な可能性を想定するが、いまいちピンとくる答えは思い浮かばなかった。
結局、いくら考えても正解の出ない問答だと内心ため息を吐き、半ば諦めながら話し合いの行く末を見守りつつ、少年を見ていた。
(それにしてもこの少年・・・あどけない顔立ちに、綺麗な銀髪。抱き締めたら私の身体にすっぽりと納まりそうな体躯・・・どストライクだわ!)
私は生まれてから27年、誰にも言っていない趣向があった。それは、年若い少年に対してしか恋愛感情を抱けないというものだ。
まだ帝国が平和だった頃、騎士学校時代の友人が描いた『おねショタ』という書物に衝撃を受けてしまったのだ。
幼い少年の美しさに。成熟前の、青い果実の儚さに。そして、何も知らない純真無垢な少年を自分色に染めていくという甘美な響きと素晴らしさに、私の魂は震えたのだ。
しかし、倫理的な問題があるのもまた事実で、私はずっと自身の想いに蓋をしていた。
20歳を越えたあたりから婚姻話は山のように来ていたが、その尽くを断っていた。「今は剣の修行で忙しい」「近衛騎士としてそんな暇はない」「結婚よりも仕事だ」等々、言い訳などいくらでも用意できた。
イシュカ様にも将来を心配されたが、自身の趣向を明かすわけにもいかなかったので、のらりくらりと躱しつつ、時折イシュカ様本人の婚姻の話でお茶を濁していた。
イシュカ様は皇帝の5番目のお子様という立場上、生半可な相手では不適格だと、婚約者が中々決まらなかったのだ。政治絡みの面倒な調整もあり、結局私と同じ27歳になった今でも、婚約者が出来ることはなかった。
外見は誰もが振り返るほどの整った顔立ちの持ち主だ。同性からの人気は特に高く、街へ出歩けば黄色い声援が絶え間なく注がれていた。残念ながら異性からは、自分よりも整った容姿に尻込みするものも多く、身分的に相手として問題ない人物が婚約を辞退するようなこともあった。
(イシュカ様の幸せを考えれば、王国に亡命する際、元皇帝として権力はないが、神樹の真実を知る者として要人の立場を確立することで、重責の無い幸せな人生を歩めるかもしれない・・・)
しかしそれはイシュカ様自身が望まれていないし、我々近衛騎士の中でも、こんな状況にあって帝国を再建したいと願う者は少なからず居る。皆まだ現実を受け入れられていないので、当然といえば当然だ。
少なくとも我々近衛騎士は、イシュカ様がその歩みを止めるまで、全力で支えていく所存だ。
(でももし、イシュカ様が自身の幸せを優先しようとするなら、私も・・・)
そんな事を考えていると、王国の王子殿下達との話し合いは佳境に差し掛かっていた。




