力の一端 6
狂乱した魔物の群れを討伐し、急いでロベリア達の元まで移動していると、単独行動をしている王子に遭遇した。
「オースティン、どうして一人でこんなところに?」
「アルバートか。いや、予想外にネズミが多くてな。先に逃した生徒達のことも心配ということで、妹と手分けしたのだ」
俺の疑問の言葉に、王子は状況を説明してくれた。足元に転がっている暗緑色の外套を着込んだ人の山を見るに、今回の件の規模は、かなり大掛かりなものであることは間違いなく、下手をすれば騎士団内部にも協力者がいる可能性も疑われる。
「それなら、ここは任せても大丈夫そうですね」
「ああ、問題ない。こいつらの練度を考えれば、私でも十分に対処可能だからな」
俺の確認に、王子は事もなげな表情を浮べていた。
「わかりました。では、俺は王女とクラスメイトの方へ急ぎます。少し嫌な予感もするので」
「アルバートの直感か・・・これはまだ、相手は奥の手を持っていると考えるべきだな。妹を頼むぞ!」
「了解です。では!」
そうして王子と別れて数分ほど歩みを進めたところで、上空から一際大きな魔力を感じた。
「っ!?あれはっ!」
そこで遠目に見えたのは、悠然と空を飛ぶ、難度9のグリフォンの姿だった。方向的に、王女達の避難経路に向かっている。
「まずいな。流石に王女と言えど、グリフォン相手には力不足だ。急がないと!」
緊急事態だと判断した俺は、可能な限り最大限の身体強化を施すと、一直線にグリフォンの方へと駆け出した。
(ヤバい!!)
王女達を目視できる距離に近づいた時には、既にグリフォンは捕食体制に入っていた。大きく口を開けながら滑空し、後は相手に食い付くだけというところで、俺は地面が陥没する勢いで踏み込み、グリフォンに飛び込みながら右拳を引き絞ると、眉間に向かって打ち下ろし気味の正拳突きを放った。
「させないよ」
『グギャーーー』
短い悲鳴を残し、滑空してきた速度と俺の殴った勢いが上乗せされた勢いで地面に激突したグリフォンは、ピクピクと身体が痙攣しているようだが、瀕死なだけで死んではいないようだ。
「もう、遅いですよアル様」
頬を膨らませながら、冗談めかした口調で王女は俺に苦言を呈してくるが、額にはびっしりと汗をかいており、疲れの色が見て取れた。
「すみません。少々遅れました」
苦笑いを浮かべながら返答する俺は、王女の隣にいるマーガレット嬢が倒れ込むのを見て、慌てて抱きとめた。
「位置関係から、どうやらマーガレット嬢が王女殿下を守ろうと奮起していたようですね」
「ええ。彼女は私の身を案じ、グリフォンに勇敢に立ち向かっていましたよ」
「そうですか。彼女の様な意識の持ち主だけだったなら、この学院に改革など必要ないんですけどね・・・」
「本当に」
マーガレット嬢を抱きとめながら、学院の抱える問題について話していると、血相を変えた人物が唾を吐き散らしながら話に割ってきた。
「き、き、貴様っ!!ど、どうやって・・何を・・何でグリフォンが・・どうしてこんな状態・・状況・・・」
錯乱するように取り乱す彼に、俺はマーガレット嬢を地面に横たえると、疑問の表情を浮かべながら首を傾げた。
「ん?その服・・・学院の教師か。誰だ?」
「わ、私を知らないだと!?学年主任だぞ!?」
俺の言葉に、目を見開きながら怒号をあげる彼の姿を見つめ、何とか記憶から呼び起こした。
「あぁ、座学の授業で偉そうに教鞭とってた奴か。全く現実的でない戦略を教えてる様は滑稽だったな」
「は、はぁ?貴様、平民の生徒の分際で何を生意気言っている!?」
「まさかこんな小物が今回の主犯だったとは・・・捕まえて情報を吐かせたところで、トカゲの尻尾切りになるのが目に浮かぶ」
「お、おま、お前〜〜〜!!!」
教師の彼は顔を真っ赤にしながら、叫ぶように怒りを露わにするが、頭に血が上って言葉が出てこないようだった。
「アル様。もう彼と会うことが無いからと、挑発し過ぎですよ」
「入学当初から何か行動を起こしてくると聞いて、結構気を揉んでいたからな。この位の意趣返しはしておかないと」
俺の言動に、王女は笑みを浮かべながら諌めてくるが、何食わぬ顔で肩を竦めるだけにとどめた。
「・・・貴様ら、何をもう勝った気でいる・・・」
俺達の様子に彼は歯を食いしばり、握った拳を震えさせながら憎々しげに口を開いた。
「もう大人しく投降した方が身の為ですよ?グリフォンを殴り飛ばす、アル様の実力はあなたも目にしたでしょう?これ以上の争いは不毛です」
「うるさいっ!!まだだ!まだ私は終わっていない!!」
王女は優しく語り掛けるように降参を促したのだが、彼は懐から濁った紫色の液体が入った小瓶を取り出すと、蓋を開けて一気に飲み下した。
「っ!何をっ!?」
予期せぬ行動に、俺は眉を潜めながら声をあげると、彼は暗い笑いを浮かべながら口を開いた。
「くくく・・・これは使いたくなかったが、仕方ない。お前らが悪いんだ。お前らさえ居なければ、こんな事にはならなかったのだからっ!!!」
「「っ!!?」」
叫び声を上げ、見開いた彼の瞳は真っ赤に染まっていた。それはまるで、魔物が狂乱した時の様だったが、異変はそれだけに収まらなかった。
「・・・何だこれは?身体が・・・変異している?」
彼の筋肉が異様に膨張して膨れ上がり、着ている服が弾け飛んだ。更に体表には魔物のような鱗が浮き出し始め、額からは大きな角、口からは鋭い牙が突き出していた。
『ガァァァァァ!!!』
まるで創作の物語に出てくる鬼のような姿に変貌した彼は、空に向かって叫び声をあげる。すると身体から、暗緑色の魔力の様なものが彼を覆った。そしてそこには、人間としての理性が見られなかった。
「王女殿下、クラスメイト達をお願いします」
「アル様・・・これは一体・・・」
俺の言葉に、王女は顔を青ざめながら困惑した返事をしてくるが、相手はとてもこちらを待ってくれるような様子でも無いため、簡潔に伝えた。
「分かりませんが、彼の魔力が桁違いに膨れ上がりました。あの小瓶の影響でしょうが、どうやら人間を捨てるものだったようです」
「何てことを・・・」
王女は口に手を当てながら、驚愕の表情を浮かべて変貌した彼を見ていた。
次の瞬間ーーー
『ガァッ!!』
「っ!ちっ!」
彼はおもむろに、一番近くに居たロベリアとライトに向かって走り出し、拳を振り下ろそうとした。俺は瞬時に身体強化を施すと、2人を助けるべく走り出し、間一髪滑り込むようにして、ロベリアとライトの2人を抱え、相手の攻撃を回避した。
直後ーーー
『ドゴンッ!!!』
「くっ!」
「っ!?キャァァ!!」
彼の攻撃で地面が弾け飛び、その衝撃派で腕に抱えるロベリアが目を覚まして悲鳴をあげた。
「ロベリア。起き抜けのところ悪いが、ライト達を起こして王女殿下と一緒に、俺の後に下がってくれ」
「え?あの?え?」
「混乱しているのは分かるが時間がない。とにかく王女殿下達と後ろにいろ」
俺の言葉にロベリアは、キョロキョロと周囲を見渡しながら困惑した表情を浮かべているが、今は説明をしている暇はなかった。俺は話し掛けながらも、視線で王女に意図を伝えると、彼女も理解して軽く頷きを返してくれていた。
「わ、分かった。アル君、気を付けて」
ロベリアはおぼろ気に理解してくれたようで、真剣な表情を浮かべながら俺の身を案じてくれた。
俺は素早く王女の元に移動し、ロベリアとライトを預けて奴を見据えた。地面に降り下ろされた奴の右腕は、自身の攻撃の衝撃に耐えられなかったようで、皮膚から骨が飛び出して潰れていた。
「ただ目に映る相手を攻撃するだけの怪物に成り下がったか・・・」
本来人間の身体は、100%の力を出すと筋肉が崩壊してしまう。それ故、無意識に全力を出さないように制限を掛けているのだが、奴にはそれがないらしい。それならこのまま攻撃を回避し続けて自滅を誘うことも出来るかと一瞬考えたが、どうやらそれは甘い考えだったようだ。
「・・・潰れた腕が、治っていってる」
その様子に、ロベリアが呟いた。奴のぐちゃぐちゃになった右腕は、ボコボコと筋肉が波打つと、一瞬で元通りに治ったのだ。
『グリュゥゥゥ・・・』
「・・・なるほど。どうやら魔力切れになるまで止まらないらしいな」
奴は赤い目でこちらを見据えながら、威嚇するように唸ってきた。その様子に、奴を捕獲することを諦め、引導を渡すことを決めた。
「アル様。魔力がほとんど無い私ではもう何も出来ません。しかし、彼を野放しにすることは大変危険です。ですので、ヴェストニア王国第二王女、クリスティーナ・ヴェルツ・ヴェストニアが命じます。彼を魔物として討伐しなさい!」
俺の雰囲気の変化を敏感に感じ取ったのか、王女が奴に対する討伐命令を出した。それはこの場にいるロベリアに対するポーズの様なもので、この後、事の次第を報告する際に、元人間の彼の命を奪う決断をした責任の所在を明確にするためのものだった。
「了解しました」
端的に一言返答すると、俺はおもむろに奴に向かって腕を伸ばした。瞬間、奴は俺に向かって飛び込んできた。
『ガアァァァァ!!』
「魔方陣二重展開・供給・照準・発動」
俺は冷めた表情で火と風の魔術を同時に発動し、飛び込んでくる奴の足元から灼熱の炎の竜巻を発動した。
『グギィィィィィ!!』
奴は炎の竜巻の中に取り込まれ、灼熱の炎で身体が焼け焦げているのだが、やはり筋肉が蠢き、肉体を再生しているようだった。そして、身体を焼かれながら少しづつ前進してくるその常識外の生命力に舌を巻く。
「まだこれでも生きているのか?なら、魔法陣三重展開・供給・照準・発動!」
俺は魔術を切り替え、今度は火・風・土の三属性を同時に発動し、灼熱の炎に熔けた岩、溶岩に奴の身体を沈めていく。
『グギィィィ!!』
「哀れな。痛みも恐怖もを感じないようでは、生物として欠陥品だな」
溶岩によって足が焼き尽くされ、再生も間に合っていないにもかかわらず、奴はあたかも足があるようにもがいている。そこに痛みや苦痛は見られず、ただ殺意だけがあった。
本来痛みや恐怖とは、生物にとって重要な信号だ。弱肉強食の世界の中で生きていくためには、恐怖心が自分以上の強者を見極め、痛みが身体の限界を教えてくれる。そんな生物としての必要な能力が、奴が飲んだあの薬のようなもので強制的に取り除かれたのだろう。
そうしてしばらく、俺の魔術は奴の肉体を焼き続け、最後には、あの教師がこの世に存在していた痕跡が跡形もなく消え去った。
その様子に俺は今回の事態の終息を感じ、小さく息を吐き出したのだった。




