力の一端 2
「・・・ずいぶん彼女と仲がよろしいのですね?アルバート様?」
「い、いや、友人としてね?」
「向こうは、そう思っていらっしゃらないようでしたけど?」
「・・・・・・」
避難を開始したマーガレット嬢達を見送ると、学院の関係者が近くに誰もいなくなったことで、王女はいつもの調子で俺の本名を呼んできた。
その様はまるで、浮気者を追い詰めるかのような鋭い視線を俺に向けて放っているが、冤罪もいいところだ。とはいえ、正論をぶつけたところでこの問題は解決しないだろう。
王女からの求婚は過去に2度あり、最初は王女が8歳の時だった。その時は幼い子供の冗談だと真剣には取り合わず、彼女を傷付けないように、年齢を理由にやんわりと断った。
二度目は王女が10歳の時で、王族として婚約者を決めなければならない年齢だからと言われたが、俺の身分を理由に断った。ただその後、俺は異様な速さで昇爵することになった。後でその理由を聞くと、裏で王女が色々と手を回していたということだった。
そうして現在、俺は伯爵となっており、これまで求婚の断り文句にしていた年齢と身分が使えなくなっていることに頭を悩ませた。その状況での学院へ3年間潜入するという話は朗報でもあったのだが、王女の様子を見るに、全く俺への興味が薄れてはいないようだった。
「う゛、うんっ!!既に魔物の群れが迫っている。迎撃の準備をしたいのだが?」
俺と王女の微妙な空気を払拭するように、王子が咳払いとともに、目の前に迫る現実に引き戻してくれた。
「仕方ありませんね。生徒に犠牲者を出すわけにもいきません。アルバート様、この話は後ほど」
「わ、分かりました」
「ではアルバート殿、私と妹は貴殿が魔物を打ち漏らした場合の対処をする。群れの対処はお願いしても?」
王子の方針に、俺は二つ返事で了承を返す。
「了解です。お二人は学院の教師達と共に、生徒の護衛をお願いします。また、私の戦闘域には決して近づかないようにして下さい」
「勿論です。存分にその力をお振るい下さい。後のことはこちらにお任せを」
俺の言葉に、王女はカーテシーをとるような仕草で返答し、王子も軽く頷いていた。
その様子を確認した俺は、迫りくる魔物達の方へ視線を向けると、右手を前に突き出すようにして魔術を発動する。
「魔法陣展開・融合・魔力供給・顕現!滅びの魔剣、”虚無“!」
足元に浮かぶ火・水・風・土・闇の5つの属性の魔術を融合し、一つの新たな魔術に質量を持たせて実体化させる。師匠が理論を編み出し、俺が実現させた超が付く高等技術だ。
そして俺の右手には、全ての光を無に帰すような、漆黒の剣が具現化した。
「いつ見ても美しい魔力制御です。これほどの膨大な魔力を大胆かつ繊細に操り、全てを纏め上げてこの世に新たな魔術を顕現させる・・・惚れ惚れします」
俺の漆黒の剣、”虚無”を見つめる王女は、頬を上気させながら呟くように称賛してきた。そんな彼女の様子に王子は苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「では、頼んだぞ」
「はっ!失礼します!」
そう言い残すと俺は身体強化を施し、この場を消えるようにして魔物達の群れの方へと走り出した。
〜〜〜 クリスティーナ王女 視点〜〜〜
「あぁ、行ってしまわれました・・・」
絶技である、5属性融合魔術を発動されたアルバート様は、忽然と姿を消すようにして魔物の群れへ迎撃に向かわれてしまいました。
凡人の私では、3つの魔術を融合する程度の才能しかありませんが、やはりアルバート様は規格外の才能の持ち主でいらっしゃいます。
魔術師であり、剣士でもあるあの御方の前では、難度6程度の魔物の群れなど、有象無象を相手にするようなものでしょう。それに、あの”虚無”の剣を使われるのです、数分もしない内に事態は収まるでしょう。
「はぁ・・・早く私を娶ってくださらないかしら?あの方との子供であれば、どれほど優秀な才能が受け継がれることか・・・」
「クリスティーナよ、ここでは誰の目や耳が有るか分からん。あまりその様な表情を浮かべながら、滅多な事を言うものではないよ?」
私の呟きに、お兄様が何か苦言を伝えているようですが、周囲の気配が探れないほど、私の実力を過小評価しているのでしょうか。
「お兄様、いくら私がアルバート様に見惚れていたといっても、周囲の気配ぐらい探れましてよ?」
「であれば、もう少し言葉には気をつけて欲しいのだが・・・」
私の返答に、ため息混じりに答えるお兄様に対して、不敵な笑みを浮かべながら口を開きます。
「どうせ情報を持ち帰れないネズミに、何を聞かれたところで問題ないのではありませんか?」
「万が一ということもあるだろう?逃がすつもりはないが、常に最悪を想定して動くのも為政者の務めだ」
「私は成人したら、王位継承権を返上しますので」
「またその話か・・・そこまでしてあいつに嫁ぎたいとーーー」
お兄様から、敬愛するアルバート様を見下すような発言の予兆を感じ取った私は、警告を込めて意図的に氷結魔術を発動して、続きの言葉を遮りました。身体中を霜で覆われたお兄様は、青い顔をして口を開きました。
「す、すまん・・・悪気はないのだ。ただ、伯爵家でも彼は新興貴族だ。そんな家に降嫁して、クリスティーナが幸せになれるか心配なのだ」
「心配ご無用です。私がアルバート様を幸せに致しますので」
「い、いや、そういう話ではないのだが・・・」
私の返答に、お兄様は苦笑いを浮かべていますが、それはいつもの事と思い、氷結魔法を解除しました。
「ではお兄様、ネズミ狩りを始めましょうか?」
「わ、分かった。私はここより右手側の3人を、クリスティーナは左手側の2人を頼む。くれぐれも殺さないようにな?」
私の声に、お兄様は真剣な表情を浮べて担当を割り振ってきました。正直、一人で全員を取り押さえることも可能でしょうが、ここはより確実性を上げるため、お兄様の言葉に従うことにしました。
「分かりましたわ。最低限、口がきける状態を心掛けましょう」
そう言うや、私は20メートル程離れてこちらを伺っている監視者に対して右手を向けると、氷結魔術を発動しました。
「魔法陣展開・融合・魔力供給・照準・発動!」
私の発動した魔術は広域冷却魔術。監視者が潜む場所の気温を、一気にマイナス100度まで下げるものです。
『(ドサッ!・・ドサッ!)』
周囲の急激な気温の低下によって、重度の低体温症を発症したであろう監視者達は気絶したのか、地面に倒れ込む音が聞こえてきた。
「・・・死んでないだろうな?」
「その様な失敗を私が犯すとでも?それよりも、お兄様もお早くなさっては?」
「あ、あぁ、そうだな」
お兄様の、私の実力を疑うような言葉に冷たい視線を返すと、顔色を悪くしたお兄様が腰の剣を抜き放ち、身体強化によって赤く輝き出しました。
「ーーーふっ!!」
短い掛け声と共に、疾風のような速度でお兄様がこの場を離れると、こちらの異変を感じ取ってか、3人の監視者の方々が逃走を図る動きを見せましたが、あっという間にお兄様に追いつかれているようでした。
『ごっ!』
『がっ!』
『やめっ!』
どうやら峰打ちされたようなうめき声が聞こえてきました。最後の一人は何か言いかけたようですが、それで見逃すお兄様ではありません。
少ししてお兄様は、3人の監視者を引きずりながら戻ってきました。
「こいつら、先の学院改革でクビにした元教師達だな」
「では、やはり?」
「あぁ、黒幕は副学院長だろうが、明確な物証があるかどうかは微妙だな・・・」
「あの用心深い彼女がそんな簡単に尻尾を出すとは思えませんね。伯爵である彼女の罪を立証するには、証言だけでは不可能・・・全く、面倒な法律があることです」
「それが貴族の特権だからな。法改正など誰も望まんさ」
私の愚痴に、お兄様はため息を吐きながら、昔を思い起こすような表情で口を開きました。
以前、貴族の特権を削減する改正案をお兄様からの発案ということで議会に提出しましたが、全会一致の反対で否決となりました。この王国の全ての住民にとって住み易い国にしようと発案したのですが、どれだけこの改正で得られる国としての利益を説明したところで、利権を貪る貴族が首を縦に振ることはあり得ないと思い知らされました。
「神樹の現状を考えると、私達に残された時間はそうないというのに・・・人間とは愚かなものですね」
「その話は公に出来んからな。神樹の安全領域が狭まろうとしているなど公表すれば、最悪反乱が起こりかねん」
「神樹神話ですか・・・歴史や伝統を重んじることは、決して悪い事では無いと思いますが、盲信は衰退と同義だと理解出来ないのですかね・・・」
ため息混じりの私に、お兄様は苦笑いを浮かべながら口を開きました。
「だからこそ、我々王族が中心となってこの国の改革に着手したのだろう?」
「・・・そうでしたわね。そして、その改革の中心となる方こそ、アルバート様です」
「・・・・・・」
私の彼を敬愛する言葉に、お兄様はいつもの様に微妙な表情を浮かべているのでした。




