力の一端 1
「アル殿、魔物の規模は?」
「200から300位の、多種類が混合した群れのようです。ほとんどは難度3か4の有象無象ですが、学院生徒達では対処は困難かと」
「さすがに、数の暴力には敵いませんでしょうね。では、緊急信号を上げて全生徒を避難させましょう」
王子から魔物の群れの状況を聞かれた俺は、接近しつつある魔物の気配の詳細を説明した。その内容に対して、即座に王女が対応方針を決めた。そんな俺達のやり取りに、レンドール少年が鼻息荒く歩み寄り、声を荒げてきた。
「な、何を仰っているのですか!?何故両殿下は平民に意見を聞いているのですか!?何故その言葉を真実と断じ、行動を決めていらっしゃるのですか!?魔物の群れなど、そんな突拍子も無い荒唐無稽な話を疑いもせず!」
「・・・レンドール君、何も我々は何の根拠もなく彼の話を信じているのではない。我らも魔物の気配を感じ取ったからだ」
「ええ。地面に耳を当ててみれば分かりますよ?魔物達が起こす地響きが」
王女の言葉にレンドール少年を始め、マーガレット嬢達が一様に地面に耳を当てていた。
「・・・っ!?これは!!」
最初に声をあげたのはセルシュ少年だった。彼は真っ青な顔色で怯えた表情を浮かべながら、身体が竦んで混乱しているようだった。
「た、確かにこれはかなりの数の足音だな。まだ遠いが、早く行動を起こさなければ、魔物の波に飲み込まれてしまうかもしれない」
「えぇ!?ど、どうすれば!?」
「た、大変です!早く逃げましょう!」
マーガレット嬢の言葉を皮切りに、ロベリアとライトは恐怖で発狂寸前のような表情だった。
「・・・両殿下、僕にお任せください!このような不測の事態に備え、しっかりと準備をしておりました!」
最後まで地面に耳を当てていたレンドール少年はゆっくりと立ち上がると、懐に手を入れながら、何故か自信満々な表情でそう宣言していた。その様子に、王子は怪訝な表情を浮かべながら口を開いた。
「備えだと?魔物の大群を前に備えなど、兵力を揃えるぐらいだろうに。いったい何の備えだ?」
「それは・・・これですっ!」
そう言うと、レンドール少年は懐から何やら手のひらサイズの漆黒の円盤を取り出し、王子や王女に見せびらかすようにしていた。
(何だあれ?何か魔術文字が彫られているようだが・・・魔導具なのか?)
俺は見たこともないそれに首を傾げていると、王子や王女も同様のようで、2人共眉を潜めながら怪訝な顔でそれを凝視してた。そんな微妙な雰囲気を気にすることなく、レンドール少年は魔物が向かってきている中層の方へ視線を向けると、その魔導具に魔力を流し始めた。
「よし、魔導具発動!両殿下をお守りするのは、このレンドール・フログレンスだ!!」
「なっ!?待て!その魔導具の説明をーーー」
王子のレンドール少年を制する言葉虚しく、彼は漆黒の円盤を天に掲げるようにして起動してしまった。すると、その魔導具から暗緑色の怪しい光が輝き始め、そのまま上空へと飛んでいき、漆黒の円盤が弾けると、怪しい光が周辺へ燦然と降り注ぎ、異様な雰囲気が立ち込めた。
「こ、これは!?」
「アル様!?あの魔導具にお心当たりが?」
目の前の光景に、俺はある可能性に気付く。焦りを含んだ俺の呟きに、王女は不安な表情を浮かべつつ、どのような効果があるのか問いかけてきた。
「断言は出来ませんが、もしかするとあれは狂乱の魔導具かもしれません」
「狂乱・・・ですか?」
「魔物の群れに使用することで、同じ魔物同士で同士討ちさせるのです。簡単に言えば、共食いさせて戦力を低下させるものです」
「では、これで魔物の群れの規模が縮小するのですね?」
俺の説明に、王女は幾分安堵した表情を浮かべるが、話はそんなに都合良くいかない。
「いえ、本来あれは時限設置型の大型の魔導具で、周辺に被害が出ないように状況を整えてから使用するものです。改良されて小型化しているようですが、距離を考えると、これでは狂乱した魔物が近くの生徒に襲い掛かるでしょう。しかも、狂乱状態の魔物は普段の数倍の力を発揮し、痛みを感じず、食欲だけに突き動かされる・・・」
「そんな!では・・・」
「難度で言えば、6から7に跳ね上がります。共喰いで数が半減したとしても、対応には騎士団数百人分の兵力が必要です」
驚愕の表情を浮かべる王女に対して、俺は努めて冷静に状況を説明する。そんな俺の様子に、ロベリア達は唖然としているが、マーガレット嬢は何故俺にそんな知識があるのかと、疑問の表情を浮かべているようだった。
「レンドール!何故そんな魔導具を所持していた!?」
「王子殿下!?これはその平民が言うようなものなどではありません!これは学院特製の救難魔導具!ちゃんと僕が先生に許可を頂いて準備したものです!!」
王子は焦りの表情を浮かべながら、レンドール少年に詰問するが、彼は俺の説明を王子と王女が信じているのが理解できないといった様子で、不敬ながら怒りの表情を2人に向けていた。
「そんな救難魔導具があるなど聞いたことがないぞ!どうやって準備したんだ!?」
「マーガレット様までそんな平民の言うことを鵜呑みにするのですか!?これは学年主任の先生から、僕が両殿下を守るためにと渡された特別なもの!あなたが知らないのも当然です!」
もはや誰が何を言っても聞き入れないような彼の態度に、このまま押し問答しても無意味だと感じた俺は、すぐに行動を開始するべきだと動こうとした時だった。
「くっ!」
「えっ?きゃっ!!」
異常な速さのホーン・ラビットが、ロベリアの背後から突進して来るのに気付いた俺は、一足飛びに彼女の側に駆け寄ると、彼女が背中から心臓を貫かれる直前、その角を掴み取った。突然俺が駆け寄ってきたことにロベリアは不思議な表情を浮かべつつ、自分の背後の光景を見て顔を青くしていた。
「なっ!だ、大丈夫か!?」
「マーガレット、止めを!」
その光景に驚きの声を上げるマーガレット嬢に対し、俺はジタバタと暴れるホーン・ラビットを差し出しながら、彼女に止めを刺すことを要求した。
「あ、あぁ。・・シッ!」
彼女は腰の剣を抜き放つと、ホーン・ラビットの首を切断し、首から下が地面にぼとりと落ちた。骸となったそれを投げ捨てると、王女が口を開いた。
「緊急信号を上げます。殿は私とお兄様が努めますので、皆さんは避難を。アル様、ご助力願えますか?」
「了解致しました」
「よし、生徒の諸君はマーガレット君を指揮官にして行動を開始!身体強化が使えない魔術師の生徒に気を使いながら、必ず全員生きて帰れ!!」
「お、お待ち下さいっ!!」
王女が魔術を用いて、上空に赤色の緊急信号を打ち上げると、少しの時間を置いて、周辺でも次々と避難を呼びかける緊急信号が上がった。続いて王女は俺に助力を申し出てきたので、俺は了解の意を示した。
次いで、王子が具体的な行動についての指示を出したのだが、その対応に焦りの表情を浮かべたレンドール少年が意義を申し立ててきた。
しかし、王子達はその言葉に反応すること無く、マーガレット嬢達に避難経路について指示を出していた。
「な、何故です・・・何故殿下達は僕ではなく、そんな平民を頼りにするのです・・・僕は先生から期待を寄せられ、事前準備もしてきたというのに・・・何で何で何で何で・・・」
レンドール少年は不気味な笑みを浮かべながら、自分の言葉に反応しない王子達に呆然と立ち尽くして呟いていた。少々危ない精神状態のようだが、今は彼に構っているような時間的な余裕はない。既に魔物の群れの土煙が見えるような距離まで近づいてきているのだ、即座に行動を開始する必要がある。
「ちっ!」
「ごっ!ア、アル・・・貴様・・・」
俺は一足飛びにレンドール少年の懐に飛び込むと、勢いそのままに、腹部に右拳をねじ込んだ。彼は意識を朦朧としながらも、憎々しげな言葉を残して気を失った。
「ライト!悪いがこいつを背負ってくれ!」
「は、はいっ!」
レンドール少年の腹部にねじ込んだ右拳で彼を支えていた俺は、ライトに彼の身柄を任す。基本的に荷物は最低限の装備を身に付け、他は投棄するので、魔物の警戒をしながら撤退することを考えると、彼以外に適任がいないのだ。
覚えたばかりの身体強化を使用して、彼はレンドール少年を背負った。体格差もあってか、少々不格好になっているが、頑張ってもらうしかない。
「ア、アル・・・大丈夫なのか?」
そうして撤退の準備が整ったところで、マーガレット嬢が心配した表情を浮かべながら話しかけてきた。
「問題ないさ。王女殿下も王子殿下もかなりの実力者だ。魔物の規模や状況から、王女殿下は後方支援要員を必要とされたんだろう。それなら俺が適任だ」
「ばかっ!私が言っているのはそう言うことではない!死ぬかもしれないんだぞ!?」
俺の少し論点をズラした返答に彼女は即座に気付き、泣き出しそうな表情で声を荒らげた。そんな彼女に対し、俺は安心させるために笑みを浮かべる。
「心配するな。必ず無事に戻るさ。それより、そっちも安全ってわけじゃないんだ。十分気をつけろよ?」
そう言うと俺は、中々動き出そうとしないマーガレット嬢の背中を軽く押し出した。
「あ、あぁ。絶対に私の元まで帰って来るんだぞ!」
名残惜しそうな表情でそんな言葉を残した彼女を見送ると、背後から王女の冷たい視線が背中に突き刺さったのだった。




