実地演習 3
「「ああ゛〜〜〜!!」」
俺がレンドール少年とセルシュ少年のリュックの中身をぶちまけると、2人から怒りが込もった叫び声が上がった。それに構わず俺は、リュックの中に入っていた荷物を確認する。
(・・・予備の武器・防具が多いな。食料も昼食の1食だけにしては多すぎるし、何より飲み物に果実水の瓶をこんなに持ってくるなんて、実戦を舐めてるのか?)
事前の話し合いよりも予備武具が多いのは不安の現れだろうが、食料や飲料水も多すぎる。数日間の遠征なら分かるが、日帰りの演習にしては明らかに過剰だ。
「お、お前!なんてことするんだ!!」
「そ、そうだ!飲み物の瓶が割れたら、僕の防具が汚れるじゃないか!!」
レンドール少年とセルシュ少年が抗議の声を上げるが、俺はそんな2人に対して盛大に溜息を吐いた。
「お前らなぁ、飲み物は革袋に水のはずだろ?瓶なんて割れやすい物持ってきて、何のつもりだ?」
「う、うるさい!革袋じゃ変な匂いが付くんだよ!」
「果実水は香りも楽しむものだ!そんな事も知らないのか、この平民が!!」
俺の指摘に非難轟々で反論してくる2人は、論点がズレまくった発言をしている。そんな2人の様子に、マーガレット嬢が眉間にシワを寄せながら口を開いた。
「お前たち、今彼が言っているのはそこじゃない。必要ないものを持ってきてたことについてだ」
「し、しかしマーガレット様。我々の様な高貴なものが、革袋の水を飲むなど・・・」
「貴族たるもの、国の経済を回すためにもこういったお金の使い方は必要かと・・・」
マーガレット嬢の苦言に、2人は怯むような表情を見せながらも、何とか自らの主張の正当性を納得してもらおうと反論していた。が、普通に考えれば2人の主張に正当性の欠片もない。それをマーガレット嬢も分かっているようで、小さく息を吐き出し、頭が痛いのか、額を手で抑えていた。
「少なくとも今日、半日は行軍するんだぞ?移動時にカチャカチャと音を立てて魔物を呼び寄せる気か?場合によっては走ったり倒れ込んだりするのだぞ?割れやすい瓶など邪魔になる!」
「「・・・・・・」」
もっともな彼女の指摘に、2人はバツの悪そうな顔を浮べて押し黙っていた。
そうして結局マーガレット嬢が2人の荷物を検分し、過剰な予備の武具類や食料、果実水などは教師に預けることになった。
何故かその最中、2人は俺の方を親の敵でも見る様な顔で睨みつけてきたのだが、軽く鼻で笑ってやると、耳まで真っ赤にして怒りを露にしていた。
ただ教師の視線がある手前、これ以上醜聞を晒すわけにはいかないと分かってはいるようで、怒りに歯を食いしばって耐えているようだった。そんな彼らを面白がっていると、顔を青くしたロベリアとライトから窘められてしまった。
荷物は3分の1程度になり、大半をライトが持ってもそれほど問題ない量となった。剣士連中はロングコートの下に胸当て等の最低限の金属鎧を身に着けて出発準備を整えた。そして各自で動きが阻害されない程度の荷物をリュックに詰めたりと出発の準備を終えると、ようやく森の中へと進行を開始した。
目的地までの道中は整備された街道を進んでいることもあり、これといった魔物に遭遇することはなかった。たまに無害な難度1のスライム系の魔物や昆虫系の魔物が居たが、こちらから手を出さなければ襲ってくることもない魔物なので、無視して進んで行く。
この様子なら目的地までさほど危険も無く到着するだろうと思ったが、気がかりな点が無いわけではない。
(う~ん、森に入るのが初めてだからだろうか、みんな緊張し過ぎだな・・・)
後方から班全体の様子を伺っていると、みんなの動きの固さが見てとれる。特に今まで戦闘とはほど遠い環境下で育ってきたロベリアとライトはそれが顕著で、歩き始めてそれほど距離が進んでもいなのに、既に肩で息をするほどの疲労が見える。
精神的な負担が肉体にまで影響を及ぼしているようで、本当ならここで指揮官が一度部隊の状態を確認するために休息を入れても良いと思うが、肝心の指揮官も緊張で周りが見えていない。
(周辺の索敵にばかり気がいって、班員の状況把握を忘れているな・・・まぁ、最悪は俺が動けば良いだけだし、これも良い勉強になるだろう)
そんなことを考えながら後ろから付いていくと、街道脇の茂みから、体長15センチ程の赤い体毛が特徴的なレッド・ラットが複数飛び出してきた。
「きゃっ!」
「うわぁ!」
突然足元に魔物が現れたことで、ロベリアとライトは驚きのあまり腰を抜かしてしまい、地面にへたり込んでしまった。
「くっ!レッド・ラットだ!」
「このっ!」
そんなロベリア達を気にかける余裕もないのか、マーガレット嬢がいち早く魔物の正体を言い当てると同時、身体強化を施しながら腰の剣を抜き放って構える。そして、隣りにいた前衛のセルシュ少年も同じように身体強化を行いながら腰の剣を抜き、魔物を攻撃しようとしたのだが・・・
「「あっ!!」」
前衛2人が同時に、同じ魔物に向かって攻撃を仕掛けようとするものだから、肩がぶつかり合ってしまい、バランスを崩してしまった。なまじ身体強化で力を向上させてしまっている影響もあり、2人はその場から弾かれるようにして後退してしまう。
「くそっ!僕がやる!魔法陣展開!!」
そんな2人の状況に焦りを浮かべつつ、レンドール少年が魔術を発動しようと右手を魔物に向け、魔法陣を展開したのだが・・・
(何で発動に時間の掛かる中級の火魔術なんて選択してるんだ!しかもその威力だとロベリアとライトも巻き込むだろ!)
レンドール少年は状況把握が出来ていないようで、とにかく魔術を放つことに頭がいってしまっている。
「痛っ!」
そうこうしている内に、ライトが悲鳴を上げる。どうやら地面に座り込んでいたせいで、ふくらはぎの辺りを噛まれてしまったようだ。レッド・ラットの攻撃は大した脅威ではない。精々噛まれて痛いくらいで、今のロベリアの聖魔術でも簡単に治療できる程度だ。
しかし、ライトはそうと知らないのか涙を流し、まるで自分はここで死んでしまうかのような絶望した表情を浮べて足を抑えている。
そんなライトを横目で見ているロベリアも、恐怖に絶望してしまったかのような表情をしていた。
(・・・仕方ないな)
彼らの成長のため、極力手は出さないようにしようと思っていたが、そうも言っていられない状況になってしまったため、俺は先ずレンドール少年を軽く突き飛ばし、魔術の発動を強制的に中断させた。
「なっ!何するんだ!」
抗議の声を上げている彼を無視し、俺は素早くロベリアとライトの元まで駆け寄り、2人の足元で走り回っているレッド・ラットを力任せに蹴り飛ばしていく。
『『『ヂュッ〜〜〜!!!』』』
「「「なっ!?」」」
レッド・ラットが叫びながら次々と吹っ飛んでいく様子に、みんな口を広げて唖然としているようだ。
「はい、最後っ!!」
『ヂュッ〜!』
ロベリアの背後にいた最後の一匹を蹴り飛ばし、周囲の状況確認を行ったが、これ以上レッド・ラットも他の魔物もいないようだ。
「あ、ありがとうアル君!」
少し落ち着いたのか、ロベリアは安堵した表情を浮べてお礼を言ってきた。ただ、まだ腰は抜けているのか、座り込んだままだ。
「良いよ。それより平気か?」
「ちょっとまだ立てないけど、どこも怪我してないから大丈夫だよ」
「そうか。聖魔術が発動できるなら、隣のライトを治療してやってくれ」
俺が容態を確認すると、彼女は笑みを浮かべながら返答してきた。本当に大丈夫なようだと確認した俺は、未だロベリアの隣で絶望した表情を浮かべているライトの元へ歩み寄る。
「ア、アルさん・・・ボクはもう・・・」
遺言でも残しそうな顔をしているライトの側にしゃがむと、足を押さえる彼の腕を強引にどかして、噛まれたふくらはぎを見る。傷はラットの歯型が付いて、少しだけ血が出ているだけだった。
「バカ。よく見てみろ!血が滲んでいるだけで、大した事ないだろ?」
「えっ!?・・・ほ、本当ですね・・・す、すみません。お騒がせしてしまって・・・」
「まぁ、初めて魔物に襲われたんだからパニックになるのは分かるが、もう少し冷静にな」
「は、はい・・・お恥ずかしい限りです・・・」
俺の言葉に、ライトは顔を真赤にすると俯いてしまった。そんな彼の足にロベリアは手をかざすと、聖魔術を展開した。
大した傷でもないのだが、今の彼女にとってはそんな傷を治すのもかなりの集中が必要なようで、目を閉じて必死になって魔法陣を展開している。
ゆっくりと魔力が注がれていくと、聖魔術特有の白銀の輝きが魔法陣を満たしていった。
(・・・今のロベリアの実力だと、下級でも発動まで3分位掛かるか。もっと経験を積ませないと、実務には則さないな)
そんな事を考えながら、2人から少し離れて治療の様子を伺っていると、マーガレット嬢が近づいてきた。
「・・・すまない。助かった・・・」
消え入りそうな声で話しかけてくる彼女は、とても思い詰めたような表情を浮かべていた。
「初の実地演習なんだから仕方ない。大事なのは失敗から学ぶことだ。これがもっと難度の高い魔物との実戦なら、『失敗』は即『死』を意味するからな」
あまりにも弱々しい彼女の様子に、厳しく苦言を呈するのではなく、気付きを与えるように諭すに留めた。そんな俺の言葉に、彼女は呆けたような顔をしていた。
「・・・何で君はそんなに冷静なんだ?君も孤児院の出なら、彼らみたいにパニックになってもおかしくないというのに・・・」
彼女は治療中のライトとロベリアに視線を向けながら、怪訝な様子で俺に問い掛けてきた。ここで本当の事を伝えることなど出来ないため、何か良い言い訳はないかと考えた。
「まぁ、俺はちょっと特殊でね。孤児院に入る前に出会った人物から鍛錬をつけてもらってたんだ。その後、実際にこの森に来る機会もあったからな、少しだけ戦闘の経験があるってだけさ」
実際孤児院の中には、経営のために騎士団の補助として荷物運びの仕事をすることがある。最も内容は魔導列車への荷物の積み運び等で、魔物と実戦をするような危険な目に合うことは基本的に無い。
「そ、そうなのか。君は幼い頃から凄い経験をしてきたのか・・・それでそんなにも大人びているのだな・・・」
そうとは知らない彼女は俺の話を信じたようで、感心したように見つめてきた。その瞳には今までと違う、尊敬の眼差しのようなものが感じられたのだった。




