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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
Alice in the No Man's Wonderland
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ギガ・スライム1


 年が明けた。高校生は少し前から冬休みに入っている。受験生にとっては最後の頑張りの季節だろう。だが秋斗はまだ高校二年生。直近の模試の判定も上々で、焦って勉強机にかじりつく理由はなかった。


 とはいえ彼は一人暮らし。しかも初詣も初日の出も「面倒」と言って行く気がない。せいぜい餅を食べるくらいしか正月らしいことはしていなかった。そんなわけで寝正月だったわけだが、完全な休息とできないあたりに彼の根の深いモノがあるらしい。彼はせっせとアナザーワールドにダイブインしていた。


 やっているのは身体強化の訓練。もともとはアリスと事を構えなければならなくなった時に遅れを取らないようにと始めた訓練だが、彼女とはすでにお茶をした(お菓子を貢いだとも言う)仲である。いきなり襲いかかってくることはないだろう。では身体強化はもう不要なのか。そんなことはない、と秋斗は考える。


 益荒男風のリザードマンやボスリザードマンなど、すでに身体強化を使うモンスターが出ている。この先も同様に身体強化を用いるモンスターが現われることは十分に考えられるし、ともすれば素の能力で彼を凌駕するモンスターさえ現われるかもしれない。対抗手段として身体強化を習得し、さらに磨きをかけておくことは重要だ。


 そんなわけで、秋斗は冬休みを利用して再び高性能スライム処理機(人力)と化していた。そしてこの日もスコップ片手に遺跡エリアに降り立ったのだが、彼はすぐに異変に気がついた。スライムが一体も見当たらないのだ。


「今日は満月じゃないよな……?」


[うむ。加えて言うなら、ダイブインしたのは日中だ]


 秋斗とシキはそう言葉を交わす。確かに周囲はまだ明るく、狼男ウェアウルフが現われるようなシチュエーションではない。だが現にスライムは一体も見当たらず、何かが起こっていることは間違いない。秋斗はともかく得物をスコップからロア・ダイト製の新しい六角棒に持ち替えた。


「さぁて、何が現われる……?」


 六角棒を構えながら、秋斗は周囲を警戒する。だが異変は彼の思ってもみないところから起こった。すなわち、足下である。突然、地面が震動し始めたのだ。日本人にとってはある意味で慣れ親しんだモノ、地震である。


「……っ」


 秋斗は姿勢を低くして転倒を防ぐ。そして油断なく周囲に視線を走らせる。これは何かが現われる前兆だ。その予感は確信に近い。だが実際に起こった事柄は、彼の予感と予想を遥に超えていた。


「っ、なんだ!?」


 突然、遺跡エリアの石畳を突き破って水の柱が間欠泉のように吹き出した。しかも一目見て普通の水ではない。吹き出した水はスライムの身体の色に良く似た、薄紅色をしていたからだ。そして薄紅色の水柱は数秒ごとにその数を増やし、そして遺跡エリアを浸していく。


「……っ」


 薄紅色の水は、秋斗の足下にも押し寄せる。彼は顔を険しくすると、身体強化も使って移動を始めた。まずは遺跡エリアから出るためだ。もし遺跡エリアの外もこんな状況であれば、ダイブアウトすることも視野に入れなければなるまい。彼はそう考えながら、足を動かした。


 幸い、遺跡エリアの外に出ると、地面は揺れていなかった。だがだからこそ、遺跡エリアの異変は際立っている。間欠泉のような水柱が十数本も吹き出していて、薄紅色の液体があっという間に遺跡エリアを呑み込んでいく。だが遺跡エリアの外には漏れ出てこない。明らかに異常だった。


「これは……、まさか……」


 頬を引きつらせながら、秋斗がそう呟く。その彼の目の前で薄紅色の液体はどんどんかさを増していく。そして最終的には遺跡エリアをすっぽりと覆う、まるで小山のような薄紅色の水饅頭ができあがった。


「スライムかよ……、デカすぎだろ!」


 ほとんど戦慄さえ覚えながら、秋斗はそう叫んだ。薄紅色の水饅頭といえば、彼にとってはおなじみのモンスター、スライム。だが今日現われたスライムは普通ではなかった。高さは100メートル以上もあるだろう。遺跡エリアは丸ごとその体内に呑み込まれている。屈折率の関係か、はたまた大きすぎるだけか、魔石の姿は確認できない。


「キング……、いや王冠がないから違うな。メガ、より大きいギガ・スライムってか……? だけどなんでいきなりこんなヤツが……!?」


 時期的には年明けだが、アナザーワールドでリアルワールドの暦は関係あるまい。満月の夜に出現するウェアウルフの例があるので、完全に否定することはできないが、それでも秋斗は違うと思っている。


 年明けだから特殊なモンスターが出てくるなんて、そんなのまるでお年玉のようではないか。秋斗はその家庭事情のために、まともにお年玉を貰ったことがない。だからこんなお年玉を目の前に放り込まれるなんて、絶対にイヤだった。


[憶測だが、時期的なものは関係あるまい]


「お、シキはなんか思い当たる節がある?」


[うむ。この前ダイブインしたときに、恐らくスライムの累計討伐数が一万を超えたのだ]


「……一万体討伐記念かよ。記念行事ならもうちょっとマシなのを考えて欲しいね」


[堪忍袋の緒が切れたのではないか? 一万体を虐殺したのは事実だ]


「なるほど。そいつは言い訳できねぇな!」


 スライムの復讐が始まったのだと結論が出たところで、いよいよギガ・スライムが動き出す。ギガ・スライムは雄叫びを上げない。そのための器官がないからだ。だがギガ・スライムは殺る気をみなぎらせた身体を「ブルンッ」と震わせる。その振動は空気を伝わり、まるで雄叫びのように「バルンッ!」と音を響かせた。


「……っ」


 空気振動に込められた殺気を感じ取り、秋斗はロア・ダイト製の六角棒を構えた。だが相手はまるで小山のような大きさ。スケール感が狂っていて、秋斗の視点ではもはや薄紅色の壁。全容は把握できない。そしてその壁が動き出す。秋斗はまず距離を取ることにした。


(音がしない……)


 走りながら後ろを窺い、秋斗はそのことに気付いた。あれだけの巨体が動くのだからそれなりの音がしそうなものだが、ギガ・スライムの移動はいたって静かだ。だがその静かさに騙されてはいけない。その巨体に見合ったスケールで、ギガ・スライムは迫ってくる。


「っち、速いな……!」


 秋斗が舌打ちする。スライムは元来、俊敏なモンスターではない。だが何度も言うが、ギガ・スライムはデカすぎる。まるで巨人と小人の追いかけっこで、小人が忙しく足を回転させても巨人は一歩でその距離を潰してしまう。そのせいで間合いはなかなか広がらなかった。


 さてアナザーワールドにいるモンスターはスライムだけではない。遺跡エリアの周囲には、ジャイアントラットや一角兎などの比較的小型なモンスターが多く出現する。ギガ・スライムの襲来はそれらの小型モンスターにも無関係ではなかった。


 逃げ遅れたジャイアントラットがギガ・スライムに呑まれる。角を向けて飛びかかった一角兎もやはりギガ・スライムに呑まれる。ジャイアントラットも一角兎も、捕まった獲物はギガ・スライムの体内で溺れたようにもがき、やがて動かなくなり、そして黒い光の粒子になって消えた。


「捕まるとああなるのか……」


 ギガ・スライムからすれば、ジャイアントラットも宗方秋斗もサイズ的に大きな違いはないだろう。つまり秋斗もギガ・スライムに捕まれば、ああやって溺れ死ぬ可能性がある。最初の頃、スライムに呑まれかけたことを思い出し、秋斗は内心でおののいた。


 一度間合いを広げるためには身体強化の使用もやむなしかと秋斗が思い始めた頃、不意にギガ・スライムが動きを止めた。不審に思い、秋斗も一旦足を止めてギガ・スライムの様子を窺う。ギガ・スライムはブルブルと身体を震わせたかと思うと、まるで唾でも吐くかのようにペッと何かを吐き出した。


(なんだ……?)


 秋斗が目を細めていると、ギガ・スライムが吐き出した何かが空から落ちてきて、ドスンと鈍い音を立てて地面に落ちた。見れば直径が30センチほどの岩石である。ギガ・スライムからすれば小石を投げた感覚だろうか。これが当たったらと思うと、秋斗としては薄ら寒い。


 だが本当にヤバいのはこれからだった。ギガ・スライムは次から次へと瓦礫や岩石を吐き出して、雨のように降らせ始めたのだ。これはもう、面制圧のための絨毯爆撃と言って良い。降りしきる岩石の雨の中を、秋斗は逃げ惑った。


「……っ」


 岩石を六角棒で振り払いながら、秋斗は険しい顔で舌打ちをする。そしてこれまでとは逆にギガ・スライムの方へ距離を詰めていく。ギガ・スライムのすぐ近くこそが、岩石の降り注がない安全地帯なのだ。またギガ・スライムは今、動きを止めている。反撃のチャンスに思えた。


 六角棒の間合いになると、秋斗の視界は一面薄紅色の壁だった。その壁へ、秋斗は思い切り六角棒を突き刺す。どれだけ大きくてもスライムの身体であることに代わりはないらしく、六角棒はほとんど何の抵抗もなく突き刺さった。


「はぁ!」


 裂帛の声を上げながら、秋斗は浸透打撃を発動する。全力だ。ロア・ダイト製の六角棒に換えてから、初めて使う全力の浸透打撃。だが薄紅色の壁はわずかに波打つだけで、それ以上の変化は起こらなかった。


「……っ」


 秋斗は顔を強張らせる。彼が放った全力の浸透打撃は、しかしギガ・スライムに何ら痛痒を与えなかった。理由はともかくその結果だけは明らかだ。そして六角棒を突きだしたままの姿勢で固まる彼へ、ギガ・スライムの体内から小石が発射される。弾丸のようなスピードのそれを秋斗は反射的に回避し、同時に足を動かしてその場から離脱した。


 ただし、間合いは広げない。ギガ・スライムから離れてしまうと、また岩石の雨にさらされるからだ。秋斗はギガ・スライムを左側にして、つまり反時計回りにその周囲を走る。散発的に小石が発射されたが、動いていればそれほどの脅威にはならなかった。


 チョロチョロと動き回る秋斗に業を煮やしたのか、ギガ・スライムがまた移動を開始する。秋斗は一瞬呑まれそうになったが、身体強化を使って高速でその場を離脱。距離を保ちながら、どうして浸透打撃が効かなかったのか考えた。


ギガ・スライムさん「いつもよりバルンバルンしております!」

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― 新着の感想 ―
[一言] ドールの動力源である魔水晶を、胸に二つ追加で使えばバルンバルンに対抗できるかな?
[良い点] モンスターを倒していると上位のものが出てくる。お約束ですね。 浸透攻撃が効かない相手がチラホラでてきて、新しい攻撃手段を、考えないとですね! [気になる点] そして"手段なく"周囲に視線を…
[一言] デカすぎて中まで入らなかったかな・・・
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