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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
Alice in the No Man's Wonderland
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邂逅


「ほう、ほうほう、これが『かすてーら』という菓子か! 美味じゃのぅ」


 そう言って、アリスはご機嫌な様子で厚切りのカステラを頬張る。アリスはモキュモキュと頬を膨らませていて、そのせいか彼女の人間離れした美しさは薄れ、その代わりに親しみやすい可愛らしさが全面に出ている。両手に持ったカステラを交互に食べる彼女を見ながら、秋斗は「一体どうしてこうなった」と考えていた。


 トレント・キングを一撃の下に屠ったアリスは、かねての約束通り秋斗に名前を尋ねた。秋斗が名前を名乗ると、アリスは一つ頷いてもう一度自分の名前を告げる。驚いたことに彼女はシキの名前も尋ねた。彼女がシキのことを認識しているらしいことは聞いていたが、実際にそれを目の当たりにして、秋斗は非常に驚いたものだ。


 話がおかしな方向へ転がったのは、そのすぐ後の事である。三人の自己紹介が終わると、唐突にアリスが「茶を所望じゃ」とか言いだしたのだ。そして訳が分からず目を点にしている秋斗の目の前で「パチンッ」と指を鳴らし、白いクロスのかかった猫足テーブルと同じデザインのイスまで用意してしまった。


 そして促されるままお茶とお菓子を出してしまったのが運の尽き。ストレージから饗された多数の菓子(例によって勲からの貰い物)に目を輝かせたアリスは、ひたすらお菓子を貪る腹ぺこキャラと化したのである。「聞きたいことが山ほどあるのになぁ」と若干黄昏れながら、秋斗はドリップパックで淹れたコーヒーを一つアリスに手渡した。


「なんじゃ、アキト。ため息なんぞ吐いて」


「どうしてこうなったのかと考えて、だいたい全部アリスのせいだという結論に達した」


 なんだか敬語を使うのも馬鹿らしく、秋斗は少々投げやりにそう答えた。アリスもそれで気を悪くした様子はなく、「まあ、茶を所望したのは我じゃがの」と言って受け取ったコーヒーに口をつける。そして次の瞬間、盛大に顔をしかめた。


「なんじゃ、これは!?」


「何って、ブラックコーヒーだけど」


「苦い! 苦すぎるぞ!」


「え、そうか?」


 そう言って秋斗はブラックコーヒーを一口啜る。いつも通りのコーヒーだ。マグカップに入れているので、規定量からすれば薄いくらいである。だがアリスは平気な顔をしてブラックコーヒーを飲む秋斗を見て、「信じられない」とばかりに首を左右に振った。そしてこうオーダーを出す。


「我は甘い飲み物を所望じゃ」


「甘い飲み物はストックがないんだよな。そもそもあんまり好きじゃないし」


 秋斗は肩をすくめてそう答える。彼は「甘いものは飲むのではなく食べたい派」だ。砂糖も生憎ストックがない。ハチミツやジャムならあるが、コーヒーとは合わないだろう。スポーツドリンクならあるが、それも少し違うだろうし。


「むむむぅぅ、ではせめて苦くない茶をくれ」


 アリスがあまりに切羽詰まった声でそう頼むので、秋斗は思わず笑ってしまった。笑われたことが不満なのか、アリスがぶーたれる。そんな彼女のために秋斗は麦茶を用意した。彼はコーヒー党なので、紅茶のストックはないのだ。あれば渋い紅茶を飲ませてやったのだが。


「良いか、次は必ず甘い飲み物を用意しておくのじゃぞ!」


 麦茶をチビチビと飲みながら、アリスがそう注文をつける。秋斗は「はいはい」とぞんざいに応じた。彼女が「確と申しつけたぞ」と念押ししても、彼はやはり「はいはい」とだけ応じた。


 アリスは彼のその気のない返事が不満な様子だったが、マカロンを一つ頬張るとたちまち表情を蕩けさせた。彼女は遠慮というものを知らない。そして秋斗が饗した菓子類はあっという間に彼女の胃袋へ消えていったのだった。


「……それで、何のようなんだ?」


 用意した菓子類が綺麗になくなってから、秋斗はアリスにそう尋ねた。まさか「見かけたから声をかけた」というわけではないだろう。彼女は何か用があって秋斗に接触してきたはずなのだ。


「ふむ。まずは茶と菓子、馳走になった。それで用件じゃが……」


「口の周りに食べカスがついてるぞ」


「おっと」


 秋斗が食べカスを指摘すると、アリスは何食わぬ顔をしながら指でそれを拭い、そして指をペロリとなめた。その仕草がやけに色っぽくて、秋斗は思わず視線を逸らす。そしてリスみたいに両方の頬を膨らませていたアリスの顔を思い出して心臓の拍動を落ち着かせた。


「……それで用件じゃが、アキトよ。お主に幾つか聞きたいことがある」


「オレも、アリスに聞きたいことが山ほどある」


「では、お互い一つずつ聞いていくことにしようかの。まずは我からじゃ。……お主はなぜこの世界のことを『アナザーワールド』と呼ぶのじゃ?」


「なぜって、最初にそう言われたから」


「最初?」


「あ、ああ。最初に見た夢の中で石版に触れたとき、頭ん中にインストールされた情報の中に『アナザーワールド』ってあったから、ずっとそう呼んでいるんだけど……」


「夢? 石版……?」


 アリスがいぶかしげに眉をひそめる。秋斗も会話がかみ合っていないのを感じ取って表情を険しくした。だが情報をすり合わせていけば齟齬もなくなるだろう。そう考えて深く掘り下げることはせず、代わりにこう尋ねた。


「それで、オレの番でいいか?」


「う、うむ。それで我に何を聞きたいのじゃ?」


「……アリスはモンスターなのか?」


「モンスター? 我が?」


 アリスは目を点にして素っ頓狂な声を出した。秋斗の問いかけがよほど予想外だったらしい。


「なぜそう思うのじゃ?」


「いや、だって、目が赤いから……」


 的外れなことを聞いてしまったかもと思いつつ、秋斗はそう根拠を答えた。自分で言っておいてなんだが、「目が赤いからモンスター」というのは言いがかりに聞こえなくもない。だがアリスの反応は劇的だった。


「目が、赤い……? いや、我の目は確か、青だったはず……」


 アリスは小さな声でそう呟く。ずいぶんショックを受けているようで、秋斗は何か悪いことを言っただろうかと心配になった。だがアリスは難しい顔をして何かを考えているようで、声をかけるのは躊躇われる。アリスの考えがまとまるのを待っていると、やがて彼女は顔を上げて秋斗にこう尋ねた。


「先ほど言っていた、石版が出てきた夢とやら、思い出せるかの?」


「あ、ああ。思い出せる」


「ではイメージしてみてくれぬか」


 言葉の上では依頼だが、アリスの口調は否やを許さない。何がなんだか分からないまま、秋斗は「わ、分かった」と答えた。薄く目を閉じ、彼をアナザーワールドへ誘ったあの夢を思い出す。


 そんな彼の額に、アリスはスッと手を伸ばした。そして彼のイメージを読み取る。いや読み取るだけではない。彼女は自分の力を駆使してそのイメージを補完し、さらには裏を探っていく。


「これは……! いや、じゃが、そんな……。まさか……、だがそう考えれば、確かに辻褄が……」


 アリスが戦慄く。彼女の白い肌はさらに血の気を失い、まるで石像のようだ。一体何がそんなに衝撃的だったのか分からず、秋斗も戸惑う。どう声をかけて良いのか分からず、内心で焦りながら彼はアリスの次の反応を待った。


「確かめねばならぬ!」


 そう言ってアリスは突然立ち上がった。そして身を翻して歩き出す。彼女が座っていた椅子は白い光の粒子になって消えた。それは「話はもう終わりだ」という彼女の気持ちの表れのよう。秋斗は焦って彼女を呼び止めた。


「ま、待てよ! まだ答えを聞いてない!」


 秋斗が立ち上がると、彼が座っていた椅子とテーブルも白い光の粒子になって消える。呼び止められたアリスは、足は止めたものの、しかし振り返ることなくこう答えた。


「我がモンスターか否か、答えは分からぬ。ゆえに我は確かめなければならぬのじゃ。お主への回答は、次の機会にさせてもらう」


「次……?」


「うむ。ああ、そうじゃ、次に会ったときは菓子の礼に膝枕をしてやるからの。楽しみにしておくのじゃ」


「へ?」


「ではな!」


 そう言い残し、アリスは背中に純白の翼を顕現させて飛び立った。アホ面をさらす秋斗を放置して。中途半端に伸ばされた彼の手に白い翼が触れ、弾けるように消える。そしてアリスの気配はなくなった。


「なんで膝枕……?」


 秋斗の疑問に答える者はいない。数秒後、「次があるならまぁいっか」と彼は自分を無理矢理納得させた。


「しっかし、インパクトはあっても成果は微妙だな、今回の話し合いは」


[有意義だったと思うぞ。少なくともアリス女史とは話が通じることが分かった。これは重要な成果だ]


「なるほど、そういう考え方もある、か……」


 シキにそう答えながら、秋斗はアリスがあけたクレーターの真ん中へ降りていく。そこには魔石と宝箱(黒)が一つずつ落ちている。間違いなくトレント・キングのドロップだ。倒したのはアリスなので何もないかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。だが黒だ。一筋縄ではいかないだろう。彼は小さく苦笑してそれを回収した。


[それで、これからどうする? 探索を続けるか?]


「いや、色々あって疲れた。これで区切りにするよ」


 そう言って秋斗はダイブアウトを宣言した。「甘い飲み物を用意しておかないとだな」と、そんなことを考えながら。


秋斗「膝枕のインパクトに全てを持っていかれた」

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