トレント・キング2
「「「ギョォォォォォ!」」」
トレント・キングが召喚した、木の根でできた棒人間。秋斗はこのモンスターを樹兵と呼ぶことにした。そしてそれらの樹兵が一斉に秋斗へ襲いかかる。
「邪魔だ!」
秋斗は群がる樹兵を払いのける。樹兵の動きは遅く、攻撃は単調だ。得物が剣だったら繊維に引っ掛かって手間取ったのかもしれないが、彼がいま手に持っているのは斧。大振りになりがちではあったが、彼は一撃で樹兵を切り倒していく。
だがどれだけ倒しても樹兵の数が減らない。トレント・キングが新たな樹兵を次々に召喚しているのだ。その光景を見て秋斗は思わず舌打ちをした。このままではキリが無い。勝つためには大本を叩く必要がある。
「おおおおっ!」
秋斗は雄叫びを上げて身体強化を発動した。彼は素早く斧を振り回して周囲の樹兵を片付ける。そしてトレント・キングへ一気に肉薄し、斧を頭上へ高々と振り上げた。
「はあああっ!」
裂帛の声と共に、彼は斧を振り下ろす。身体強化も乗せたその一撃は、力任せだからこそ威力だけならこれまでで最高峰だったろう。しかしその一撃がトレント・キングの幹を割ることはなかった。弾かれたのだ。
ギィィン! と大きな音を立てて斧が弾き返される。あまりの衝撃に秋斗はたたらを踏むように数歩後ろへ下がった。何が起きたのか分からず呆然とする彼へ樹兵が殺到する。それを払いのけながら、彼はともかく距離を取った。
(まるで……)
まるで見えない壁を叩いたようだった。先ほどの手応えを思い出し、秋斗は心の中でそう呟く。実際、トレント・キングは無傷である。たぶん障壁を張るなりしたのだろう。彼はそう予測を立てた。
「「「ギョォォォォォ!」」」
また新たな樹兵が現われる。秋斗はそれを引きつけてから身体強化を使って一気に蹴散らし、そのままもう一度トレント・キングに肉薄した。そして斧を連続で振るう。だがその攻撃は、やはり全て障壁で防がれた。
「っち」
険しい顔をして、秋斗は舌打ちをする。浸透斬撃も混ぜたのだが、それが効いた様子はない。後ろから迫ってきた樹兵を蹴り飛ばしてトレント・キングにぶつけてみたが、それも幹の手前で見えない何かに弾かれてしまっている。
秋斗は群がる樹兵を蹴散らしながら、今度は左手で魔石を握る。雷魔法を試してみようと思ったのだ。そして思念を込めた魔石をトレント・キングへ投げつける。だがなんと、新たに現われた樹兵がそれをインターセプトしてしまった。
「はあ!? ありかよ、そんなの!」
秋斗は思わず声を上げる。こんなふうに防がれるとは、思ってもみなかった。「魔石を投げる」という方式が、思い切り裏目に出た格好である。
肝心の雷魔法は発動したが、肝心のトレント・キングはやはり無傷。しかもインターセプトした樹兵も、黒焦げになりつつも健在だ。それを見て秋斗は眉をひそめた。
「効きが悪いな……。やっぱり火炎魔法とかのほうが良いのかな?」
[生木は燃えないぞ。それより先ほどの雷魔法だが、一部はトレント・キングにも届いていたぞ。だが障壁に防がれていた]
「ってことは、魔法攻撃も防ぐのか、あの障壁。まあ、浸透斬撃防がれた時点でそんな気もしてたけど……。どうすっかなぁ、これ……」
樹兵をまた一体倒した秋斗が、途方にくれた様子でそう呟く。あの障壁を破ってトレント・キングにダメージを与える手段が思い浮かばない。
[攻撃を続けていればいずれ破れるとは思うが。だがアキの体力が保つかは別問題だ]
シキの言葉に、秋斗は渋い顔をしながら頷く。トレント・キングにも限界はあるだろう。だがシキの言うとおり、秋斗が付き合いきれるかは別問題だ。
相手がトレント・キングだけなら可能かもしれない。だが無数の樹兵が彼の戦闘継続能力を削る。明らかに持久戦は秋斗に不利だ。
[撤退を推奨する。トレント・キングの位置は判明した。根を張っている以上、動いて移動することもあるまい。再戦は可能だ]
「そうだなぁ……」
撤退の進言を、秋斗は拒否しなかった。確かに手詰まりではあるのだ。勝てないのであれば、撤退するしかない。
「とりあえず今回は、樹兵を倒せるだけ倒して撤退するか……」
秋斗はそう呟き、樹兵にターゲットを絞ることにした。一定数を倒せば樹兵は出現しなくなるのか、樹兵を多数倒せばトレント・キングに何か変化は現われるのか、その辺りの事を調べることにする。
仮に樹兵は無限に出現し、またどれだけ倒してもトレント・キングには影響がないとしても、経験値と魔石は稼げるだろう。今回はそれで十分、と秋斗は自分を納得させた。トレント・キングの討伐は今後の課題だ。
方針を定めると、秋斗の戦い方は明らかに変わった。トレント・キングからは一定の距離を保ちつつ、樹兵に囲まれないように立ち回る。彼は次から次に現われる樹兵を、一体ずつ淡々と倒し続けた。
そうやって樹兵の討伐数が百に達しようかという頃、唐突に変化が現われた。再び地鳴りを上げて、新たな樹兵が現われたのだ。旧樹兵が棒人間なら、新樹兵はまるで筋肉隆々なゴリラのよう。旧樹兵と比べ、背丈は同じだが、胴回りや腕の太さは三倍以上ある。それが一度に三体、姿を現わした。
「先手必勝!」
そう叫び、秋斗は一番近くに現われたゴリラ樹兵に斬りかかった。両手で斧を振り上げ、そのまま真一文字に振り下ろす。身体強化を乗せていなかったとはいえ、銀色の残光が見えそうなその一撃を、しかしゴリラ樹兵は太い両腕を交差させて防いだ。
「っち!」
秋斗が舌打ちをもらした。木の根の繊維に斧の刃が食い込む。動かなくなってしまった斧を、秋斗は身体強化を使って無理矢理押し込んだ。同時に浸透斬撃を発動。木の根の繊維をズタズタにする。そしてそのまま力任せに斧を振り抜き、ゴリラ樹兵の両腕を半ばから切り落とした。
「ギョォォォォオオ……!」
腕を断たれたゴリラ樹兵が後ろへ下がる。秋斗も一旦距離を取った。痛撃を与えたはずなのだが、彼の表情は険しい。棒人間タイプの樹兵と比べ、ゴリラ樹兵は木の根の一本一本にいたるまでが硬いように思える。それが寄り合わさって太い腕を作っているのだから、断ち切るのも一苦労だ。
倒せないことはないだろう。だが難敵であることは事実だ。少なくともこれまでのように一撃で倒すことはできない。その上で、今はまだ三体だが、これ以上数が増えたりあるいは補充されたりすると、秋斗としては一気に苦しくなる。
[引き際を見誤るなよ]
シキの忠告に、秋斗は小さく頷いた。彼はまだ余裕がある。余裕のあるうちに情報を集めておこうと思い、彼は斧を構えた。体重が増えた分、ゴリラ樹兵の攻撃は威力が増している。だが動きは相変わらず鈍重で、秋斗は機動力をいかして敵を翻弄した。そして側面や背後に回り込んでは一撃をくれてやる。
「やっぱり硬いな……。浸透斬撃は良く効くけど」
ゴリラ樹兵に何度か攻撃を加えた後、秋斗はそう呟いた。彼はまだゴリラ樹兵を一体も倒していない。だからなのか新たな樹兵は、棒人間タイプも含めて出現していない。トレント・キングがこれで十分だと判断しているのか、あるいは一定のキャパシティがあるのか。後者だといいな、と彼は思った。
「じゃ、そろそろ倒してみるか」
そう呟き、秋斗はゴリラ樹兵の攻撃をかいくぐって後ろを取る。そして斧を振り上げ、浸透斬撃をくらわせる。連続で三回攻撃したところでゴリラ樹兵は前のめりになって倒れ、そのまま黒い光の粒子になって消えた。
ゴリラ樹兵が一体消えると、すぐに別の樹兵が出現する。ただし棒人間タイプだ。ゴリラ樹兵はそう簡単に召喚できないのかもしれない。だとしたら朗報だ。秋斗はそう思いつつ、残り二体のゴリラ樹兵も始末する。頭部へ浸透斬撃をくれてやると、一撃で倒すことができた。
「シキ。そう言えば、ゴリラ樹兵の魔石の大きさは?」
[棒人間タイプと比べ、少し大きいくらいだ。ウェアウルフには遠く及ばないな]
「ま、強さ的にもそんな感じか」
秋斗は納得したように一つ頷き、それからまた群がってくる樹兵を蹴散らしていく。そうやって魔石と経験値を稼ぎつつ、「そろそろ撤収するかな」と思った矢先、今回の探索で最大のイベントが起こった。
「っ!?」
[下がれ、アキ!]
突然、秋斗は悪寒に襲われた。身体が総毛立つ。シキに言われるまでもなく、秋斗は急いでトレント・キングから距離を取った。次の瞬間、はるか上空から白い光が振ってきて、トレント・キングに突き刺さる。そしてたった一撃でトレント・キングを粉砕した。
「ぐっぅ……!?」
凄まじい衝撃波と閃光が秋斗を襲う。彼は両腕でガードを固めてそれを防いだ。余波が収まると、トレント・キングは跡形も無く消えていて、樹兵の姿もない。大樹がそびえていた場所にはただクレーターだけが残されていた。
「一体、何が……」
呆然としながら、秋斗がそう呟く。何もかもが突然で、頭がうまく働かない。そして彼の頭が再起動するより前に、上空から全ての答えが舞い降りた。
「久しいの、少年。約束通り、名前を聞かせてもらおうか」
彼女はにやりと笑ってそう言った。眩い金髪に端麗な容姿。肌は磁器のように白く滑らかで、その美しさは人間離れしている。実際、白いドレスを身に纏い、背中に白い翼を顕現させたその姿は、まるで宗教画から飛び出した天使のよう。だが一点、その赤い双眸が彼女の存在を剣呑なものにしている。
[アリス……。まさか、ここで……]
シキが唖然とした様子でそう呟く。その呟きを聞きながら、秋斗はただアリスの姿を見上げる。現実離れしたその光景に、脳の処理が追いつかない。
(集めた情報、無駄になっちゃったな……)
頭の中でそんなことを思ったのは、きっと現実逃避だったに違いない。
トレント・キングさん「障壁、実は上ががら空きなんです……」