高性能スライム処理機(人力)
鍾乳洞のクエストを終えた後、秋斗が次に取りかかったのは身体強化をしっかりと使えるようになることだった。アリスと事を構えることになった時、身体強化は必須だと思ったのだ。
地下神殿のボスリザードマン戦で、秋斗は身体強化を使った。だから使うだけなら彼はすでに身体強化を使うことができる。だが使いこなしているかは怪しい。
例えばどのくらいの時間使い続けることができるのかなど、どのあたりに限界があるのかまだよく分かっていない。それを把握し、それを伸ばすことが当面の目標である。
「んじゃ、がんばりますかね」
秋斗はそう呟き、軽く腕を回してからスコップを手に取る。場所はダイブインしてすぐの遺跡エリア。当然ながら獲物はスライムだ。
この場所で修行するのには幾つか訳がある。第一にダイブインしてすぐの場所であること。第二に障害物が適当にあり、それを避けて動くことで良い訓練になること。第三にスライムしかいないので危険が少ないこと。第四に浸透系武技を一緒に訓練するのにちょうど良いこと。第五に実はまだ新しい武器ができていないこと。などなどだ。
秋斗は「よし」と呟いて集中力を高める。そして魔力を身体に循環させた。アドレナリンが分泌されているのか、気分が高揚して力がみなぎる。彼はスコップを構えて一歩を踏み出す。次の瞬間、彼は猛烈な勢いで加速した。そしてスライムに襲いかかる。
「……ふっ!」
短く息を吐きながら、秋斗はスコップを横薙ぎに振るう。スコップはスライムの身体を抉り、そのまま魔石を身体の外へはじき出した。薄紅色の水饅頭が破裂して石畳の上にぶちまけられる。そして黒い光の粒子になって消えた。
スライムを瞬殺しながら、しかし秋斗の表情は険しい。今の攻撃、スコップはスライムに触れたところで止めて、浸透打撃を使うつもりだった。しかしながら実際にはスコップを止めることができず、さらには浸透打撃も不発。つまりやろうとしたことが何一つできなかったのだ。
「ボスリザードマンの時はわりと上手く行ったんだけどなぁ」
秋斗はそうぼやいた。差は何となく分かる。ボスリザードマンの時は得物を思い切りぶつけることができた。つまりぶつかった時のその手応えをトリガーにすることができたのだ。しかしスライムにはその手応えがない。苦労しそうだな、と彼は嘆息した。
まあ、最初から何もかも上手くできるとは彼も思っていない。むしろできないからこそ訓練を繰り返すのだ。気を取り直して、秋斗は次のスライムを狙う。もちろん身体強化をしたままで。彼は目にもとまらぬ速さで駆け回り、スライムを倒し続けた。ちなみに魔石は全てシキがストレージを操作して回収した。
高性能スライム処理機(人力)と化した秋斗は、そのままおよそ一時間に渡って訓練を続けた。浸透打撃までしっかりと成功させられたのは、だいたい二割弱と言ったところか。分かってはいたが、何とも情けない数字である。
そしてほぼ魔力が空になったところで、秋斗は足を止めて身体強化をやめる。すると途端に強烈な虚脱感が彼を襲う。立っていられず、彼は崩れかけの壁に背中を預けてその場に座り込んだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で息をすると、思い出したかのように汗が噴き出す。荒い呼吸のまま、秋斗はストレージに手を突っ込んで水筒を取り出し、冷たい水をゴクゴクと飲む。ただ汗がひどくて、どれだけ飲んでもすぐに汗になって出ていくような気がした。
「そう言えばさ……」
[なんだ?]
「リザードマンって、汗かくのかな……?」
[鱗に覆われているからな……。汗腺があるようには思えんが。鍾乳洞はそもそも涼しかったし、それでも熱が籠もったら地底湖に飛び込むのではないのか?]
「なるほど。オレも水浴びしたいぜ……」
[ダイブアウトしてシャワーを浴びれば良いのではないか?]
シキがそう言うと、秋斗は苦笑して肩をすくめた。バカ話をしているが、実のところ指一本動かすのも億劫だ。もう少し、こうして休んでいたかった。
「……ところでさ、鍾乳洞で手に入れた鉱石は、もうインゴットにしたのか?」
[まだだ。今はくず鉄などを鋳つぶしつつ、錬金炉の扱いを習熟している段階だ]
「くず鉄なんてあったっけ?」
[ほら、地下墳墓で手に入れた、折れた剣だの、欠けた槍の穂先だの、アレだ]
「あ~、なるほど。それなら大量にあるか」
地下墳墓でゾンビやスケルトン相手に無双したことを思い出し、秋斗はそう呟いて納得した。そのままでは使い道のないシロモノだし、鋳つぶしてインゴットにしておけば、いざ使うという時にも使いやすいだろう。
「で、肝心の錬金炉の動力は?」
[今は魔石を使っている]
「足りるか?」
[さて、在庫はまだあるが。今のところ、使用量が供給量を上回っているな]
ちなみに供給量はこれまでの平均値だそうだ。「地下墳墓で無双していた時くらいの供給量があれば、使用量を余裕で賄える」とシキは言っていたが、当然ながら普段の探索ではあんなに効率良くは稼げない。高性能スライム処理機(人力)の力を持ってしても、だ。そして供給量に比べて使用量の方が多い状態が続けば、いずれ在庫は枯渇する。
「魔石は、発電機でも使うしなぁ」
そしてポータブル魔道発電機を使えるかどうかは、電気代に直結する。言ってみればポータブル魔道発電機は、間接的にとは言え魔石をお金に換えてくれる装置なのだ。秋斗としてはやっぱり、こっちの稼働率を下げたくはない。
「錬金炉は魔力も動力にできたよな?」
[鑑定した際には、そう出ていたな。ただ魔力を使うのであれば、アキの魔力をわたしが流用する、ということになるぞ]
「許可する。あ~、オレの魔力に余裕があって、なおかつリアルワールドにいる間だけな。当面はそれで頼む」
「了解した。……それにしても、当初使い道のなかった魔石が、こうも重要な物資になるとはな」
「まったくだ」
シキの言葉に秋斗はそう返事を返す。それだけアナザーワールドに馴染んだと言うことなのだろう。秋斗はそう思い、ちょっと感慨深くなった。
少し先の話になるが、シキが秋斗の魔力を使用すると、そのことは彼本人にもしっかりと伝わった。曰く「お腹の辺りがちょっとムズムズする」のだそうだ。とはいえ無視しようと思えば無視できる程度の違和感なので、彼の日常生活に支障はでなかった。
なお、これまでより多くの魔力を使うことになったわけだが、時期が身体強化の訓練と重なっていたこともあり、これが原因でエンゲル係数が上がったのかどうかは不明である。肉の消費量は増えた気がするが。
さてそんな話をしている内に、徐々に吹き出す汗も落ち着いてきた。だが衣服が吸った汗がすぐに乾くわけではない。特に綿の下着は速乾性に難がある。要するに汗でベトベトで、秋斗はちょっと気持ち悪かった。
本当に一度ダイブアウトしようかと思ったが、その前にふと思いついたことがあり、彼は緩慢な動きでポケットに手を突っ込み魔石を一つ取り出した。そしてゆっくりと思念を込め、それからこう唱える。
「クリーン」
次の瞬間、秋斗はシャボン玉のような泡状の光に包まれた。彼は反射的に呼吸を止める。泡状の光は数秒間彼を包み、そして何事もなかったかのように消える。彼が止めていた呼吸を再開すると、汗のベトベトはなくなっていた。身体はもちろん、衣服も含めて。
「よし。これでもう風呂に入らなくて良いな」
[洗濯もしなくて良さそうだ。良かったな、これでずいぶんとガス代と水道代が節約できるぞ]
「…………いや、風呂は入るし、洗濯もするぞ?」
[アキ。わたしは何も言っていない]
秋斗は大げさに肩をすくめた。そしてストレージからバウムクーヘンを取り出して食べる。東京の勲が送ってきてくれた荷物の中に入っていたお菓子で、しっとりとした上品な味わいだ。次に送る荷物は肉を多めにしよう、と彼は思った。
さて、おやつを食べ終えても、秋斗はまだ動く気になれなかった。体力や魔力は回復してはいるが、全快にはほど遠い。身体強化の訓練を再開しても、すぐに息切れしてしまうだろう。「どうせならしっかり休むか」と思い、彼は安眠アイマスクと寝袋を取り出した。同時に三体のドールも現われて、彼の警備を開始する。
以前のドールは地下神殿でアリスの足止めをしようとして、逆に破壊されてしまった。ただ動力源である魔水晶は三つとも無事だったし、ストレージの中には城砦エリアで手に入れたドールのパーツがまだ大量にある。それでシキはすぐに新たなドールを使えるようにしていた。「残機はまだ二桁あるぞ」とはシキ談である。
「あれ、スコップ……」
三体のドールがそれぞれスコップを装備しているのを見て、秋斗は思わずそう呟いた。買った覚えはないし、そもそも市販のスコップではないように見える。そして彼の呟きに対して、シキがこう説明した。
[うむ。試しに作ってみたのだ。スライム相手なら、やはりスコップが一番良いからな。フライパンにしようかと思ったのだが、やはり柄がついている方が良かろう?]
「う~ん、そういう問題かなぁ?」
秋斗は思わず首をかしげた。とはいえ彼自身、フライパンでスライムと戦っていた過去があるし、なんなら現在進行形でスコップを頼りにスライムを乱獲している。結局、「まぁいっか」と結論して深く考えないことにした。そして安眠アイマスクを装着して寝袋に潜り込む。彼はすぐに寝息をたてはじめた。
二時間ほど仮眠して、彼は目を覚ました。水を飲み、身体をほぐしてから、彼はまたスコップを構える。そして彼はまた高性能スライム処理機(人力)と化すのだった。
秋斗「悪いスライムはいねぇがぁ~!?」
シキ「なお、見分けはつかない模様」