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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
箍の外れた世界
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箍の外れた世界


「ふははははははははははははっ!」


 アナザーワールドのどこかの空で、アリスは笑っていた。純白の翼を広げ、涙を流しながら、狂ったように笑っていた。彼女の目の前では、黒い光の粒子がまるで嵐のように吹き荒れている。その光景を見ながら、彼女はこう叫ぶ。


「世界のたがは外れてしまった! どうしてはめ直すことなどできようかっ!?」


 そして顔を歪めてこう続ける。


「なんという因果か……。まさかそのために目覚めようとは……」


 アリスは絶望していた。こんな世界に目覚めてしまったことに、否、こんな世界でなければ目覚められなかったことに絶望していた。それでも彼女は顔を上げる。そしてこう宣言する。他でもない、自分自身に。あるいは箍の外れてしまったこの世界に。


「我は守護天使! そして最も神に近しき者! たとえ出来損ないの失敗作であろうとも、『そうあれかし』と願われたその想いの深さに変わりはないっ。我は必ずそれに応えて見せる!」


 高らかな宣言。だがアリスの不幸は、それを願った者がもはや誰もいないことであり、そして彼女自身がそれを理解していることだろう。それでも彼女はそこに己の寄る辺を求めるかしかない。だからこう叫ぶのだ。


「刮目せよ!」


 - * -


 クエストをクリアしてリアルワールドに戻ってくると、秋斗はアパートで一服してから再びアナザーワールドへダイブインした。そしてスコップでスライムを蹴散らしながら、【鑑定の石版】のところへ赴く。クエストで手に入れた戦利品を鑑定するためだ。


 石版のところに到着すると、秋斗はまず幸運のペンデュラムを使用する。彼は「よし」と小さく呟くと、最初に益荒男風のリザードマンから手に入れた宝箱(白)を取り出す。ソレを開封すると、中から出てきたのは一冊の本だった。鑑定結果は次の通りだ。


 名称:鉱物辞典

 鉱物の辞典。製錬や精錬の方法なども載っている。


[おお! ちょうど良いではないか!]


「えぇ、辞典だけ貰っても仕方なくないか?」


[鉱物なら、あの鍾乳洞で手に入れたではないか]


「あ~、そう言えばそうだったな。ってことは……」


[うむ。あれらの鉱物、ストレージの肥やしとせずに済みそうだ。まあ、製錬や精錬の方法が分かったとして、設備が足りるかという問題はあるが……]


「ま、そのへんはシキに任せるよ」


[うむ。任された。アキの武器も作り直してやらねばならんしな。可能なら良い素材を使いたいところだ]


「ホントな。アテにしてるよ、シキ」


 秋斗の言葉は口先だけではなかった。今回のクエストで、彼は六角棒とバスタードソードを失っている。どちらも彼が頻繁に使っていた武器だ。しかも手持ちの武器の中でもかなり高品質な二つだった。


 その二つが失われたのは、正直に言って痛い。もっとも武器としては駄目になったが、素材としては回収してある。だからまったく同じにできるかは別として、作り直して貰うつもりではあった。だがシキの言うように、より良い素材が使えるならそれに越したことはない。その意味では今回の「鉱物辞典」はきっと役に立つだろう。


 さて、鉱物辞典をストレージに収めると、秋斗は次にボスリザードマンがドロップした宝箱(銀)を取り出してそれを開封する。中から出てきたのは、またしても一冊の本。彼はやや表情を険しくしながらその本も鑑定した。


 名称:錬金合鋼れんきんごうきんレシピ集

 錬金合鋼のレシピ集。


[おお! これもまたちょうど良いではないか! だが本当に設備が足りるかどうか、それが問題だな……]


 頭の中でシキが悩ましげに唸るのを聞きながら、秋斗は合金レシピ集をストレージに片付ける。そしていよいよクエスト報酬である、宝箱(金)を取り出した。彼は祈るような気持ちでそれを開けた。


「うを!?」


 ゴトンッ、と音を立ててそれが地面に落ちる。金属製の、なにやら炉のような物体だ。かなり重いソレを秋斗は何とか持ち上げて【鑑定の石版】に触れさせる。身体強化を使い、それでも手足をプルプルさせながら確認したその結果は次の通りだった。


 名称:錬金炉(小)

 主に鉱石や金属の製錬や精錬、合成などのために使用する。動力源は魔石か魔力。


[おお! 設備が揃ったぞ!]


「最後まで、生産関係かよ……!」


 歓声を上げるシキとは裏腹に、秋斗はやや落胆した様子だった。そしてプルプルしながら抱えていた錬金炉(小)をそのままストレージに投げ入れる。三つの宝箱から出た物は全て、彼が直接使えるような物ではなかった。幸運のペンデュラムの力を疑い始めた彼を、シキが明るい声でこう宥める。


[まあ、拗ねるな。こうして道具さえ揃えば、いろいろと作れるようになる。宝箱に一喜一憂することも少なくなるだろう]


「なくなるとは言わないんだな」


[言えないからな]


 シキがそう答えるのを聞いて秋斗は肩をすくめた。何にしても、手に入れたアイテムに文句をつけても仕方がない。そもそもシキが有効活用してくれるなら、秋斗にとっても十分メリットがある。彼はそう考えて自分を納得させた。


「それにしても、幸運のペンデュラムの【使用者】って、オレだけじゃなくてシキも含まれるんだな」


[と言うより、わたしはアキの一部として認識されているのではないのか?]


「ああ、なるほど。それにしては、今回はかなりピンポイントだった気がするけど……」


[クエストで手に入れた他のアイテムも鑑定してみたらどうだ。レア物が含まれているかも知れんぞ。宝箱の結果は、もしかしたらそれを踏まえているのかも知れん]


 シキにそう促され、秋斗は鍾乳洞で手に入れた他のアイテムも鑑定していく。鉱石は何種類かあり、シキが「後でインゴットにする」と言っていた。そんな中で秋斗が興味を引かれたのは次のアイテムだった。


 名称:竜の骨

 竜の骨。


「説明が説明になってないな。でも、竜の骨かぁ」


 秋斗の顔が思わずニヤける。竜と言えばファンタジーの定番。骨とは言え、竜に関連するアイテムを手に入れることができ、彼はなんだか感慨深かった。そしてふと思いつき、今度は牙を鑑定する。結果は以下の通りだ。


 名称:竜の牙

 竜の牙


「おお! 竜の牙!」


 これもまた説明が説明になっていない。だが秋斗のテンションはうなぎ上りだ。骨もそうだが、竜の牙といえば多くの作品で優れた武器に化ける希少な素材だ。例えばコレで剣を作ったらどんなモノができるだろうか。彼の妄想は止まらない。


「シキ、頼んだぞ! 頼んだからな!」


[う、うむ……。任せておけ。ただ製法が……]


「いや~、楽しみだなぁ~」


 秋斗が笑顔で追い打ちをかける。シキは「どうしたものか……」と呟いて本気で悩んでいる様子だったが、彼はそれを華麗にスルーしてまた次のアイテムを鑑定する。その中には「竜の爪」もあって、また秋斗の期待値が上がった。


 益荒男風のリザードマンやボスリザードマンが使っていた武器(の欠片)も鑑定する。すると「竜の骨」という結果が出た。益荒男風のリザードマンが使っていた骨のメイスは、骨をそのまま鈍器として使っていたのだろう。


 一方でボスリザードマンの長剣だが、こちらは砕けて欠片になってしまっているので、武器としてはカウントされなかったらしい。一応、刃がついている欠片もあるのだが、それも鑑定結果が「竜の骨」だった。まあ、素材としては使えるだろう。


 鍾乳洞では普通のリザードマンも骨っぽい武器を装備していることがあったし、またドロップもしている。「もしかして」と思い、秋斗はそれらも鑑定した。結果は下記の通り。


 名称:リザードマンの骨

 リザードマンの骨。


 鑑定結果を見て秋斗は顔をしかめる。生憎と期待は外れた。ただ彼が顔をしかめた理由はそれではない。「同族の骨を武器代わりにしてたのか……」と、彼は顔をしかめたまま呟いた。


 とはいえ、それ以上何を思うでもない。所詮はモンスターの話だし、何より「そう簡単に竜の骨がドロップしては困る」という“運営サイド”の都合かも知れないのだ。気にしたところで無意味だろう。


 鍾乳洞で手に入れたアイテムの鑑定を終えると、秋斗は一度大きく伸びをして身体をほぐした。今回手に入れたアイテムはほとんどが素材関連。直接戦力増強に繋がるモノはなかったが、今後のことを考えればこれも悪くない。シキの今後の活躍に期待である。


 ただそのせいか秋斗の意識は戦利品よりもあの少女、アリスのことに向きがちだった。彼女とは直接言葉を交わしたわけではないし、そもそも基本的には敵対的な関係だろう。だが次に会ったときには名前を聞くと言っていたというし、言葉は通じるはずなのだ。


 少なくとも殺し合い以外に選択肢がない、などということはないだろう。あの瞳に宿る知性は本物だったと、秋斗は確信している。


 アリスは敵対的な存在とは言え、普通のモンスターとは違う。そんな彼女の封印が破られ、アナザーワールドに解き放たれたのだ。封印を破った側の人間が言うことではないかも知れないが、彼はこれで何かが大きく動くのではないかと思っていた。


「鍛えなきゃだなぁ」


 秋斗はそう呟く。今のところ、アリスとの力の差は歴然としている。次に会うまでに、彼はこの差を少しでも縮めておきたかった。睨まれただけで気絶していては、話をすることもままならないだろう。せめて片手であしらわれないだけの実力を身につけなければ、彼女が起こす変化の波に呑まれて溺れかねない。


 足りないモノは多いが焦っても仕方がない。まずは風呂に入って、それからいろいろ考えよう。そんなことを考えながら、秋斗はダイブアウトを宣言した。



 ~ 第三章 完 ~



秋斗「錬金炉で腰を痛めそうだった」

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