ストレージ
アイテムボックス、収納系アイテム、インベントリ、ストレージなどなど。いわゆる四次元ポケ○ト的なアイテムや設定は、多数の作品で幅広く見られる。だから秋斗もそういう知識だけはあった。
だからこそ、「アイテム収納」なんて単語が出てきたのである。きっかけとしては些末なもので、それがあれば重い荷物を持って坂道を上らなくていいと思ったから。ただアナザーワールドで思いつかなかったくらいには、彼にとってそれは空想上の産物だった。つまりそれができるとは思っていなかったのだ。
[できるかも知れないぞ、アイテム収納]
だからこそ、シキがそう答えたときに、秋斗はとても驚いた。彼は急いでアパートの部屋に戻り、それから頭の中の相棒にこう聞き返した。
「できるのか!? 本当に?」
[わたしはそもそもアキのサポート役として生まれた才能であり能力だ。そしてその概念からすれば、アイテム収納は立派にサポートの一環と言えるだろう。……わたしも成長しているのだよ]
「じゃあ!」
[まあ待て。アキの記憶を検索したところ、アイテム収納の関連で複数のパターンが見つかった。全ての要素を取り入れるのは不可能だ。だからどんな形にしたいのか、アキの方でイメージしてくれ]
そう言われ、鼻を鳴らすようにして「ふむ」と呟く。そして荷物を下ろしてから、あぐらをかいて座り、早速イメージを固め始めた。
まず、何かしらの道具を使うようなタイプは却下。どうせなら道具なしで使えるタイプの方が、身軽で使い勝手が良いだろう。となればゲームのステータス画面風の、インベントリかストレージタイプだろうか。
(いや、難しい、か……)
ステータス画面を作成するとなると、そこに記載する情報についても考えなければならない。つまり秋斗のレベルやステータスといったものだ。しかし今のところ、そういったモノは一切不明である。こちら側で勝手に決めてしまっても良いのかも知れないが、そこまでするのは流石に蛇足が過ぎるだろう。
(亜空間に出し入れするような感じで……)
秋斗はそうイメージを膨らませる。亜空間がどういうモノなのかは分かっていないが、イメージだから別にそれで良いのである。
出し入れのための口は、場所や大きさを自由に変えられた方が良いだろう。ただ放り込むだけではなくてシキが管理できるようにすれば、システム的な目録がなくても入れっぱなしにしてそのまま存在を忘れ去る、みたいなことは避けられるだろう。
秋斗のイメージを基にしながら、シキが新たな能力を構築していく。いや、この場合は「自らの機能を拡張していく」と言った方が正しいかも知れない。そして「アイテム収納」の機能が完成する。
[いいぞ]
「ストレージ、オープン」
秋斗がそう呟くと、彼の目の前に黒い穴が現われた。それを見て彼は「おお」と感嘆の声を上げる。それからおもむろにその穴へ腕を突っ込む。腕は何の痛みも抵抗もなく中へ入った。腕を中に入れたまま角度を変えてその様子を見てみると、右腕の肘から先がまるで切り落とされたかのようになくなっている。ソレを見て秋斗はまた「おお」と声を上げた。
ただ、「ストレージ」は腕を突っ込んで遊ぶための機能ではない。秋斗は腕を引き抜くと、それがちゃんと本来の機能を果たせるのか試すべく、床の上に置いておいたリュックサックを手に取った。そしてそのリュックをストレージの中に放り込む。リュックは黒い穴の中へ音もなく消えていった。
「……ストレージ、クローズ」
秋斗がそう呟くと、黒い穴が渦を巻くようにして消える。そしてその痕跡は一切なくなった。ストレージに放り込んだリュックサックは、影も形もない。だがシキに確認すると、シキのほうでちゃんとストレージとリュックを認識しているという。
「シキ。ストレージを開いてリュックを取り出せるか?」
[やってみよう]
シキの声が頭の中に響くのとほぼ同時に、秋斗の目の前に再び黒い穴が空く。そしてそこから出てきたリュックサックを受け取る。中身を確認するが、欠品はない。「次元のはざまに吸い込まれてしまった!」なんてことにはならずにすみ、秋斗はホッと胸をなで下ろした。そこへシキの声が響く。
[……アキ。紙と鉛筆をストレージに入れてくれないか]
「ん? ちょっと待ってろ」
そう言って秋斗はルーズリーフ数枚と鉛筆をストレージに放り込む。すると頭の中にシキの興奮したような声が響いた。
[……! おお! おうおう!]
「なんだ、どうした?」
返答はストレージから出てきたルーズリーフだった。白紙だったはずのそこには、何やら地図のようなモノが描かれている。ソレを見て、秋斗はすぐにピンときた。
「コレって、まさかアナザーワールドのマップか?」
[うむ。描けたぞ!]
シキの得意げな声が秋斗の頭の中に響く。どうやらストレージの中に収納した物品ならシキにも使用できるらしい。「シキがストレージを管理する」というイメージで秋斗が機能を設計したためだろう。
「じゃ、じゃあ、教科書とノートを放り込んでおけば、予習も復習もシキが……!」
[それは自分でやれ]
あっさりと切り捨てられて、秋斗はぶー垂れる。彼は不満げに、さらにこう言い募った。
「なんでだよ~。良いじゃん、サポート役だろ?」
[サポート役として最善の選択だと自負しているよ。……ところで、買ってきた品物を放り出したままで良いのか?]
「おっと」
シキに指摘され、買ってきた食料品を冷蔵庫に収めていく。全てを収めるには冷蔵庫が小さいが、常温保存できるものを外に出しておけば問題はない。
「……そういえばストレージってさ、中の時間経過はどうなっているんだ?」
冷凍餃子を手に取り、秋斗はふと気になったことを尋ねる。「収納アイテム(あるいは魔法)の中では、時間は経過しない」というのは、ありがちな設定だ。だがシキはこう答えた。
[内部で作業ができるということは、時間は普通に経過しているのだろう。そうでなければ、物品を動かすことはできないはずだ]
「そっか。残念だな」
[だがそうだな。内部を区切って、一部だけ時間凍結するというのは可能かもしれない]
「おっ。じゃあ時間凍結できているか、コイツで試してみようぜ」
そう言って秋斗が手に持ったのは、スーパーで買ってきた三本入りのバナナだった。バナナは時間が経つと熟れて表面が黒くなっていく。だが時間凍結がされているのなら、そうはならないはずだ。
結論から言うと、完全な時間凍結ができるようになるまでは多少時間がかかった。ただし経過時間の遅延はすぐにできるようになり、その遅延具合も徐々に延びていった。それを確認するために使ったのはやはりバナナで、秋斗は熟れたバナナを食べながら「時計を放り込んでおけば良かったんじゃ……?」と遅ればせながら気付くことになる。
さて、食料品を片付け終わると、時刻はすでに午後の五時半を過ぎていた。辺りは薄暗くなっており、これからアナザーワールドへ行こうという気にはならない。大人しく今日の探索はもう打ち切ることにした。
夕飯の支度をして、できあがったらさっさと食べる。食べ終わったら、その後は学生の本分に取り組むことにする。秋斗が英語の教科書を広げて頭をひねっていると、シキが彼にこう声をかけた。
[アキ、スマホを貸してくれないか]
「ん? あいよ」
秋斗はスマホを掴むと、それをストレージの中に突っ込む。しばらくすると、またシキの声が頭の中に響いた。
[……ないな]
「何がないんだ?」
[アナザーワールドの情報]
「いや、そりゃネット上にはないだろ」
英文を書き写す手を止め、秋斗が苦笑しながらそう突っ込む。しかしシキは真面目な声でこう反論した。
[アキ以外にもアナザーワールドを探索しているであろう者がいることは、前にも話しただろう? そして今の時代にはSNSというものがある。そういう者たちが何か情報を上げていないかと、そう思ったのだが……]
「無かったのか?」
[うむ]
「いや、でも当然じゃないのか? 信じてもらえるはずがないし、信じてもらえたらそれはそれで面倒なことになるだろうし」
[甘い。手っ取り早くアクセス数を稼ぎたいと思っている人間が、そこまで考えると思うか?]
シキにそう指摘され、秋斗は押し黙る。世の中、短絡的な人間が多いのは事実だ。しかしそれではネット上にアナザーワールドの情報が無いことの理由にはならない。シキは少し考え込んでから、こう推論を述べた。
[……もしかしたら無作為に選んだのではなくて、アキのように考える人間を意図的に選んでいるのかもしれないな]
だとすれば、このアナザーワールド関連の諸々は、誰かが明確な意図を持って運営していることになる。もともと秋斗も「自然現象ではないだろう」と思ってはいたが、何かしらの意図があることの傍証が出てきてしまい、彼はちょっと顔をしかめるのだった。
ストレージ機能:内部でもネットに繋がる。