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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
箍の外れた世界
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鍾乳洞と地下神殿14


 地下神殿における秋斗とボスリザードマンの戦いは、秋斗の勝利で幕を閉じた。彼が新たな得物をストレージから取り出した時点で、趨勢は決したのだ。ボスリザードマンに勝ち目があったとすれば、それは徒手空拳での勝負に持ち込むことだったろう。だがボスリザードマンはそれをしなかった。


 だが楽に勝てたのかと言えば、決してそんなことはない。ボスリザードマンはブレスを多用して秋斗を寄せ付けず、彼が無理に間合いを詰めようとすれば逆に踏み込んで自らの有利な間合いで戦おうとする。その呼吸や駆け引きは、秋斗を大いに悩ませた。


 さらにボスリザードマンには、全身を守る鱗の鎧がある。つまりちょっとやそっとの攻撃ではダメージが通らない。身体強化を使われるとなおさらだ。それで秋斗は浸透攻撃を多用してダメージを蓄積させていくしかなかった。


 なぶり殺しにしているようで、あまり気分は良くない。だが焦って一撃で決めようとすれば、カウンターで逆襲されかねない。秋斗は焦らずに攻めた。ただその一方で、身体強化を使えば魔力がごりごりと減る。魔力切れになったらあっという間に形勢逆転されかねず、秋斗はその板挟みの中で戦わなければならなかった。


『まるでチキンゲームだな……!』


 秋斗はそう悪態をついたものだ。そしてついにボスリザードマンを倒した時、彼は喜ぶより先に安堵した。思わずその場に膝をつき、槍を杖代わりにして身体を支える。こんなに魔力を使ったのは初めてで、感覚としてはガス欠の一歩手前だ。そのせいでちょっと頭がフラフラした。


「ふぅぅ……」


 何度か深呼吸をしてから、秋斗はようやく立ち上がる。辺りを見渡すと、すでにボスリザードマンの骸は消えている。ドロップしたのは大きめの魔石と、数十枚の鱗と、砕けた長剣の欠片が幾つか、そして宝箱(銀)が一つ。秋斗は顔をほころばせてそれらを回収した。ついでに折れてしまったバスタードソードも回収した。


「……で、ボスらしきモンスターは倒したわけだが」


 そう言って秋斗はもう一度辺りを見渡した。彼は今、ただ単に鍾乳洞と地下神殿の攻略をしているわけではない。クエストを攻略中なのだ。もしボスを倒してそれでクエストをクリアしたのなら、どこかでそれが分かるはず。少なくとも地下墳墓の時はそうだった。だが今のところ、地下神殿に変わった様子はない。


「クエストが発生したところまで戻らないとなのかな? 地下墳墓の時はそうだったけど……」


[もう少しここを調べて見たらどうだ? いかにも怪しそうなモノが残っているぞ]


「アレか……」


 シキに言われて、秋斗はそれに視線を向ける。ソレはこの地下神殿に祀られたご神体。巨大なクリスタルで、高さは五メートルほどもあるだろうか。ダイアモンドのように幾つもの面があるが、それぞれの面の大きさはバラバラだ。だが全ての面がまるで研磨されたかのように光り輝いている。


 確かにいかにも何かありそうではある。秋斗は槍を手に持ったまま巨大クリスタルに近づき、手を伸ばせば触れられそうな位置で立ち止まる。彼はそこから巨大クリスタルを見上げた。そしてその中に思いがけないものを見つける。


「え……、人……?」


 秋斗は思わず声を上げた。巨大クリスタルの中には、何と人間が浮かんでいたのだ。いや、浮かんでいると言うよりは封じられていると言った方が正しいか。付け加えるなら本当に人間なのかも分からない。ただ彼の目には人間に見えた。


 少女である。長い髪の毛は眩いブロンドで、目鼻立ちは驚くほど端正だ。目を閉じているので瞳の色は分からない。そのせいか、顔立ちはあどけなさを感じる。肌は象牙のように白く滑らか。胸と局部は金属プレートのようなモノで覆われているが、それ以外に衣服は身につけていない。ほぼ全裸なのだが、その作り物のような美しさのために、いやらしさは少しもなかった。


「…………」


 秋斗は無意識のうちに手を伸ばす。巨大なクリスタルに触れそうになって、ハッと我に返り手を止める。彼はその姿勢のまま、顔を険しくして十数秒悩んだ。不用意に触れてしまって良いのか、分からなかったのだ。


 クエストの中で巨大クリスタルとこの少女が重要なポジションにいるのはほぼ間違いない。だが触れて何が起こるのか分からない。最悪、この少女と戦うことになるかも知れないのだ。魔力がほぼ空の今の状態で。


 だが何もしなければクエストは進行しない。一度セーフティエリアに撤退することも考えたが、その場合ボスリザードマンがリポップする可能性がある。勝つことはできるだろう。だがまた得物を潰されては堪らない。


 悩んでいても状況は変わらない。秋斗は覚悟を決め、ゆっくりと手を伸ばして巨大クリスタルに触れた。クリスタルの表面はひんやりとしている。そのまま数秒待ってみるが、特に何も起こらない。彼は手を触れたまま思わず大きく息を吐く。だがその次の瞬間、異変が起こった。


 ――――ピシッ、ピシピシッ、ピシッ……。


 巨大クリスタルに突如としてヒビが入ったのだ。秋斗はすぐさま手を離して巨大なクリスタルから距離を取る。だが彼が離れてもひび割れは収まらない。それどころか一秒毎に拡大していく。そしてついに大きな音を立てて巨大クリスタルが割れた。


 少し離れたところにいたおかげで、秋斗はその様子をはっきりと見ることができた。巨大クリスタルの欠片がバラバラと石畳の上に落ちる。中に封じられていた少女の位置は変わらない。つまりその場に浮いている。


 秋斗はゴクリと唾を飲み込み、腰を落として槍を構えた。ただ自分から仕掛けるつもりはなかった。この少女が一体何者なのか、それを確かめるのが先だ。もっとも言葉が通じるのかは別問題だが。


[その前に、モンスターかも知れんぞ?]


(どうかな……。だったら、封じられていたっていうのはなんだか不自然に思えるけど……)


 シキの指摘に秋斗はそう答える。彼の直感としては、あの少女はモンスターではない。何となくだが、話が通じるような気がする。もっともただの勘で、確証など何もないが。そして身構える彼の視線の先で、宙に浮かぶ少女がゆっくりと目を開ける。


「ぐっ……!」


 その瞬間、少女から凄まじいプレッシャーが、いや物理的な衝撃波が放たれた。秋斗は両腕で顔をガードしてそれに耐えつつ、腕の隙間から少女の様子を窺う。少女は自分が放っている衝撃波には無自覚な様子で、宙に浮かんだままどこか遠い眼差しで周囲の様子を眺めていた。


 その眼差しが不意に秋斗を捉える。少女の瞳は、赤い。そして秋斗と目が合うと、少女の作り物のような美しい顔に生気がさす。次の瞬間、衝撃波が一段と強まり、秋斗は為す術なく吹き飛ばされた。


「ぐっ!」


 吹き飛ばされ、地下神殿に立ち並ぶ石柱の一つに秋斗は激突した。強い衝撃に意識が遠のく。意識を失う寸前、彼の脳裏に浮かんだのは少女の赤い瞳。モンスターのようなその赤い瞳には、しかし確かに知性の輝きがある。


(一体……)


 一体、この少女は何者なのか。その疑問が頭をよぎる前に、秋斗は意識を失った。


[アキ! アキ! おい、しっかりしろ!]


 秋斗の頭の中でシキが大声を上げる。だが彼は目を覚まさない。一方で少女はもとの場所に浮かんだまま。周囲の様子を確認し終えたのか、彼女は次に自分の姿を見下ろしてその綺麗な眉を寄せる。


 少女が軽く腕を振るうと、彼女を封じていたクリスタルの欠片が白い光の粒子になって彼女を覆う。その光が弾けると、彼女は白いドレスを身に纏っていた。ただし靴は履いておらず裸足のままだ。


 少女が石畳の上に降りる。そして意識を失って倒れている秋斗の方へ歩き出した。焦ったのはシキだ。秋斗が目を覚ます気配はない。そしてこの少女が友好的な存在であることを示す証拠は何一つとしてない。むしろ敵対的な存在であると考えたほうが良いくらいだ。


[…………!]


 シキは動けない。というよりシキには身体がない。それでシキ自身が少女を阻むことは不可能だ。それでも黙って見ているわけにはいかない。シキはストレージを操り、三体のドールを繰り出す。だが少女はまるでハエでも払うかのように、腕の一振りで三体のドールを吹き飛ばした。


[アキッ! しっかりしろ、目を覚ませ!]


 悲鳴じみたシキの声が秋斗の頭の中に響く。だが彼は目を覚まさない。そしてついに少女が秋斗のもとへたどり着く。シキがもう駄目かと思っていると、彼女は手を伸ばしてそっと彼の額に触れた。


「……フム、あなざーわーるど、カ」


[っ!?]


 少女の呟きを、シキは驚きを持って聞いていた。アナザーワールドで遭遇した、恐らくはモンスターに近しい存在であるこの少女が、片言気味とは言えまさか日本語を口にするとは思ってもみなかったのだ。だがシキが本当に驚くのはこの後だった。少女がシキに話しかけたのだ。


「ソコナ、情報思念体ヨ」


[……っ!!?]


「答エヌカ。マア、良イ。オ前ノ主ニ伝エテオケ。『我ガ名ハ【アリス】。ソナタノ名ハ次ニ会ッタ時ニ聞ク』トナ」


 それだけ言い残して少女、アリスは背中に純白の翼を顕現させる。そしてふわっと宙に浮かび上がり、そのまま滑るように宙を飛んで白い光に包まれた。そしてその光が弾けると、そこにアリスの姿はなかった。


 アリスが姿を消してから少しして、秋斗が意識を取り戻す。シキから話を聞くと、彼は「そうか」とだけ答えた。彼はあまり驚いていない。いや、驚いてはいるが、それよりも「やっぱり」という気持ちが強い。それくらいアリスの瞳に宿る知性の輝きは印象的だった。


 破壊されたドールを回収した後、秋斗はもう一度地下神殿とその周囲を調べたが、めぼしいモノは何もない。例のクリスタルも、欠片一つ残っていない。モンスターも現われず、やはりクエストはクリアされたのだろうと秋斗とシキは結論した。だが報酬らしきものはない。


 地下神殿の例を思い出し、秋斗は歩いて鍾乳洞の入り口まで戻った。そしてクエストが発生した石版にもう一度触れる。すると【クエストクリア!】の文字が彼の頭の中で踊った。そしてクエスト報酬なのだろう、宝箱(金)が現われて彼の手の中に収まった。


「よしっ」


[無事に終わって何よりだ。それにしてもあのアリスという少女は何者だったのか……]


「次に会ったら、って言ってたんだろ? なら、そん時に聞けば良いさ。教えてくれるかは分かんないけど」


 秋斗は肩をすくめながらそう答える。あの少女とはまたきっとアナザーワールドで出会う。その予感を胸に抱きながら、彼はダイブアウトを宣言した。

アリス「いやん」

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