鍾乳洞と地下神殿13
「っち」
表情を険しくしながら、秋斗は後方へ跳躍して大きく距離を取った。短くなってしまった骨のメイスを一瞥し、そして投げ捨てる。ボスリザードマンも呼吸を整えているのか、追撃はない。秋斗は敵を睨み付けながら、ゆっくりと腰間のバスタードソードを抜いた。
[槍は使わないのか?]
「まずは剣で」
秋斗はシキにそう答える。槍をまだ使わないのは、どの程度武器強化の効果があるか分からないからだ。上手く強化できず、槍まで真っ二つにされては堪らない。だからまずは、恐らく同じ素材の武器であろうバスタードソードで様子を見ることにしたのだ。ちゃんと確かめておけば良かったな、と秋斗はちょっと後悔した。
ただそれが理由の全てではない。ボスリザードマンは剣士で、しかもこれまで戦った感じとしては技巧派だ。もちろんパワーもあるが、それ以上に巧い。要するに秋斗はボスリザードマンを教材扱いするつもりだった。
[舐めプをしていると痛い目に遭うぞ]
「骨メイスだって似たようなモンだろ。ま、食らい付くさ」
秋斗はそこで会話を打ち切る。ボスリザードマンが動いたのだ。それを見て秋斗も動く。一人と一体は激しい剣戟を演じ始めた。
ボスリザードマンは例のブースト法を使っていない。使えないわけではないだろう。使いたくないのだ。それはたぶん、使えば短時間で息切れしてしまうからに違いない。
ただ秋斗の側からすれば、それは出し惜しみだ。シキの言葉を借りれば「舐めプ」をされているようなもので、つまり都合が良い。
防戦気味になりながらも、彼はボスリザードマンの剣技に食らいつき、そして徐々に学習していく。激しく切り結ぶ中で、秋斗の剣術は急速に洗練され、また研ぎ澄まされていった。
受け止め、受け流し、払い、引き、そして振るう。剣の使い方だけでなく、身体の使い方を見て盗む。ただ秋斗に尻尾はないので、その分は補正をかけながら。その内、だんだんと相手の手を予測できるようになってくる。彼の動きからさらに無駄がそぎ落とされた。
同時に彼はバスタードソードの武器強化も行っている。やってみた感じとしては、やはり骨のメイスには少し劣るように思えた。魔力の流れ方が、少々ぎこちないのだ。ボスリザードマンがブースト状態でゴリ押ししてきた場合、あの長剣とどれだけ打ち合えるのか、一抹の不安が残った。
(ま、そん時はそん時だっ)
ボスリザードマンの長剣をかいくぐり、秋斗が一歩間合いを詰める。同時に振り抜いたバスタードソードが美しく弧を描く。ボスリザードマンは長剣でそれを受けたが、ギリギリのタイミングだ。秋斗はさらに二度三度とバスタードソードを走らせ、ボスリザードマンに防戦を強いた。
「ジャァ!」
ボスリザードマンが身体を回転させる。そして尻尾と長剣を同時に振り回した。秋斗は一旦後ろへ下がってそれを回避する。ボスリザードマンも追撃はしない。間合いがひらき、さっきまでの剣戟がウソのように静まり返る。地底湖に落ちる滝の音だけが、地下神殿に響いた。
「ジャァァァ……」
ボスリザードマンが苛立たしげに顔を歪める。ボスリザードマンは自分が教材扱いされていることに気付いているだろう。そしてこのままいけばもう少しで超えられてしまうことも。ボスリザードマンにとっては屈辱だろう。それを咎める方法は一つしか無い。
腹を決めたのだろう。ボスリザードマンが表情を消して視線を鋭くし、そのままゆっくりと長剣を正面に構える。次の瞬間、ボスリザードマンから強い圧が放たれた。益荒男風のリザードマンの荒々しい圧とは異なる、重くのし掛かるような圧だ。
「ここを凌げば勝ち確だな」
背中に冷や汗を流しながら、秋斗はあえて軽い口調でそう呟いた。彼の視線の先で、ボスリザードマンが長剣を肩に担ぐようにして構える。少し腰を落としたかと思った次の瞬間、ボスリザードマンの姿は秋斗のすぐ目の前にあった。
「っ!?」
振り下ろされる長剣を、反射神経だけでかわす。紙一重だ。空振りした長剣は石畳を叩かない。ボスリザードマンは長剣をピタリと止め、そのまま素早く切り返す。秋斗は崩れ落ちるようにしてそれを避けた。
ボスリザードマンが肘を曲げるその合間を縫って、秋斗は立ち上がってさらに距離を取る。ボスリザードマンはすかさずその後を追った。秋斗は回避に全力をあげて逃げ回る。だが逃げ切れるものではないと、彼は直感的に悟っていた。
「っち、ぶっつけ本番かよ!」
覚悟を決め、彼はそう叫ぶ。そして武器にしていた時と同じように、全身に魔力を行き巡らせる。ただし全力で。彼から放たれた圧が暴風雨のように吹き荒れ、ボスリザードマンは警戒して足を止めた。
(これは……、スゴい……!)
秋斗は内心で感嘆の声を上げた。身体の内側からみなぎる力が、全身に行き渡っているのを感じる。だが同時に突き動かされるような衝動も湧き起こっていて、彼の頭の冷静な部分は自分がコレを使いこなせていないのだと判断していた。
初めて使ったのだから、それも当然だ。恐らく効率も悪いに違いない。だが一番の懸念は、どれだけこの状態を維持できるのか、まったく予想がつかないことだ。すぐに息が上がるとして、それは五分後なのかそれとも一分後なのか。さっぱり分からない。
(なら動く!)
そう割り切って秋斗は前に出た。一歩踏み出すと、まるで跳ねるように身体が動く。初めて行った身体強化の力に振り回され気味になりつつも、秋斗はその力をボスリザードマンにぶつける。たちまち、激しい剣戟が再開された。
秋斗とボスリザードマンは目まぐるしく位置を変えながら、何度も剣をぶつけ合う。巧いのはやはりボスリザードマンの方。身体強化しつつも、動きに緩急をつけて秋斗を翻弄する。秋斗は必死になってそれに食らい付いた。
ただ秋斗にとって目の前にボスリザードマンがいることはある意味で幸運だった。手加減できない力を、遠慮無くぶつけることができるからだ。暴れ馬のような身体強化の力を、彼は一合打ち合うたび徐々に自分のものにしていく。
さらに彼はボスリザードマンの動きそのものも学習していく。緩急の付け方、攻守の切り替え、攻撃の組立て、力の受け流し方、そして相手の機先を制すること。身体強化を使っていると、いつも通りには戦えない。彼はここでもボスリザードマンを教材扱いして、そのコツを盗んでいった。
そして徐々に超えていく。剣戟が再開されて一分も経つと、少しずつ秋斗の動きが変わり始めた。暴走気味だった動きがだんだんと制御されたものになっていく。同時にボスリザードマンのフェイントに惑わされることも少なくなり、趨勢の天秤はその傾きを水平に戻し始めた。
さらに秋斗は浸透攻撃を使い始める。もともと武器にも魔力は流れ込んでいる。後はそれを放つだけ。もちろんボスリザードマンの身体は捉えられていないが、その骨製の長剣に彼は何度も浸透斬撃を浴びせた。
(硬いな……、弾かれるっ)
浸透斬撃をぶつけたときの手応えを、秋斗はそんなふうに感じた。たぶん魔力が流れているせいだろう。ボスリザードマンの魔力が、秋斗の魔力の侵入を阻んでいるのだ。ということは恐らく、身体強化している本体も浸透攻撃の効きは悪いと見るべきだ。
(万能じゃないな、いろいろと!)
声には出さず、秋斗は心のなかでそう叫んだ。そうしている間にも剣戟は激しさを増していく。息つく暇も無く、また双方にその意思もない。お互いが短期決戦と心を定めている。酷使された手足はすでに悲鳴を上げているが、秋斗はそれでも攻撃の手を緩めなかった。
剣の刃が描く銀色の軌跡。その軌跡が消えないうちに、次の軌跡が描かれる。剣同士がぶつかるたびに火花が散った。鎬を削り合う戦いは、しかし思いがけないきっかけでその均衡が破られる。
「はあああああ!」
「ジャァァァァ!」
雄叫びを上げながら、秋斗とボスリザードマンは剣をぶつけ合う。その瞬間、秋斗はまた浸透斬撃を放った。そして浴びせ続けたその技がついに効果を現わす。刃がかみ合ったその瞬間、ボスリザードマンの長剣にヒビが入り、そしてそのまま砕け散ったのだ。
(よしっ)
秋斗は会心の笑みを浮かべる。だがすぐに彼はボスリザードマンが表情を変えていないことに気付いた。追撃に向いていた彼の意識が、一瞬で回避に切り替わる。そしてそれで正解だった。
「ジャァァァァアアアア!」
ボスリザードマンが秋斗に向かって大口を開ける。その口からは咆吼と共に炎が放たれた。ブレスだ。「トカゲよりドラゴンに近い」とは感じたものの、まさかブレスまで吐くとは。秋斗は背中に冷や汗を感じた。
ただ、ブレスはボスリザードマンにとって悪手だった。威力はともかく、足が止まってしまったのだ。その隙に秋斗はボスリザードマンの側面へ回り込む。気持ちが焦ったのか、思わず飛び越してしまいそうになり、彼は身体を回転させつつバスタードソードを振るってボスリザードマンの首筋を狙った。
浸透斬撃を使う余裕はない。秋斗は力任せにバスタードソードを叩きつける。だが手応えは軽い。バスタードソードの刃は、なんと真ん中で折れてしまっていた。何度も刃をぶつけ合う内に、ダメージが蓄積していたのだろう。二つに分かれたうちの先端部分がクルクルと回りながらどこかへ飛んでいく。
唖然とする秋斗の視界の端で、ボスリザードマンの尻尾が翻る。彼は反射的に防御を固めた。だが身体強化の乗ったその一撃はしたたかに秋斗を打ちのめし、彼は吹き飛ばされて石畳の上を転がった。
「ぐぅぅ……!」
うめき声を上げながら、秋斗はそれでも立ち上がる。ガードは間に合った。だが強烈な一撃だった。全身の骨が軋んでいるように感じる。身体強化も解けてしまって、全身の毛穴から汗と熱が吹き出した。
秋斗は身構えていたが、しかしボスリザードマンも動かない。荒々しく呼吸を繰り返しながら、秋斗を睨み付ける。致命傷は防いだとは言え、首筋への攻撃はかなり効いた様だ。さらに得物も失っている。慎重になっているようだった。
そしてこの僅かな時間の様子見は、しかし秋斗に有利に働いた。彼は折れてしまったバスタードソードを投げ捨て、ストレージから槍を取り出す。それを見てボスリザードマンははっきりと顔を歪めた。趨勢の天秤が決定的に傾いた瞬間だった。
ボスリザードマンさん「私を超えていけっ、を強制的にやらされている件について」