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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
箍の外れた世界
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鍾乳洞と地下神殿12


 水没した通路に即席の橋を架けて、秋斗は鍾乳洞のまだ探索していない区画に足を踏み入れた。ここから先でもまたルートが幾つにも枝分かれしていることを彼は覚悟していたのだが、意外にもそこから先は一本道だった。


 広場と呼べる場所があったり、大小の地底湖が点在していたりしたが、分かれ道はない。秋斗はどんどん奥へと進んだ。そして歩を進めるにつれて、彼は奥の方からある音が聞こえてくることに気がついた。


「これって……、水の音、か……?」


 耳を澄ましながら、秋斗はそう呟く。彼はより慎重に鍾乳洞の奥を目指した。一歩進む毎に聞こえる音は大きくなっていく。やはり水の音だ。だが川のせせらぎや雫のしたたるような音ではない。ドドドドドッ、と言うまるで滝のような音だ。


「鍾乳洞に滝?」


 秋斗は内心で首をかしげる。彼は少し歩く速度を速めた。曲がりくねった一本道の先にあったのは、巨大な地下空間だった。野球場がすっぽり入りそうな広さと、高層ビルが立ちそうな高さ。彼がいるのは少し高い位置だったので、地下空間の全貌がよく見える。高さも広さも、これまでの広間とは段違いだ。


 ただ床面積の三分の一ほどは水に覆われている。地底湖だ。その地底湖へ大量の水が落差をつけて流れ込んでいる。それはまさに地下に流れる滝そのものだ。そして滝の、水の流れ落ちる大きな音がこの巨大な地下空間の中で反響していた。


 その地底湖に浮かぶようにして、明らかな人工物があった。パルテノン神殿を彷彿とさせる石柱が数本立ち並び、その真ん中にはピラミッドの下半分だけを持ってきたような、台形の土台が据えられている。


 その土台の上には、巨大な結晶体クリスタルが置かれている。いや、祀られている、と言った方が正しいか。そのクリスタルの前には祭壇のようなものが設置されているからだ。そしてその様子を見て、秋斗は確信した。


「ここが地下神殿ってやつか……」


[だろうな]


 秋斗の意見にシキも同意する。今回のクエストは「鍾乳洞の奥に祀られた地下神殿を攻略せよ!」というもの。つまりあそこを攻略すればクエストは完了である。そして攻略の仕方もだいたい予想がついた。


「いるな」


[うむ。アレがボスだな]


 秋斗とシキは頷きあう。秋斗の視線の先、地下神殿の祭壇の前に、一体のリザードマンがいる。これまでのリザードマンと比べて一回り大きな体躯を持ち、威風堂々と仁王立ちをしている。


 得物は長剣。ただし金属製には見えず、つるりとした乳白色をしている。やはりアレも骨なのだろう。ただ遠目にも加工した痕跡が見て取れて、どうやら削って刃をつけてあるようだった。


 地下神殿で待ち受けるボスリザードマンが装備しているのは武器だけではない。防具も身に纏っている。ただ動きやすさを優先したのか、胸当てや籠手や脛当てなどを身につけているだけ。盾ももっておらず、秋斗の目には比較的軽装に思えた。


 とはいえリザードマンにはこれとは別に自前のスケイルメイルがある。ボスリザードマンの鱗はこれまでのどのリザードマンよりも色鮮やかで、力強く見える。防御力はかなりのもの、と思った方が良いだろう。


「なんか、風格があるな」


 やや気圧されるモノを感じながら、秋斗はそう呟いた。それこそトカゲよりもドラゴンに近いような、そんな雰囲気さえある。アレを倒さなければならないのだ。そう思うと、骨のメイスを握る手に力がこもる。それに気付いて、彼は「ふう」と一度息を吐いた。


「それにしても、見晴らしがいい。奇襲は無理かな、こりゃ……」


[うむ。広々としているのも考え物だな]


 秋斗の意見にシキも同意する。仮にここから思念を込めた魔石を投げたとして、ボスリザードマンのところまで届くかは微妙だ。いや、そもそも届く前に雷魔法が発動してしまうだろう。つまりこれまで多用してきた奇襲戦法は使えない。


「弓なら届くかな?」


[試してみてはどうだ。この位置なら撤退も容易だ]


 シキにそう言われ、秋斗は早速ストレージから弓を取り出した。そして矢をつがえて思い切り引く。鏃の切っ先を向けても、ボスリザードマンが彼に気付いた様子はない。仁王立ちして佇んでいる。彼は心音のタイミングを図りつつ矢を射た。それが開戦の合図になった。


 矢が風切り音を立てて飛ぶ。次の瞬間、ボスリザードマンがカッと目を見開いた。そして一歩踏み込んで長剣を振るい、飛来した矢を切り払う。秋斗は二の矢も放っていたのだが、ボスリザードマンはそれも切り払った。


「っち、駄目か」


 一つ舌打ちして、秋斗は弓をストレージに放り込んだ。それから骨のメイスを手に取り、左手に魔石を握る。雷魔法がどこまで有効かは分からないが、牽制くらいにはなるだろう。そして彼は下り坂を駆け下りて地底湖に浮かぶ地下神殿へ吶喊した。


「ジャジャア!」


 ボスリザードマンが長剣を振りかざし、その切っ先を秋斗へ向ける。すると地底湖に潜んでいたらしいリザードマンが次々に水から上がり、殺気をたぎらせて彼へ殺到した。手に持っているのは、やはり皆骨っぽい武器だ。


 それを見て秋斗は一旦足を止めた。そして魔石に思念を込める。バラバラだったリザードマンたちは、標的に殺到する過程でひとまとまりになっていく。彼はそこへ魔石を投げ込んだ。次の瞬間、けたたましい放電音を立てて紫電がリザードマンたちを呑み込んだ。


「ジャジャァァア!?」


 リザードマンたちが悲鳴を上げる。秋斗は骨のメイスを握りしめてそこへ突撃した。武器強化と浸透攻撃を組み合わせて、彼は一撃毎にリザードマンを屠っていく。彼は囲まれないように立ち回りながら着実に敵戦力を削り、五分とかからずにリザードマンを全滅させた。


 リザードマンを全滅させてから地下神殿のほうへ視線を向けると、ボスリザードマンは仁王立ちのまま一歩も動いていない。しかし鋭い眼光は、間違いなく秋斗の方へ向けられている。彼は背中が粟立つのを感じた。


 シキがストレージを操作してドロップを回収し終えると、秋斗は周囲を警戒しながら地下神殿の方へ向かった。地下神殿は地底湖に浮かんでいるが、しかし飛び石が連なっているので彼は水に濡れることなくそこへ行くことが出来た。


 階段状の基部を登って、頂上部へ上がる。そこはおよそ十メートル四方で、まるで闘技場かリングのように感じられた。ただ、祀られた巨大なクリスタルとその前に置かれた祭壇が、そこが儀式のための空間であることを主張している。


 その儀式場のほぼ真ん中で、ボスリザードマンは仁王立ちしている。そして秋斗が上ってくるのを見て、ゆっくりと長剣を正面に構えた。秋斗も腰を落として骨のメイスを構える。そのまま一人と一体は睨み合い、視線で火花を散らした。


(似ているような、そうでもないような……)


 秋斗は声には出さずにそう呟いた。彼の脳裏に浮かんでいるのは、あの益荒男風のリザードマンの姿だ。身体の大きさはほぼ同じ。だがこうして相対すると、漂わせている雰囲気にはかなりの違いがあるように思えた。


 益荒男風のリザードマンはその見た目通り、荒々しい雰囲気を漂わせていた。荒々しく、剣呑で、獰猛な笑みを浮かべて戦うバトルジャンキー。独断と偏見ではあるが、秋斗はそんなふうに思っていた。


 一方で長剣を構えるボスリザードマンの姿からは、荒々しさは感じない。むしろ静かですらある。威嚇するような圧はないものの、鋭いその眼光は相手をすくませるのに十分だ。まるで剣のようだな、と秋斗は感じた。


「ジャァァァァァ……」


 ボスリザードマンが細く息を吐く。秋斗が「くるっ」と身構えた瞬間、ボスリザードマンは動いた。最短距離で間合いを詰め、長剣を水平にして突き出す。その切っ先が狙うのは秋斗の喉元だ。


 身構えていた分、秋斗の反応は速い。ただボスリザードマンの動きも彼の予想より速く、回避は紙一重になった。背中に冷たいモノを感じつつ、彼はそのままボスリザードマンの側面に回り込む。だがボスリザードマンはその動きをしっかりと目で追っていて、身体をひねりつつ長剣を横薙ぎにして彼を狙った。


「っ!」


 秋斗は身をかがめて長剣の刃をやり過ごす。何とか間合いを詰めて一撃入れたかったのだが、ボスリザードマンはその前に跳躍して距離を取っていた。身体をひねった際の反動をそのまま利用したのだ。さらに尻尾の先を石畳に残しておくことで、飛距離と身体の向きの調節をしている。隙がないな、と秋斗は舌打ちした。


 間合いがあいたところで、一人と一体は再び睨み合う。その際、秋斗はボスリザードマンが口の端を僅かに歪めたように見えた。まるで「やるじゃないか」と言うかのように。彼は思わず眉間にシワを寄せた。


(なんだ、コイツもバトルジャンキーかよ……)


 秋斗は内心でややうんざりした。とはいえ、これまでに戦闘を避けようとするモンスターとは出会ったことがないので、そういう意味では「モンスターは全てバトルジャンキー」とも言える。イヤなことに気付いてしまった、と言わんばかりに彼はますます顔をしかめた。


 秋斗が余計なことを考えているのが伝わったのか、睨み合っていたボスリザードマンが動いた。先ほどのように一気に飛び込んでくるのではなく、スルスルと動いて間合いを詰める。だが先に仕掛けたのは秋斗の方だった。


 ボスリザードマンが自分の呼吸で間合いを詰める前に、秋斗は鋭く踏み込んで骨のメイスを突き出す。ボスリザードマンはそれを長剣で危なげなく防いだが、彼もそれは織り込み済みだ。


 彼はすぐに次の攻撃を繰り出し、そこからさらに次に攻撃へとつなげる。そしてボスリザードマンを防戦一方に押し込んだ。しかも攻撃の際、秋斗は武器強化を使ったり使わなかったりしている。そのせいでボスリザードマンはひどくやりにくそうだった。


「ジャジャァァァ!」


 苛立たしげにボスリザードマンが吼える。そして力任せに秋斗を押しのけた。彼もそれに合わせて一度間合いを取る。ボスリザードマンはやや強引に、だがすかさず追撃する。「主導権は渡さない」と言っているかのようだった。


 ボスリザードマンが振るう長剣を、秋斗は骨のメイスで弾く。ボスリザードマンは長剣を両手で、秋斗は骨のメイスを片手で振るっている。それでボスリザードマンが自由に長剣を振り回すと、秋斗はそれを徐々にさばききれなくなっていった。


 秋斗は舌打ちしつつ、何とか間合いを詰めようとする。だがボスリザードマンはそれをさせない。自分に有利な間合いを巧みに保った。秋斗が迂闊に踏み込めば、すかさず長剣を一閃する。彼は慌ててそれを防いだ。


「ジャァァァ!」


 ボスリザードマンが長剣を振りかぶる。そして裂帛の雄叫びと共に振り下ろした。しかも同時に、ボスリザードマンから強烈な圧が放たれる。益荒男風のリザードマンも使っていたブースト法だ。ということはつまり、身体強化と武器強化の一撃である。


 秋斗は顔を引きつらせて身体を仰け反らせる。同時に骨のメイスを掲げて攻撃を防ごうとする。武器強化もしたが、ボスリザードマンの勢いが勝った。


 思いのほか軽妙な音が響く。骨のメイスが真ん中でたたき割られていた。


ボスリザードマンさん「切り払いは武人のたしなみ」

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