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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
箍の外れた世界
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鍾乳洞と地下神殿11


 ドラゴン・ゾンビを討伐した秋斗は、セーフティエリアに戻ってくると食事の支度に取りかかった。とはいえ大したものを作るつもりはない。


 ストレージから鍋を取り出して水を入れ、ポータブル魔道発電機とIHクッキングヒーターを駆使してお湯を沸かす。そこへあらかじめカットしておいた野菜やベーコンなどを投入。コンソメで味を調えてひと煮立ちすれば、ポトフと呼ぶのも憚られる手抜きスープの完成だ。


 主食はクリームチーズを塗りたくったライ麦パン。食事の準備が整うと、秋斗は満足げに一つ頷き、それから「いただきます」と言ってからそれを食べ始めた。食べながら考えるのは、ドラゴン・ゾンビを討伐する前にこのセーフティエリアで考えていた、ブースト方法についてである。


「やっぱ、まずは武器強化だよな」


 良く煮えたジャガイモを口に運びつつ、秋斗はぽつりとそう呟く。身体強化と武器強化のうち、まずは後者を優先する。その方向性は変わっていない。ではどうやって武器強化をするのか。そのヒントはドラゴン・ゾンビがいた広間に散乱していた、あの骨にあると秋斗は思っている。


 より正確に言うのなら、益荒男風のリザードマンが使っていた骨の得物だ。あの骨は広間に散乱していた骨と同質のものだろう。ではあのリザードマンはなぜわざわざ骨を得物にしていたのか。それはあの骨が武器強化しやすいからだと秋斗は考える。


「簡単に強化できる……。ということは、強化法自体は単純なはず……」


 そう呟いてから、秋斗はクリームチーズをたっぷり塗ったライ麦パンを口に運ぶ。そしてそれを咀嚼しながら彼はさらに考えを進める。ただ、益荒男風のリザードマンと戦った時の様子を思い出しても、ヤツがどのように武器を強化していたのかは見当がつかない。


 そこで秋斗は思考の切り口を変えてみることにした。彼が親しんできたサブカルチャーの中で、特にバトル物と呼ばれるジャンルの中でも、武器強化は良く出てくる技能、もしくはスキルだ。ではそう言った作品の中では、武器強化はどのように成されていたか?


「いろいろあったよな」


 すぐに思いつくだけでも数種類ある。ではその中で最も単純な方法は何か? それは「魔力を流して強化する」という方法である。


「魔力を流す、かぁ。できるかな?」


 ズズズ、とスープを飲みながらそう懸念を口にする。ただ彼の表情は険しくない。魔力を込めるというのであれば、魔道書でこれまでに散々やった。同じようにやれば、たぶんできるだろう。武器となると勝手が違うかも知れないが、浸透系の武技は魔力を利用しての技。そこから応用できるはずだ。本来は逆のはずだろうし。


(まずは……)


 まずは、あの骨のメイスで試してみよう。秋斗はニンジンを食べながらそう考える。骨のメイスは強化しない状態で壁をガンガン叩き、その結果ヒビを入れている。無事なのがもう一本あるので、そちらに魔力を流して同じように壁をガンガン叩いてみれば、強化されているかどうか比べやすいだろう。仮に駄目になってしまったとしても、メインウェポンではないので攻略に支障は出ない。


「ご馳走様でした」


 考えがまとまったところで、秋斗はちょうど食事を食べ終えた。やることは決まっているのですぐにでも動き出したいのだが、食べてすぐ動くのは身体に悪い。しかも戦闘、つまり激しい運動だ。きっとお腹が痛くなるだろう。


 仕方がないので、秋斗は腹がこなれるまでゆっくりと食後の時間を過ごすことにした。そしてゆっくりしていると今度は眠くなってくる。ここで眠気に抗う意味も理由もないので、彼はさっさと寝袋の中で横になった。安眠アイマスクを装着すれば、数秒後にはもう夢の中だ。


 二時間ほどで秋斗は目を覚ました。ドリップパックでコーヒーを淹れてチビチビ飲んでいると、徐々に頭がすっきりとしてくる。そしてその時、彼はあることに気がついた。


「ここに勉強道具を持ち込んだら、時間を気にせずにいくらでも勉強できてしまうのではないだろうか……」


[できてしまうだろうな。なんならこれからするかね? お勉強]


「あ、いや、道具持ってきてないから……」


[紙と筆記用具はあるし、問題はわたしが出してやろう。それこそ、五教科七科目全てな。さあ、どうする?]


「た、探索! 探索を再開しよう! 今はクエストを攻略中だからな!」


 そう言って逃げるようにコーヒーを飲み干し、秋斗は急いで立ち上がった。彼の頭の中ではシキが「やれやれ」と呆れている。結局、好きなだけ勉強できる環境が整っていても、その意思が彼にはなかったということだ。


 まあそれはそれとして。気を取り直して秋斗はセーフティエリアを出る。右手に持つ得物は、仮眠前にそう決めておいたとおり骨のメイスだ。そしてセーフティエリアを一歩出たところで彼は立ち止まり、早速武器強化の実験を始めた。


 目を薄く閉じて集中力を高める。秋斗はゆっくりと骨のメイスに魔力を流し始めた。魔力は意外なほど簡単に、そしてスムーズに流れていく。彼はその状態を維持したまま、骨のメイスで鍾乳洞の壁を殴りつけた。


 ガンッガンッガンッ、と大きな音が鍾乳洞の中に響く。秋斗は結構力を込めて鍾乳洞の壁を叩いているし、腕に伝わる手応えも相応のものだ。二本ドロップした骨のメイスのうちの片方は、魔力を流さずにこうして壁を乱打したらすぐにひび割れてしまった。


 だが今回は二〇回以上壁を叩いてもひび割れる気配は無い。それどころか骨のメイスはついに壁の一部を砕いて陥没させた。一方で骨のメイスそれ自体には傷一つ無い。それを確認して、秋斗は「おお~」と感嘆の声を上げた。


「実験は成功、かな?」


 思った以上に簡単に武器強化は成功した。あっけないほどだったが、秋斗はそれよりも手応えを感じている。また一つ、できる事が増えた。また一つ、この世界について理解した。目標に向かって一歩ずつでも自分が前進していることを実感できる。


 とはいえ「武器強化を習得した」というにはまだまだ十分ではない。そのことを、シキがこう指摘する。


[うむ。上々の成果、と言っていいだろう。もっとも、検証するべき事柄はまだたくさんあるが]


「じゃ、探索しながら検証していくか。的には困らないだろうし」


 そう言って秋斗は歩き出した。手に持つ得物は骨のメイスのまま。武器強化に関するあれこれの検証が目的なので、まずは成功している得物のほうが良いと思ったのだ。それに、壊れても困らない得物であることだし。


 さて秋斗はリザードマンを殴り倒しながら武器強化の検証を進めていく。その結果、彼がまず思い知ったのは、この技術は使えるようになるのは簡単だが実戦で使いこなすのは難しい、ということだった。


「むう。意識してないとすぐに途切れるな……」


 険しい顔で骨のメイスを見下ろしながら、秋斗は苦い声でそう呟く。戦闘中、ちゃんと意識していないと武器に魔力を流すのが疎かになり、そのせいで武器強化が途切れてしまうのだ。かといって武器強化のほうに意識を割けば、戦闘に集中できなくなる。どうしたもんかな、と秋斗は首をひねった。


「っていうか、だからなのか?」


[何がだ?]


「あの益荒男風のリザードマンのブースト法。いま思うとアレって多分、全身に魔力を巡らせていたんだと思う」


 そしてその余波とでも言うべきモノが得物に流れ込み、結果として武器強化もされていた、というのが実際のところなのだろう。ということはつまり、武器強化だけしようと思うとかえって難易度は上がるのではないか。秋斗はそんなふうに思った。


[ではアキもあのリザードマンに倣って身体強化の方からやってみるか?]


「う~ん……。身体強化もやるつもりではいるけど、ここでやるのはなぁ」


 秋斗は気乗りしない様子でそう答えた。彼が躊躇うのは、ブースト状態になったあのリザードマンが短時間で息切れしたからだ。全身に魔力を巡らせるのは、恐らく簡単な反面消耗が激しいブースト方法なのだろう。いろいろと試してみたくはあるが、やるならすぐにダイブアウトできる場所でやりたかった。


[では、数をこなして習熟するしかないな]


「それしかないかなぁ。なんか、コツみたいのかあれば良いんだけど……」


[骨だけに、か?]


「だまらっしゃい」


 軽口の応酬で気分を軽くする。秋斗はそれからまた次の獲物を探した。そして武器強化の練習を重ねながら、彼は同時にコツを模索する。その中でふと思いついたのは、「インパクトの瞬間だけ魔力を流して武器を強化する」という方法だった。


 普通に考えれば、常に魔力を流し続ける方が簡単だろう。だが秋斗には成算があった。その根拠は浸透系の武技である。それを使うとき、彼は「インパクトの瞬間だけ魔力を流す」ということをすでにやっている。あとはその応用だ。まあ、本来は逆なのだろうが。


 そして意識を変えてみると、彼はあっけないほど簡単に壁を越えた。彼は「インパクトの瞬間だけ魔力を流す」という方法で武器を強化し、哀れなリザードマンを次々に撲殺した。盾をたたき割り、武器を粉砕する。まさに力任せに彼は進んだ。


 さらにこの方法は浸透系の武技とも相性が良かった。僅かに意識を変えるだけで、その技を使うことができる。もはや普通のリザードマンでは、何体いようとも彼の敵ではなくなっていた。


 彼はサクサクと鍾乳洞の中を進んだ。そして通路が水没していたために一度それ以上の探索を諦めた場所へ、彼は戻ってきた。


 秋斗はまず、雷魔法を使って水中のリザードマンをあぶり出す。飛び出して来た三体のリザードマンを手早く倒し、彼は水際まで近づく。そしてストレージから丸太を数本束ねたモノを取り出し、それを水没した通路の向こう側へ、橋代わりにして架けた。ちなみに丸太は例の縦穴で伐採してきたものである。


 即席の橋を使って、秋斗は水没した通路の向こう側へ渡る。この先はまだ何もマッピングをしていない未知の領域。彼は気を引き締め、十秒チャージなゼリーでエネルギー補給してから、また探索を再開した。


秋斗「シキさんがおやじギャグ……」

シキ[わたしはアキの一部なわけだが」

秋斗「えん罪だ!」

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― 新着の感想 ―
[良い点] アナザーワールドでリアルワールドの1秒でたくさん勉強できる話ここで出てきましたね。
[一言] >アキの一部 おやじギャグのみならずひとりツッコミということに……!
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