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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
箍の外れた世界
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鍾乳洞と地下神殿10


 秋斗はドラゴン・ゾンビとの戦いを優位に進めている。その理由はやはり、聖属性攻撃魔法を書き込んだ魔道書だ。聖属性攻撃魔法はアンデッド系のモンスターであるドラゴン・ゾンビに抜群の効果を発揮する。


 さらにこれを多用することで、彼はドラゴン・ゾンビに近づかなくて良い。敵の間合いの外から、一方的に有効な攻撃ができるのだ。誰がどう見ても、秋斗のほうが有利であると判断するだろう。


 だがその一方で、秋斗はドラゴン・ゾンビをなかなか仕留められずにいる。怨念のごとき黒いモヤを吸収することで、ドラゴン・ゾンビは回復してしまうのだ。戦いは徐々に消耗戦の様相を呈し始めていた。


 ドラゴン・ゾンビが巨体を揺らしながら秋斗を追い回す。彼は距離を取って逃げ回りつつ、魔道書を駆使して聖属性攻撃魔法を連発する。白い光が放たれるたびに、ドラゴン・ゾンビはダメージを負った。だが……。


「ガァァァアアアアア!」


 ドラゴン・ゾンビが雄叫びを上げ、広間に散乱する無数の骨からまた黒いモヤがにじみ出す。ドラゴン・ゾンビはそれを吸収してダメージを回復させていく。それを見て秋斗は舌打ちをもらした。


 これで三度目だ。彼は回復を阻止しようとして聖属性攻撃魔法を放つ。黒いモヤに対しても聖属性攻撃魔法は有効なようだが、しかしその全てを吹き飛ばすことはできない。結果としてドラゴン・ゾンビの回復を、阻害はできても阻止することはできなかった。


「どうすっかなぁ……。こっちはまだまだ余裕があるけど……」


 そう呟く秋斗の表情は渋い。確かに今はまだ、彼の方が優勢だ。ホーリーエンチャントもシキが絶やさずにかけている。しかし敵の回復能力が無尽蔵であった場合、先に息切れするのは彼の方だ。そして敵の回復能力が無尽蔵であるか否か、彼に確認する術はない。


「いや、無いわけでも無い、か……?」


[アキ?]


 シキが名前を呼ぶが秋斗は答えない。答える前にドラゴン・ゾンビが動いたのだ。巨体を揺らしながら迫るドラゴン・ゾンビを、秋斗は足を止めたまま聖属性攻撃魔法を連発して迎え撃つ。だがドラゴン・ゾンビは止まらない。


「ガガァァアア!」


 ドラゴン・ゾンビが右の前足を振り上げる。その瞬間、秋斗は動いた。前へ鋭く踏み込み、魔道書を投げ捨ててバスタードソードを抜く。ちなみに魔道書はシキがストレージを操作して回収した。


 秋斗が狙うのはドラゴン・ゾンビの左前足。彼は一気に駆け抜け、すれ違いざまにバスタードソードを鋭く一閃する。ホーリーエンチャントの効果もあり、その一撃は大きな成果を上げた。ドラゴン・ゾンビの左前足を切り落としたのだ。


「ガァァアア!?」


 ドラゴン・ゾンビが悲鳴を上げながらバランスを崩す。右前足を振り上げているときに左前足を切り落とされたのだ。身体を支えられなくなり、ドラゴン・ゾンビはつんのめるように前へ倒れた。


 秋斗はドラゴン・ゾンビの脇を駆け抜け、そのまま距離を取った。バスタードソードは地面に突き刺し、ストレージから魔道書を取り出す。そして立ち上がろうとするドラゴン・ゾンビへ聖属性攻撃魔法を連続して浴びせた。


「ガァァァ!」


 ドラゴン・ゾンビが吼える。悲鳴と言うよりは怒号だ。秋斗が放つ聖属性攻撃魔法をくらいながら、ドラゴン・ゾンビは彼の方へ向き直る。そしてまた雄叫びを上げ、広間に散乱する骨から黒いモヤを集め始めた。


 ここまでは秋斗が誘導した展開だ。これで左前足が再生しなかったなら、ドラゴン・ゾンビの回復能力にも限界があることになる。逆に再生してしまったなら、何とか一撃で削りきるような方法を考えなければならないだろう。


(で、どうなる……!?)


 聖属性攻撃魔法を浴びせながら、秋斗はドラゴン・ゾンビの様子を注視する。彼はふと、これまでとは様子が違うことに気付いた。これまでに三回、ドラゴン・ゾンビは黒いモヤを吸収してダメージを回復させていた。だが今、ドラゴン・ゾンビは黒いモヤを吸収せずに溜め込んでいる。しかもその口元に。


(やばっ……!)


 顔を引きつらせながら、秋斗は反射的に盾を構えた。ほぼ同時にドラゴン・ゾンビが溜め込んだ黒いモヤを放つ。黒い力の奔流。それはまさにブレスだった。そしてそのブレスは秋斗の構える盾に直撃した。


(ぐっ……! シキ、エンチャントをかけ続けろ!)


 口を開くのも危険なように思えて、秋斗は歯を食いしばりながらシキにそう告げた。返事は無い。だがシキは彼に応えた。ホーリーエンチャントを連続して彼にかけ続ける。その力も借りて、彼はドラゴン・ゾンビのブレスに耐えた。


 十秒か二十秒か、それとも三十秒か。ブレスの放射が終わると、秋斗の盾が役目を終えたかのように崩れ落ちる。だがそのおかげで秋斗自身は無事だ。彼は盾の取っ手を投げ捨て、険しい顔でドラゴン・ゾンビを睨んだ。


 見れば、ドラゴン・ゾンビの動きは鈍い。その様子はなんだか息切れしているように見えた。あのブレスは黒いモヤだけでなく、ドラゴン・ゾンビ自身の力もつぎ込んで放たれたモノなのかも知れない。だとすれば好機だ。秋斗はそう思った。


 魔道書を投げ出し、バスタードソードを引き抜いて彼は駆け出した。そして左手をストレージに突っ込む。鷲掴みにして引っ張り出したのは、あの益荒男風のリザードマンの魔石。そこへ思念を込めながら彼はドラゴン・ゾンビへ向かって走る。


「ガァァァ……!」


 ドラゴン・ゾンビが低く唸る。威嚇しているのか、しかし力がない。秋斗は臆することなく間合いを詰めていく。そしてある程度近づいたところで彼は一直線だった軌跡に角度をつける。ドラゴン・ゾンビの左前足はまだ再生していない。彼はそちら側へ回り込んだ。


「ガガァ!」


 ドラゴン・ゾンビが尻尾を振り回す。秋斗はそれをバスタードソードで弾いた。強い衝撃。弾けたのはたぶん、ホーリーエンチャントのおかげだ。そして彼はそのまま懐へ潜り込んだ。


 秋斗はドラゴン・ゾンビの腹の下に潜り込み、肋骨の隙間に思念を込めた魔石をねじ込む。次の瞬間、聖属性攻撃魔法が炸裂した。ドラゴン・ゾンビの腹の中で。


「ガァァァアアアアア!」


 身を仰け反らせながら、ドラゴン・ゾンビは悲鳴を上げた。そして地鳴りのような音を立てて地面に倒れ込む。だがまだ倒せていない。眼孔の赤々とした目は健在だ。秋斗は急かされるように前へ出た。そしてバスタードソードを振り上げる。


「シキ!」


[うむ!]


 シキがホーリーエンチャントをかけ直す。間髪入れずに彼はバスタードソードを振り下ろした。狙うのはドラゴン・ゾンビの首の骨。エンチャントのおかげでバスタードソードの刃はアンデッド狩りのための凶器と化している。そしてその力は遺憾なく発揮された。


 まるで帚星が尾を引くかのように、バスタードソードは白い軌跡を描いた。そしてガラスを割ったかのような手応えを残し、地面を叩く寸前でピタリと止まる。一拍の後、ドラゴン・ゾンビの首の骨がずれる。そしてそのままゴトリと音を立てて落ちた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 バスタードソードを振り下ろしたままの姿勢で、秋斗は荒い呼吸を繰り返す。その中でドラゴン・ゾンビの身体はバラバラと崩れ落ちた。その腐肉が黒い光の粒子になって消えていく。後には全身の骨と大きな魔石が残った。


「ふぅぅぅぅ」


 最後に大きく息を吐いてから、秋斗はゆっくりと立ち上がった。そしてバスタードソードを鞘に収める。それから彼は周囲を見渡した。広間に散らばるのは骨ばかり。異臭はもうしない。


「何とか勝てた……。でも大型の魔石を二つも使わされるとは思わなかった……」


[回復能力が厄介だったな。アレがなければ、魔道書の聖属性攻撃魔法だけで削り切れていた]


「まったくだ」と思いつつ、秋斗は大きく頷いた。そして戦利品の回収を始める。ドラゴン・ゾンビの魔石は、これまでのどのモンスターの魔石よりも大きい。腐ってもドラゴンということか。やはり強敵だったのだ。


 魔石をストレージに片付け、次に秋斗はドラゴン・ゾンビが残した骨の一つを手に取った。こうして手で触れてみても、イヤな感じはしない。もしかしたら聖属性攻撃魔法を何度も浴びせたことで浄化されたのかも知れない。彼はそんなふうに思った。


「それにしても、似てるな」


 手に持った骨をまじまじと眺めながら、秋斗はそう呟く。益荒男風のリザードマンがドロップした、あの白い鈍器。アレは骨のようだと思っていたが、この骨はそれと良く似ている。もしかしたら本当に骨なのかも知れない。秋斗がそんなことを考えていると、シキがこんな仮説を述べた。


[ドラゴン・ゾンビと戦い、もしくは目を盗んでここの骨を手に入れる。それがリザードマン社会における優れた戦士の証なのかも知れないな]


「っていう設定、か?」


[まあ、そうだな。何しろ証拠は何も無い。そもそもリザードマン社会などというものが本当に存在するのか、そこからして不明だ]


 肩をすくめるかのような調子の声で、シキがそう答える。秋斗は「まったくだ」と答えつつ、ふとあることに気付いてシキにこう尋ねた。


「設定かどうかは置いておくとしてさ、リザードマンが持ってる骨っぽい武器って、たぶんここ由来だよな?」


[うむ。たぶんな]


「じゃあ、ドラゴン・ゾンビの骨以外も回収しておいたほうが良いかな?」


[そうだな。何かに使えるかも知れん]


「少なくともゴブリンの腰蓑よりは」


[また古い話を……]


「そんなに古くないだろ。ってか、本当に使ったのか? ゴブリンの腰蓑」


[…………]


 シキが黙ってしまったので、秋斗はおかしそうに笑いながら広間に散乱する骨の回収を始めた。骨はかなりの量があったが、幸い全てをストレージに収める事ができた。なお、その過程で広間をグルリと一周したが、宝箱や石版などは無かった。


 骨が全て無くなると、広間はさらに広々として見える。すっきりと片付いた広間を眺めて、秋斗は満足げに頷いた。


「あ、そういえば魔道書どうした?」


[アキが放り投げたときに回収済みだ]


「お、サンキュー」


 軽い調子でシキに礼を言ってから、秋斗は踵を返して広間を後にする。鍾乳洞の攻略はまだ終わっていない。ただとりあえず、まずはセーフティエリアに戻って一休みしよう。彼はそう思った。


思念を込めた魔石をドラゴン・ゾンビの腹にねじ込む時のこと

秋斗(うえ、ヌチャっていった……、ヌチャって……)

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