鍾乳洞と地下神殿9
「うはははははは!」
秋斗は笑っていた。ご機嫌に笑い声を上げている。彼は手に一冊の本を持っている。もともとは「白紙の魔道書」というアイテムだ。これは、この魔道書を開きながら魔法を使用すると、その魔法をこの本に書き込むことができ、以後、魔力を込めることでその魔法が使用できるようになる、というアイテムだった。
彼はこのアイテムを地下墳墓で手に入れ、そして聖属性攻撃魔法を書き込んだ。彼が地下墳墓のクエストでヘビーローテーションできたのは、この聖属性攻撃魔法を書き込んだ魔道書があったからだ。
ただ地下墳墓のクエストが終わった後は、魔道書はストレージの肥やしになっていた。聖属性攻撃魔法が有効な、アンデッド系のモンスターが出てこなかったからだ。その代わり、彼は雷魔法を多用してきた。「白紙の魔道書にはコッチを書き込めば良かったなぁ」なんて思ったり思わなかったりしていたわけだが、まあそれはそれとして。
その聖属性攻撃魔法を書き込んだ魔道書を、いま秋斗は手に持っている。そして聖属性攻撃魔法を放っている。なぜなら現われたモンスターがスケルトンだったからだ。ただし人型のスケルトンではない。牙と爪と尻尾を持った、リザードマンのスケルトンだった。
リザードマン・スケルトンに対しても、聖属性攻撃魔法は効果抜群である。一発放てば、敵はたちまち崩れ落ちる。戦闘らしい戦闘は起こっていない。あまりにも一方的なワンサイドゲーム。無双状態だった。
ジャイアントバットのこともあってまた苦戦することも覚悟していた秋斗にとっては、その予想を裏切られたことになる。もちろん、良い方向へ。高笑いの一つもしたくなると言うものである。
ただ当初、秋斗はこの鍾乳洞でリザードマン・スケルトンが出現するとは思っていなかった。彼は新たなルートの探索を始めたとき左手に魔石を握っていたが、それはジャイアントバットを警戒してのことだ。
だがこのルートにジャイアントバットは出現しなかった。それが分かったのは、視界に映るマップに表示された赤いドットが混んでいなかったからである。それで秋斗はこれらのモンスターはリザードマンだと思った。
それで先制攻撃として雷魔法を叩き込み、それからバスタードソードを抜いて突入したのだが、そこにいたのは前述通りリザードマンではなかった。リザードマンのスケルトンだったのである。
『なんだこりゃ!?』
予想していなかった敵の姿に面食らって声を上げながらも、秋斗はバスタードソードを振るってリザードマン・スケルトンを斬り伏せて行く。幸い、雷魔法はリザードマン・スケルトンにも有効だったらしく、彼は手早く敵を片付けた。
『リザードマンのスケルトンか……。これも予想外だった』
ドロップした骨と魔石を拾いながら、秋斗はそう呟く。彼はこの鍾乳洞でアンデッド系のモンスターが出てくるとは思っていなかった。最近、予想外のことばかり起こっている気がするがそれはそれとして。
予想外ではあったが、アンデッド系のモンスターというのはかえって都合が良い。秋斗はそう思った。地下墳墓でさんざん経験済みであるし、対処法もほぼ確立されている。彼はニヤリと獰猛な笑みを浮かべて、ストレージから聖属性攻撃魔法を書き込んだ魔道書を取り出した。そして冒頭へ戻る、というわけだ。
「あ~、楽な敵っていいなぁ。ジャイアントバットで苦戦したのが嘘みたいだ」
[まあ、いま相手にしているのはジャイアントバットではないからな]
現われるリザードマン・スケルトンを鎧袖一触になぎ払いながら、秋斗は鍾乳洞の中を進んでいく。その足取りはまるで散歩でもしているかのようだ。とはいえ、油断しているわけではない。魔道書を左手に持ち、右手をフリーにしているのはその証拠と言って良い。そして探索を続けながら、彼はポツリとこう呟いた。
「それにしても、ゾンビとかグールは出てこないな」
[確かにここまで出てきていないが。なぜそんなことが気になるのだ?]
「だって、ゾンビが発酵してグールになって、グールが脱皮してスケルトンになるんだろ?」
[な訳あるか]
シキが呆れた声でそう言うと、秋斗は楽しそうにケタケタと笑った。戯れ言は置いておくとしても、彼の違和感にはちゃんと理由があった。それを彼はこう説明する。
「つまりさ、この区画ってリザードマンの墓地じゃないかと思うんだ」
実際にそうなのか、それともそういう設定なのかは別として、ともかくそういう背景があるのでこの区画ではアンデッド系のモンスターが出現するのではないか。それが秋斗の推測だった。
そして墓地といえば連想するのは、やはりあの地下墳墓である。そして地下墳墓ではゾンビやグールが出現した。ならばここでもリザードマンのゾンビやグールが出現するのではないか。
だがここまででゾンビやグールは出現していない。ではこの区画は墓地ではないのだろうか。もしそうなら、どのようなバックグラウンドがあるのでリザードマン・スケルトンが出現するのか。秋斗が考えているのはその辺りの事だった。
[ふむ。まあ、もう少し進めばゾンビもグールも出てくる可能性はある。となれば臭気対策もしておくべきかな?]
「あ~、それがあったか……。じゃあ、出てこない方がいいかな……」
地下墳墓で嗅がされたゾンビやグールの臭気を思い出し、秋斗はうんざりとした様子でそう呟いた。ちなみにシキは「臭気対策」と言っているが、実際のところ我慢するしか手はない。つまり覚悟を決めろ、というわけだ。秋斗は早々に自分の推測が外れていることを願った。
さてジャイアントバットが出た区画と比べると、こちらの区画はかなり広い。枝分かれも多数あり、探索には相応の時間がかかった。もっとも戦闘に時間を取られないので、これまでに比べればかなりのハイペースと言って良い。
「ふう」
何十体目かのリザードマン・スケルトンを倒し、秋斗は一度息を吐いた。ここは地下墳墓のように無限に敵が湧いて出てくるような感じではない。ただやはり数は多いように感じた。
探索を進めて奥へ奥へと進むと、秋斗はふと空気に異臭が混じっているのを嗅ぎ取る。彼は思いきり顔をしかめた。できる事なら嗅ぎたくなかった臭いで、しかも進めば進むほど臭気が強くなる。その臭いはゾンビやグールのそれと良く似ていた。
「進むのがイヤになるなぁ」
[この先は広い空間になっている。また強敵がいるかも知れないぞ]
シキの注意喚起に、秋斗は顔をしかめながら頷く。強敵とは言え、この臭いからして相手はアンデッドだろう。そうであれば聖属性攻撃魔法が有効なはずだ。もっともだからと言って油断はしない。彼は慎重に進み、物陰からそっと広間を覗く。そこに鎮座するモンスターの姿を見て、彼は思わず声を上げそうになった。
広間に散乱しているのは無数の骨。その中に一体のモンスターがいる。四つ足で、巨大な体躯。四本の足にはそれぞれ鋭い爪が生えている。凶悪な牙を持ち、極めつけは背中に生えた翼。ドラゴンだ。ただし、その肉は腐っている。ドラゴン・ゾンビだ。
ドラゴンと言えば、ファンタジーの定番であり王道。いつかこのアナザーワールドで出会うだろうとは思っていたが、まさかこういう形になろうとは。できれば腐る前の姿を見たかった、と秋斗は思わずにはいられなかった。
とはいえ考えようによってはこれで良かったとも言える。ドラゴン・ゾンビは間違いなくアンデッド。聖属性攻撃魔法が良く効くだろう。現状、腐っていないドラゴンと戦うよりは、勝率は高いはずだ。
秋斗はそっと物陰から頭を引っ込める。そして魔力回復用の青ポーションを取り出して服用した。十秒チャージなゼリーも飲もうかと思ったが、ひどい異臭のせいで食欲が失せる。そちらは止めた。
[アキ。念のため、コレも持って行け]
そう言ってシキがストレージから出したのは盾だった。木製だが、表面にこれまでに手に入れたリザードマンの鱗が貼り付けてある。コレを装備し、さらに聖属性のエンチャントをかけておけば、万が一の場合にも生き残れる可能性が高くなる。シキはそう言った。
ただ秋斗は迷った。彼はウェアウルフの魔石を使い、最初に強烈なのを叩き込もうと思っていたのだ。魔石を持ち、さらに盾も持つとなると、両手が塞がってしまって魔道書が持てなくなる。
少し迷ったすえ、秋斗は右手にウェアウルフ魔石を、左手に盾を持ち、魔道書は一旦ストレージにしまった。奇襲が成功すれば、魔道書を取り出すくらいの猶予はあるだろうと思ったのだ。
シキがエンチャントをかけるのを待ってから、秋斗は魔石に思念を込め始める。準備が整うと彼は広間に突撃した。ドラゴン・ゾンビが侵入者に気付いて鎌首をもたげる。その赤々とした目が秋斗を捉える前に、彼はウェアウルフの魔石を投げつけた。次の瞬間、閃光が鍾乳洞の広間を白く染め上げた。
「ガァァァアアアアア!?」
ドラゴン・ゾンビが悲鳴を上げる。その隙に秋斗は魔道書を取り出した。見れば、ドラゴン・ゾンビの腐肉が所々で白い炎を上げている。やはり聖属性攻撃魔法は有効なのだ。彼はその確信を深め、さらにもう一発聖属性攻撃魔法を放った。
「ガガァァァァァァ!?」
聖属性攻撃魔法に身を焼かれつつも、しかしドラゴン・ゾンビは倒れない。それどころか前足を振り上げて秋斗に迫った。彼はそれをバックステップでかわし、飛び散る腐肉を盾で防ぎながらまた聖属性攻撃魔法を放つ。ドラゴン・ゾンビは苦しげに身をよじらせた。
「っち、倒れないな……」
秋斗は舌打ちをもらす。だが彼には余裕があった。ドラゴン・ゾンビに対し、聖属性攻撃魔法は確かに有効なのだ。つまり彼が優位に立っていることは間違いない。押し切れる。彼はそう思った。だがそんな彼の目の前で、ドラゴン・ゾンビは思いがけない行動に出た。
「ガァァァアアアアア!」
ドラゴン・ゾンビが雄叫びを上げる。すると広間の中に散乱する無数の骨から黒いモヤのようなモノがにじみ出てきて、それがドラゴン・ゾンビの周りに集まり、そして吸収されていく。
全ての黒いモヤが吸収されると、ドラゴン・ゾンビの腐肉を焼いていた白い炎は全て消えてしまっていた。それだけではない。ドラゴン・ゾンビから放たれる圧とでも言うべきモノが、モヤを吸収する前より強くなっていた。
「おいおい……。怨念吸い込んで回復ってか?」
ありきたりだな、と秋斗は毒づく。どうやら簡単には倒せないらしい、と彼は腹に力を入れた。
ドラゴン・ゾンビさん「アンデッドはしぶといのだよ!」