鍾乳洞と地下神殿8
「ふう」
益荒男風のリザードマンを倒すと、秋斗は大きく息を吐いた。リザードマンは宝箱(白)をドロップしており、彼は笑みを浮かべてそれを回収した。ただ開けるのはクエストが終わってからになるだろう。
それからジャイアントバットの分も含めて、残りのドロップを回収する。リザードマンの魔石はジャイアントバットのそれと比べ、明らかに大きい。ゴブリン・ロードやウェアウルフのそれと比べても遜色ないように思える。やはり強敵だったのだ。
リザードマンは得物もドロップしていた。例の、白い鈍器のような武器である。触ってみると、やはり何かの骨のようだ。無骨で、見た目よりもずっしりとしているが、そこまで強靱な武器であるようには思えない。
だがリザードマンはこの武器で固い地面を砕き、六角棒をへし折ったのだ。自分の目で見たはずなのに、秋斗はなんだか信じられなかった。信じられなくて、彼はその白い鈍器を一つ手に握ると、それで思い切り壁を叩く。壁は砕けない。三度四度と叩くと、何と鈍器の方にヒビが入った。
「なんだコレ……。ドロップして脆くなったのか?」
ヒビの入った白い鈍器を見て、秋斗は顔をしかめながらそう呟いた。本当に脆くなったのか、それともあのリザードマンが何かしていたのか。そう言えばさっきの戦い、リザードマンは一時的に動きが段違いで速くなった。その後は息切れしたようだったが、何かブースト法があるのだろう。武器の強靱さも、それと何か関係があるのかもしれない。
[アキ。考え事ならセーフティエリアでしろ]
「そうだな」
シキの言葉に頷き、秋斗はひとまず考え事を止めた。白い鈍器はひとまずストレージに放り込んでおく。それからリザードマンと戦った広間をもう少し詳しく調べる。広間は行き止まりになっていたが、壁際の岩の影に宝箱が一つあった。
中身はまた鉱石だったが、今までのものとは少し毛色が違う。石と言うよりは水晶のような結晶に見えた。もちろん、研磨などはされていないが。「レア物だといいな」と思いつつ、秋斗はそれを宝箱ごとストレージに収めた。
秋斗は来た道を戻る。通路にジャイアントバットの姿はない。おかげで彼は戦うことなく日が差し込む縦穴まで戻ることができた。
縦穴へ戻ると、秋斗はそこから枝分かれした二つのルートの内、もう一方へ視線を向ける。そんな彼にシキがこう声をかけた。
[向こうもすぐに取りかかるのか?]
「……いや、止めとく。セーフティエリアで一度休むよ」
少し迷ってから秋斗はそう答えた。正直に言えば、一度セーフティエリアに戻り、それからまたこの縦穴へ来るのは手間だ。面倒くさい。だがジャイアントバットやあのリザードマンと戦ったことでずいぶんと消耗してしまった。
「まだいける」とは思うが、それこそ危ない。どんな難敵がいるか分からないのだ。一度しっかり休むべきだろう。それにどれだけ奥へ続いているかも分からない。またさらに枝分かれしている可能性だってあるのだ。
秋斗の方針にシキも「それが良い」と言って賛成する。彼は一つ頷いて水を一口飲み、食べ残していた羊羹を平らげてから休憩のためにセーフティエリアへ向かった。
セーフティエリアへ向かう間に出てくるモンスターは、これまでと同じくリザードマンだ。ただあの益荒男風のリザードマンと比べると、普通のリザードマンはいかにも手応えがない。手強い敵と戦いたいわけではないが、「こんなに楽だったろうか」と秋斗は思わず首をかしげてしまった。
セーフティエリアに戻ってくると、秋斗は「ふう」と息を吐いた。それから食事の支度を始めた。ストレージからポータブル魔道発電機と電子レンジを取り出す。温めるのはタッパに入ったお好み焼きだ。ちなみに二枚分が半分ずつ、四枚重ねになっている。それを温め、マヨネーズとお好み焼きソース、そして青のりをかけて食べる。
「やっぱ作りたてに比べると味が落ちるな」
麦茶で口の中を冷ましながら、秋斗はそう呟く。不満を口にしているものの、彼の表情はまんざらでもない。それなりに満足のいく味だったようだ。もっともそれはたっぷりとかけたマヨネーズとお好み焼きソースのおかげかも知れないが。
お好み焼き二枚を食べ終えると、秋斗はウェットティッシュで口の周りの青のりを拭う。そして座布団代わりに敷いた寝袋の上に座り、ゆっくりと麦茶を飲んで身体を休めた。ただし休めているのは身体だけで、頭は動いている。考えているのは、あの益荒男風のリザードマンのことだ。
セーフティエリアに戻ってくる前にも考えていたことだが、あの益荒男風のリザードマンは明らかに何かのブースト法を使っていた。それは一体どんなモノなのか。真似できるものなら、ぜひ真似してみたい。秋斗はまず分かっていることをまとめてみた。
一、発動したと思われる直後、強い圧が放たれた。
二、動きが格段に速くなった。
三、短時間で息切れした。
四、浸透打撃が弾かれるような感じがした。
五、息切れした後の動きは精彩を欠いた。
六、恐らく武器にも影響があった。
「こんなもんか……」
箇条書きにしたルーズリーフを眺めながら、秋斗は「う~ん」と唸る。大雑把なくくりで言えば、ブーストの手段として考えられるのは魔法と武技だ。そしてあのリザードマンが使ったブースト法は、たぶん武技の方だろう。理由は独断と偏見。あの益荒男風のリザードマンはいかにも脳筋だった。魔法なんて使わないだろう。
[そう見せかけて、という切り札かも知れないぞ?]
シキはそう言ったが、秋斗はやはりアレは武技だったのだろうと思う。独断と偏見以外の理由は、箇条書きにした六番目だ。魔法によるブーストなら、武器にも影響が出るのは少し違う気がするのだ。
「まあ、『そういう魔法だ』とか、『二種類の魔法を使っている』とか言われたら、もうそこまでなんだけど……」
可能性を考えるなら、ほとんど何でもアリだ。つまり分からないことが多すぎる。秋斗はもう一度「う~ん」と唸った。
「ダメだ。分からん。寝よう」
秋斗はそう言って、一度大きく伸びをした。そしてポータブル魔道発電機と電子レンジを片付け、代わりに見張りとして三体のドールを出す。それから靴を脱いで寝袋の中で横になった。安眠アイマスクをつけると、彼はすぐに眠りに落ちた。
三時間と少し寝て、秋斗は目を覚ました。安眠アイマスクをつけて寝ると、一時間で三時間分の睡眠効果が得られる。つまり彼は九時間分以上寝たことになる。たっぷり寝た、と言っていい。それだけ激戦だったのだ。
目を覚ますと、秋斗はあくびをしながらまずは身体をほぐす。そしてポータブル魔道発電機とIHクッキングヒーターをストレージから取り出してお湯を沸かす。それからドリップパックでコーヒーを淹れた。粉を蒸らして香りを出すと、それだけで眠気が覚めていくようだった。
ブラックコーヒーを一口啜り、秋斗は「ふう」と息を吐く。苦いが、カフェインのおかげもあって、スッと目が覚める。秋斗はマグカップを両手で抱えるように持ち、チビチビと啜りながらコーヒーを飲んだ。
頭がすっきりしてくると、ふとアイディアが浮かんでくる。仮眠前、秋斗はリザードマンのブースト法を真似したいと考えていた。だが重要なのは真似することではなく、使えるようになることだ。
つまりまったく同じである必要などない。あの益荒男風のリザードマンが使っていたブースト法を参考にして、秋斗にとって使いやすいブースト方法を考えれば良いのだ。むしろその方がいろいろとやりやすいだろう。
ではどんなブースト法が良いのか。秋斗が気になっているのは、あのリザードマンが使っていた武器だ。ブーストの効果は武器にまで及んでいたと彼は思っている。彼がまず欲しいのはそれだった。
[身体強化の前に武器強化か。ふむ、良いのではないか?]
「そう思う理由は?」
[リスクが少なそうだ]
シキがそう答えるのを聞き、秋斗は「そういう考え方もあるか」と思った。加減も分からないまま身体強化をするよりは、その前に武器強化でいろいろと試した方が確かにリスクは少ないだろう。もっとも、武器強化と身体強化が同じ要領でできるのかは別問題だが。
ただ秋斗はどちらかというと、リスク云々よりも今後の対策という点に目が行っていた。つまり今後もあのリザードマンと戦った時のように、武器を駄目にされ続けては堪らない、ということだ。
対抗するにはより良い武器を手に入れるか、武器自体を強化するしかない。そして現状、前者に関してはアテがない。となれば後者の方針でいくしかなく、そのためのブースト法、というわけだ。
ではどういう方法で武器を強化するのか。今のところ、具体的な方法は白紙だ。魔法でいくのか、それとも武技でいくのか。まずはそこから決める必要があるだろう。ただ秋斗はそこで思案を打ち切った。コーヒーを飲み終えたのだ。
「ま、武器強化をどうするかは後で考えよう。まずはこのクエストだな」
そう言って秋斗は立ち上がる。そして荷物をストレージに片付けた。軽く屈伸運動をしてから、彼はふと気がかりな事を思い出してシキにこう尋ねた。
「シキ。六角棒の代わりって何かあるか?」
[長物ということなら槍があるし、鈍器という意味ならメイスやハンマーがある。ただ長物の鈍器となると、あの六角棒に代わる武器はないな]
「そっか……。ん、覚えとく」
シキにそう答え、秋斗はセーフティエリアを出る。探索の再開だ。向かったのは、例の日差しが差し込む縦穴。枝分かれしている二つのルートの内、一つはすでにマッピングを完了している。次はもう片方だ。彼は二つある出入り口の内、今度は小さいほうへ入っていった。
秋斗「冷蔵庫ごと持ってくれば良いのではないだろうか?」