鍾乳洞と地下神殿7
「ジャァァ……!」
リザードマンが低いうなり声を上げる。秋斗は改めてリザードマンの姿を観察した。体躯はこれまでのリザードマンと比べ、一回り弱大きい。左目のところに大きな傷跡があるが、傷跡はそれだけでなく体中にある。荒々しい、益荒男のようだ。
得物は鈍器。メイスか棍棒のようなものを、両手に一本ずつ持っている。白っぽくて、何かの骨のような印象を受ける。別のリザードマンも同じような武器を持っていた。この鍾乳洞のなかで、ああいう武器を手に入れる場所があるのだろうか。秋斗はちょっと不思議だった。
秋斗はわずかに顔をしかめる。白い鈍器とバスタードソードの長さはほぼ同じ。となればだいたい同じ間合いで殴り合うことになる。だがリザードマンの得物は二本。手数はリザードマンの方が多い。しかも敵は力任せに得物を振り回してくるだろう。果たしてそれを自分の剣術で捌けるだろうか。秋斗は少し自信がなかった。
得物を変えるしかない。幸い、ここは広間だ。長物を振り回すだけのスペースがある。彼は左手をストレージに突っ込み、六角棒を引っ張り出した。バスタードソードは鞘に収め、六角棒を両手で構える。それを見てリザードマンも姿勢を低くして構えた。
「ジャァァ!」
先に動いたのはリザードマンだった。姿勢を低くしたまま、真っ直ぐに間合いを詰める。一方の秋斗はどっしりと腰を落として待ち構え、間合いを計って六角棒を突きだした。狙いはリザードマンの顔。リザードマンは右手の得物で六角棒を払いのけた。
リザードマンはさらに間合いを詰めようとする。だが秋斗は素早く六角棒を引き、もう一度突いてその動きを牽制した。さらにリザードマンの足下を狙って動きを止める。そのまま側面へ回り込もうとしたが、リザードマンは彼の動きにしっかりと対応した。
秋斗とリザードマンは激しく得物をぶつけ合った。洞窟の中にガンガンと金属音が響く。秋斗とリザードマンの戦いは激しかったが、まだどちらも相手に一撃を加えていない。お互いに間合いを計りつつ、鍔迫り合いのような戦いが続いた。
リザードマンが前のめりになって突っ込む。秋斗が突き出した六角棒を、リザードマンは身体を回転させて回避した。同時に尻尾を振り回す。リザードマンの三つ目の得物を思い出し、秋斗は思わず舌打ちをした。
「っち!」
秋斗はやや強引に六角棒を横に振るい、リザードマンの尻尾をはたいた。だがその瞬間、リザードマンの尻尾が六角棒に絡みつく。リザードマンはそのまま六角棒を奪おうとしたが、さすがに秋斗は踏ん張ってそれを耐えた。やがて尻尾の力が緩み、両者は一旦距離を取った。
「なかなか……」
なかなかどうして防御が硬い。このリザードマンはそのアウトロー的な見た目からして遮二無二に攻めてくるかと思ったのだが、ここまでの戦い振りを見ているとあまりそういう印象はない。いや荒々しいのは荒々しいのだが、その基礎となっているのはむしろ堅実な戦い方と言うべきか。何にしても、少々彼は攻めあぐねていた。
[焦るなよ、アキ]
シキの声に、秋斗は小さく頷いた。攻めあぐねているのはリザードマンも同じ。そして見れば、向こうはそのことに苛立ってきている様だった。
(誘ってみるかな)
そう思い、秋斗はゆっくりと出入り口の方へ下がる。敵を逃がすまいと思ったのか、リザードマンは雄叫びを上げ、彼目掛けて突撃した。それを見て秋斗も鋭く前へ踏み込む。リザードマンは少し驚いた様子だったが、むしろ好機と思ったのだろう。牙を覗かせて獰猛な笑みを浮かべた。
「ジャァァアア!」
裂帛の声を上げ、リザードマンが左足を踏み込み右手の得物を振りかぶる。だがリザードマンの足が地面を踏みしめることはなかった。そこにシキがストレージを開いたのだ。リザードマンのバランスが崩れる。だがリザードマンは倒れなかった。咄嗟にもう片方の足と、尻尾を駆使して何とか身体を支えたのだ。
これでリザードマンが転ばなかったのは秋斗にとっても予想外である。だが好機には違いない。彼は思いきり六角棒を突いた。リザードマンは左手でそれをガードする。彼は構わずに力を込める。そして防御の上から浸透打撃を叩き込んだ。
「ジャァア!?」
リザードマンが悲鳴を上げる。同時にたたらを踏むように数歩後ろへ下がった。一方の秋斗は顔をしかめている。手応えが硬かった。浸透打撃が弾かれたのだ。
リザードマンが何をしたのかは分からない。全くのノーダメージということもないだろう。だが思ったほどのダメージにはなっていない。彼にはその確信があった。
(衝撃を逃がされた……? いや、そんな感じじゃなかった)
むしろしっかりと防御された、と考えたほうがしっくりくる。だが浸透打撃をどうやって防御したのか、秋斗には見当もつかなかない。そもそも浸透攻撃とは相手の防御をかいくぐるためのものなのに。
(考えるのは後だ……)
秋斗は六角棒を構えてリザードマンの様子を観察する。リザードマンは左手を垂れ下がらせているが、それでも得物はしっかりと持っている。左手が使えなくなるほどのダメージではなかった、ということだろう。
何より、リザードマンは赤々とした目に強い敵意をたぎらせている。リザードマンはまだまだやる気だ。秋斗は唾を飲み込み、集中力を高めた。そんな彼の目の前で、リザードマンが雄叫びを上げる。
「ジャァアアアアア!」
次の瞬間、リザードマンから圧が放たれた。荒々しく攻撃的な圧だ。秋斗は思わず後ろへ下がりそうになってその場で踏ん張る。目はリザードマンから離さない。そしてそれで正解だった。リザードマンが動いたのだ。それもこれまでよりもずっと速いスピードで。
「……っ」
秋斗は顔を引きつらせながらリザードマンが振り回す白い鈍器を避ける。空振りした鈍器は地面を叩き、そして砕いた。細かい破片が飛び散る。その中でリザードマンの赤々とした目が彼の動きを追っていた。
リザードマンの白い得物が跳ねるようにしてまた秋斗を襲う。彼はそれも避けた。反撃はしない。いや、できない。彼は今、回避に全力をあげていた。一撃でもくらえば、彼の身体はグチャグチャになりかねない。
先に一撃を入れたのは秋斗の方だ。だがそのせいで、むしろリザードマンに火をつけてしまったかもしれない。ウェアウルフの時もそうだったが、手負いの獣は手強い。初見殺しの浸透打撃で倒せなかったことが悔やまれた。
逃げる秋斗をリザードマンが追い回す。しばらくそんな展開が続いた。その中で秋斗はあることに気付いた。リザードマンは左手を使っていないのだ。得物はもっているが攻撃には使っていない。
(警戒しているのか……?)
つまり防御用かと思ったが、秋斗は内心で「違うな」と呟いた。先ほどの浸透打撃のダメージが残っているのだ。ならそれが付け入る隙になる。彼はゴクリと唾を飲み込み、好機が来るのを待った。そしてそれが来る。
(ここっ!)
猛攻の中で大振りになったリザードマンの攻撃。秋斗はそれを狙う。六角棒で敵の右手首を正確に打ち、リザードマンのバランスを崩す。彼はすぐに六角棒を引きさらにもう一撃、本命の浸透打撃をくらわせようとしたが、それより早くリザードマンが仕掛けた。左手の得物を振り抜いたのだ。
「っ!」
秋斗が顔を歪ませる。回避は間に合わない。彼は咄嗟に六角棒で防御した。リザードマンの振り抜いた白い鈍器が六角棒に激突する。その衝撃で何と六角棒が歪んだ。秋斗は驚いて目を見開き、それから急いで距離を取った。
追撃はない。秋斗が訝しんでいると、リザードマンの左手からズルリと白い得物が落ちる。そしてリザードマンはそれを拾わない。どうやら左手はもう使い物にならないらしい。先ほどの一撃は、かなり無理をした一撃だったようだ。
秋斗は歪んでしまった六角棒に視線を落とす。もうこれは使えない。ただ捨てるのは気が引けて、彼はそれをストレージに片付けた。そしてバスタードソードを鞘から抜く。槍までダメにされては堪らない。そう思ったのだ。
バスタードソードを構えながら、秋斗は考えを巡らせる。今度こそ、リザードマンの左手は死んだはず。秋斗も六角棒を失ったが、こちらは道具だ。差し引きはプラス。彼はそう思うことにした。
秋斗とリザードマンが睨み合う。さっきまでリザードマンは猛攻を仕掛けていたのだが、それがウソのように動こうとしない。しかも良く見れば息が荒い。息が上がったのか、と秋斗は内心で歓声を上げた。
今度は秋斗の側から仕掛けた。もちろん、反撃を警戒しながら。彼はリザードマンの右側へ回り込むように動く。「左側を潰したら右側へ」というのは、勲に教えてもらった動き方だ。リザードマンもそれに応じて身体の向きや立ち位置を変えるが、その動きにはキレがないように思えた。むしろ身体が重そうである。
秋斗が鋭く間合いを詰める。リザードマンは白い得物を振り下ろして迎え撃ったが、さっきまでの荒々しさや迫力はない。秋斗はバスタードソードを使ってその攻撃を逸らす。そしてそのまま懐に潜り込み、すれ違いざまにリザードマンの脇腹へ一閃する。
ただ斬っただけではない。浸透斬撃だ。先ほどのような、防がれた手応えはない。リザードマンも大きな悲鳴を上げた。
「ジャァア!?」
悲鳴を上げつつ、リザードマンは白い得物を振り回す。破れかぶれのその攻撃を、秋斗は余裕を持ってかわす。もう一撃と思ったところへ今度は尻尾が飛んできて、彼はそれをバスタードソードで弾いた。
返す刃で、秋斗はリザードマンの首筋を狙った。リザードマンが身体を回しているせいで、鱗の薄い正面は狙えない。だが彼は構わずにバスタードソードを振るった。そしてその刃が鱗を割るのと同時に浸透斬撃を放つ。
「ジャ……!」
絶息の悲鳴は短い。リザードマンは膝から崩れ落ちて地面に転がった。そして黒い光の粒子になって消えていく。秋斗は大きく息を吐いてからバスタードソードを鞘に収めた。
益荒男っぽいリザードマンさん「尻尾を手足のように使えて、いっぱしのリザードマンだ」