鍾乳洞と地下神殿6
ジャイアントバットの攻撃は激しい。激しいが、秋斗は耐えていた。左手に魔石を握りしめながら。そして十分な思念を込め終えると、彼はその魔石を放り投げた。次の瞬間、けたたましい放電音と一緒に紫電が走り、一拍の間だけ洞窟の中を明るく照らした。
「「「ギィィィィ!?」」」
「ぐぅぅぅ……!」
ジャイアントバットの悲鳴と秋斗のうめき声が混じる。狭い洞窟の中で使ったせいで、使用者本人も雷魔法に巻き込まれたのだ。ほとんど自爆攻撃だったわけだが、雷魔法のおかげで状況は一変した。
紫電に焼かれ、ジャイアントバットがボトボトと落ちる。体中の節々が訴える痛みを堪えながら、秋斗はバスタードソードを抜いてジャイアントバットに止めをさして回った。だが全てのジャイアントバットが地面に落ちたわけではなかったらしい。
「ギィィィィ!」
ジャイアントバットの雄叫びが響き、秋斗の頭はまたズキンと痛んだ。ただ雄叫びを上げたのが一体だけだったからなのか、頭痛はそれほど強烈ではない。秋斗はバスタードソードの柄を両手で握りしめる。そして大声を出して身体を動かした。
「あああああああ!!」
走り、跳躍して、バスタードソードを振り上げる。ジャイアントバットは慌てて皮膜を羽ばたかせた。空気の塊が放たれ秋斗を襲う。その内の一つは彼の顔に当たった。まるで殴られたような衝撃。唇の端が切れる。しかし彼はそのダメージを無視して剣を振り下ろした。
「ギィィィィ!?」
ジャイアントバットが悲鳴を上げる。振り下ろされたバスタードソードは、片方の翼を切り落としていた。本当は胴体を狙ったのだが、直前の攻撃で剣筋が逸れたらしい。とはいえこれでジャイアントバットの機動力は奪った。だがジャイアントバットはまだ諦めない。
「ギィィィィ!」
「ぐぅ……!」
地面に落ちたジャイアントバットがまた雄叫びを上げる。秋斗は左手で頭を抑えて頭痛に耐えた。彼は頭痛に耐えながら身体を引きずるようにして歩き、足でジャイアントバットを踏みつける。そして逆手に持ったバスタードソードを突き刺して止めをさした。
「シキ」
[オールグリーン]
「全部倒したか。……ふぅぅ」
ジャイアントバットを全て片付けると、秋斗は大きく息を吐いた。そのまま座り込みたくなるのをグッと堪える。彼はドロップを回収すると、すごすごと例の縦穴へ戻った。そして岩陰で座り込み、ストレージから赤ポーションを取り出して服用する。すると、スッと身体中の痛みが消えた。引きつるような痛みがあった顔面もその痛みが引いていく。彼はもう一度大きく息を吐いた。そしてこう呟いた。
「ジャイアントバットか……。頭になかったなぁ」
ここまでリザードマンしか出現しなかったので、敵はリザードマンだけだと勘違いしてしまったのだ。鍾乳洞にコウモリがいるのは自然だし、地下墳墓にも数種類のモンスターがいた。ジャイアントバットを予測できたかは別にしても、「リザードマンしか出ない」と思い込んでいたのは失敗だった。
「あの先にも、ジャイアントバットはいるよな?」
[ほぼ確実に、な]
「何とか判別できると良いんだけど……」
[ふむ。先ほどの例で言うなら、密集具合である程度の区別はつくと思うが]
「あ~、確かに。結構混んでたよな」
戦闘になる前に見た、マップ上の赤いドットの密集具合を思い出し、秋斗はそう呟いた。リザードマンがあんなに集まって身動きが取れるのだろうかと思ったものだが、案の定リザードマンではなかった。
また同じように敵が密集していれば、それはリザードマンではなくジャイアントバットであると考えて良いだろう。ただ両者が一緒に出てくることも考えられる。その場合、ジャイアントバットの雄叫びはリザードマンにも有効なのだろうか。もしそうでないなら、かなり厄介だ。
[まずは先制攻撃。それしかあるまい]
「そうだな。それしかない」
シキの言葉に秋斗も頷く。先制攻撃、つまり雷魔法だ。幸い、鍾乳洞の細い通路は雷魔法に適している。逃げ場なくダメージを与えられるだろう。ジャイアントバットをたたき落とせれば、その後はかなり楽に戦えるはずだ。
大雑把にとはいえ方針を定めると、秋斗はストレージからおやつを取り出した。ちなみに羊羹。勲からの荷物の中に入っていたそれを、一本丸かじりで食べる。飲み物はペットボトルの緑茶だ。羊羹を半分ほど食べ終えると、残りをストレージにしまって彼は立ち上がった。探索再開である。
右手に魔石を握りながら、秋斗は先ほどの通路を慎重に進む。ジャイアントバットと戦った場所に、しかし敵の姿はない。彼は気を緩めずに先へ進んだ。そして少し進むと、シキが彼にこう声をかけた。
[この先、広い空間があるぞ]
「どのくらいの広さだ?」
[さて、ここからではな。だがすでにモンスターの反応多数だ]
シキがそう答えると、秋斗の視界にマップが表示される。見れば、確かにこの先で通路が広くなっていて、そこに赤いドットが幾つもある。ただどれだけ広いのかは分からないし、敵の総数も分からない。とはいえ敵の密集具合からして、ジャイアントバットが多数いることだけは確実に思えた。
秋斗は少しだけ考え、切り札を一枚切ることにした。右手に握っていた魔石をポケットにしまい、ストレージから大きな魔石を取り出す。ウェアウルフの魔石だ。そして雷魔法を発動させるべく、その魔石に思念を込める。準備が整うと、彼は走り出した。
「…………っ」
走りながら彼はタイミングをはかる。そして広い空間の入り口で彼は思念を込めた魔石を思いっきり投げた。同時にすぐさま踵を返して引き返す。彼の背後でいつもより大きな放電音がけたたましく響いた。
放電音が収まると、秋斗はまた走って広い空間に突入した。視界に映るマップでは、赤いドットの数が明らかに減っている。だが一つ残らず消えたわけではない。幾つかは残っている。雷魔法に耐えたのはジャイアントバットか、それともリザードマンか。秋斗が視線を巡らす前に、シキが彼にこう告げた。
[リザードマン、一! あとはジャイアントバットだ!]
秋斗はまずリザードマンの位置を素早く確認する。この広い空間は突き当たりになっていて、リザードマンは奥まった場所にいた。それだけ確認すると、彼は一番近い位置にある赤いドット目掛けて駆け出した。
地面に伏すジャイアントバットの姿はすでに見えている。どうやら端の方にいたために、雷魔法が十分に効果を及ぼさなかったらしい。とはいえダメージは受けていて、すぐに動ける状態ではない。秋斗はバスタードソードを鞘から抜き、素早く一閃してそのジャイアントバットに止めをさした。そして駆け足で次へ向かう。
三体目のジャイアントバットに止めをさしたところで、秋斗は一旦足を止めた。次に一番近いモンスターはリザードマンなのだ。彼は改めてリザードマンの方へ視線を向ける。目のところに大きな傷跡があり、そのせいで何となくアウトローな印象だ。体躯もこれまでのリザードマンに比べて少し大きいように思えた。
このままリザードマンの方へ向かうのか、それとも避けてジャイアントバットを先に潰すのか。しかし秋斗が結論を出すより前に、リザードマンが動いた。リザードマンは秋斗に赤々とした両目を向け、そして雄叫びを上げる。
「ジャジャァァ!」
「……ッ」
秋斗はわずかに顔を引きつらせる。それを見たのか、リザードマンは彼に向かって突進した。リザードマンは骨のような得物を二つ、両手に持っている。刃がついているようには見えないから鈍器、メイスのようなものだろう。
リザードマンが動いたことで、秋斗は決断を迫られた。逡巡している暇はない。彼はバスタードソードの柄をグッと握りしめ、そして身を翻して走り出した。向かうのはこの広間の出入り口。
敵はリザードマンだけではない。ジャイアントバットも残っている。多数の敵と戦うなら、狭い通路のほうが適している。そう思ったのだ。追ってこないならそれでも良い。ゆっくりと雷魔法の準備をするだけだ。魔石はすでに左手に握っている。
「ギィィィィ!」
ジャイアントバットの雄叫びが響く。秋斗が始末したのとは反対側にいたジャイアントバットらだ。そして彼を鋭い頭痛が襲う。だがこれはあらかじめ覚悟していたこと。彼はスピードを緩めずに走った。
秋斗にしてみればやせ我慢だったのだが、ジャイアントバットは雄叫びに効果がないと見えたのだろう。雄叫びを引っ込めて彼の後を追った。
リザードマンとジャイアントバットが秋斗に殺到する。速いのはジャイアントバットの方だ。秋斗はそれを視界に映るマップ上の赤いドットで確認している。
赤いドットがグングンと秋斗に迫ってくる。そのまま体当たりするつもりだろう。彼はタイミングを見計らい、身体をひねって半回転させた。同時に右手のバスタードソードを振り抜き、突っ込んできたジャイアントバットを斬り捨てる。
「ギィィィ!?」
ジャイアントバットが絶叫を上げる。それを聞きながら、秋斗は身体をさらにもう半回転させた。その際、左手に握っていた魔石を放り投げる。次の瞬間、けたたましい放電音が響いた。
「ジャァ!?」
「ギィィィ!?」
「ぐぅ……!」
三者三様のうめき声。秋斗自身も雷魔法の紫電をくらったのだ。だがダメージ覚悟で雷魔法を使った甲斐はあった。マップに残る赤いドットはあと一つだけ。
秋斗は広間の出入り口のところまで戻り、しかし通路には入らず後ろを振り返った。彼の視線の先にはリザードマンがいる。リザードマンの赤々とした目は、荒々しく燃えているように見えた。
シキ[羊羹丸かじり……。胸やけしないのか?]
秋斗「……? 大丈夫だけど」