考察
スライムのコアだと思っていたモノは、魔石と呼ばれるドロップアイテムの一種だった。そのことが判明すると、秋斗は一旦探索を打ち切ってリアルワールドへ帰還した。何だか探索を続ける気分ではなくなってしまったのだ。
ブーツを脱いで玄関に戻すと、秋斗は何となく部屋の掃除を始めた。雑巾がけも含めて三〇分ほども掃除をしていると、だんだんと気分も上向いてくる。綺麗になった部屋を前に達成感に浸ってから、彼は改めてアナザーワールドへダイブインした。
改めてアナザーワールドに降り立つと、秋斗はまたすぐに遺跡エリアの外を目指した。シキの索敵にも助けられ、なるべく戦闘を回避しながら進む。そのおかげで秋斗はあまり時間をかけずに遺跡エリアの端へたどり着けた。
目の前に広がる大自然を前に、秋斗は一度大きく深呼吸をする。仕切り直しだ。秋斗は「よし」と呟いてから、遺跡エリアに背を向けて歩き出した。
現在の彼の目標は、目の前の小高い山の頂上へ向かうことである。ただ彼もいきなりこの山を登ろうとは考えていない。むしろ、このあたりはまだ見晴らしが良いので、まずはマッピングの範囲を広げる方向で動くつもりだった。
「じゃあまあ、適当に歩き回るわ」
[うむ。マッピングは任せろ]
シキとそう言葉を交わしてから、秋斗は探索を開始した。そして動き回ることおよそ一時間。彼は三つ目となる石板を発見した。天然の岩の表面を削ってあの見たこともない文字が刻まれているのを、シキが見つけたのだ。そしてこの石板から得られた情報は次のようなものだった。
【モンスターは魔素によって構成されており、魔素は想いや感情に反応する性質を持つ】
「ってことは、モンスターを倒した後のあの黒い光の粒子って、アレが魔素なのかな?」
[その可能性は十分に考えられる……。いや、恐らくそうなのだろうな]
石板から得られた新たな情報について、秋斗とシキはそう話し合う。ただ、この場で突っ込んだ検証は行わない。すぐに頭を切り替えて探索を再開した。
それからさらに一時間ほど探索を行う。このあたりで出てくるモンスターはジャイアントラットや一角兎、巨大ダンゴムシといったラインナップだ。攻撃方法は基本的に体当たりばかりで、しかも動きは直線的。少なくとも一対一なら、どれも無傷で倒せた。
ダメージを受けてしまったのは、ジャイアントラットが二匹同時に現われたときだった。一匹目の体当たりを回避したその直後、横から飛びかかってきた二匹目の体当たりを回避できなかったのだ。
「ぐぅ……!」
[アキ!?]
シキが頭の中で大声を上げる。それには答えず、秋斗はフライパンの柄尻でジャイアントラットのこめかみに一撃を入れてたたき落とした。回避はできなかったものの、幸いガードは間に合っている。骨は軋んだが動けないほどではない。彼はすぐに杖を振り上げて追撃を入れる。
[後ろだ!]
シキの警告が頭の中に響く。秋斗は反射的にその場から飛び退いた。次の瞬間、一匹目のジャイアントラットが彼のいた場所を通過していく。それを見送ってから、彼は二匹目のジャイアントラットをさらに攻撃して倒した。
そして片方を倒してしまえば、後は簡単だった。突進してくるジャイアントラットを蹴り上げ、がら空きになった腹部へ杖の切っ先を突き入れる。派手に吹っ飛ばされたジャイアントラットは、そのまま黒い光の粒子になって消えた。
[アキ、大丈夫か!?]
「ああ、大丈夫。ポーションは使わなくても良さそうだ」
シキの声に秋斗はそう答える。それからジャイアントラットが残した魔石を拾う。ただ彼の顔には苦笑が浮かんでいた。今日これまでに拾った魔石で、すでにポケットは一杯になっているのだ。ぶっちゃけて言えば、ちょっと邪魔だった。
[ならアキ。砕いてみたらどうだ?]
少々鬱陶しそうな様子を見せる秋斗に、シキがそう提案する。その提案の意図が分からず、秋斗は首をかしげる。そんな彼に、シキはさらにこう説明した。
[まず、モンスターを倒すことで経験値が蓄積されステータスがアップするというが、これには黒い光の粒子、つまり魔素が絡んでいるんだと推察される]
「魔素を取り込むことでステータスがアップする、ってことか?」
[うむ。それで魔石を砕いても、あの黒い光の粒子が現われるだろう? つまりモンスターを倒した場合と同様にな。なら、魔石を砕いても経験値は蓄積されるのではないのか?]
「う~ん……。もしそうなら嬉しいけど……」
何しろシキの推察どおりなら、今まで魔石を砕いてきたのも無駄ではなかったことになる。だが現状、経験値やステータスを客観的に確認する術がない。シキの推察が正しいかどうかも確認のしようがないのだ。
とはいえこのまま魔石をためておいても使い道はない。邪魔なだけである。魔石は様々な用途に使えるらしいが、今のところ何に使えるのかは全く分からない。であれば経験値に還元できるかもしれない方法で処分する、というのは悪くない方法に思えた。
とはいえこの場でやりはしない。一度ダイブアウトし、再度ダイブインして、遺跡エリアに戻る。そして石畳の上に集めた魔石を並べ、順番に金槌で砕く。ただ五つほどは手元に残しておいた。
「さて、と。これでちゃんと経験値になっていれば良いけど」
そんな感想を残しつつ、秋斗はダイブアウトする。リアルワールドに戻ってくると、彼はインスタントラーメンを茹でて食事の準備をする。時間的に昼食にはかなり早いのだが、今日最初にダイブインしてからの、実働時間の経過はすでに四時間を超えている。空腹具合からすれば、これくらい欲しいのだ。
最後に、昨日多めに作っておいた野菜炒めをのせ、インスタントラーメンを完成させる。ちなみに栄養バランスに気をつかっているのは秋斗ではなくシキのほうだ。もっとも、インスタントラーメンが身体に良いのかという、根本的な問題はあるが。
インスタントラーメンを食べ終えると、秋斗は一時間ほど身体を休める。その間はシキとあれこれ話し合い、諸々の考察を行った。そして十時半過ぎ、彼は再びアナザーワールドへダイブインした。
この日の午前中、秋斗は実働時間の合計として、およそ十時間をアナザーワールドの探索につぎ込んだ。ただ成果としては思わしくない。確かにマッピングは進んでいるが、遺跡エリアを探索した時と比べると、その進みは遅かった。
昼食を食べると、さすがに疲れが出てきたので、秋斗は昼寝をした。一時間くらいのつもりだったのだが、目を覚ました時にはすでに四時近くになっていた。ずいぶんと長く昼寝をしてしまったようで、秋斗は頬を引きつらせた。
「シキも、起こしてくれれば良かったのに」
[十分に回復しないでダイブインしても、危険なだけだろう]
シキに苦情を言うが、ばっさりと切り捨てられて、秋斗は肩をすくめた。なんだかアナザーワールドへ行く気分ではなくなってしまい、彼はこう呟いた。
「……ちょっと買い出しに行くかな。食料品の備蓄がピンチだったし」
気分転換もかねて、秋斗は近くのスーパーに買い出しへ行くことにした。探索服を脱いで私服に着替え、空のリュックサックを担いで部屋を出る。部屋のドアに鍵をかけてアパートの階段を降り、駐輪場に止めてある自転車にまたがる。最寄りのスーパーまでは自転車で片道およそ十五分である。
自転車をこぎながら考えるのは、午前中の探索のことである。アナザーワールドの探索の進捗が思わしくないその原因は、単に出現するモンスターが強くなったからというだけではない。スタート地点は変わらないのに、より遠くを探索するようになったので、移動に時間がかかるようになったのだ。
その一方で、秋斗がアナザーワールドで活動できる一回あたりの実働時間はせいぜい二時間~三時間といったところ。ようするに実働時間内における探索済みエリアの移動時間の占める割合が大きくなってきたのだ。そしてこの割合は、今後さらに増えることが容易に想像された。
「どうするかなぁって、まあ対策自体は簡単なんだけどな」
[うむ。弁当を持っていけば良い。一食か二食向こうで食べれば、その分だけ探索時間を延ばせる]
自転車をこぎながら、秋斗はシキとそう言葉を交わす。今までは、飲み食い(燃料補給)は全てリアルワールドに戻ってきてやっていた。つまりその度にスタート地点に戻ってきていたとも言える。実働時間が同じで、振り出しに戻る回数が多ければ、探索が進まないのは当たり前だ。
「でも弁当を持っていくと、動きにくくなりそうなんだよなぁ」
秋斗はそうぼやいた。これが物見遊山なら彼もそんなことは気にしなかっただろう。だが彼はアナザーワールドへ遊びに行くわけではないのだ。余計な荷物を持ち込んで動きが鈍くなった結果、大怪我をしていたのでは目も当てられない。
「今のところはまだ動きやすさ優先かなぁ。死にたくないし」
[リュックサックなら、気にするほどでもないのではないか?]
「いや、走ると結構暴れるぞ? これ」
そんなことを話しながら、秋斗はスーパーの駐輪場に自転車を駐める。それから彼はスーパーで食料品を買い込んだ。できあい品や冷凍食品も多いが、生鮮食品も買っている。最近、彼は料理をさせられているのだ。シキに。
クレジットカードで支払いを済ませると、リュックサックに一つ、さらに自転車の籠に一つ満杯の買い物袋を入れ、また片道十五分の道をこぎ出す。当たり前の事だが、行きよりも帰りの方がペダルは重い。しかも上り坂があるので、その重さはひとしおだった。
「ぬぐぐぐ……。なあ、シキってアイテム収納とかできないか?」
[アイテム収納、か……。ふむ……]
思案げにそう呟いてから、シキが黙り込む。一方で秋斗は言えば、思いつきでそう言っただけなので、「『できる』と言わないって事は、たぶんできないんだな」と勝手に思い込み、そのまま頑張って自転車をこぎ続けた。
とはいえ、秋斗の体感としての話だが、以前よりもきつくない。足にかかる負荷が以前よりも軽くなったわけではない。だが同じ重さでも辛く感じなくなったのだ。ステータスが上がっているのかな、と彼は思った。
だとすればそれは喜ばしいことだ。今後、アナザーワールドで出現するモンスターはさらに強くなるだろう。だが秋斗も強くなっている。探索を続けることはできるだろう。そうやってこの世界に何かを刻みつけてやるのだ。
(まあそのためには、目の前の問題を何とかしなきゃなんだけどな)
そんなことを考えながら、秋斗は自転車をこぐ。そしてアパートに到着し、駐輪場に自転車を駐めているとき。唐突にシキの声が秋斗の頭の中に響いた。
[できるかも知れないぞ、アイテム収納]
「えっ!?」
思わず秋斗は大声を上げた。駐輪場にはちょうど別の住民もいて、その人が彼のほうへ怪訝そうな視線を向ける。秋斗はペコペコ頭を下げながら、自転車に鍵をかけて自分の部屋へ向かう。軽やかな足取りで、階段を二段飛ばしにしながら。
秋斗「シキに目覚まし機能をつけたい……」
シキ[勝手にオフするがね]