鍾乳洞と地下神殿4
セーフティエリアがあったのは、例の巨大な窪地から枝分かれした細い通路の先だった。置かれていた石版からそこがセーフティエリアであることが分かり、秋斗は大きく息を吐いて小休止を取った。
仮眠にはまだ早い。秋斗は寝袋を座布団代わりにして座った。そしてストレージからサンドイッチを取り出して食事を取る。持参した水筒からお茶を注ぎ、それをチビチビと飲みながら彼は身体を休めた。
「シキ、マッピングデータを表示してくれ」
秋斗がそう頼むと、すぐ彼の視界にこれまでマッピングした分のデータが表示された。彼はその地図をスクロールしたり拡大したりしながら確認する。主に見ているのは枝分かれが幾つもある例の窪地。彼は次にどの通路を探索しようかと考えるのだった。
腹がこなれてきた頃合いを見計らい、秋斗は探索を再開した。まずは基点となる窪地に戻り、そこからまた別の新たな通路の探索を始める。通路は大抵、長物を振り回すには細くて狭く、そのため得物は主にバスタードソードを使用した。
探索する通路は常に一本道というわけではない。枝分かれした先がさらに枝分かれしていることも珍しくなく、秋斗はそれらの通路を一つずつマッピングしていった。鍾乳洞の中はまるで迷路で、シキのマッピング能力がなかったら彼は迷子になっていただろう。
さらにそれらの通路の中には、難所と言わなければならないような場所が幾つもあった。崖を登ったり、あるいは降りたり、隙間に身体をねじ込んだり、中には腹ばいになって進まなければならないような場所もあった。正直に言って、ストレージがなかったら探索はおぼつかなかっただろう。
一番困ったのは、通路が水没していた場所である。あいにく歩いて渡れるような深さではない。かといって泳いで渡る気にはなれず、秋斗は頭を抱えた。だが向こう岸は見えているのだ。何とかして渡るべく、彼は頭をひねった。
「ゴムボートでもあればなぁ」
そうぼやいてみるが、無いものは無い。仕方なく彼は他の案を考える。次に思いついたのはいかだだった。
[いかだか。悪くないが、今は手持ちの素材がない。一旦外に出て、素材を調達してくる必要がある]
シキにそう言われ、秋斗はがっくりと肩を落とした。一度リアルワールドに戻るよりは手間がかからないと言うべきか。難しい顔をして数秒唸ってから、秋斗は一時撤退を決めた。探索が可能なルートは他にもあり、まずはそちらを優先することにしたのだ。
「別のルートで繋がっているかもしれないしな」
秋斗は自分でもあまり期待していないことをそう呟いた。そうなっていたらいいな、とは思う。だがそう都合良くはいかないだろう。幸いマッピングはしっかりとしてあるので、外へ出るのは面倒だが難しくはない。そしてストレージがあるので確保した素材、つまり丸太をここまで持ってくるのも容易だ。
やや後ろ髪を引かれながら、秋斗は来た道を引き返し、また別の通路の探索を行った。先ほどの水没した通路もそうだが、この鍾乳洞には大小の地底湖が多数点在している。中には湖というより水たまりと言った方が良いような大きさのモノもあったが、秋斗はそれらを警戒しながら進んだ。
リザードマンが潜んでいる可能性があるからだ。実際これまでの探索では、およそ四割の可能性で地底湖からリザードマンの襲撃を受けた。しかも厄介なことに、地底湖に潜んでいるリザードマンは姿を現わすまでシキの索敵に引っ掛からない。一歩間違えば、秋斗は奇襲をくらうことになる。
[索敵にさらなるリソースをつぎ込んで良いのなら、水中の敵も探知できるようになると思うが]
「う~ん、どうしようかなぁ」
悩んだすえ、秋斗はシキの索敵能力を強化する前に、もう少し工夫してみることにした。地底湖を見つけたら、そこにリザードマンがいるかどうかに関わりなく、とりあえずそこを雷魔法で攻撃してみることにしたのだ。
何も無ければそれで良し。リザードマンがいれば飛び出してくるだろう、というわけだ。実際、この方法は上手く行った。しかも雷魔法で先手を取っているわけだから、その後の戦闘も優位に戦える。一石二鳥だった。
デメリットは、半分以上は空振りなので、その分の魔石は無駄になることか。ただ秋斗としては、この分は必要経費として割り切っている。全体の収支で見ても、魔石のストックは数を増やしているので、十分に持続可能な戦術と言っていいだろう。
そうやって臨機応変に対応しつつ、秋斗は鍾乳洞の探索を続ける。前述したとおりこの鍾乳洞には枝分かれのルートが多かったが、同時にその分だけ宝箱も多数配置されていた。ただしその中身はすぐに役立つようなアイテムではない。今のところ100%の確率で、宝箱の中身は鉱石だった。
「石だけこんなにあってもなぁ」
[うむ。せめてインゴットなら使いやすかったのだが……]
秋斗とシキの認識にはズレがあるように思われたがそれはそれとして。鉱石は、それ自体では使い道がない。精製してインゴットにしなければならないわけだが、果たしてリアルワールドと同じ製法で良いのか、それは分からない。
また、まだ鑑定していないので何とも言えないが、手に入れた鉱石はどうも数種類あるらしい。見た目がはっきりと違うモノが幾つかあるのだ。そして種類が違えば精製法も違ってくる可能性がある。
さらに言えば、現在ストレージの中にある設備でこれらの鉱石を精製可能なのか、という問題もある。要するに現在のところ、手に入れた鉱石を利用する目途はまったく立っていなかった。
「鑑定してみて、何か情報を得られるのを期待だな」
[うむ。今のところはそれしかあるまい]
シキとそう話してから、秋斗は見つけた鉱石を宝箱ごとストレージに収納した。それから彼は一度セーフティエリアに戻る。食事と仮眠を取るためだ。
セーフティエリアに戻ってくると、秋斗はストレージからポータブル魔道発電機を取り出した。さらに卓上IHクッキングヒーターとフライパンも取り出す。ちなみにフライパンはスライムの乱獲にも使用したのとは別のフライパンである。
フライパンを熱してバターを溶かし、あらかじめ切り分けておいたカウ肉を焼く。ちなみにカウ肉は厚切りだ。「ジュウウウ!」という肉の焼ける音と一緒にこうばしい香りが広がり、弥が上にも秋斗の食欲を刺激した。
ステーキを焼きつつ、秋斗はストレージからサラダを詰めたタッパを取り出す。そして食パンも用意した。ステーキが焼き上がると、彼はクッキングヒーターのスイッチを切る。それからナイフを使い、フライパンの上でステーキを切り分けた。
「いただきます」
軽く手を合わせてから、秋斗は食事を始めた。彼は早速、熱々のステーキを頬張る。味付けは塩コショウだけだが、それがかえってカウ肉の旨みを引き立てている。そもそもここはアナザーワールド。それを考えればこうして温かい食事を食べられることそれ自体が、何よりの御馳走と言っていい。
秋斗は黙々とステーキを食べた。フライパンに残る油や肉汁も、全てパンに吸わせて食べた。たぶん摂取カロリーが凄いことになっているはずだが、彼は気にしない。というよりアナザーワールドの探索をするようになってから消費カロリー量はうなぎ登りで、しっかり食べないと逆に体重が落ちていくのだ。
ステーキはもちろん、サラダやパンも食べ終えると、秋斗は空になったタッパとフライパンを片付けた。それからお茶をいれてきた水筒を取り出して一服する。彼はそのまましばらくボーッとしていたが、ふと思い立って暗視を切ってみる。するとあたりは一気に暗くなった。このセーフティエリアにも例の淡い光を放つ結晶はあるが、しっかりと視界を確保できるほどの光量はないのだ。
秋斗はストレージに手を突っ込み、ランタンを取り出す。地下墳墓の宝箱から手に入れたランタンで、魔石をセットして使用するタイプだ。ただその頃にはすでに暗視が使えていたので、探索に使用することはなくずっとストレージの肥やしになっていた。
魔石はすでにセットしてある。秋斗は軽く魔力を注いでランタンを点灯させた。ランタンの明かりは例の結晶よりは強いものの、例えば蛍光灯やLEDライトに比べればずっと弱い。彼は寝袋を座布団代わりにしながら、その明かりをじっと見つめた。
[アキ。視界を確保したいのなら、暗視を使えば良いのではないか?]
「いや、まあ、そうなんだけど。何というか、こうしていると、落ち着く……」
[そんなものなのか?]
「うん、そんなもんなの」
秋斗がそう答えると、シキはそれ以上何も言わなかった。彼はそのまましばらくランタンの明かりを眺めていたが、やがてまぶたが重くなってきたので、安眠アイマスクを装着して横になった。
同時にシキがストレージを操作して、三体のドールを外に出す。セーフティエリアとはいえ、ここは扉がついていない。万が一、モンスターが入って来た場合の備えだ。それを確認してから、秋斗は安眠アイマスクの下でまぶたを閉じた。ちなみにランタンはつけっぱなしである。
二時間ほど仮眠を取ってから、秋斗は目を覚ました。ランタンの明かりはすでに消えている。暗視を発動させると、スッと視界がクリアになった。彼は寝袋の上で大きく身体を伸ばす。それからおもむろに立ち上がった。
荷物とドールをストレージに片付け、十秒チャージなゼリーでエネルギーを充填する。それから彼はシキに頼んで視界にマップを表示させた。そのマップを見ながら彼は小さく首をひねる。
ここからの探索をどうするか。選択肢は大きく分けて二つ。一度鍾乳洞の外に出て木材を調達し、例の水没していた通路の奥を探索するか。それともそちらは後回しにして、まだ探索していないルートのマッピングを優先するのか。少し悩んでから、秋斗は後者を選択した。
「さて、と。んじゃまあ、行きますか」
そう呟いてから、秋斗は鍾乳洞探索を再開した。
秋斗「たき火の方がリラックスできるかも」
シキ[酸欠になるぞ]