鍾乳洞と地下神殿1
「ジャァ! ジャジャァ!」
鍾乳洞の奥から現われたリザードマンが、牙を剥き出しにして秋斗を威嚇する。秋斗はゆっくりとバスタードソードを正面に構えた。リザードマンも短い槍を構えてその切っ先を秋斗へ向ける。先に動いたのはリザードマンだった。
「ジャァ!」
短い槍を構え、雄叫びを上げながらリザードマンが突進する。秋斗はバスタードソードを顔の横で水平に構えた。リザードマンが短槍を繰り出す。彼はその穂先を避けつつさらに踏み込んで間合いを詰め、同時に片手で剣を突き出した。
狙ったのはリザードマンの額。だが片手で力足りなかったのか、あるいは鱗で覆われているからなのか、秋斗が突き出したバスタードソードの刃はリザードマンの額で滑って逸れた。リザードマンはのけぞり、しきりに頭を振っているが、ダメージが大きいようには見えなかった。
浸透刺撃にすれば、恐らく倒せただろう。だが秋斗はあえてそうしなかった。リザードマンというモンスターについて、よく知るためである。ちょうど良く一体だけで出てきたのだから、彼はこの敵を利用し尽くすつもりだった。
鱗に覆われている部分はやはり硬い。切れないことはないが、どうしても浅くなりがちだった。リザードマンは要するに天然のスケイルメイルを装備しているようなもので、当然ながら防御力は高い。
(最近、防御力の高いモンスターが多いな)
心のなかでそんなことを呟きながら、秋斗はリザードマンの首筋を狙う。バスタードソードの刃は確かにそこを捉えたが、ただやはり鱗に阻まれて致命傷にはほど遠い。もっと力任せにやれば良いのかも知れないが、それならむしろ打撃武器を使った方が良いような気がした。
「ジャァ、ジャァ!」
細かくダメージを入れられて苛立ったのか、リザードマンがデタラメに短い槍を振り回す。秋斗は滑らかな足運びでそれを回避し、またはバスタードソードで弾いて防いだ。そして彼が反撃に移ろうとしたところで、リザードマンが身体をひねる。尻尾がムチのようにしなり、彼はバックステップでそれを避けた。
「尻尾か……」
やや険しい顔で秋斗はそう呟く。尻尾を積極的に攻撃で使ってくるモンスターは、リザードマンが初めてだ。そういう意味では不慣れな相手である。武器の他にも攻撃手段があるというのは油断ならないし、またこれまでの相手とはずいぶん勝手が異なる。
秋斗は改めてリザードマンの尻尾を観察する。身長と比べても結構長いように思える。そして太く、その分だけ重量があるように見えた。振り回せばかなりの威力だろう。また当然ながら尻尾の表面も鱗で覆われていて、それが攻撃力も防御力も底上げしている。攻守一体の凶器、それがリザードマンの尻尾だ。
「後は当然、噛みつきもあるだろうし……」
[厄介だな]
シキの声に秋斗は大きく頷いた。武器に気を取られれば尻尾が襲ってくる。尻尾が混じった変則的な攻撃に対応するのは一苦労だろう。さらに間合いを詰めすぎるのも良くない。噛みつかれれば、人間の柔らかい肉などすぐに食い千切られるだろう。その上、あの防御力だ。リザードマンの集団は相手にしたくないな、と秋斗は思った。
まあともかく、これでリザードマンというモンスターのことが多少は分かった。ダラダラと戦闘を長引かせても、これ以上得るものはないだろう。秋斗は終わらせるつもりでバスタードソードを構えて前に出た。
「ジャァ!」
リザードマンが牙を見せて威嚇する。だがこれまでの戦闘でリザードマンは傷だらけになっており、その威嚇が虚勢であることは一目瞭然。秋斗は臆することなく正面から踏み込んだ。
リザードマンが槍を突き出す。秋斗はそれをバスタードソードで大きく弾いた。リザードマンが尻尾を振り回すが、秋斗は姿勢を低くしてそれを回避する。そしてそのまま間合いを詰め、低い位置から鋭く踏み込んでリザードマンの喉元へバスタードソードをねじ込む。剣の刃は首の反対側へ突き抜けた。
リザードマンは全身が鱗に覆われているとは言え、その防御力は決して一定ではない。関節はどうしても鱗が薄くなりがちだし、首から腹部にかけても鱗が薄くなっていることを秋斗は見抜いていた。
また真正面から相対すれば、必然的に尻尾は反対側になる。尻尾を振り回そうと思えば身体を大きくひねるしかない。要するにモーションが大きくなるので、それを察知することも回避することも容易になる。
もちろん正面からぶつかれば、奇襲や小細工は仕掛けにくい。むしろ地力のぶつかり合いになる。だが秋斗はこれまでにゴブリン・ロードやウェアウルフを倒してきた。相応に経験値を溜め込んでおり、つまりしっかりとした地力がある。
そして今回、それは証明された。秋斗はリザードマンを地力で上回ったのだ。浸透攻撃を使わずに倒せたのは、その証拠の一つと言って良い。とはいえこのクエストでこのリザードマンは雑魚モンスターの位置づけだろう。自慢するようなことではない。
「ジャァ……!」
息が抜けたかのような悲鳴を残してリザードマンが絶息する。秋斗がバスタードソードを抜くとその骸はうつ伏せに倒れ、そしてすぐに黒い光の粒子になって消えた。後に残ったのは魔石が一つ。彼は剣を鞘に収めてからそれを回収した。
「あとは、雷魔法が効くかも試してみないとだな」
回収した魔石をもてあそびながら、秋斗はそう呟いた。そしてシキに「よろしく」と告げる。「うむ」と答えるシキの声を聞いてから、彼は鍾乳洞のさらに奥へ足を向けた。そして歩きながら、彼はふとこんな疑問を口にする。
「それにしてもリザードマンって、目が見えてるのかな?」
[と言うと?]
「ほら、鍾乳洞の中って暗いじゃん? この辺りはまだかろうじて外からの光が入っているけど、もうちょっと進めば真っ暗になるだろ。ここで出てくるのがリザードマンだとして、リザードマンは視覚に頼っているのかいないのか、ちょっと気になってさ」
[ふむ。地下墳墓は同じく真っ暗だったが、ゾンビやスケルトンはそれを苦にしたふうではなかった。それと同じように考えておけば良いのではないか?]
「いや、ゾンビやスケルトンはアンデッドじゃないか。まともな五感なんて、そもそも持ってないだろ」
[リザードマンとてモンスターだ。つまりまともな生物ではない。ゾンビやスケルトンの例を出すまでもなく、目があるからと言ってそれが目として機能しているかは別問題だ。そしてわざわざその事を検証する必要があるとも思えない。暗闇の中でも見える、少なくとも見えるように振る舞う。そう考えておけば間違いはないだろう]
「う~ん、まあ、そうなんだけどさ」
少々納得がいかない様子で秋斗はそう答える。ただ二人の考察には意外な形で答えが出た。秋斗が鍾乳洞の奥へ進んでいくと、すぐに淡い光を放つ水晶のような結晶を見つけたのだ。その結晶は鍾乳洞の側面や天井にまばらにあって、鍾乳洞の中をぼんやりと照らしている。秋斗には、まるで鍾乳洞のあちこちに間接照明がつかいているかのようにも見えた。
「シキ、ちょっと暗視を切ってみてくれ」
秋斗がそう頼むと、すぐに視界が真っ暗になった。そして暗闇に目が慣れてくると、淡い光を放つ結晶がぼんやりと浮かんでくる。その光景は幻想的で、彼は思わず「おぉ」と感嘆の声をもらした。
明るさとしては、だいたい月明かりくらいだろうか。美しくはあるが、探索を行うのに十分な明るさとは言えない。少なくとも秋斗にとっては。だがリザードマンにとってはおそらくこれで十分なのだろう。
「リザードマンは夜目が利くのかもな」
秋斗はとりあえずそう考えておくことにした。リザードマンが視覚に頼っていると結論するには、まだ確たる証拠が足りない。だがこの「照明設備」は間違いなくリザードマンのためのもの、もしくはリザードマンに合わせたものだ。だとすれば「リザードマンの活動には多少なりとも光が必要」と考えるのは筋が通っている。
それにしても気になるのは、この淡い光を放つ結晶だ。秋斗はシキに頼んで、再び暗視で視界を確保する。それから淡い光を放つ結晶に近づき、ナイフの柄を使ってその結晶のかけらを採取した。
だがそのかけらはすぐに光を放たなくなり、ただの透明な結晶になってしまった。一方で本体のほうは変わらずに淡い光を放っている。秋斗は少し残念そうにこう呟いた。
「光らないのか……」
彼は少し考えてから、採取したかけらを鍾乳洞の壁に押しつけてみる。だがそのかけらが光を放つことはなかった。秋斗は肩をすくめたが、かけらを投げ捨てることはせず、ストレージにしまった。もしかしたら特殊な素材かも知れず、後で鑑定してみようと思ったのだ。
「シキ、もう少しいるか?」
[そうだな。もう少し頼む]
シキがそう求めたのも、結晶が特殊な素材であることを期待してのことだろう。その場合、もう一度ここへ取りに来るのは手間である。ストレージの中へ入れておけば邪魔にはならない。
秋斗はストレージからハンマーを取り出した。城砦エリアの鍛冶工房で手に入れた大きなハンマーだ。彼はそのハンマーを振りかぶり、鍾乳洞の壁で淡い光を放つ結晶に叩きつける。結晶は大小のかけらに砕けて地面に散らばった。シキがストレージを操作してそれらのかけらを回収していく。
大小のかけらはすべて光を放っていない。そして壁の方も結晶は根こそぎ砕け散ったようで、壁に光るものは何もない。光源が一つ失われた訳だが、結晶は鍾乳洞の中にまばらだが無数にある。探索と攻略に何か影響が出ることはない。
「全部潰せば本当に真っ暗になって、リザードマンを楽に倒せるのかも知れないけど……」
はっきり言って不可能だ。特に天井は文字通り手が届かない。秋斗はハンマーをストレージに片付けた。シキの方も散らばったかけらの回収は終わったようだ。結晶のことはこれくらいにして、秋斗は探索を再開した。
リザードマンさん「ジメジメしたところが好きなもんで、はい」