バイク
秋斗は導きの羅針盤を使い、クエストがある地点を大まかにだが判明させた。クエストはスタート地点である遺跡エリアから、およそ徒歩で七日ほどの距離の場所にある。そのことが分かると、彼はまずバイクの免許の取得を優先することにした。そして免許取得に本腰を入れたことで、彼はその後十日もかからずに免許を取得した。
免許を取得すると、彼はすぐにバイク店へ向かった。ネットで買っても良かったのだが、今後のことを考えると近くに相談できる場所があった方が良いと思ったのだ。品揃えは正直あまり芳しくなかったが、要望を伝えればそれを満たすバイクを探して取り寄せてくれるというので、問題にはならなかった。
秋斗が買ったのは、国産のオフロードバイクである。二人乗りで、風を切って走りそうなフォルムをしている。色は黒。オプションとして荷物を入れるボックスや予備の燃料タンクがついていた。この予備の燃料タンクが欲しくて、彼はこのバイクを選んだのだ。アナザーワールドではどうしてもそれが必要になるだろうと思ったのだ。
ただ新車で買おうとすると、結構高い。それで秋斗は中古を選んで値段を抑えた。いや、資金はあるのだ。だが店員から「中古もありますよ」と言われたとき、ほぼ条件反射で「じゃあ中古で」と答えてしまっていた。性根に染みついた貧乏性はなかなか消えないのである。
保険など諸々の手続きを終えてから、秋斗は初めてバイクに乗った。一時間ほどアパートの周りの田舎道を走り、バイクになれる。それからガソリンスタンドに行って、バイク本体と予備の燃料タンクにガソリンを詰めた。
アパートへ帰り、人目がないことを確認してからバイクをストレージに収納する。そして何食わぬ顔で部屋に入って身支度を調えた。今日のために他の準備は全て終わっている。満を持して秋斗は「ダイブイン」を宣言した。
遺跡エリアに降り立つと、秋斗はまずストレージから導きの羅針盤を取り出し、針の指し示す方角を確認する。そして羅針盤を片付け、「よし」と小さく呟いてから彼はその方角へ歩き始めた。
スライムを蹴散らしながら、遺跡エリアを抜ける。広々とした草原エリアに入ると、秋斗はストレージからオフロードバイクを取り出した。彼はバイクにまたがってエンジンをかける。二度三度エンジンを吹かしてから、彼はバイクを発進させた。
まずはゆっくりと走らせ、徐々にスピードを上げていく。秋斗が操縦するバイクは、遮るもののない草原を軽快に走り始めた。
「おお、やっぱり爽快だな!」
秋斗は歓声を上げた。彼はヘルメットを被っていない。顔に直に当たる風が心地よかった。
もちろん彼はヘルメットを持っているし、なんならストレージに入っている。ちなみにフルフェイスのヘルメットだ。そして当然ながらリアルワールドで公道を走るときにはそのヘルメットを被っている。だがその時、彼は言葉にできない違和感を覚えていた。
あえて言語化するなら、「勘が鈍る」だろうか。シキには「論理的じゃない」と言われた。だがそういう違和感や、大げさに言うのなら気持ちの悪さを、秋斗は確かに感じていた。そしてそれは決して無視できないものだった。特にアナザーワールドでは。
[ヘルメットを被っていた方が、安全なのだがな……]
シキはそう言っていたが、秋斗はアナザーワールドではヘルメットを被らないことにした。論理的でないのは百も承知だが、自分の勘を優先したのだ。そして最終的にはシキもそれに同意した。
彼の身体はレベルアップに伴って頑強さを増している。仮に転倒したとしても、それで即死する可能性は低いだろう。そして生きてさえいれば、回復アイテムがあるし回復魔法もある。リカバリーは容易だ。その後ヘルメットを着用するかはまたその時に考えれば良い。
ちなみに秋斗は両手でバイクを操縦している。つまり武器は持っていない。彼は最初、片手に槍を持ってバイクを操縦するつもりだったのだが、この件についてはシキは猛烈に反対した。
[アキはまだ初心者だぞ。しかも舗装されていないオフロード。モンスターと戦う前に転倒するのが目に見えている!]
それもそうかと思い、秋斗はシキの意見を容れた。それにモンスターに襲われても、バイクのスピードなら十分に逃げ切れるだろう。バイクに乗りながら武器を振り回すのは、もっと運転に熟達してからにすることにした。今は腰にナイフだけ装備している。
さてアナザーワールドにバイクを持ち込んだことで、秋斗の移動速度は飛躍的に高まった。もちろんオフロードを走らせるわけだから、舗装された道を走るようにはいかない。また前方にモンスターがいるために迂回する必要がある場合もあった。
そもそも秋斗は免許取り立てだ。アナザーワールドでスピード違反を気にする必要がないとはいえ、スピードを出しすぎないよう(主にシキが)注意していた。
だがそれでも徒歩の場合と比べれば、そしてモンスターとの戦闘をこなしながら進まなければならない場合と比べれば、雲泥の差がある。「徒歩で七日」と算出していたその距離を、秋斗はたったの二時間半と少しで走破した。
途中、ダチョウに追いかけられたり、巨大な陸亀の甲羅の上でウィリーしたり、怪鳥のう○こ爆撃をくらいそうになったり、巨大オオサンショウオの吸引力に逆らったりしたが、秋斗もバイクも無事だ。本当にアナザーワールドは危険がいっぱいである。
[だいたいこの辺りだ]
シキがそう言うので、秋斗は一旦バイクを止めた。そしてストレージから導きの羅針盤を取り出す。針が指し示す方を見ると、そこには小高い丘があって雑木林が広がっている。それを見て彼はシキにこう言った。
「シキ。アイコン表示できるか?」
すぐに彼の視界の中に矢印のアイコンが表示される。矢印のアイコンと導きの羅針盤の針が同じ方向を指し示していることを確認し、秋斗は「よし」と呟く。彼は羅針盤をストレージに片付けてからまたバイクを発進させた。
雑木林の中に入ると、秋斗はすぐにエンジンを切ってバイクから降りる。そしてバイクをストレージに収納した。ここからは歩きだ。彼にはまだ、障害物が多い雑木林の中をバイクで駆け回るだけのテクニックはない。それに彼の目的はクエストを探すこと。そのためには自分の足を使った方がいいだろう。
バイクを片付けると、彼は代わりにバスタードソードを取り出して腰に吊った。雑木林の中では長物よりもこちらの方がいいだろう。そして彼は視界に浮かぶ矢印のアイコンを頼りにクエストを探し始めた。
「キキィィ!」
「ウッキー!」
「キィ、キィ!」
雑木林の中では、サルのモンスターが出現した。遺跡エリアの近くで出現したのとは別の種類のサルだ。長い尻尾を持ったサルで、木々の間を縦横無尽に飛び回りながら襲いかかってくる。枝や葉っぱがこすれてガサガサと音が響く。その音は四方八方から響いて秋斗の感覚を惑わせた。
とはいえ、敵の動きはすべてシキによって捕捉されている。秋斗はテールモンキーの三次元的な動きに惑わされることなく、シキの指示に従ってバスタードソードの間合いに入って来た敵を淡々と斬り捨てていく。
[最後、直上だ]
「了解!」
秋斗は真上を見上げる。そこにテールモンキーの姿を認めると、彼は真っ直ぐにバスタードソードを突き出した。その剣の切っ先へ、テールモンキーは真っ直ぐに落ちていく。そしてそのまま串刺しになった。
[オールグリーン。周囲に敵影なし]
シキのその声が頭の中で響くと、秋斗は「ふう」と息を吐いてバスタードソードを鞘に収めた。そして周囲に散らばる魔石を回収する。全ての魔石を回収し終えると、彼はまた矢印のアイコンを頼りにクエストを探し始めた。
秋斗がクエストを見つけたのは、小高い丘の中腹辺りでのことだった。洞窟の入り口が木々の向こうで口を開けている。そしてその入り口の真ん前に、無骨な石版が一つ置かれていた。
「こうして見ると、ものすごい不自然だよな」
[演出というか、クエストの進行上致し方ないのではないか?]
「運営の都合かよ」
シキとそんな会話をしつつ、秋斗は手を伸ばして石版に触れる。次の瞬間、彼の脳裏で文字が躍った。
【クエスト:鍾乳洞の奥に祀られた地下神殿を攻略せよ!】
「お、時間制限がない」
[ということは一度クリアしたら終わりの、単発クエストなのかもしれないな]
シキの言葉に秋斗も頷く。地下墳墓のような、周回プレイを前提としたクエストではないということだ。そしてその方が彼にとっては都合が良い。何度もここへ足を運ばなくて済むからだ。いくらバイクがあるとはいえ、あの往路は何度も経験したいものではない。
まあそれはともかくとして。秋斗は「よし」と呟いてから、鍾乳洞へ足を踏み込んだ。日の光が入らない鍾乳洞の中は暗いが、すぐに暗視が発動して視界が確保される。
足下を見れば、ゴツゴツとした石や岩が幾つも転がっている。当然だが、舗装された道などない。濡れている場所があれば、そこは滑りやすいに違いない。足下注意だな、と秋斗は気を引き締めた。
「シキ。じゃあいつも通りマッピングよろしく」
[うむ。任せろ。アキも気をつけてな]
シキの言葉に一つ頷いてから、秋斗はさらに鍾乳洞の奥へ進んだ。今のところ、鍾乳洞は一本道である。そしてその一本道の奥から一体のモンスターが姿を現わした。
二足歩行をしていて、顔はトカゲや蛇のよう。口元には短いが鋭い牙が見え隠れし、身体は鱗におおわれている。そして手には短い槍を持っていた。
「リザードマン、か」
視線を鋭くしながら、秋斗が小さくそう呟いた。そしてゆっくりとバスタードソードを鞘から抜く。鍾乳洞の攻略が始まった。
秋斗「ダチョウ恐い……」