カラオケとショッピング
「今度さ、勉強会のメンバーでカラオケに行こうよ」
そう言いだしたのは紗希だった。何でも、「テストの打ち上げを忘れていた」だそうだ。「忘れていたんなら、もう良いんじゃないかな」と秋斗は思ったが、他のメンバーは乗り気だった。要するに、名目は何でも良いので遊びたいのだろう。秋斗はそう思い、水を差すようなことは言わなかった。
カラオケは普通に楽しかった。一番はしゃいでいたのは紗希で、彼女に引っ張られるように他のメンバーも終始テンション高めだった。秋斗も何曲か歌った。点数はそこそこだったが、まあそれくらいがちょうど良い。五時間ほどぶっ通しで騒ぎ、最後にファーストフード店でお腹を満たしてから、彼らは解散したのだった。
「いやぁ、楽しかったねぇ」
帰り道、秋斗と紗希が並んで歩いていると、彼女がしみじみとした口調でそう言った。思いっきり騒いでストレスを発散できたのか、彼女の表情は晴れ晴れとしている。そんな彼女に秋斗はこう言った。
「紗希はみんなのことよく見てるよな」
「ん?」
「カラオケの時も、全員が歌えるようにさりげなくマイクを配ってただろ?」
「あははは。ほら、どうせなら全員で楽しまないと。その方が何倍も楽しいでしょ?」
紗希は少し恥ずかしそうにはにかみながらそう語る。秋斗は「そうだな」と言って大きく頷いた。そして同時にこう思う。「自分に同じ事はできないな」と。
例えばカラオケの席で誰かがつまらなそうにしていたとして、きっと自分はそれに気付いてもフォローできないだろう。仮にしたとしても、変に意識してしまい、ぎこちなくなるはずだ。だが紗希はそれをごく自然にやっていた。
「紗希のそういうとこ、結構すごいと思うよ」
秋斗が呟くようにそう言うと、紗希は「え?」と呟いて足を止めた。秋斗が振り返って「どした?」と尋ねると、「なんでもない!」と言って早足で彼の隣に並ぶ。
「そ、そうかな。でも、そんな、すごいなんて、なんか困っちゃうなぁ」
指で髪の毛をいじりながら、嬉し恥ずかしと言った表情で紗希ははにかむ。それから彼女はしばらく上機嫌な様子で、意味もなく鼻歌を歌ったりしていた。そして話題を逸らしたかったのか、唐突にこんなことを言った。
「こ、この前のスコーン、すごく美味しかったよ。特にジャムが」
「そりゃ、ジャムは貰い物だしね」
秋斗が苦笑しながらそう答えると、紗希は「にしし」と悪戯っぽく笑った。秋斗がスコーンを持っていったのは、件の勉強会である。一緒にジャムを持って行ったのだが、そのジャムは紗希以外のメンバーにも好評だった。
そのジャムを送ってきたのは東京の勲だった。秋斗は時々彼にアナザーワールド産の食材を送っているのだが、そのお返しとして送られてきた荷物の中に入っていたのだ。勲自身「貰い物だ」と言っていたが、ということは贈答用のお高いヤツなのだろうと秋斗は思っている。
聞くところによれば、彼の孫の奏のリハビリは順調に進み、今はもう退院しているという。病院の先生からも「回復が早い」と言われたとかで、勲からは「秋斗君が送ってくれた食材のおかげだ」と礼を言われた。
奏の両親のことは、秋斗も勲もあれ以来話題にしていない。それでも勲はそのことを話したはずだし、その上で奏の回復が順調だというのなら、彼女もそれを受け止めることができたのだろう。
(強いなぁ)
と秋斗は思っている。自分が同じ立場だったなら、同じように受け止めて前向きになれただろうか。そんなことを考えて、秋斗は頭を振ったものだった。
「そういえばさ、バイクの免許は順調なの?」
「順調だよ。学校もあるからそんなに行けてないけど、まああと一ヶ月もあれば取れると思う」
「おお~。じゃあさじゃあさ、免許取ったら後ろに乗せてよ」
「買ったのが二人乗りができるバイクだったらね」
秋斗は肩をすくめてそう答えた。彼がバイクの免許を取るのは、アナザーワールド探索のためだ。それで買うのはいわゆるサバイバルバイクにしようと考えている。すでに幾つか候補を見繕っているが、その中に二人乗りできるものが含まれていたかは覚えていない。
でももしも二人乗りをすることになったら、きっとたぶん背中が楽しいことになりそう。秋斗は決して声に出さずそんなことを考える。そしてつい「もっと早く取れれば良かったかな」とか思ってしまう。彼は紗希の身体を見ないようにするのが大変だった。
それから二人はおしゃべりしながらゆっくりと帰路を歩いた。そして分かれ道に来たところで、彼女は秋斗にこう言った。
「そうだ、アキ君。次の土曜日、買い物に付き合ってくれない?」
「買い物?」
「うん。そろそろ寒くなってきたでしょ? 通学に使う冬物のアウターを新調したいんだよね」
「友達といけば良いんじゃないの?」
「アキ君も友達だよ?」
小さく首をかしげながら、紗希が不思議そうにそう答える彼女のその表情に、秋斗は一瞬ドギマギとした。
「そ、そっか。いや、女友達って意味だったんだけど……」
「あ~、うん、ほら、細腕の女の子に荷物持ちはさせられないでしょ?」
いかにも取って付けたような理由を聞いて秋斗は苦笑する。とはいえ断る理由もなかったので、「いいよ」と答えた。すると紗希はパッと顔を輝かせて喜び、「詳しいことは後で連絡するね」と言った。
「じゃ、また学校で」
そう言って二人は別れた。秋斗が一人でアパートまでの道を歩いていると、彼の頭の中でシキがからかうようにこう話す。
[紗希嬢と二人きりで買い物か。デートだな]
(付き合ってもいないのにデートはないだろ。だいたい、友達って本人が言ってたぞ)
ややムスッとした表情になりながら、秋斗はそう反論する。とはいえ彼自身、紗希から買い物に誘われた時、「デート」という単語が頭をよぎった。「距離感が近いからな」と言って彼は自分の気持ちをごまかすのだった。
さて約束の土曜日。秋斗と紗希は最寄り駅で待ち合わせし、電車でこの辺りの中心市街へ向かった。ただし降りるのはその少し手前である。そして降りた駅から少し歩いて大型のショッピングモールへ向かう。このショッピングモールが今日の主戦場だ。
「よし。いざ、出陣」
フスンと鼻を鳴らして気合いを入れてから、紗希がショッピングモールへ入る。秋斗は「おー」と気の抜けた調子で合わせてから、彼女の後に続いた。
よく「女の買い物は長い」という。秋斗も聞いたことはあるが、「そうなる理由の一つは店の数にあるんじゃないだろうか」と今彼は思っている。
要するにメンズファッションのお店より、レディースファッションのお店の方が数が多いのだ。そして紗希はより良い品を求めて全てのお店に目を通すから必然的に時間がかかる、というわけだ。
「う~ん、コレだったらさっき見たコートのほうがいいかなぁ……。アキ君はどう思う?」
「色が派手すぎる気がする」
「え、そう? 色は結構好きなんだけど」
そんな会話をしながら、紗希と秋斗はショッピングモールの上から下まで練り歩いた。途中、アウターとはまったく関係のないお店に入ったりもする。そうやってウィンドウショッピングを楽しみながら、紗希は購入するアウターの候補を絞り込んでいった。
「コレか、ああでもコッチにすれば……」
フードコートでお昼を食べながら、紗希はスマホで取った候補の写真を見比べる。難しい顔をして悩む彼女に、秋斗はこう尋ねた。
「何を悩んでいるんだ?」
「うん、えっとね。一応二つまで絞り込んだんだけど、どっちにするか迷っちゃって……」
そう言って紗希はスマホを秋斗に見せた。彼女が悩んでいたのは白いコートとオレンジ色のブルゾン。両方とも、彼女はそれなりに気に入ったように見えたことを秋斗は覚えている。彼が一つ頷いて続きを促すと、紗希は悩みどころをこう説明した。
「本命は白い方なんだけど、ちょっと値段がねぇ。オレンジの方にすれば、途中で気になった髪留めも買えちゃうんだよ」
「髪留めって言うと……、ああ、アレね。三角の飾りが連なってたヤツ」
「そう、それ! かわいいなぁって思ったんだ」
「でもあれって、そんなに高くなかったでしょ?」
「今月はカラオケも行ったし、ちょっとお小遣いがピンチで……。コートの分はお母さんから軍資金を貰ったんだけど、白い方を買って髪留めまで買ったら、帰りの電車賃がなくなっちゃう」
「昼を抜けば良かったかもね」
秋斗がそう言うと、紗希は「あっ」という顔をした。昼食の代金はすでに支払った後である。紗希は少し恨めしそうな顔をしてから、昼食のトルティーヤを口に運ぶ。そんな彼女の様子を見て、秋斗は苦笑しながらこう言った。
「髪留め、買ってあげようか?」
「ええ!? あ、いや、お金貸してくれないかなぁ、とは思ったけど……」
「いいよ、別に。そんなに高いモンでもなかったし」
「えっと、ほ、ホントに……?」
紗希が躊躇いがちにそう尋ねる。秋斗はフライドポテトをつまんで何でもないふうを装いながら「うん」と答えた。たちまち紗希は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、アキ君! このお礼はいつか精神的に!」
「はは、期待しとく」
「うんうん! そう言えばアキ君は何か買うものはないの?」
「ブーツみたいの買おうかな。この前出したら、去年までのヤツは小さくなっちゃっててさ」
「お~、さすが成長期」
紗希がニコニコと笑いながら感心する。二人はもうしばらく雑談を楽しんだ。
シキ「なお、本人たちはデートではないと言い張っている模様」