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World End をもう一度  作者: 新月 乙夜
箍の外れた世界
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満月の夜に1


 二学期の中間テストの結果は、秋斗にとっておおよそ満足のいくものだった。この成績を維持すれば大学の推薦も十分に狙える、と彼は勝手に思っている。シキは「進路指導の先生に相談したらどうだ」と言っているが、彼は今のところ後回しにしていた。


 紗希も今回は成績が上がったと喜んでいた。週一の勉強会の成果が出たらしい。他のメンバーもそれぞれ結果は良かったようで、「これからも続けよう!」という話になった。最近では紗希が手作りのお菓子を持ってくるようになり、「お前も何か持ってこい」と秋斗は圧をかけられている。


「既製品じゃダメかな?」


[紗希嬢の笑っていない笑顔に耐えられるなら、それでも良いのではないのか?]


 シキがそういうのを聞いて、秋斗はやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。別に、黙殺しようと思えば幾らでも黙殺できる。だが意地になって拒むようなものでもない、とも思う。それで「そのうち何か作るか」と彼は思うのだった。


 さて、この頃はずいぶんと日が短くなった。勉強会を終えて帰る頃には、真っ暗ではないものの周囲はずいぶんと暗くなっている。空気も涼しくなってきて、自転車を走らせると少し寒いくらいに感じた。


 家に帰り、夕食を食べ終えると、辺りはすっかり暗くなっていた。空には丸い月が昇っていて、煌々とした光を放っている。虫の音も聞こえてくるが、あいにくこの辺りは田舎。風流を通り越してうるさかった。


 時刻は八時過ぎ。秋斗はアナザーワールドへダイブインした。これから遠出をするつもりはない。スライムを相手に浸透系武技の練習をするつもりだった。実戦で使えるレベルだと自負してはいる。だが剣は研いでこそ鋭くなるのだ。


 アナザーワールドはダイブインした時間帯の影響を受ける。つまり夜にダイブインすればアナザーワールドも夜だ。街灯はなく周囲は暗いが、暗視のおかげで不自由はない。秋斗はいつも通り、まずは六角棒を手に取った。


 それから獲物兼練習台のスライムを探す。普段なら無数に蠢いているはずのスライムが、しかしこの夜は一匹も見当たらない。夜にダイブインするのは初めてではないが、こんなことは初めてだ。秋斗は怪訝な顔をした。


「なんだ、これ……?」


[分からんが、いつもと様子が違うのは確かだな]


「そんなこたぁ、見りゃ分かる」


 秋斗はやや不機嫌にそう答えた。いつもと違うのに何が起こっているのか分からない。それが一番ストレスが溜まる。彼は六角棒を構えながら周囲を探った。シキも周囲を索敵しているはずなのだが今のところ報せはない。彼は表情を険しくした。


 秋斗はダイブアウトしようかと思ったが、その前に何が起きているのかを確かめたかった。次にダイブインしたとき異常が続いているのか、それとも元に戻っているのかわからないからだ。


 静寂の中、聴覚が徐々に敏感になる。風の音が煩わしくなってきた頃、突然、周囲の空気が変わった。秋斗の背中がぞわりと粟立つ。そして次の瞬間、遺跡エリアに不吉な遠吠えが響き渡った。


 ――――ワォォオオオオオオンン!!


「イヌ、いやオオカミ!?」


[どうかな。今日は満月だ]


「狼男だってか!? ベタベタ過ぎるだろ!」


[テンプレは需要があるから使い古されるのだ]


「オレはこんな展開求めてないぞ!」


 抗議の声を上げる秋斗の後ろで物音がする。彼は反射的に振り返った。そこにいたのは瓦礫の上に立つ狼男ウェアウルフ。秋斗は「マジかよ」と呟いて六角棒を構え直した。


「グゥゥゥゥゥ……!」


 ウェアウルフは低いうなり声を上げて秋斗を威嚇する。秋斗は臆することなくにらみ返し、同時に敵の姿を観察した。


 身長はおよそ二メートル。灰色の毛皮を持ち、目はモンスターらしく赤々と不吉に輝いている。武器は持っていないが、両手の爪は極めて鋭い。うなり声と一緒に見え隠れする牙は、唾で濡れて剣呑な光を放っていた。


(強い、な……)


 秋斗はそう思った。いや、そう感じた。まだ戦っていないが、目の前のウェアウルフが強敵であることが彼にははっきりと分かる。根拠は勘だが、その勘は強敵と戦ってきたこれまでの経験に立脚している。


(ポンチョを装備してくれば良かった……)


 秋斗はそう後悔した。スライム相手だと思い、今日は隱行のポンチョを装備してこなかったのだ。まあどのみち、こうして目が合ってしまったからには意味はなかっただろうが。


「…………っ」


 ウェアウルフの姿がぶれる。秋斗は反射的にその場から飛び退いた。次の瞬間、さっきまで彼がいた場所をウェアウルフの爪が切り裂く。獲物を逃したウェアウルフの爪は、廃墟の壁を新たな瓦礫に変えた。


 それを見て秋斗は顔を険しくする。ウェアウルフの爪はそれぞれまるで鋭いナイフのようだ。そして牙も爪に劣らぬ凶器であるに違いない。一方で彼の防御力、防具は充実しているとは言いがたい。「回避だな」と呟き、それから「いつも通りだな」と思って彼は小さく笑った。


 敵のスピードと攻撃力は分かった。どちらも大変厄介で、そして危険である。では防御力のほうはどうか。秋斗は六角棒を繰り出す。狙うのは振り抜いたウェアウルフの右腕の肩の辺り。そこへ腰の入った一撃が命中した。


「グゥゥ……!」


 ウェアウルフが顔を歪める。そして秋斗へ苛立たしげに目を向けた。ウェアウルフが六角棒を払いのけるのにあわせて彼は距離を取る。ずいぶんと硬い手応えだった。毛皮のせいか、それとも筋肉のせいか。多分両方だな、と彼は思った。


(浸透打撃にするべきだったか……)


 グルグルと右肩を回すウェアウルフの姿を見て、秋斗は内心で舌打ちする。戦闘に支障をきたすようなダメージを受けた様子はない。さっきは様子見のつもりで普通の攻撃にしてしまった。あれが浸透打撃だったらもう少しダメージが入っただろう。


 ウェアウルフがうなり声を上げながら、膝を曲げて姿勢を低くする。秋斗も六角棒を構えた。「来るッ」と思った次の瞬間、ウェアウルフが猛然と間合いを詰めて左の手刀を繰り出た。


 秋斗はそれを斜めに踏み込んで回避し、身体を回転させながら六角棒を振り回してウェアウルフの腰を狙う。だがその一撃は空振りに終わった。ウェアウルフは前方へさらに跳躍することで、六角棒の間合いから逃れたのだ。


 秋斗はすぐにウェアウルフの後を追った。ウェアウルフはもう一度跳躍すると、空中で身体を半回転させて秋斗と相対する。秋斗は恐れることなく突っ込んだ。彼は六角棒を縦横無尽に振り回してウェアウルフを攻撃する。


 ウェアウルフもやられっぱなしではない。六角棒を払いのけつつ、鋭い爪を繰り出して反撃する。爪と六角棒がぶつかるたび、火花が散って甲高い金属音が響いた。


 意外かも知れないが、優勢なのは秋斗の方だった。コンパクトに振るわれる六角棒は攻防一体で、ウェアウルフの攻撃を防ぎつつ、着実にその身体を捉えていく。


 ただ有効打が入っているかは疑問だ。ウェアウルフの動きは一向に鈍くならない。むしろ激しさを増しているように思える。だがそれで良い。


 ウェアウルフの動きが激しさを増しているということは、つまり攻守のうち攻勢の比率が高まっていると言うこと。別の言い方をすれば、防御がなおざりになっているわけだ。ゴブリン・ロードの場合と同じく、脅威ではないと認識し始めているのである。そしてそれが秋斗の狙いだった。


「……そこっ!」


 ウェアウルフの攻撃を弾いてから、秋斗はすかさず踏み込み、裂帛の声を上げて六角棒を突きだした。狙いはみぞおち。しかもただの攻撃ではない。狙い澄ました浸透打撃だ。無駄に思えるこれまでの攻撃は、すべてこの一撃のためだった。


 しかし野生の勘とでも言うのだろうか。ウェアウルフは両腕を交差させてその一撃を防御した。そして六角棒の先端がウェアウルフの腕に当たった瞬間、浸透打撃が放たれる。その攻撃はウェアウルフの内側へ激しく響いた。


「グガァ!?」


 ウェアウルフが血を吐いてうずくまる。かなりのダメージを受けた様子だが、しかしまだ致命傷ではない。もしも腕で防御していなければ、この一撃で仕留められただろう。秋斗は一つ舌打ちをして、すぐさま追撃を仕掛ける。


 だがウェアウルフは素早く動いて距離を取った。しかも六角棒を身体で受けようとしない。攻撃の手数を捨ててまで回避を優先している。警戒されたな、と思い秋斗はもう一度舌打ちした。


 ただその一方で、ウェアウルフは逃げ出さない。大きなダメージを負っているはずなのに、赤々としたその目には変わらず敵意と殺意がたぎっている。今のウェアウルフはまさに手負いの獣だ。


 秋斗は油断せずに六角棒を構えた。睨み合うがウェアウルフは動かない。先に焦れたのは秋斗の方だった。敵が動かないのはダメージを回復させようとしているからではないのか。もしそうなら、時間が経つごとに今の優位は失われてしまう。


 だが彼が振るう六角棒は空を切り続ける。ウェアウルフに当たらないのだ。いくらウェアウルフが回避に専念しているとはいえ、こんなにも攻撃を当てられないのは彼にとって初めてのこと。彼は表情を険しくして一度間合いを取った。


(ゴブリン・ロードとはずいぶん違うな……)


 ゴブリン・ロードが関取なら、ウェアウルフはボクサーのようだ。秋斗はそんなふうに思う。だがここはリングの上ではないし、今やっているのはルール遵守の試合ではない。秋斗はそっと、ポケットに手を入れて魔石を握った。


 相変わらず、ウェアウルフの方からは仕掛けてこない。秋斗は好都合とばかりにしっかりと魔石に思念を込めた。そして準備が整った魔石をウェアウルフへ投げつける。


 その瞬間、ウェアウルフが動いた。両腕をだらりと下げたまま、大きく顎を開いて突撃する。途中で秋斗が投げた魔石とすれ違い、後ろで発動した雷魔法に身を焼かれながらも、ウェアウルフは動きを止めない。濡れた牙が鈍く光って見えた。


「グルゥゥゥアアアア!!」


 ウェアウルフが大口を開けて迫る。秋斗は臆したりはしなかった。むしろ好機と捉えた。わざわざ寄ってきたウェアウルフの顔面目掛けて六角棒を繰り出す。


 ウェアウルフは噛みついた。秋斗が突き出した六角棒に。そしてそのまま身体を大きくひねって彼の身体を放り投げる。やむなく彼は六角棒を手放した。


 ガランッ、と思いのほか低い音を立てて六角棒が石畳の上に落ちる。ウェアウルフは口角を上げていた。一方で武器を奪われた秋斗は、しかし冷静だ。


「やるなぁ」


[感心している場合ではないぞ。次の得物は何が良い?]


「槍で」


 秋斗がそう答えると、ストレージが開いて槍の柄が突き出てくる。彼はそれを掴んで槍を引き抜き、穂先をウェアウルフに向けて構えを取る。ウェアウルフの笑みが、一瞬引きつって見えた。


ウェアウルフさん「ええぇぇ!? 聞いてないよぉ~」

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― 新着の感想 ―
[一言] (浸透打撃にするべきだったか……) 反対にどうして浸透打撃にしなかったのかが、不思議に思います。
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